第56話:膝の上は子供の特権です

 昼ごはん後の騒動が落ち着くと、倒れた国王様を王妃様が起こしていく。

 王妃様の強烈なビンタがバチーンッ! と響き渡り、「ごめんなさい」と国王が飛び起きた。


 完全に上下関係が決まっているような気がする。

 でも、尻に敷かれたい願望が強い僕はそういうのが大好きだ。

 良い王妃様だと思う。


 国王様が目覚めたところで、真面目な話が始まる雰囲気になっていく。


 今回は僕に対する謝礼と、襲撃された時の状況確認をするはずだ。

 王女の命をピンポイントで狙ってくるって、かなり怖いことだからね。


 でも、燃え尽き症候群になった僕は話し合いをする気になれなかった。


 ひたすら甘やかされたい気分なんだ。

 ここ1週間はフィオナさんの膝の上で幸せに過ごしたこともあり、随分と心が怠けてしまっている。


 色々やっちゃったなーと思いながら、スズに小声で愚痴っていく。


「どうしよう、やり過ぎちゃった。夜ごはん作るのが面倒くさいよ。早くフリージアへ帰って、リーンベルさんに餌付けしたい」


「行きたいところもある、帰るのはもう少し先。お姉ちゃんにお土産も買いたい」


 行きたい場所があるなら仕方ないね。

 だって、僕(付き人)の出番だもん。

 荷物持ちで大活躍しちゃうから、是非連れていってほしい。


 たまには料理以外でも活躍しないと、存在感が薄れちゃうからね。


 国王はほっぺたにビンタの跡が残ったまま、今回の襲撃について聞いてくる。

 威厳もあったもんじゃないし、オジサン(国王)との会話なんて心が躍らない。


 やる気メーターがどんどん下がっていくよ。


 何を聞かれても答える気になれず、頭がボーっとしてしまう。

 フィオナさんの命にも関わることだし、ちゃんと話さないとダメなのになー。


 あぁ~、甘やかされたい。

 膝の上に座って愛でられたい。

 クンカクンカされたい。


 脳内が欲望まみれになっていくと、不意に扉が開かれた。

 話し合いに参加するため、一足先に城へ戻っていたファインさんが入ってきたんだ。


 良いタイミングだよね。

 面倒くさいことは、全てを知る優秀な騎士団長に任せよう。

 大人の話に子供は必要ないのさ。


 椅子から飛び降りてファインさんに近付き、小声で説得を試みる。

 僕は説得が得意だからね。


「あとでホットドッグ上げるので、僕の代わりに話してもらえませんか? 調味料のことも話して構いませんから」


 ファインさんの目は、ホットドッグという言葉でキラキラと輝いた。

 首が取れそうな勢いで何度もうなずいている。


 さすが初代チョロい男に輝いた騎士団長。

 餌付けしておいてよかったよ。

 この人は何でも言うことを聞いてくれる気がする。


 騎士団長の説得に成功したため、僕は座っていた椅子には戻らず、シロップさんの方へ向かった。

 膝の上に置いてあるシロップさんの手をどけ、呼ばれてもいないのに、太ももの上に座っていく。

 そして、どけた手をお腹に装着すれば、自動でギュッと抱きしめてもらえる。


 シロップさんという安らぎがあってよかった。


 今まではシロップさんが、『ぽんっぽんっ』と膝を叩いて呼んでくれていたけど、こうやって僕が率先して座りに行くことは初めて。

 両思いのスズがいつも近くにいるから、こうやって自分の意志で座りに行くことを自重してたんだ。


 でも、今日はもう無理。

 エネルギーチャージしないと倒れそうだもん。


 シロップさんはとても嬉しかったんだろう。

 もしかしたら、子供が自分の意志で座りに来る経験は、これが初めてだったかもしれない。

 歓喜のクンカクンカがいつもより激しく、とても息が荒くなっている。


 ……あぁ、やっぱりクンカクンカはホッとするなー。


 僕の行動に全員が驚いてこっちを見ているけど、気にしない。

 クンカクンカが羨ましいんだろう。

 でも残念、やってもらえるのは小さい子供だけなんだ。

 

