第140話:冒険者が守る街

- ラクダ車で南に向かうこと、4日 -


 あれからずっとマールさんは水着である。

 夜は上着を軽く羽織る程度で、下はビキニのまま。

 さすがに見続けることはできないけど、素晴らしい日々を過ごしている。


 ラクダ車を護衛してくれた冒険者は、40代の男女が2人ずつの4人パーティ。

 野営する時は男女別で過ごすため、馬車の中でしかマールさんの水着を拝見することはできない。

 4日間も2人きりの空間で過ごしてたから、充分過ぎるほど幸せだったけどね。


 というのも、ラクダ車は貸し切りだったから。

 ギルマスがカエルを倒したお礼にと、マールさんに自腹でお金を渡してくれていたらしい。

 真面目なギルマスらしいというか、律義過ぎるというか。


 おかげ様で良い思いをさせていただきましたけどね。


「そろそろ首都に着く頃だね。前にも話したけど、冒険者ギルドが管理する国の首都だよ。この国は軍隊の代わりに、冒険者が街を守ることになってるんだ」


「グアナコでも多くの冒険者がいましたよね。治安を守る兵士さんはいませんでしたけど」


「Cランク冒険者にもなれば、お酒に溺れる人は少ないからね。酔っぱらって騒ぎが起こっても、周りの人が袋叩きにしちゃうからトラブルは少ないよ。でも……首都は作りが特殊になってるから、気を付けてね」


 いきなりマールさんは恥ずかしそうに頬を赤く染め始める。


 ステータスが弱すぎるから気を付けた方がいいんだろうか。

 マールさんは僕のステータスを知らないはずだし、英雄扱いをされてるから強いと誤解してると思うんだけど。


「あのね、砂漠の国の首都は出会いの場になってるんだよ。若いのに冒険者用の装備をしてたら、目を付けられるかもしれないから。一応ベル先輩に任されてるし、ボクから離れちゃダメだよ」


 えっ、単独行動したいんですけど。

 そんな絶好の場所で制限かけられるなんて、悲しくなりますよ。


 僕は若くしてCランク冒険者になり、隣国で英雄と呼ばれている男ですよ。

 スズからたっぷりとお小遣いをもらい、財力もあります。

 向こうから来ていただけるなら、最高のパターンじゃないですか。


 綺麗なお姉さんに遊ばれて捨てられたい。


「婚約者もいますし、そんな誘惑に負けませんよ。彼女達を裏切ることなんてできませんから」


 僕も変わったな、心にもないことを平然と言えるようになったよ。

 色んな美女に誘われて弄ばれることしか考えてないのにね。


「で、でも……その……、い、言いにくいんだけどさ。ボ、ボクの水着で興奮するなら、危ないと思うんだ。冒険者以外は水着で過ごす人が多いから、けっこう刺激的だと思うよ」


 そんな恥じらって言わないでください、充分に刺激的ですから。

 4日間かけて慣らしていった心臓が、再び暴れ始めたじゃないですか。


「だから、水着に着替えたんですね」


「そうだよ、こっちだとこれが普通だからね。ボクは水着が嫌だったから、15歳で家から離れたけど。首都で就職しても、ずっと水着の生活になるし、露骨に変な目で見られることも多いから」


 おっぱいの大きい子ばかりに男が注目してしまい、マールさんみたいな貧乳は見下されてしまうんだろう。

 知らない男達から残念な胸だと認定され、嫌な思いだけが募っていくのかもしれない。

 常時水着のままだったら、どこに行っても一緒のことが起こると思うから。


 マールさんと話しているうちに、首都へたどり着いた。

 ラクダ車も止まったので、早速馬車を降りて外へ向かう。


 馬車を降りてすぐに、マールさんの言った意味を理解した。

 刺激的とかいうレベルの光景じゃない、この街で過ごしたい。


 ビキニ女性しかいないじゃないか。

 男はみんな装備を付けてるから、冒険者ばかりだろう。


 あっ、いま向こうのお姉さんがウィンクしてきたよ。

 おっぱいも大きいし、大人の魅力が溢れすぎだ。

 ちょ、ちょっと! 舌なめずりなんてやめてください。

 僕みたいな子供は……すぐにへっぴり腰になってしまいますから。


 や、やだ。投げキッスだなんて……。

 いったい僕をどうしたいって言うんですか?


 今すぐ好きにしていただいてけっこうですよ。


「さっき……大丈夫だって言ってなかったっけ?」


 低く解き放たれたマールさんの言葉で、背筋にゾクッと悪寒が走る。

 ゆっくり顔を確認してみると、僕を見下すような視線を向けられていた。

 何を見て何を考えていたのか、バレているような雰囲気だ。


 マールさんと付き合ってるわけじゃないのに、いけないことをしている気分になる。

 どちらかといえば、僕はそうやって管理されることに快感を覚えるタイプ。

 他の女性のお尻に尻尾を振ってるところを、思いっきりお尻を叩かれて手懐けられたい。


 今までモテなかった影響で、嫉妬が1番愛情を感じてしまうんだ。


「ま、街の雰囲気を確認するのも冒険者の心得ですよ」


 完全に誤魔化せていない。

 マールさんが敵意をむき出しにしてくるんだ。

 おっぱいの大きい人を見てたこともあって、めちゃくちゃ怒ってる感じがする。


「……よし、決めた。君がベル先輩に相応しいかどうか、この街でテストするよ。ボクの大事な先輩と付き合うのに、ホイホイと他の女に引っ張られることはないよね?」


 こ、こんな誘惑たっぷりのエロスの街でテストだと?!

