第139話:大人とは

 - 3日後 -


 フェンネル王国と砂漠の国デザートローズの国境ともいえる、大きな橋にたどり着いた。


 木で作ったような吊り橋じゃなく、石畳で作られた頑丈な橋。

 幅は3車線の道路ぐらいの大きさで、100m先まで伸びて陸地に繋がっている。

 橋の下は濃い霧で目視できないような高さで、落ちたら絶対に助かることはない高さの崖。


 興味本位で馬車から降りて見たけど、完全に足がすくんでしまうようなレベルだな。

 潔く馬車の中に戻って進んでもらうことにしよう。


 馬車に戻ってマールさんに話を聞いてみると、冒険者ギルドが土魔法によって橋を管理していることを教えてくれた。

 今まで橋が壊れたことはないそうだ。


 ちなみに、砂漠の国に王族はいない。

 冒険者ギルドが統治している国であって、城の代わりにギルド本部が存在する。


 犯罪者以外は受け入れ、領地や種族間で争わない自由の国。

 世界中の冒険者達が憧れる聖地ともいえる場所で、多くの冒険者が滞在しているとのこと。


 ただし、隣接しているフリージアと違って、冒険者活動するには最低でもCランク以上が必要になる。

 厳しい砂漠の環境で育った魔物達は、一筋縄ではいかないんだろう。


 装備もハイレベルな物を用意する必要があって、耐熱効果のある装備じゃないと、まともに活動することが難しい。

 気温が高い中で動き続ければ、当然のように汗が出て体力を奪われる。

 そんな状況で生き残れるほど、魔物という生き物は甘くない。


 幸いなことに僕の装備はオレッちが作った快適装備だから、耐熱効果も付いている。

 お金が無くならない限り、冒険者活動をするつもりはないけどね。


 マールさんに砂漠の国のことを教わっていると、大きな橋は越えて、中継地点のグアナコに到着した。


 馬車から降りると、グアナコの地面は本格的に砂漠化していた。

 砂の上を馬に歩かせ続けるわけにもいかないので、この街でラクダ車に乗り換えるらしい。


 ギルドの馬車と護衛の冒険者と街の入り口で別れ、ラクダ車乗り場へ向かっていく。


 道中はホットドッグとサンドウィッチを中心に食事を出してあげたから、めちゃくちゃ喜ばれたよ。

 調子に乗ってフリージアで未発売のポテサラサンドまで出したら、「さすが兄貴っす! 国の政策にまで関わってるなんて」と、思わぬ繋がりがバレてしまった。

 フィオナさんのことが嗅ぎ付けられても困るから、他の料理を出すことは避けておいたよ。


 マールさんの指示に従って、2人でグアナコの街を歩き進めていく。


 装備の効果で気付かないけど、砂漠だけに相当暑いらしい。

 周りにいる市民は半袖ハーフパンツが多く、うちわで扇いでいる人も見える。

 残念なことに、女性もハーフパンツの人ばかりだ。


 なぜショートパンツやミニスカートを履かない。

 しかも、若く見えても子供を連れている人ばかり。

 既婚の女性に手を出す趣味はないから、珍しく僕の守備範囲外だな。


 たとえ迫って来られたとしても、既婚者ならお断りだよ。

 ご、強引に迫られたら仕方ない時もあると思いますけどね。


 チラチラと辺りを見渡しながら歩いていると、マールさんの口数が少ないことに気付く。

 ふと顔を覗き込んでみると、汗だくになっていた。


 周りを見れば、一目瞭然。

 フリージアの服装と砂漠の服装は全然違う。

 ポカポカの春の服装がフリージアなら、グアナコはカンカン照りの真夏日。

 歩くだけでも疲れてしまい、汗をかくのも当然だろう。


 砂漠出身のマールさんがこんな感じだから、本当に装備がないと厳しい土地柄なんだな。

 僕は装備のおかげで何も感じないけど、マールさんは早く服を着替えた方がいいよ。

 周りから見ても浮いてるし、熱中症になったら大変だ。

 できれば、薄着でショートパンツをお願いしたいところですが。


 そのまま歩き続けていると、ラクダ車乗り場にたどり着いた。


 ラクダは地球にいるものより一回り大きく、足腰がしっかりしている。

 眉間にしわを寄せるような厳しい顔で、キリッとした眉が特徴的。

 意外に俊敏なのか、パッと首を動かして辺りを警戒していた。


 マールさんがいてくれて助かったよ。

 凛々しいラクダが30匹ぐらいいるから、どれに乗っていいのかわからない。


 コミュ障の僕はこういう時に声をかけるのが苦手なんだ。

 できないことはないけど、極力話しかけたくはない。


「おかしいなー、普段はこんなにラクダがいるはずないんだけど。ちょっと聞いてくるから、ここで待ってて。ついでに着替えてくるから、ちょっと時間かかるかもしれないけど」


 お待ちしておりましたよ!!

