第153話:高まる名声
- デザートローズに帰る道中 -
お尻を押さえて歩くトーマスさんとイリスさんを先頭にして、街へ帰還する。
その後ろに僕とマールさんが手を繋いで歩いていく。
他の冒険者達はそれぞれ別パーティの人と交流して、親睦を深めながら周りを歩いているよ。
「アイテムボックス持ちが巨大ワームをソロで討伐するなんて。すごいやつが出てきましたね」
どのパーティの話題も醤油戦士の話ばかり。
当然、僕は最大限聞き耳を立てて歩いている。
「最後どうやって倒したか見えなかったんだよなー。突然ワームが苦しみ始めたように見えたが」
巨大ワームとの戦闘中、塩を漏らしそうになった僕は、恥ずかしくて冒険者達と距離を取っていた。
砂から出てきたワームが一瞬で岩塩を飲み込んでしまったこともあり、岩塩で倒したという事実を誰も理解していない。
だから、冒険者達は難しく考えてしまう。
「あのレベルの魔物を幻覚に陥れたんだ。強力な呪いをかけて倒したに違いない。きっと俺達に呪いがかからないように、最後は距離を取ってくれたんだぜ」
Aランク冒険者達が束になっても敵わず、Sランク冒険者の魔法攻撃を防いだ魔物。
そんな魔物をソロで倒すなんて、特殊な攻撃以外にあり得ないと誰もが考えていた。
これには「幻覚で混乱させた」と、適当なことを言ったのも一役買っているだろう。
「間違いないだろう、イリス様が連れてきたくらいだからな。だが、信じられるか? 戦闘できないと言われ続けたアイテムボックス持ちが、巨大ワームをソロで討伐したんだぜ? こういうやつが神に選ばれし者っていうんだろうな」
あぁぁぁぁ、ちょ~~~気持ちいい。
ゴブリン以下のステータスを持つ最弱の醤油戦士なのに、歴戦を乗り越えてきたAランク冒険者が褒めちぎってくる。
後天的にスキルを覚えないアイテムボックス持ちなだけに、誰もスキルの詳細を聞いてこようともしない。
謎が謎を呼び、陰陽師のような存在へ生まれ変わっていく。
やばっ、知的な陰陽師ポジションってカッコイイ……。
現実としては、醤油をばらまいて岩塩を漏らし、たまたま出てきたワームが喉に岩塩を詰まらせただけ。
フリージアでは、味噌を出して英雄と呼ばれ、
獣人国では、腐った牛乳をばら撒き獣人達を助け、
砂漠の国では、岩塩を漏らして国の危機を救った。
まさに英雄である。
歴史に名を刻む存在といっても過言ではないだろう。
ただし、半信半疑で疑う存在がいることもまた事実。
「ねぇ、本当にワームはタツヤが倒したの? ボクはちょっと疑っているんだ。戦闘で使っていた黒い液体に見覚えがあるんだよね」
マールさんの言葉に、周囲の冒険者達が話すことを止めてしまう。
やはりスキルの詳細が気になっているのか、聞き耳を立て始めたんだ。
前方にいるイリスさんの耳もピクピクッと動き、トーマスさんはお尻を押さえている右手にギュッと力が入った。
トーマスさんは歩き続けることで切れ痔が悪化して、痛みが強くなっただけだろう。
この人は僕に興味がないと思う。
疑ってしまうマールさんの気持ちは理解できる。
料理を作るところを何度も実家で見られていたこともあり、戦闘で使った黒い液体が醤油だと気付いているはず。
だが、ワームを倒したのは事実である。
「先に戦った冒険者達の行動を見て、ワームの戦い方を観察して分析しました。あのタイミングであそこに来るのはわかりきっていたこと。それまでの行動は全て陽動、計算通りです」
「「「おぉ~~~」」」
100%虚偽の発言を誰も疑いことはなく、無駄に名声が高まっていく。
「ふーん、そうなんだ。それなら……ちょっとカッコよかったかな」
そう言ったマールさんは、繋いでいる手をギュッと握ってくれた。
マールさんルートに入ったような展開に、普段の僕なら大興奮だろう。
でも、さすがの僕も学習するよ。
今回は嬉しい展開が起こることはあり得ない。
その1.調味料の戦闘で活躍すると、恋愛運が下がるという法則。
その2.実家で一緒に過ごしているのに、毎日「好きじゃない」と拒否されてきた現実。
その3.街を歩く度に可愛い女の子を探し続ける、マールさんの百合属性のガチ度。
以上、3つのことから、僕への恋愛感情はないと判断できる。
マールさんの恋愛ルートに入ったわけではなく、親しい友達ルートに入っただけ。
恋愛虚弱体質の影響で心臓がマシンガンを撃ち始めても、現実は期待することができない。
