第151話:砕け散る希望

「パーティで勝てる相手ではありませんわ。遠距離の物理攻撃を放てるものは、極力威力を高めて迷わず放ちなさいな。近接物理タイプは攻撃をもらわないように注意を引き、チャンスがあれば攻撃。魔法使いは援護優先、ヒーラーはいったん下がって後方で治療に当たるのですわ。トーマスの魔法を最大限まで溜め込み放出するまで、時間を稼いで弱らせますのよ」


「「「おう!(はい!)」」」


 巨大なワームを見ても、イリスさんは狼狽える気配がない。

 冒険者ギルド本部の統括であり、指揮をするだけのことはある。

 優秀な冒険者達が指示を聞くのも、信頼の証だろう。


 巨大なワームが出てきた段階で、通常のワームは後を任せるように撤退した。

 それなのに、大量にワームがいた頃よりも魔物から受ける威圧感は数倍に跳ね上がっている。


 そんな中、頼りになるのかならないのかよくわからないトーマスさんは、マイペースに充電していた。

 テンションがあがってきたのか、「ヘイヘーイ、ふ~ふ~」と、さらにおかしくなり始める。


 この男が砂漠の国の英雄だとは、世も末だな。


 改めてトーマスさんの異常を再認識させられる頃には、駆け抜ける冒険者達が巨大ワームの元までたどり着いていた。


 大きな口を開けて食べようと、地面を這うように巨大なワームが向かってくる。

 それぞれかわしながらワームに攻撃しても、傷が付くような気配がない。


 動きの素早い獣人がパワフルな斧を持った男を運んで距離を詰め、勢いよく武器を振り下ろしても同じこと。

 巨大ワームのボディに弾かれてバランスを失うだけでなく、ワームが体をネジって反撃をする。

 それを獣人の素早い動きでカバーして戦線を離脱させると共に、魔法攻撃による援護で後を追えないようにした。


 合同パーティによる戦闘だけど、みんなセンスが良くて上手いこと連携を取り合っている。

 ワームに弾かれてダメージを負う人もいたけど、致命傷にならなければそれでいい。


 ダークエルフの戦いをみてきた僕からすれば、基本的にスピードは遅い。

 キマイラやケルベロスといった機動力がある魔物と比べると、体が大きすぎて小回りが利かないんだ。

 ワームの独特な動きがあるけど、無理して攻撃しない限りは避けることができると思う。


 でも、それだけでは長期戦になるだけで倒せない。


 戦うワームを見る限り、ブリリアントバッファローやキマイラみたいに衝撃を吸収するような表皮ではない。

 鋼鉄のように硬い物質であるため、物理攻撃を弾くような印象を受ける。

 魔法耐性が高いだけでなく、物理耐性も高いみたいだな。


 重点的にどこかを攻めて一点突破したいけど、グネグネ動くワームではやりにくい。

 実用的な方法としては、ヒビが入った場所を目印に攻めるような戦法がいいだろう。


 そうなると、1番期待するのはトーマスさんの屁。


 どんどんヒートアップするトーマスさんは、手を使って高速でおしりを叩き始める。

 その度に「ヘイヘイ」言う姿を見ても、誰もが見て見ぬふり。

 人間という生き物は、時に無視をして優しさを表現するんだ。


 すると、絶頂にたどり着いたであろうトーマスさんが「ヘイーン、ヘイーン」と言いながら、お尻を叩くペースを落とした。

 充電完了のサインだと理解してしまう自分が恥ずかしい。


「全員撤退しなさいな! トーマスが魔法を放ちますわよ!」


 イリスさんの声を聞いて、冒険者達が急いでワームから離れていく。


 冒険者達の『絶対屁に巻き込まれたくない』という思いが伝わってくるような動きだった。

 同じ立場だったら、僕も全く同じことを思っただろう。


「いいですわ、全員撤退完了! トーマス、放ちなさいな!」


「屁ッッッイーーーン」


 ヴォォォォォォォォォと、ワームの泣き声かと思うような重低音の屁が炸裂。

 ハッキリと目に見えるまで圧縮された高濃度の屁は、白い楕円形になってワームを襲う。


 50mの巨体を持つワームは対抗するようにヴォォォォォォォォと吠え、頭を振るようにして屁を迎え撃った。

 屁の方がスピードが速く、薙ぎ払うように振った頭を通り過ぎ、僅かにズレてボディに当たる。


 バゴォォォォォン