 ささっ、早く着替えてきてください。


「わかりました、ここで待ってますね」


 決して心の声を漏らすことなく、冷静な声でマールさんを見送る。


 あれから毎日リーンベルさんの話で盛り上がったし、今や同志といえる存在になっただろう。

 お互いに恐ろしいほどのヘタレで、リーンベルさんに迫られ待ちという共通点もある。

 性別が男で両想いの僕の方が圧倒的に有利なのにも関わらず、マールさんの方が関係を進めているという謎の展開。


 普通だったら醜い争いが繰り広げられるけど、僕達は違う。


 百合展開が見たい僕はマールさんを応援している。

 自分よりも遥かなヘタレの僕に感情移入してしまったマールさんも、僕を応援してくれている。


 その結果、以前よりも仲良くなってリーンベルさんのことを語り合えるようになった。


 リーンベルさんのことを語るマールさんは、女の子っぽい表情をして、とても可愛くなる。

 元気っ子が恥じらって照れる姿は、愛おしいの一言。

 両手で頬を隠す仕草が出るとピークで、ゆっくりと顔が赤く染まっていく。


 そんなマールさんに好かれたい。


 ラクダを見ながら可愛く恥じらうマールさんを思いだしていると、ラクダ達に2度見をされてしまった。

 変態モードに入ってしまい、ニヤニヤしているんだろう。

 マールさんが帰ってきた時にニヤついていたら変だし、しっかりしないと。


 顔を両手でパンパン叩いて表情を引き締めていると、後ろから右肩をポンポンと叩かれる。

 振り向いてみると、着替えてきたマールさんが立っていた。


 完全に意表を突かれた僕は、脇腹を斬馬刀でえぐり取られるような衝撃に襲われる。


 マールさんが着替えることはわかっていた。

 ショートパンツ程度なら大丈夫だろうと、完全に油断していた自分を叱ってやりたいよ。




 まさか、水着で来てくれるなんて。




 貧乳のマールさんは胸に自信がないため、チューブトップタイプのピンク色の水着を着ている。


 胸を覆い隠すように巻かれた水着。

 隠すことなく出された綺麗なおへそ。

 自慢の美尻を見せ付けるようなビキニ。


 このタイミングで女を曝け出してくるマールという女を甘く見ていた。

 旅先になると開放的になるというパターンのやつか。

 いや、今から故郷に帰るマールさんが解放的になることはないと思うけど。


 いったい僕をどうしたいっていうんだよ。

 好かれたいと思っていたけど、本当はもう好かれているのか?

 僕のことを落としたいという思いが強く溢れ、水着という大胆な手法に出たんだろうか。


 いくら暑いといっても、水着になっているのはマールさんくらいだ。

 場違いな服装であることは間違いないけど、効果は抜群だよ。

 君の水着姿で全ての記憶を失くしそうになるくらいの衝撃があったから。


 マールさんの水着という破滅的な精神攻撃を受け、脇腹を押さえながらも、何とか意識を飛ばさずに耐えきった。

 そんな僕を見て口を尖らせたマールさんは、明後日の方向を見ていじけてしまう。


 水着になったマールさんの可愛さが止まらない。


「ボクだってわかってるよ。アカネ先輩やベル先輩のみたいな魅力がないことくらい」


 ば、バカなことを言ってるんじゃないよ!!

 貧乳というステータスを最高に見せびらかし、ビキニを履いてくる辺りが攻めすぎだろうが。


 魅力が溢れすぎて、リーンベルさん以来の心停止が起こってるんだぞ!


 水着なんて下着と一緒なんだから、着替える時は心の準備をさせてくださいよ。

 でも、本当にありがとうございます!!


「何を言ってるんですか、マールさん。そんな大人っぽい姿をして誘惑してこないでくださいよ」


「……え?」


「……え?」


 脇腹を押さえる僕と見つめ合ったマールさんは、ポカンッとした表情していた。

 水着姿という絶対的な補正を備えたまま、見つめ続けてくるのは卑怯だ。


「お、お、おと、お、大人? 子供の間違いじゃない? ボ、ボクは色気なんて全くないし……」


 わざわざビキニを選んで必死に大人っぽさを出してくるマールさんに興奮しない男がいたとしたら、そいつはもう鼻クソだ。

 鼻クソだから女の価値が理解できないんだよ。

 指でクルクル丸められた後、ピーン! とどこかに飛ばされてしまえばいい。


 なぜそんなに女としての自分に自信を持っていないんだ。

 僕が興奮していることを証明するように、今すぐ後ろに回ってお尻を眺めて失神の1つでもかましてやりたい。


 1分でも長くマールさんの水着姿が見たいからやりませんけどね。

 もう少し慣れてきたら、ありがたく拝見させていただきます。


「ビキニを履かれたら、色っぽさなんて自然と溢れてきますよ。普段からマールさんは可愛いんですから、水着を着るなら予め言っておいてください。殺されるかと思いましたからね。子供の僕には水着なんて色気の暴力なんですから、次からは気を付けてくださいよ」


「ほえっ?! か、からかわないでよ。ボ、ボクがいろ、いろ……け……。か、可愛いとか、あ、あぁぁぁ、もう! ほらっ、ベル先輩のお願いだから早く行くよ!」


 脇腹を押さえる僕の手を取り、マールさんはラクダ車の方へ歩き出す。

 水着の可愛い女の子に手を繋いでもらえるという最高のシチュエーションに、僕の心臓は止まったまま。

 失神してマールさんに迷惑かけないようにすることだけを考え、何とか意識を保つことで必死だった。

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