 その後は、ファインさんとフィオナさんを中心にして、会議が進んでいった……と思う。

 クンカクンカに夢中で、ほとんど話が入ってこなかったんだよ。

 だから、誰かがしゃべってるなーって思いながら見てただけ。


 カイルさんとスズも意見を出してた気がするけど、詳しくはわからない。


 1つだけ間違いなく言えることは、僕とシロップさんが場違いだってこと。

 真面目な会議中に何をしてるんだって話だよね。


 でも気にしないよ、クンカクンカで英気を養わないとね。

 今のやる気が出ない僕の体(心)は、少しおかしいと思うから。

 シロップさんのクンカクンカで物足りないなんて初めてだもん。

 なぜか『初心うぶな心』も発動しないし。


 クンカクンカは最高なんだけどなー。



- 1時間後 -



 ぼーっとクンカクンカをされていると、不意にシロップさんに声をかけられる。

 どうやら会議が終わろうとしているようだ。

 実に良い会議だったよ。


「たっちゃん……たっちゃん……」


「会議が終わりましたか?」


「みんなが見てるよ~?」


 シロップさんに言われて、王族や冒険者達の視線が僕に集まっていることに気付く。

 やっぱりシロップさんのクンカクンカが羨ましいんだね。

 でも譲らないよ、膝の上に座ることができるのは子供の特権なんだ。


「聞いてなかっただろ。オヤッサンが報酬をどうするか聞いているぞ」


 あっ、そっちでしたか。

 国王様をオヤッサンと呼ぶのはどうかと思いますが。


「スズに任せます」


 秘技、他人任せを発動する。

 スズは僕の保護者みたいなものだからね。

 シロップさんの膝の上で言うのもなんだけど、スズのヒモ男だし。


「フリージアに家が欲しい。お風呂付きの家。タツヤは私とお姉ちゃんの3人で暮らしている」


「風呂付きの家だな。わかった、それで手配をしておこう」


 家をねだるスズもスズだと思うけど、あっさり了承する国王も国王だよ。

 君達の金銭感覚は崩壊しすぎている。

 お風呂は嬉しいけどね。


 しかも、3人で住む家をもらっちゃうってさ、もうそういうことだよね?


 ちなみに、この世界でお風呂に入るのは貴族ぐらいだ。

 庶民は入ることがない。

 リーンベルさんの家でも、脱衣所とお風呂の部屋がない代わりに体を拭く専門のスペースがある。


 お風呂がない生活にも慣れたけど、あるに越したことはない。

 これでフリージアへ帰れば、湯上りリーンベルさんとスズの色っぽい姿が拝見できるから。

 ……耐えられるかは、別にして。


 湯上りの2人を妄想していると、失ったやる気を取り戻し始めていく。


 スズなんて「暑い」って言いながら、裸で家の中を徘徊しそうだ。

 リーンベルさんは色っぽい姿で、お風呂上がりのコーヒー牛乳を飲んでくれるだろう。

 一緒にお風呂に入っちゃうイベントも発生するかもしれない。


 お風呂って響きだけで素敵な妄想が溢れてくるよ。


 あれ? ちょっと待って。

 シロップさんのクンカクンカが止まってる。

 せめてスリスリはしてほしい、寂しくて死んじゃうから。


 ガンッ


 何の音かと思ったら、料理長がスライディング土下座を決めていた。

 すごい勢いでおでこを地面に叩きつけたみたいだ。


 床が凹んでないといいけど。


「俺はうぬぼれていた! 城の料理長の座について良い気になっていたんだ! あんな料理は、食べたことがない……許してほしい」


 僕のやる気はまたなくなる。

 面倒くさそうなイベントが始まってしまったからだ。


 大体この後の展開は予想が付く。

 料理を教えてほしい系のやつだ。

 可愛い女の子ならまだしも、オッサンは嫌だ。


「頼む、俺に料理を教えてくれ! 先生……いや、師匠!」


 やる気が上がった。

 師匠と言う響きが、なんか好き。

 中二病になると、なぜか師匠に憧れちゃうんだ。

 あとは、闇の組織ね。


 でも、オッサン料理長にそんなことをしてたら、フリージアに戻る時間が遅くなってしまう。

 帰りが遅くなると、リーンベルさんが心配だ。

 お腹が空きすぎて、家の壁を食べ始めるかもしれない。


「私からもお願いします。そうしないと、お城を抜け出してフリージアへ行ってしまいそうです」


 最近は塩と胡椒で焼いた簡単なメニューで済ませていたのに、予想よりも遥かに餌付けが進んでいるようだ。

 王女のフィオナさんがお城を抜け出して、わざわざ僕に会いに来ようと考えるなんて。


 やだ、ロマンティック。

 是非そうしてほしいよ。


 このまま断るのは簡単だけど、馬車で膝の上に座らせてもらった恩がある。

 だから、フィオナさんに頼まれると断ることができない。

 また座ってでられたいし。


 でも、僕は家庭料理しか作れない普通のサラリーマン。

 プロの料理人じゃないし、レシピを教えることぐらいしかできない。


 それに、調味料作成で調味料を取り出しているからできることなんだよね。

 さすがに調味料の作り方は知らないし、僕がいないと再現できないだろう。


 うーん………そうだ!