 轟音が鳴り響くと同時に、屁の衝撃でこっちまで強力な風が飛んで来た。

 砂漠の砂を舞い上げ、風魔法による攻撃を受けてしまうような感覚。

 Sランク冒険者の全力ということもあって、恐ろしい屁だな。


 必死に息を止めて耐え抜くと、辺りは静まり返っていた。


 舞い上がった砂埃が落ち着いていくと、先ほどの戦いによるワームの残骸は吹き飛び、綺麗な砂漠が映し出される。

 巨大なワームの姿もないため、同じように吹き飛ばされたのかもしれない。


 戦いが終わったのか誰にもわからず、息を呑んで周囲を警戒していく。

 そんな中、トーマスさんだけは様子が変わる。


 真顔になって右手でお尻を押さえ、漏らしたようなポーズを取っていた。

 先ほどまでのハイテンションとは違う。

 人が変わったかのように落ち込んでいる。


 すると、ブーメランパンツからスーッと一滴の赤い液体が流れ始めた。

 彼は漏らしていない、強烈な屁による反動で尻が避けてしまい、切れ痔に苦しんでいるんだろう。


 心優しいヒーラーが切れ痔を治すため、トーマスさんに近寄っていく。

 が、トーマスさんは左手で制止させ、首を横に振った。


「トーマスは回復魔法を受け付けない体ですの。薬草も効きにくいですが、3日もあれば治るほど治癒力が高いですわ」


 肯定するようにトーマスさんが頷いた。

 どうやら切れ痔の痛みが強すぎて、一言も話せないみたいだ。


 美少女であるイリスさんに、みんなの前で『この人はしばらく治らない切れ痔宣言』をされてしまった。

 彼の心が心配になる。


 いや、逆に男から言われるよりも、イリスさんに言われたい願望があるのかもしれない。

 だから、イリスさんの言うことしか聞かないんだ。


 変態って、変なところにこだわりを持っちゃうからね。


 ブーメランパンツから滲み出る赤い雫がポタッと砂漠に一滴垂れると同時に、大地が揺れ始める。

 その瞬間、冒険者達は自然と武器を構えていた。


 切れ痔を起こすほどの強烈な屁魔法を受けても、まだ倒れないのか。

 元々魔法耐性が強い魔物だったから、生き残ったのかもしれない。

 あれ以上強力な魔法も物理攻撃も、ここにいる冒険者は持っていないのに。


 まだまだ余裕の体を見せるつけるように、巨大ワームが地面から現れた。


 大きな体を見せ付けて威嚇するように天高く舞い上がると、急降下して地面に降りてくる。

 高い場所からプールに飛び込んで水飛沫を上げるように、砂を周囲に撒き散らして地面へ潜っていく。


 そんな動きを繰り返すワームは、「許さんぞ、お前達を食ってやろう」と、意思を伝えてきているようだった。


「首周りを見ろ、トーマスさんの魔法でボディが凹んでいるぞ」


 1人の冒険者が声を上げたことにより、全員が目を細めて確認する。

 ワームをよく観察すると、冒険者の言うように頭から3mほど下の部分が明らかに凹んでいた。


 しかし、亀裂や傷跡は見当たらず、純粋に凹んだだけ。


 今の攻撃を繰り返せば、もしかしたら追い返せるかもしれない。

 でも肝心のトーマスさんは切れ痔で、もう1度屁が出せるような状態ではないだろう。


 この時、誰もが頭の中で考えたはずだ。




 なんで屁に頼っているんだろうって。

 どうして屁をこいてほしいと願っているんだって。




 辺りを見回すと、歴戦を乗り越えてきた冒険者達が難しい顔をしていた。

 指示がないから動かないのか、それとも、勝てる相手じゃないと頭によぎって二の足を踏んでいるのかわからない。

 どちらにせよ、彼らは戦意を失ってしまっただろう。


 当然、トーマスさんも切れ痔でトコトコとしか歩けず、戦力として数えることは難しい。

 万策尽きたのか、イリスさんも目を閉じて唇を噛み締めているほどだ。

 ただの受付嬢であるマールさんは、ワームから目線を反らしていた。


 そんな中、1人の冒険者がイリスさんに近付き、さりげなく肩をポンポンと叩いた。

 女性の肩を叩いただけで高揚感に浸るという重度の変態である、僕だ。

 すごい勢いで体を振りまわすワームの姿を見て、僕の出る幕はないと思っていた。


 でも、今は違う。


 ワームは強烈な屁をくらって、僕達を食べようと動き始めた。

