第150話:Sランク冒険者トーマス
- 4日後 -
「砂漠に住んでるボクでも、こんな光景を見たことがないよ。まさかワームの群れが砂嵐を起こしてるなんて」
こっちは本当にマールさんが討伐についてくると思わなかったよ。
「想像以上に多くいますわね。住処と判断したため、通常のワームが遊んでいるのですわ。100匹近くいそうですの」
ギルドのトップであるイリスさんは、現場の指揮を執るために同行している。
声をかけたSランク冒険者が、イリスさんの言うことじゃないと聞かないらしいんだ。
まぁ………イリスさんが嫌がっていた気持ちもわかるよ。
Sランク冒険者なのに、装備を着用していない。
必要以上にモッコリしているブーメランパンツを履き、雄であることをアピールしてくる中年オヤジ。
黒光りするほど焼いた肌は、オイルを塗っているようなテカテカ感を放っている。
「ヘイヘーイ、ワームきゅんは元気だね~。こんな場所まで来るなんて、メッしちゃうぞ」
また一段と強烈なキャラが出てきたよ。
なんでキャラが濃いやつは自由なんだろうなー。
他の人達はAランク冒険者らしく、真面目なエリートばかりなのに。
防具も武器も強そうなものを装備して、3~5人で1パーティを組んでいる。
女性の冒険者もいるけど、ちゃんとした装備で露出が少ないよ。
だから、水着を着たマールさんが1番セクシーだね。
「作戦は予め伝えた通りですの。今からワームを、真ん中と左右の3つに分断しますわ。真ん中はトーマスが1人で処理しますから、それぞれ左右に分かれて応戦しなさいな。間違ってもトーマスの攻撃範囲に来てはいけませんことよ。何か質問はありまして?」
全員が納得して首を縦に振る中、トーマスさんだけは自由だ。
ハッハッハと1人で楽しそうに笑い、ボディビルダーがポーズを取るように力こぶを見せつけてくる。
作戦の中心人物が自分であることをアピールしたいんだろう。
どうしよう、獣王よりも関わりたくない人間がいたことに驚きを隠せない。
ちなみに、僕は敵の分析係として後方で待機。
イリスさんとマールさんと一緒に戦況を眺めるだけだ。
ぼっちと知的キャラが考慮された結果だよ。
「何もないようですわね。それではトーマス、あなたのタイミングで始めてちょうだい。他の冒険者も戦闘の準備をしなさいな。トーマスと初めての人は、何があっても遅れをとってはいけませんわよ」
ん? ……どういう意味だ?
魔物の群れに攻撃したら襲ってくるんだから、遅れなんて取るはずがないだろう。
奇襲をされるわけじゃなく、こっちが仕掛けていくんだから。
Aランク冒険者のエリートしか存在しないのに、一体何を言ってるんだか。
腰に手を当てて軽快にスキップしたトーマスさんが前に出ていくと、一部の冒険者達はため息と共に武器を構えた。
みるみるうちにイリスさんのテンションも下がり、ため息を漏らしてしまう。
なんだ、この嫌な予感は。
仁王立ちポーズからクルッと回転させたトーマスさんは、なぜか僕達と向かい合った。
肌とは対照的な白い歯をキラーンッと輝かせると、ワームにお尻を突き出すように前かがみになる。
そして、ゆっくりと足踏みを始め、徐々に足の動きが加速していく。
「フーフー! ヘイヘーイ!」
いったい僕達は何を見せられ、何をしに来たんだろうか。
巨大ワームの討伐に来たはずなのに、ブーメランパンツを履いたオッサンの1人遊びを見守ることになるなんて。
全員がブーメランパンツが高速で足踏みをする姿を無の心で見守っていると、不意にトーマスさんが自分の太ももをパチンッと1度叩いた。
「キタキタキタ~~~! 『屁ーーーイ!!』」
ブーーーッと聞きたくない音が轟くと共に、前方でワームが巻き起こしていた砂嵐が一気に吹き飛んでいく。
魔法耐性が強いはずなのに、猛烈な威力を誇った屁によって、正面にいた10体のワームは無残にも切り刻まれて瞬殺。
左右にいるワームでさえ、巻き起こる突風に耐え切れずに転倒している。
すごい屁を出すじゃん。
当然のようにドン引きして冒険者達が遅れを取っても、何の問題もなかった。
強烈な屁に耐え切れず、いきなり突っ込んでくるワームはいなかったから。
足踏みを止めることがないトーマスさんは、ずっと「ヘイヘーイ」といいながら充電している。
本人はなぜか嬉しそうな顔をしていて、1人で幸せそうだった。
こいつ、絶対モテないな。
僕が独り身だと確信した時、屁で倒されたワーム達は怒って反撃を開始。
ヴォォォォォと低い鳴き声を出して、トビウオのように地中から出たり入ったりして近付いてきた。
「来ますわよ、油断してはなりませんわ」
イリスさんの言葉に冒険者達が屁の衝撃から解放されると、急いで武器を構え直す。
初めて見た人間じゃなかったとしても、全員が戦うことを忘れていたようだ。
指揮官イリスさんのファインプレーである。
左右に別れた冒険者達が、それぞれワームを迎え撃つために駆け抜けていく。
これだけの優秀な冒険者が揃えば、戦い方も人それぞれ。
弓矢に魔法の力を宿して攻撃するアーチャーの女性。
水のない場所でも水を産み出し、氷柱のように尖った氷で攻撃する魔法使いの女性。
素早い動きで敵に近づき、鋭い爪で引っかく犬耳の女獣人。
当然のように女性の戦いしか見ない僕は通常運転だ。
むさ苦しい男達がワームをなぎ払おうが、豪快に両手で受け止めようが、連携してワームを一刀両断しようが関係ない。
ましてや、2発目の屁を放つ奴なんてどうでもいい!