「では、今日の夜ごはんをここの料理人達に手伝っていただきます。味付けは僕がしますから、1番簡単なホットドッグとタマゴサンドを作りましょう」


「ありがとうございます! ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします!」


 子供がオッサンに土下座されている後ろで、シロップさんはクンカクンカを再開してくれた。

 すごいシュールな絵を王族に見せている気がするよ。


「カイルさん、料理するのにシロップさんをお借りしてもいいですか?」


「おう。でも、なんでシロップが必要なんだ?」


「まだ子供なんで、シロップさんが恋しいんです。このままシロップさんと離れたら、寂しくて死んでしまいそうです」


 その言葉に感動したシロップさんは、超高速クンカクンカを始める。


 さすがの僕でも、それは早すぎて怖い。

 強力な魔物に憑りつかている気分だ。

 少しは落ち着いて、ゆっくり匂いを嗅いでほしい。


 その後、全員で城の厨房まで移動することになった。

 僕はシロップさんにギュッと抱かれて持ち運ばれている。


 きっと大きめのぬいぐるみを持っているような気持ちなんだろう。

 歩かないでいいし、シロップさんのおっぱいが癒してくれるから最高だよ。


 城の厨房に着くと、あまりの広さに驚いた。

 10台以上のコンロが配置されているし、特大の冷蔵庫が4個もあり、料理人も20名ほどいる。


 きっと城で働く兵士やメイドさんの分まで、全て作っているんだろう。


 ボケーっと辺りを見回していると、料理長が「整列!」と声をかけた。

 すると、料理人達が作業を切り上げて、横2列に並んで整列をした。


 スポンジハンバーグを作ってたけど、一応国を代表する料理長だもんね。

 今頃になって、クッキーでマウントを取ってしまったことを申し訳なく感じてきたよ。


「今日の夜ごはんのメニューを変更する。国王様と来賓の方々は別メニューだ。ここにおられるタツヤ様の指示をいただき、皆で料理をする。何か質問はあるか?」


「こ、子供の指示に従って料理を作るのですか?」


 ですよね。

 めっちゃやる気のない子供に教えられるとか、全然意味がわからないよね。

 シロップさんに抱かれてるし。

 逆の立場だったら、全く同じことを思っているよ。


 しかし、なぜか料理長は体育系だった。

 質問してきた料理人をすごい勢いで殴りつける。


 王族がいるのに、こういうのはいいんだろうか。

 日本だったら、完全なブラック企業で裁判案件だぞ。

 フィオナさんが嫌がる気持ちもよくわかるよ。


「バカヤロウ! お前はいつからそんなに偉くなったんだ、黙って従え」


 質問を聞いておいて、「黙れ」とはめちゃくちゃだ。

 ……まぁ、僕もめちゃくちゃやったけどね。


 早く終わらせて、今度はフィオナさんの膝の上に座ろうかな。

 フィオナさんの耳元ボイスが恋しいんだ。


 よし、サッサと終わらせよう。


「まずはホットドッグ用のパンと、タマゴサンド用のパンを準備してください。材料はウィンナー、レタス、タマネギ、タマゴだけで大丈夫です。味付けは僕がやりますので。今日作る見本品を5つ置いておきますから、切り分けて一口ずつ食べてみてください」


 テーブルにそれぞれ置いた瞬間、料理人の目の色が変わる。

 それと同時に、料理を見たことなかった王族も驚いていた。


 冒険者達とフィオナさんは僕に手を出してきてたので、しぶしぶ1つずつあげることにした。


「ワ、ワシにもわけてくれ」


「国王様はダメです。1度食べ始めると止まれないタイプだと思いますから、夜になるまで我慢してください」


「お父様、タツヤさんの言う通りです。お腹いっぱいでも食べてしまうほど、我慢することは困難です。私でもお城で食べていた量の、5倍以上は食べてしまいます」


「ま、待て! お前が5倍?! そんなに食べて大丈夫なのか? 年々食べる量が減っていたお前が……5倍も食べられるのか?」


「我慢してそれぐらいです。ホットドッグは5つ、タマゴサンドは10個ほど食べられますよ。今まで城の料理が口に合わなくて、食欲が沸かなかったのでしょう」


 フィオナさんの言葉に、王族と料理人達は驚いていた。


 僕からしたら、モリモリ食べてるイメージしかないけどね。

 初めての親睦会でも、意外に食べるんだなって見てたから。


 あっ、冷静だった王妃様が驚きすぎて、白目を向いている。

 娘のことになると、さすがの王妃様でも取り乱すんだね。

 なんかちょっと嬉しくなるよ。


 料理人達がホットドッグとタマゴサンドを食べていくと、大騒ぎになってしまった。

 最終的にオッサン達がキュンキュンし続けるという、地獄絵図を見ることになったんだ。

 ときめき卵の弊害である。


「では、料理を作っていきますよー。アイテムボックス持ちなので、出来上がったら入れていきますからねー」


「「「「よろしくお願いします!」」」」


 シロップさんに抱かれながら、それぞれグループを分けて指示を出していく。


 買い出し班、

 炒り卵作り班、

 ウィンナー焼き班、

 タマネギみじん切り班、

 パンに挟んでいく班。


 実に簡単な仕事ばかりだ。

 20人もいれば、すぐ終わるだろう。



 だが、すぐにそんなことはないと思い知ることになった。

 なぜなら、ハンバーグをスポンジに変えてしまう人が料理長だからだ。

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