第10章 暗躍者、ダークエルフ

第206話:エステルさんの思い

 - 翌日 -


 ドワーフ達と交渉するため、フィオナさん、スズ、エステルさんと僕の4人で、外交用の馬車を借りて王都を出発した。


 同じパーティメンバーであるシロップさんは、不死鳥フェニックスと共に王都の護衛をするため、お留守番だ。

 王都のスタンピードを止めた当時の不死鳥フェニックスは、シロップさんもいる4人パーティだったからね。

 こういう非常事態の時は、パーティへ戻った方がみんなも安心すると思う。


 そのため、フェンネル王国の王女であるフィオナさんがいるにもかかわらず、護衛は圧倒的に少人数。

 今や本当の世界平和に向けて頑張るエステルさんと、騎士団長を数分で倒してしまうスズがいれば、怖い者は存在しないけど。


 ゴブリンの集団が出てきても、火猫パワー全開でスズが迎撃し、

 ミノタウロスのような強そうな魔物が出てきても、馬車を操縦するエステルさんが転移して瞬殺し、

 後方からウルフが追いかけてこようものなら、僕が腐った卵を道へポイ捨てしてフゴらせる。


 実に素晴らしいパーティプレイであり、幸先の良いスタートを切っているよ。


「ところで、ドワーフはどんな種族なんですか? エルフが嫌いって言う情報くらいしか入っていないんですけど」


 いつものごとく、異世界転移した僕の情報は少ない。

 異世界人であることを知っているフィオナさんなら、気軽に聞けて安心だ。


「昔から大きな鉱山を住み家にして、物作りを楽しむ種族ですよ。土魔法と火魔法を操る者が多く、戦闘においては持ち前のパワーで戦います。はぐれドワーフが王都にもいますが、タツヤさんはお会いしたことがないんですか?」


「いえ、何度かありますけど、ドワーフに対して複雑な思いがあるんですよ。本当に大丈夫なのか、まともに対話をしてくれるのかわからなくて」


 僕が関りを持っているドワーフは、オレッチだけだ。

 恐ろしく濃いキャラをしているため、ドワーフの里が心配で仕方がない。

 この世界のドワーフが全員オレッチみたいだったら、胃袋に交渉しようと思っているけど。


「わかります、私も同じように胸中は複雑ですから。帝国と手を組んでフェンネル王国を攻めようと考えるなら、完全に敵対していることになります。話し合いに応じていただけるといっても、どのような結果が生まれるかわかりません」


 奇跡的に会話が成立してしまったけど、話の内容は全然違う。

 フィオナさんは、ドワーフが僕達を受け入れてくれるかどうかの話だ。

 戦争は回避できないとしても、ドワーフの援軍をなくすことで被害を少なくしたいから。


 僕は、ドワーフが全員ハイテンションだったらどうしよう、という意味だ。

 オレッチ1人だけでも話すと疲れるのに、この世界のドワーフが全員あんな感じだったとしたら、話し合いどころじゃなくなるよ。

 餌付けが成功したとしても、過去最大級の精神的なダメージで疲労困憊することが予測される。


 真面目モードのオレッチはまともだから、多分大丈夫だと思うんだけど……。



 - 順調に進んでいくこと、5日 -



 ドワーフの里とフェンネル王国の国境が近くなってくると、不意に馬車が止まった。


 辺りを見回すと、左側は緑豊かな草原や森が見え、右側は荒れ果てた大地に小さな石碑があるだけ。

 魔物は近くにいないし、出てくるような気配もない。

 まだ朝ごはんを食べて、1時間ほどしか経っていないから、休憩するには早すぎるんだけど……。


 疑問に思っていると、馬車を操縦していたエステルさんが下りてきた。


「すまないが、休憩させてくれないか? 昨日は深く眠れず、少し疲れたみたいでな」


「別に構いませんが、大丈夫ですか?」


「あぁ、少し1人にしてくれ」


 いつもより神妙な雰囲気を出すエステルさんが、少し気になってしまった。

 ここまで一緒に過ごしてきたのに、裏切ることはないと思いたい。

 でも、帝国と手を結ぶドワーフの里へ近付いてきたからこそ、裏切る可能性も考えられる。


 背を向けて荒れ地に歩き出すエステルさんに声をかけようとすると、突然フィオナさんに口を手で押さえられた。


「彼女も色々思うところがあるのでしょう。ここはかつて、自然豊かで壮大な森が広がっていたと聞きます。今や荒れ地になっていますが、野生や木の実がたくさん取れた恵まれた土地だったそうです。エルフの情報が帝国に入るまでは……の話ですが」


