第152話:VS巨大ワーム

 ヤバイ、巨大ワームの迫ってくる勢いが早すぎて、このままだと食べられてしまう。


 どれだけ全力で走っても、間に合う様子がない。

 野球で例えるなら、バントしたのに2塁まで走ろうとするくらい無謀な状況。


 こんな時は援護して逃げるサポートをしてもらいたいのに、カッコつけて援護を断ったばかり。

 大声で叫んでも、ワームの鳴き声にかき消されてしまう。

 助けることができる冒険者がいるのに、助けを期待できないなんて。


 調子に乗って、巨大ワームに挑むんじゃなかった。

 イリスさんも戦闘させる気がなさそうだったから、大人しく撤退を進言すればよかった。

 マールさんの忠告を聞いておくべきだった。


 後悔が駆け巡る中、巨大ワームの口が襲い掛かってくる。


「こうなったらイチかバチかの賭けだ。いくぞ、緊急醤油脱出!」


 ヘッドスライディングをするように頭から飛びこみ、手は後方へ向ける。

 そして、勢いよく両手から醤油を放出し、ペットボトルロケットのように水圧を利用して加速する。


 ブシューーーーッ


 子供の身軽な体と最大限まで高めた醤油の水圧により、ペットボトルロケットのように飛ぶことに成功。

 ワームの口をスレスレでかわし、砂に叩きつけられるように転がった。

 オレッち装備の優秀さと砂のクッションに助けられ、ケガをすることもない。


 どうしよう、ちょっと楽しかった。


 ワームが砂の中に潜っていき、再び鳴き声をあげて地上に飛び出してきた。

 食べたと思ったはずの僕を見て、「ヴォ?」と疑問を抱くように固まってしまう。


「本当に大丈夫ですのー? 先ほど危なそうでしたわよー!」


 遠くからイリスさんが叫んで心配してくれている。


「余裕です! 作戦通りでした!」


 死ぬかもしれないピンチを迎えたばかりなのに、強気な返答をする僕。

 理由は簡単だ、もう1回醤油で空を飛びたい。


 再びワームが動き始め、もう1度同じように突っ込んで来る。


 甘いな、ワームよ。

 逃げ道が確保されてしまえば、試行錯誤することができる。

 調味料スキルの真の力をくらうがいい。


「ワーム専用、腐ったガチョウの卵乱れ撃ち! そして、緊急醤油脱出!!」


 ブシューーーーッ ブォォォォォォ


 これを耐えるとはやるな。

 口臭巨大ワームめ。

 ならば、これならどうだ。


「聖なる腐った牛乳、ミルクボム、7連! そして、緊急醤油脱出!!」


 ブシューーーーッ ブォォォォォォ


 マジかよ、こいつの内臓は強靭過ぎるぞ。

 普通は2秒でお腹を壊すだろう。

 体が大きくても、耐えられるようなレベルじゃないからね。


 辛いハバネロもダメ、腐った卵も牛乳もダメなんて、早くも後がないよ。

 いや、意外にこういうのはどうだろうか。


「ママに怒られること間違いなし、コレステロールの塊、マヨネーズ爆弾、9連! そして、緊急醤油脱出!!」


 ブシューーーーッ ブォォォォォォ


 巨大ワームが、強すぎる……。

 何を食べても元気じゃん。

 戦闘用スキルじゃないんだから、調味料スキルの限界は早いというのに。


「なにやってますのー! 魔法は効きませんのよー!」


 調味料を魔法と扱ってくださることに関しては、本当にありがとうございます。

 強そうに見られますし、ちょっと誇らしくなりますから。

 他のAランク冒険者が興味津々で見学する中、マールさんだけは醤油だと気付いて、口をぽかんと開けているけど。


「分析してたんですよ、ぶ・ん・せ・き!」


 嘘です、本当はこれで倒そうとしていました。

 ハバネロソースが効かない時点で、勝つことはほとんど諦めていましたよ。


 でも、これだけ無駄に戦っていれば、知的な僕は気付いてしまうんだ。

 ワームの攻略法というやつをね。


 まず第一に重要なことは、このワームは醤油を気に入っている。

 何を言ってるんだ? って思うかもしれない。だが、これは事実。


 辺りを見回しても、緊急醤油脱出でばら撒いた醤油が一滴も残されていないんだ。

 砂の中に潜ったワームは、必ず醤油の付着した砂がある場所から飛び出してくる。

