第138話:ヘタレの争い

「どうしてボクがベル先輩を好きだとわかったの? 今までずっと隠し続けて、フリージアではバレたことがなかったのに」


 休憩を終えた馬車が再び走り出すと、マールさんが真面目な顔をして聞いてきた。


 気付かない方がおかしいぐらいの勢いでしたよ。

 リーンベルさんやヴェロニカさんはともかく、絶対アカネさんは気付いているからね。


「ほとんど出会ってすぐに気付きましたよ。けっこう態度に出るタイプですから、気を付けた方がいいです」


「ううん、ボクの秘密を見抜くのはタツヤくらいだよ。さすが国に英雄と称えられるだけの人間、子供だと思って侮っていた。認めざるを得ないね、君の洞察力を」


 マールさんのポイントが上がるなら、そういうことにして起きましょう。

 小学生の算数レベルで簡単な問題でしたけど。


 この際だから色々ハッキリ聞いてみようかな。

 リーンベルさんの秘密とか聞けるかもしれないし。

 たとえば、好きな色とか聞いてみたいよね。


 べ、別に好きな色=下着の色を想像するわけじゃないけどっ!!


「前からスズには反応しないので、リーンベルさん一筋かなって思ってたんですよね。でも、昨日はフィオナさんにも反応しましたよね。もしかして、砂漠の国からフェンネル王国に移動してきた理由は、フィオナさんが王女だからですか? 可愛い王女がいる国で過ごしたいと思って、わざわざ砂漠から引っ越したとか。さすがにそんなわけは……」


「………」


 あるな。

 わかりやすいマールさんは、図星だと必ず固まるという性質を持っている。

 今がちょうどその時だ。

 一点だけを見つめて瞬きを一切しない。


 きっと考え込むと、固まって考える癖を持っているんだろう。


「そ、そんなことはないよ。フィオナ様が公務で獣人国へ行かれる際にお近付きになれるかも、なんて思ってフリージアで受付嬢の仕事を選んだわけじゃないし。気品溢れる王族としてのオーラと優しい母性が溢れる笑顔を拝見して、一夜を共にしたいなんて思ったこともない。たまたま就職した先にベル先輩がいてくれて、一目惚れしたこともないよ」


 誤魔化すのが下手すぎるだろう。

 なんで上手く誤魔化せたと思って、胸に手を当てて安堵しているんだよ。

 誰にも言うつもりはないから、全てを吐き出して楽になってくれ。


「昨日の夜は幸せでしたか?」


「や、やだ。聞かないでよ、すごかったんだから。ベル先輩とフィオナちゃんの柔肌がプニプニなんだよ。寂しがりな2人がボクを奪い合うように足で挟み込んでくれたし。あっ、今思い出すだけでも胸が苦しく……」


 単純でしたね、恐ろしく簡単な罠にかかっていただきありがとうございます。

 今頃気付いて真顔になっても遅いですよ。


 本当に足で挟んでいただける素晴らしいプレイが行われていたとは思いませんでしたが。

 カエルに怖がる2人は本気で人肌が恋しくなったんでしょうね。


 全身で抱きついてモゾモゾ動かれる抱き枕プレイ。

 2人も同時に抱き枕にしてくれるなんて、最高だっただろうなー。


 頭を撫でてほしいアピールをするための頬ずり。

 少しでも体を密着させて一肌を感じたいおっぱいアタック。

 足を絡ませるように挟み込む太ももプレス。


 なんで両想いの僕が手を繋いで寝て、友達のマールさんが抱き枕にされるんだろうか。


 フィオナさんに至っては、婚約者と全然仲良くない受付嬢でしょうが。

 なぜ後者の方が関係性を発展させているんですか。

 これだから変態思考のヘタレは困りますよ。


 特大ブーメランが返ってきて避けきれませんけどね!!