気が利くことで有名な僕は邪魔にならないように近付き、ササッと誰かが倒したワームを回収する。
通常のワームでも充分大きいから、倒し続けると戦闘の邪魔になってしまうはず。
こういう気配りができる人間に女の子は弱いって言う噂だよ。
便利な子供がいることに気付き始めた男達は、倒したワームをこっちにポイポイ投げてくる。
男達に評価されても嬉しくはないけど、ティアさんのお土産にするため、どんどんアイテムボックスに入れていく。
普通はマジックバッグを持っていても、大きなワームなんて1匹入ればいい方だ。
こんな些細なことでもギルドに大貢献だよ。
ワーム素材のバーゲンセールが起こることは間違いないだろう。
次々にワーム討伐をしていく冒険者達は、さすがAランク冒険者だ。
多少攻撃を受けて傷付いても、すぐにヒーラーが回復して戦場に復帰する。
近くのパーティで怪我をしている人がいれば、違うパーティでも回復し合う仲間意識も素晴らしい。
気になるのは、巨大ワームが現れないことだけ。
生息域を広げる時は先陣をきると言っていたから、群れの頭みたいな存在だと思うけど。
すでに60体ほどは討伐しているし、助けに来てもいい頃なのに。
いったんイリスさんの元へ戻って、状況を確認する。
「イリスさん、巨大ワームの生息してる場所はここで合ってるんですか?」
「そうですわ、こんな場所にワームの群れがいること自体おかしいですの。必ず巨大ワームが現れるはずですから、油断してはなりませんわ」
「わかりました。ところで、トーマスさんはいつもあんな感じなんですか?」
なぜだろう、聞きたくないのに聞いてしまう。
知りたくもないのに、気になって仕方がないんだ。
相変わらず「ヘイヘーイ」と言いながら、屁の乱れ打ちをしているよ。
信じらないくらいのすごい威力なんだよね。
圧縮された空気が少し白っぽく見えるまで凝縮して、ワームに当たった瞬間にパーンッと破裂するんだ。
衝撃波でワームを真っ二つにしてしまい、遠距離で倒してしまう強烈な屁。
最初に放ったダイナミックな屁じゃなくて、小刻みに屁をこいて1体ずつ狙っている。
「特殊な方ですから、仕方ありませんわ。足踏みで空気を体内に取り込み、魔力で圧縮して魔法化するらしいですの。ブーメランパンツも特殊素材で、自分の魔法に影響しないそうですわ。誰にもマネできないオリジナルの風魔法ですのよ」
誰もマネしたくない風魔法とも言いますけどね。
この先も一生受け継がれることのない、永遠のオリジナルだと思いますよ。
「言いたくないですけど、今まで見た魔法の中で1番威力が高いです。Aランクモンスターで魔法耐性のあるワームを一撃で倒すなんて、普通はできませんよね」
「色んな意味でトーマスは、普通ではありませんわ。私がギルドマスターの統括になった8年前。ちょうどデザートローズが魔物に襲撃されたことがありましたの。砂漠の主と言われたデザートドラゴンが街へやって来たのですけど、あれで単独撃破しましたのよ。当時Aランク冒険者だった彼は、それから一気にSランク冒険者へ。この国では、あなたと同じように英雄と呼ばれていますわ」
やめてくださいよ、まるで英雄が変態の称号みたいじゃないですか。
あながち間違ってもいませんけど。
呆れるような表情をするイリスさんと、近くで聞いていたマールさんが同時に溜息を漏らした。
きっと『砂漠の国の英雄がコレか……』という、誇らしくない気持ちでいっぱいなんだろう。
一方、僕は軽快に屁をこき続けるトーマスさんを見続けて、違う感情を抱き始めていた。
だんだん可哀想になってきたんだ。
冒険者の中でも一握りの人しか到達することのできない、Sランクという領域。
オリジナルの風魔法『屁』だけで上り詰めたにもかかわらず、屁だからみんなが受け入れてくれない。
挙句の果てに精神に異常をきたし、変態に生まれ変わってしまったんだ。
そんな彼が悩み続けているのは、切れ痔。
お尻を酷使してボロボロになっても、街を守るために屁をこいてワームを倒しているんだ。
ブーメランパンツを履いて元気な姿を見せているけど、毎回排便時に激痛を伴う。
英雄と呼ばれているだけに、ピンチの時は駆けつけて屁をこいて帰っていく。
よかったよ、僕のユニークスキルが『屁』じゃなくて。
調味料スキルが僕のところに来てくれて、心から感謝している。
楽しそうなトーマスさんを憐みの目で見ていると、今まで襲い掛かって来ていたワームが撤退を始めた。
不自然な光景に冒険者達が辺りを警戒する。
それだけじゃない、初めてトーマスさんが真面目な顔をして、辺りを見回し始めたんだ。
変態すぎる行動が目立つ彼だけど、仮にも冒険者ギルドが認めたSランク冒険者。
彼が危険を感じたということは……。
撤退したワーム達の方向を見てみると、無残にも屁で切り刻まれたワームの残骸がある。
仲間の死を悲しむようにワームが動き回っているようにも見えるし、頭を呼んでいるような姿にも見える。
少なくとも、今までと明らかに違う雰囲気を作り出されていく。
空気を読めない屁こきマシーンであるトーマスさんが足踏みを始めると、ストップをかけるように大地が揺れ始めた。
そして、今までとは比べ物にならないほどの巨大なワームが地中から姿を現し始める。
誰もがワームの大きさに驚いて息を吞む中、トーマスさんの無邪気な声だけが響き渡っていた。
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