 その時、醤油付きの砂をおいしく召し上がっているんだ。


 試しにワームがヴォォォォォと突っ込んでくる中、全然違う場所に醤油を撒いてみる。

 醤油に気付いたワームは急旋回して、醤油が付いた砂を食べて地面へ潜っていく。

 出てきて欲しい場所に醤油を撒いておけば、ヴォォォォォとワームがそこから出てきてくれる。


 どうしよう、ワームを倒さずに手懐けてしまった。


 醤油を右・左・右・左と、交互に出していくと、ワームが永遠にグルグルと回り始める。

 右の醤油がかかった砂を食べながら出てきて、左の醤油がかかった砂を食べながら沈んでいく。


 謎のアトラクションでも見ているような気分だ。


「な、何してますのー? 今までの攻撃は、ワームに幻覚を見せるような効果でもありましてー?」


 そんなわけないじゃないですか。

 ただおいしい醤油を求めて、ワームが本能に従っているだけですよ。


「その通りですー。ワームは幻覚で混乱しているんですー」


 そっちの方がカッコいいですから、そういうことにしますけどね。

 冒険者達の尊敬する眼差しが一段と強くなりましたし、なぜかマールさんも「本当はそうなのかな」って、疑問を抱き始めていますから。


 でも、マールさんルートが攻略不可能なのはわかりきったこと。

 マールさんがリーンベルさんに話してくれることで、リーンベルさんのポイントを上げようという、あざとい作戦ですよ。

 随分と僕も計算高い男になったものだ。


 おっと、それよりもこれからどうするべきか考えないと。


 このまま人がいない地域へ醤油で誘導したとしても、醤油欲しさに戻ってきそうだな。

 かといって、ダメージが通るような攻撃を与える手段はない。


 Aランク冒険者達の武器でも斬れないなら、斬撃で倒すのは難しいだろう。

 唯一ダメージを与えたのは、トーマスさんの屁による衝撃。

 強烈な衝撃で倒すことができるとしたら、大きな鈍器のようなもので潰すといいのかもしれない。


 巨大ワームを鉄球でドンッと押し潰すようなイメージ。


 そんな大きな物を急に用意しろと言われても、普通はできないだろう。

 でも、僕は違う。

 調味料スキルのおかげで、巨大な岩塩をいつでもどこでも生成することができる。


 どうやら、本当にワームを討伐することができそうだよ。

 たまには出しゃばるのもいいもんだな。

 イリスさんとマールさんの前でカッコつけ、ポイントが大幅に急上昇すること間違いなし。


 作戦はこうだ。


 1.醤油を手当たり次第にばら撒いて、時間を稼ぐ

 2.上空に巨大な岩塩を打ち上げて、重力を使って落下スピードを高め、威力を向上させる

 3.醤油で出てくる場所を誘導し、岩塩を頭にぶつけて撃退する


 完璧な作戦だけど、自分でもびっくりするよ。

 とても冒険者の考えた作戦とは思えない、小学生のイタズラみたいな印象が残る。

 知的要素が全く存在しない作戦だけど、思い付く方法はこれだけ。


 ワームが醤油に飽きないうちに、早めに行動した方がいいだろう。


「拡散する醤油、はなさか醤油」


 ブシューーーッと、辺り一面に醤油を撒き散らす。

 醤油好きのワームは、無邪気な子供のように醤油が付いた砂を求めて動き始める。


 作戦1は終了。第2段階へ移行する。

 次は巨大な岩塩を作り出すことだ。

 今までやったことはないけど、多分大丈夫だろう。


 ワームの口より少し大きめの巨大岩塩をイメージする。

 岩塩がぶつかった衝撃で砕けないように、思いっきり硬くして打ち上げよう。

 ダイヤモンドのような硬さを持つように硬質化させていく。


 イメージがまとまったところで、巨大岩塩を上空へ打ち上げるように作りだs……。




 ハプニング発生である。




 イメージした岩塩が出てこないんだ。

 サイズが大きいからだろうか。

 固く作り過ぎてしまったのもしれない。


 今までの経験上、作れない時はスキルが反発するような感じがして、警告するような異変が体に現れる。

 強化オーガの時も黒ローブの時も、頭痛や視界がブレて大変だったから。

 でも、今回はそれが全くない。


 つまり、普通に作れるはずなんだk……、こ、これは……!!