「基本的にバレてますから、隠す必要はありませんよ。僕が獣人国から帰ってきた時も、ずっと嫉妬してましたよね。その時にリーンベルさんと僕の関係に気付いたんじゃないんですか?」


 ちょっと調子に乗ってマウントを取りすぎたかもしれない。

 マールさんの口が『へ』の字になるくらいムッとしてしまう。


「ベル先輩が元気なくて声をかけたら、君がいなくて寂しいって言って来たんだよ?! ずっと愛し続けたベル先輩が君みたいな子供に奪われてしまう苦しみ。大きな家も国王様からもらって、夜も一緒のベッドで寝ているなんて……。ボクのベル先輩が君と夜の冒険をしたことを考えたら、ちょっとぐらい嫉妬しても別にいいじゃん!」


 リーンベルさん、寂しいって思っててくれてたんだなー。

 いつも食べ物に走ってたから、ちょっと心配だったんだ。

 今回はフリージアに帰った後に急いで出てくることになっちゃったし、今度家に帰ったらいっぱい弄んでもらおう。


 でも、どういう風にマールさんへ話したのかな。

 夜の冒険は1回もやったことがないぞ。

 一緒のベッドで手を繋いで寝てるだけじゃないか。


 恋人というより親子のようなベッドの過ごし方しかしていないのに。


「リーンベルさんがどう話したかわかりませんけど、マールさんが考えているようなことはありませんよ。一緒に住んでますけど、フィオナさんともリーンベルさんともキスすらしたことありませんし。ベッドで一緒に寝ることはあっても、手を繋いで寝るぐらいです」


 怒ってたマールさんの口が緩やかに戻っていくと同時に、少し前のめりになってきた。

 合わせるように前のめりになって、お互いに目線を合わせていく。


「……よ、夜の冒険はやってないの?」


 恥ずかしくなったのか、小声で話しかけてきた。


「やってませんね。キスもしてないのに、夜の冒険は行けませんよ」


 32歳のオッサンにこんなセリフを言わせるんじゃないよ。

 心に大きな傷が付くぞ。


「変なこと……聞くんだけどね、ベル先輩のおっぱい、触った?」


 本当に何を聞きだすんだ、この子は。

 女の子がおっぱいを触ったことがあるかないかを聞くんじゃないよ。

 オッサン目線で話を進めないでくれ。


「ハグされたことはありますから、間接的も含まれるなら。手で触れたことはありませんよ」


「じゃあ、本当に何もしてないの?」


「本当に何もしてませんね。恋人として最大限進んだ行動がハグだと思います」


 安堵したのか呆れたのかわからないけど、マールさんは大きな溜息を漏らす。


「1か月以上は同棲してるはずだよね。フィオナちゃんも一緒に住み続けてるし、婚約者なんだよ。なんでまだキスもしてなくて、おっぱいも触ってないの? 一緒のベッドで過ごしてるなら、OKサインが出てるんだよ。女の子はみんな待ってるんだから、グイグイ攻めないと」


 な、なんか……すいません。

 応援されてるのか、アドバイスされてるのか、嫉妬されてるのかわかりませんけど。

 でも僕は待つ派ですし、攻めてもらわないと進まないタイプですから。


 そこは趣味嗜好の違いといいますか、攻められたいといいますか。

 僕も一緒のベッドで過ごしてOKサインを出してますし、ずっと待ってるんですよ。

 お風呂に入った時は必要以上に体を洗ってるくらいですから、準備は完璧です。


 体から良い匂いをさせるために、石鹸の泡を体に付けた状態で10分ほど放置してるくらいですからね。

 石鹸成分を体に浸透させて、抱かれた時に良い香りを出そうかと思いまして。

 抱かれてないので効果があるかないかわかりませんが、割と定期的にやってますよ。


「ま、まだ僕は子供ですし、リーンベルさんの方が9つも年上ですからね。フィオナさんも5歳も年上ですし、大人になる判断は任せた方がいいと思います」


「はっはーん、君、もしかしてヘタレだね?」


 うぐっ、痛いところを突いてくるな。

 ちょっと誤解を解こうとしただけなのに、形勢逆転されることになるとは。

 嬉しそうにニヤニヤしやがって。可愛いから許すけど。


「そういうマールさんも、昨日は随分挙動がおかしかったですよ。同じヘタレの香りがしてましたし、お泊りに誘われただけで頭のネジが飛んでたみたいですし」


「そ……それは。ボ、ボクはいいんだよ。男の子じゃなくて女の子だし。それに昨日だって、ベル先輩とお風呂に入って、お、お、おっ、おっぱい触ったし!」


「えっ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ! おっぱいを触るとか、ヘタレ卒業してるじゃないですか。すごいじゃないですか、詳しく教えてくださいよ。どうやったらヘタレを卒業できるんですか?」