 女性からの誘いを断るなんて、男としてあるまじき行為だろう。

 馬車から降りて5秒でへっぴり腰になった僕を舐めるなよ!


 でも、リーンベルさんに報告されて嫌われる方が困る。

 一応中身は32歳だからね、大事な物を失いそうになると理性が働くんだ。


「構いません、僕はリーンベルさんが大好きですから」


「言っておくけど、ボクの採点は厳しいからね。どれくらいかというと、さっきのは1発でアウトだから」


 厳しすぎますよ。

 ウィンクされてハートを掴まれ、舌なめずりで前かがみになっただけじゃないですか。

 この街だったら、それくらいは挨拶みたいなもんです。


「何のことかわかりませんけど、早速ギルドへ向かいましょう。カエルを処理して、早くリーンベルさんに会いたいですからね」


「いい心掛けだと思うけど、当然のようにギルドの受付嬢も水着だから。毎年可愛い子を揃えているから、油断しないようにね」


 ずるいっすよ~。

 そんなの1番期待するやつじゃないですか。

 ギルドカードを出せば素性も知られるし、将来有望ってだけでアプローチがありそうなのに。


 こっちはマールさんの水着で興奮しっぱなしなんですよ。

 行き場のなくなった興奮をどうすればいいって言うんですか。

 水着のマールさんにも興奮するんだから、これはマールさんが責任を取ってもらうべきですね。


 スッとマールさんに手を差し出す。


「まだ僕は子供なんで、手を繋いで歩いてください。フリージア以外の街では、スズと手を繋いでしか行動したことありませんから」


 たとえ嘘だったとしても、そんな話をスズとマールさんがするはずない。

 バレないとわかったうえで、子供を武器にして手を繋いでもらう作戦だ。


 僕の異世界生活は、子供であることを武器にして、あざとく生き抜くと決めている。

 水着美女達と触れ合えないなら、水着姿のマールさんと触れ合って過ごしたい。

 手を繋いで一緒に歩き続けたい。


「グアナコではそんなこと言わなかったよね?」


 それは言わない約束ですよ。

 正論すぎて言い返せないですから。


「別にダメならいいんですよ。リーンベルさんと案内する約束したのに、迷子になっちゃうかもしれませんけどね。家に帰ったら聞かれるだろうなー、マールさんがちゃんと案内してくれたかどうか」


「最初から手を繋いで案内しようと思ってたけどね。ボクはベル先輩に言われたことを完璧にこなす女。最高のエスコートをするつもりだよ。だから、ベル先輩には良く言っておくべきだと思う」


 なんだかんだでマールさんはリーンベルさんの名前を出すと弱い。

 そっと優しく手を掴んで、ゆっくり歩き出してくれる。


 マールさんと手を繋いで歩いていると、意外に周りの人が気にならなかった。

 あちこちにおっぱいの大きな子や、プリプリしたお尻の女の子が歩いている。

 笑顔が可愛い女の子や、女子大生のような大人びた女の子もいる。


 でも、水着のマールさんと手を繋いでいるという刺激には敵わない。

 最初からこうすればよかったんだよ。


 よく考えれば、リーンベルさんとフィオナさんともベッドで手を繋いでるだけだ。

 マールさんと手を繋いで歩いていたら、付き合ってるようなもんだよね。

 適当なことを言って、ギルドに着いてもずっと繋いでもらおう。


 そんなことを考えていると、マールさんが急に立ち止まった。

 繋いでいる手をじっと見つめて、何かを確認しているようだ。


 手汗は出ないようにトレーニング済み。

 水着とはいえ、猛暑のような地域だから、マールさんの方が薄っすら汗をかいてるくらいだけど。


「タツヤって変わってるよね。本当にボクでドキドキしてるなんて。迷子になるからじゃなくて、普通にボクと手を繋ぎたかったの? って、そんなわけないよね。ごめんね、変なこと言っちゃって、今のは忘れて」


 すいません、全部バレてるんですね。

 本当にエスパータイプじゃないですか。

 僕の心臓からしたら、これでも落ち着いてる方なんですけど。


 自分で言ったことが照れくさかったのか、マールさんの手を握る力がギュッと強くなった。

 歩くスピードも上がり、ちょっとうつむき加減で歩いていく。


 そんな姿を見てさらに興奮しそうだったから、必死に心を落ち着かせながら、マールさんの手を少し強く握り返してギルドへ向かった。

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