 閉じることのない大きな口を活かした攻撃、それは僕へのメッセージにも受け取ることができる。


 きっと「砂のハバネロソース和えが食べたいなー」と、はしゃいでいるに違いない。


「イリスさん、僕はチームのサポート役と説明していましたね。あれは半分本当で半分嘘です」


「ど、どういうことですの?」


「有名になればフリージアに戻れなくなると思って、嘘をついていただけですよ。でも巨大ワームは皆さんでは敵わないようですから、僕が倒そうと思います。おっと、そういえば言っていませんでしたね。ブリリアントバッファローの群れは、全て僕が一撃で討伐しました」


 衝撃の真実を告げられて、冒険者達が騒めき始める。

 毎日ブリリアントバッファローが解体場で見られたこともあり、冒険者達は僕を疑わなかった。

 希望の光を見るような目で、イリスさんも僕のことを見つめてくる。


 そんな中、1人だけ疑うような目線で見てくるマールさんに近付き、小声で耳打ちをする。


「ほ、本当ですよ。ブリリアントバッファローは僕が倒したんです」


「オークで死にかけてたのに、本当にブリリアントバッファローを倒せるのかなー」


 倒せるんですよ。

 あいつらはマヨネーズを踏んだらこけますからね。


「よく考えてくださいよ。ヘタレでビビリの僕が勝算もなしに戦いを挑むと思いますか?」


「……思わない」


 自分で誘導しておいて言うのもなんだけど、その言葉は傷付きますよ。


「見ててもらったらわかりますよ。マールさんの故郷を脅かす巨大ワームなんて、僕が叩きのめしますからね」


「う、うん」


 戸惑うマールさんに背を向け、イリスさんと向き合う。


「もしもの時があるかもしれませんから、皆さんを休ませておいてください。誰かと連携して戦うことに慣れていませんし、援護は不要です。かえって邪魔になるかもしれませんので」


 基本ぼっちなんで、協力プレイができないんです。


「わかりましたわ。あなたがダメだったその時は……いえ、何でもありませんの。無理をせずに戦ってくださいな」


 ワームへ向かって歩き出す僕を見て、冒険者達はサッと道を開けてくれる。

 希望を託すような眼差しは心地良く、物語の主人公のような存在感がある。



 砂漠の英雄から戦場を引き継ぎ、フェンネル王国の英雄が巨大ワームへ挑むなんて。

 僕はいつから本物の英雄のような男に生まれ変わったんだろうか。

 期待を背負って戦うのも……悪い気はしないな。



 カッコよく駆け出してワームに向かっていくと、僕の登場シーンを律義に待っていてくれたワームがヴォォォォォォォと、威嚇するように吠えて来た。


 大気が震えるような咆哮はちょっと怖い。

 僕を敵だと認定して、ロックオンしてきた気がする。


 でも心配するな、大丈夫だ。

 いつだって困った時はハバネロ先生が助けてくれた。


 災害級の魔物であるキマイラも、ハバネロ先生の前では無力だったんだ。

 Sランク程度の巨大ワームに耐えられるはずがない。


 早速「いただきまーす」と言わんばかりに、ヴォォォォォォォと大きな口を開けてワームが襲い掛かって来る。

 右手を突き出し、巨大ワーム専用に特大のハバネロソースを作り出して放出する。


「特大ハバネロボム、5連」


 ドンドンドンドンドンッと音が鳴り響くと同時に、赤いハバネロソースだけで作られた直径2mの球体が右手から放出された。


 巨大ワームは次々にハバネロソースを吸い込んでいくも、何の変化もない。

 辛さで悶えることもなく、ひたすら僕を食べようと大きな口を開けて接近。


 マジかよ、辛み成分が効かない……だと?!

 そんな馬鹿な話があってたまるか!

 調味料の中で唯一の攻撃的な偉大な存在なんだぞ!


 いったいどういうことだ?

 もしかしたら、熱い地域に生息している魔物は辛さが得意なのかもしれない。

 まずい、冷静に分析している状況じゃないだろう。


 襲い掛かるワームの攻撃を避けるため、急いで走り出す。


「でしゃばったの失敗した~~~!! あぁぁぁぁ、食べないでーーー!!」



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