 僕は何を言ってるんだろうか。

 15歳の百合少女と中身32歳のオッサンを、同じレベルで扱っていい話ではない。

 お互いに超えるべきハードルは違うにも関わらず、ヘタレを乗り越えた者として尊敬の念を抱いているんだ。


 マールさんならリーンベルさんに手を出してくれても構わない。

 むしろ、なんかそういう話を聞けて感謝しかないよ。

 それより、どうしたらリーンベルさんに手を出せるか教えてください。


「いや……まぁノリだから、もう1回やれって言われても無理だけど。ベル先輩が背中を流してくれる時に、ボクの胸をガシッと触ってきたからね、触るほどないけど。今度ベル先輩の背中を流す番になった時、やり返しても許されるんじゃないかなって思って。それでこう……勇気を持って、ガッとね」


 生々しい話とマールさんの再現により、だいたいのイメージは付いた。

 それは立派なヘタレ卒業だ。すげえよ、マールさん。

 同じ立場だったら僕にできただろうか。いや、できない。

 触られたことに感じ過ぎてしまい、風呂場で失神してるだろうからね。


 なんだったら、リーンベルさんの背中を流してるという現実に驚きを隠せないよ。

 あられもない姿のリーンベルさんの美しい背中を、タオル越しでも触れる勇気を褒め称えたい。


 普通のヘタレはタオル越しでも触れないぜ?

 時間切れと言わんばかりにリーンベルさんが、「もう早くして、ほらっ」と言いながら、手を誘導してもらわないと無理だ。


 自分から触っていくなんて、ヘタレのやることじゃないよ。

 猛獣にしかできない荒技だ。


「すごい勇気じゃないですか。興奮のスタンピードがよく治まりましたね。だって、その後も一緒に湯船に浸かるんですよね?」


「ま、まぁ、それ程でもないけどね。ちょっと1回心停止したくらいで、ベル先輩と向かい合って湯船を共にしたよ」


「あーっ、わかりますわかります。僕も1度リーンベルさんのバスタオル姿を見た時に心停止したんですよ。間近で見たら死にかけて、一切向かい合えませんでしたけど」


「やっぱりベル先輩のバスタオル姿は反則だよね。ボクも3回は死にかけたよ。でも、それよりもヤバかったのは生着替え! 天使のような足にパンツがスーッと流れていく姿を見て、ボクは胸がえぐれるかと思ったよ」


「えー! 生着替えを間近で見れたんですか! なんで倒れずに生きてるんですか、すごいっすよ。し、下着の色だけ聞いてもいいですか?」


「言っちゃダメだよ、水玉だった。多分、子供っぽいボクに合わせて選んでくれたと思うんだ。ベル先輩ってそういう気を使っちゃうとこがあるから」


 最大級のヘタレ同士が謎の友情に芽生え始めると、話はリーンベルさん一色に染まった。

 誰にも言えずに恋心を胸にしまい続けてきたマールさんにとっては、良い話し相手だったんだろう。


 リーンベルさんと両想いで一緒の家に住んでるといっても、手を繋いだだけの僕だ。

 ヘタレ過ぎて、自分から直接手を出せないこともバレてしまった。

 ましてや、リーンベルさんとの関係はマールさんの方が進んでいるという、謎の展開。


 今はマールさんとリーンベルさんについて熱く語れるだけで嬉しい。

 百合展開も見てみたいから、3人でくっつくことも視野に入れていこう。

 フィオナさんを入れたら4人になるけど、それはそれでありだ。


 ただ、僕がいま望んでいることは1つだけ。


 リーンベルさんのおっぱいを触ったマールさんに、僕のおっぱいを触ってもらいたい。

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