 自分の体内に何が起こっているのか、スキルを通じて直感的に理解してしまう。

 硬質化した巨大岩塩が無事に生成されたことは間違いない。

 ただ、硬くて大きい物質に強化したことで、うまく排出できずに引っかかっているんだ。


 そう、例えるなら……便秘である。

 岩塩が体内で滞っていて、頑張って動こうとする便意のような感覚。

 塩だから、塩意になるのかな。


 一所懸命トイレでいきむように力を入れても、全然出てくる気配がない。

 それなのに、無理矢理スキルが押し出そうと働くため、手に猛烈な塩意が込み上げてくる。


 手から岩塩が漏れ出そうになるという、人生で初めて感じる未知の体験により、体を支えることができずに膝から崩れ落ちてしまう。

 こんな姿をイリスさんやマールさん、他の冒険者達に見られたくない。


「どうしましたのー? 大丈夫ですのー?」


 大丈夫、大丈夫だから。

 塩を漏らすところを見ないでぇ……。


 強烈な塩意が押し寄せる中、気合で立ち上がってみんなの前から逃げ出していく。

 とにかく見られたくない一心で誰もいない方向に走り続けた。

 が、さらにスキルが岩塩を押し出そうとするため、漏れそうな感覚が邪魔して足がもつれてしまう。


 バタッと転んだ前方には、まだ食べられていない醤油の砂が見える。


 それなりに距離があるとはいえ、ワームの大きな口を考えるとギリギリだ。

 早くここから離れないと、ワームが出てきて食べられるかもしれない。


 立ち上がるために手を砂の上に乗せると、力が入らないほどの塩意が押し寄せ、体を起こすことができなかった。


 作戦は失敗だ、早く岩塩を出して形成を立て直さないと。

 でも、焦れば焦るほど塩が奥に引っ込むような感覚も生まれて、なかなか出てきてくれない。


 早く塩を排泄したい、巨大な岩塩を手から出したい。

 一生懸命いきんじゃうけど、切れ痔にはなりたくない。


「ん~~~! ん~~~!」


 複雑な思いをしながらも、僕は懸命にいきんだ。

 もうすぐ、もうすぐで塩を排泄できる。

 硬くて大きい岩塩が手から出てくる。


 そう思った、その時だ。

 前方に映し出される醤油の砂が、少しずつ穴を掘るように地面に吸い込まれ始めた。


 まずい、ワームがやってくる。


 どうしよう、急がないとワームに食べられる。

 早く塩を出そうと急かされると、余計に塩が引っ込んでしまう。

 焦っちゃダメだ、ゆっくりと自分のペースでいきまないと。


 いったんワームのことは頭で考えないようにして、塩意に身を委ねることにした。

 醤油の砂が加速して地面に吸い込まれ始めると、ついに念願のその時はやってくる。


「あぁぁぁっ、出るぅぅぅー!」


 ボォーーーンと塩が出たと同時に、タイミングよくワームが醤油の砂を食べに浮上した。

 僕の手を口の端っこでパシッと叩くように弾くと、排泄した岩塩が砂と一緒に口へ入る。


 自分よりも若干大きいサイズの岩塩を無理矢理飲み込み始めるワームは、垂直へ上昇していく。

 しかし、地上3mほど顔を出した場所で、ピタッと動きが止まってしまう。


 一方、岩塩を出してスッキリした僕は、緊急醤油脱出で即座にワームから離れた。

 大きめの岩塩が喉に詰まり、悶え苦しむようにワームは動き回っている。


 本来であれば、喉を流れて消化できたのかもしれない。

 しかし、奇跡的に喉元は屁による衝撃で凹んでいたため、通り道が小さくなって気道を塞いでしまったんだろう。


 屁を出して切れ痔になった砂漠の英雄と、巨大な岩塩を漏らしたフェンネル王国の英雄による夢のコラボである。


 中途半端に体を出しているワームは吐き出すという選択肢がないのか、なんとか奥に流そうと必死に飲み込もうとしていた。

 頭をクネクネと動かしたり、グルグルと頭を回したり、立ったままブルブルと体を震わせたり。


 まるで、活発に動く巨大なチンアナゴみたいだ。


 苦しむワームの動きが少しずつ遅くなっていくと、次第に意識を失うように力尽きていった。

 ズッシーーーンとワームが倒れると、周囲に砂煙が舞い上がる。


 その瞬間、後方から冒険者達の盛大な歓声が起こり、戦いに終止符を下ろした。

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