 フィオナさんの言葉を聞いて、なんとなく察しが付いてしまう。

 雪の都アングレカムで暴走したエステルさんの姿を思い浮かべれば、帝国が何をしたのか想像が付くから。


 2度と草木が生えないような荒れた大地を見て、ここが森だったと誰が理解できるだろうか。

 一歩間違えれば、アングレカムの精霊の森もこうなっていたに違いない。

 どれほど帝国が強引な方法を取ってきたのか、考えさせられる光景だ。


「ここはまだフェンネル王国の領地内……ですよね? 国境付近のドワーフはエルフ嫌いですから気にしないと思いますが、フェンネル王国と争いは起きなかったんですか?」


「当然、帝国の不審な動きを察知したフェンネル王国は、森を破壊することに猛反発しました。近くに街がないとはいえ、恵まれた大地は大きな価値がありますから。ですが、ドワーフが自分達の領土内だと主張したことで、結局は……」


 エルフを完全に消滅させるため、昔からドワーフは帝国と手を取り合っていたのか。

 今回も帝国側にエルフの話を持ち掛けられ、戦争を起こす気になっているはず。


 これは交渉が難航するだろうな。


「最悪のケースを考えて、身を引いたんですね。それでこの辺りは、冒険者達も足を踏み入れることができない、ということですか。ゴブリンのような弱い魔物も多いですが、ミノタウロスといった強力な魔物までいましたし、他の地域と比べて数が多いですよね」


「下手にドワーフを刺激できないため、国境付近の魔物は手が出せないのです。ですが、増え続ける魔物をドワーフ側も放っておくことはできません。この辺りはドワーフと帝国兵が協力して、半年に1度ほどの割合で大掛かりな魔物駆除をしてくれています。そう言った意味では、帝国も我々に被害が出ないように協力はしてくれていますね」


 森を破壊した責任、ドワーフ達と関係性を悪化した責任を取るため、魔物討伐を手伝ってくれているのか。

 フェンネル王国を叩き潰そうとしていたら、魔物をフェンネル王国側へ追いやることだってできるはず。


 強硬的なエルフ抹殺思考ではあるけど、帝国民もドワーフも根は悪い人達ではないのかな。

 もしダークエルフが誕生していなかったら……もっと平和な世界だったに違いない。


 過去の大戦でダークエルフを憎しみを覚え、陰でダークエルフに操られる国……か。


 ふとエステルさんの方を向いてみると、小さな石碑に跪いて祈りを捧げていた。

 森を燃やした際に巻き込まれて、命を失った人を弔うために建てられた石碑なんだろう。


 護衛をするために馬車の外にいたスズが近付いて来ると、僕に手を差し出してきた。

 そっと手を重ねて、クッキーをいくつか取り出してあげる。


「帝国の犯した罪が消えることはない。本人が実行部隊に加わっていなかったとしても、償う義務はある。罪を償うのは王族の役目、過ちを防ぐのも王族の役目」


 それだけ言うと、スズはエステルさんの元へ歩いていった。

 石碑にクッキーを供え、同じように祈りを捧げている。


 出会った頃、第4王女で王位継承はない、とエステルさんは言っていた。

 人1倍正義感だけは強いのに、間違った方向へ暴走する不器用な人。

 一度は敵対したけど、今や彼女の行動に世界の運命がかかっていると、言っていいかもしれない。


 ドワーフを仲裁できる可能性があるのは、エステルさんだけだから。


 自国の民と敵対する今、彼女は何を考えているんだろうか。

 少し前までは仲間だった人と戦うことを、彼女は受け入れることができているんだろうか。

 王族として罪を償うために、彼女はこれから生きようとしているんだろうか。


 少なくとも、帝国が話し合いで納得するような国ではないと、誰よりも理解しているはず。

 エルフを餌に誘き出された帝国を止めるには、武力衝突以外に存在しないと。

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