水着のマールさんと手を繋げることには、感謝をしているけどね。
暑さで汗ばむマールさんの手をギュッと握り返し、そのまま帰路を進んでいく。
冒険者達は永遠に飽きることなく、ずっと僕の話題で盛り上がっていた。
冒険者ギルドに着くと、イリスさんは僕だけ残るように指示。
他の冒険者達はあっさりと解散する。
イリスさんに連れられて解体場へ行くと、ワームを全て取り出すように言われる。
今回の依頼は複数の冒険者で協力したため、売り上げの一部を報酬と同時に分配するつもりなんだろう。
解体屋さん達がスペースを開けてくれたので、60体以上もいるワームを全てぶちまけた。
ワームを見慣れたであろう本部の解体屋達も、大量のワームを見ることは初めてなんだろう。
全員が真顔で佇み、明らかに引いていた。
そんな中、1人だけ嬉々とした表情で巨大ワームに走っていく女性がいる。
姉御肌のレフィーさんだ。
恒例の魔物頬ずりをして、喜びを表現しているよ。
解体業に復帰したのなら、キマイラの解体に進展があったのかな。
無事に解体が終わっているといいんだけど。
同業者である解体屋達がレフィーさんにドン引きする中、隣にいるイリスさんが肩を軽く叩いてきた。
周りに聞かれたくないのか、振り向いた僕の耳へ顔を寄せてくる。
「報酬の件でお話がありますわ」
報酬という言葉を聞いて、僕はビシッと背筋を伸ばした。
記憶の中に眠る言葉が頭の中に鳴り響くような不思議な感覚。
依頼を受ける時、イリスさんはこう言っていた。
『もしお願いを聞いてくださるのなら、1時間だけわたくしを好きにしても構いませんわよ』
言葉を思いだしただけで、心臓が喜びのステップを踏み始める。
高速に動くだけじゃ物足らず、ついに肋骨内を移動するという謎の行動を取り始めたんだ。
薄々気付いていたけど、僕の心臓は1つの生命体のような雰囲気がある。
でも、意味不明な喜び方をする心臓の気持ちもわかるだろう。
今日が32年間待ち続けた、悲しみの魔法使いの卒業式なのだから。
大人になる神聖な儀式へ向かうため、友達であるマールさんの手を放す。
ギュッと握り合っていただけに、驚いたマールさんが振り向いてきた。
「少しイリスさんと依頼の件で話をしてきますね」
話すのは口ではなく、体で話しますが。
「そうなんだ、ボクも一緒に行くよ」
え、いや、あの……3人で話し合うことはできませんよ。
嫌いじゃないですけど、初めてはマンツーマンで教えていただきたいので。
手取り足取り誘導していただかないと、何もできないヘタレですからね。
「大事な話がありますの。マールはここで待っていなさいな。彼と2人きりがいいんですのよ」
ふ、2人きりで大事な話ですか。
超絶意味深なパワーワードですね。
「はいっ、ティアと一緒に待っております」
初体験を済ませるところを待たれるなんて、恥ずかしい限りである。
妹のティアさんと親しい女友達のマールさんに見送られて、イリスさんと解体場を後にした。
ギルド内をイリスさんと2人で歩いていくと、高揚感と興奮と緊張が混じり合って、冷静になることができなかった。
どのタイミングで服を脱げばいいのかわからないんだ。
全裸が一般的とはいえ、服を脱がないパターンもあるだろう。
もしかしたら、互いに服を脱がし合うイチャイチャパターンを希望されるかもしれない。
それなら、イリスさんの服は僕が脱がすことになる。
どうしよう、女性の下着なんて触ったことがないぞ。
構造が理解できていないから、下着を外す時に苦戦してしまう。
緊張で手が震えるまでは仕方ないと思うけど、下着がなかなか脱がせないのは恥ずかしい。
「手と足が一緒に出ていますわよ。もう少し落ち着いたらどうですの?」
落ち着けるわけがありませんよ。
32年間の長きにわたる呪縛を解き放つんです。
一世一代の大勝負レベルですからね。
「まだ子供なんで、初めてなんです、子供なんで。お手柔らかにお願いしますね、まだ子供なんで」
今日ほど子供というワードを有効活用した日はないだろう。
「わかっていますわ。まぁ……1時間後には大人になっているかもしれませんわね」
そう言ったイリスさんが妖艶な微笑みを見せた時、1つの部屋の前で立ち止まる
部屋のドアには、『イリスの部屋』と書かれていた。
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