第137話:マールさんと旅立ち

 寂しく1人で寝た翌日は、なぜかマールさんに叩き起こされてしまった。

 昨日はカエルショックでなかなか寝付けなかったから、もう少し寝かせてもらいたい。


 マールさんに手を繋がれ、リードするように外へ引っ張り出されていく。


 あまりドキドキしないけど、マールさんも大好きだ。

 元気なボクっ子というポジションはボーイッシュに見えるため、女の子っぽさが減ってしまう。

 そこがまた良いんだけど、百合属性のマールさんは男に興味がないからね。


 たまに見せる女という武器を使わない限り、恋愛感情を抱くことはないかもしれない。


 友達のように手を繋ぎながらやって来たのは、冒険者ギルドだ。

 迷わず2階へ上がってギルドマスターの部屋をノックし、中に入っていく。


「ギルマス! 今日からしばらく休暇をもらいます。タツヤを砂漠の国へ案内したいので。カエルを倒してくれたフリージアの英雄を、ボクが責任をもって送りたいんです」


 何がどうなってるのか、さっぱりわからない。

 こんなことをやる気満々で言い出すなら、間違いなくリーンベルさんが関わっているはずだ。


「………あぁ、カエルを処分するために砂漠へ行く必要があるということか。本来なら受付の仕事をするお前の同行に許可は出せないが、特別出張という形で許可を出そう。その代わり、しっかり道案内をしてやってくれ」


 珍しく熱心に書類を書いているギルマスは、マールさんの顔をチラッと見ただけで、ペンを走らせていく。

 まだ朝の早い時間なのに、忙しいみたいだ。


「そのつもりです、ベル先輩にお願いされましたので」


 ですよね、それ以外考えられませんでした。

 アッサリ許可が下りたことの方が驚きましたよ。


「ギルマス、1つ聞いてもいいですか? 砂漠の国へ行ってカエルを処分するだけなのに、なぜマールさんの同行を許可してくれたんです? わざわざ特別出張として許可しても、ギルドにメリットなんてなさそうですけど」


 僕の言葉にペンを置いたギルマスは、大きな溜息をもらした。


「お前は自分のやったことの重大さに気付いてないんだな。フェンネル王国でカエルが倒されるのは初めてのことで、襲撃による被害は甚大なんだ。冒険者と兵士の大量離職、ストレスによる治安の悪化、周辺の魔物の増殖など、街の機能が破壊されてしまう。カエルが過ぎ去った後にすぐ変わるものでもなく、やめた冒険者や兵士は2度と戻ってこない」


 確かに兵士と冒険者が率先してカエルのダンスを見学することになるなら、やめる人は増えるだろう。

 街に住む人は隠れるように家へ入っていったから、店の営業なんてやらないはず。

 食事はひたすら保存食で、家でやることもなくカエルに怯えるだけの毎日。


 カエルが去った後も、カエルの影響は大きく残ってしまう。


 ストレスでイライラする市民と、心がボロボロに砕け散った兵士達。

 治安なんて守れるはずもないし、冒険者も依頼へ向かう気力がなくなるはず。


 街の周りで魔物が増殖を続け、最悪はスタンピードが起こる……か。


「今はお前に対して最大限の配慮をしないと、同業者や兵士達が許さないだろう。馬車と護衛の手配もこちらでやっておく。正直……俺も心の準備ができていなかったから、今回の件は個人的に感謝しているぞ」


 ギルマスが親指を突き出して喜びを表現すると、書いていた書類がこっちに飛んで来た。


 内容は『続報、奇跡的なカエル討伐の知らせ』と、書かれている。

 カエルが襲来した時に街へ来ないように、急いで近隣の冒険者ギルドへ連絡してたんだな。

 討伐したから、今度は急いで連絡をしてるってわけか。


 紙をギルマスへ渡すと、机の上には似たような紙が何枚も置いてあった。

 コピー機がないから、同じことを何枚も書かないとダメなんだろう。


 ……こんなに書くなら、近隣の冒険者ギルド以外にも送りそうだな。

 思っている以上に名声が拡がりそうだし、ありがたく好意を受け取ってギルマスに任せることにしよう。



 - 1時間後 -



 旅の準備をするために、市場でパンや野菜を買いまくった。

 スズがいなくなって初めての買い物だったから、ちょっと緊張しちゃったよ。


 買い出しが終わると、予めギルマスに「集合場所は東門だ」と言われていたので、東門へ向かう。

 到着すると、すでにマールさんと4人の冒険者が待ってくれていた。


 当然のように、冒険者ギルドの馬車が用意されている。


 受付嬢のマールさんがいるとはいえ、普通は一般の馬車で向かうはず。

 依頼でもないのに、ギルド用の馬車を使わせてもらえるのはレアケースだろう。

 巨大なザコカエルを倒しただけで、随分とVIP待遇になったもんだな。


 マールさんに「遅いよ」と怒られながら、軽く自己紹介だけして馬車に乗り込み、街を離れていく。


 護衛の冒険者もフリージアにしては上位のCランク冒険者。

 初心者冒険者が多いこの街では、最大限の優遇といっても過言ではない。


 男4人でむさ苦しいけど、マールさんがいてくれるから安心だ。

 移動の馬車の中はマールさんと2人きりだし、楽しい旅が進んでいくだろう。


 ちなみに、護衛の冒険者は僕のことを『兄貴』と呼んでくる。

 獣人国で親分だと思ったら、今度は冒険者に兄貴呼ばわりだ。


 悪い気はしないけど、子供の僕よりみんな背が高いから違和感しか生まれないよ。


 ゆっくりと馬車が進んでいく中、時々ガタッと大きく揺れる時がある。

 連日の大雨で地面の状態が悪いみたいだ。

 綺麗な路面工事なんてできない異世界だから仕方ないけど、お尻に響くからやめてほしい。


 今までは膝の上に座ってきたこともあり、お尻を気にすることなんてなかったんだ。

 良い装備してるから酷くはならないと思うけど。


 さすがにマールさんは膝の上に座らせてくれないし。


 ふとマールさんの顔を見て、すぐに目線を外にずらす。

 今朝は手を繋いでもドキドキしなかったのに、向かい合って座っているだけで妙に意識をしてしまうよ。

 狭い空間に2人きりって、何かが起こりそうな気がするからね。


 ボクっ子で元気っ子な百合属性持ちのマールさんに迫られる展開も……悪くない。むしろ、好き。


「一応言っておくけど、ボクはベル先輩のお願いだから案内するんだよ。タツヤと一緒に過ごしたくて来たわけじゃないから」


 エスパー属性をお持ちですか?

 いきなり心を読まれてしまって、動揺が隠せないよ。

 ジト目で見てくる姿は、軽蔑されているようにも感じてしまう。


 早くも恋愛関係に発展しないことを実感して、絶望感が生まれて来る。

 わかっていたこととはいえ、言葉にされると胸に突き刺さるんだ。


 どんな時でも淡い期待をしてしまうのは、モテない男あるあるだから。


「わかってますよ。それよりフリージアからどれくらいかかるんですか?」


「街から東に3日進んだ橋の先に、グアナコっていう街があるんだよ。そこからラクダ車に乗り換えて南に4日進むと、砂漠の国の首都デザートローズだね。大量のカエルの処分になるから、首都まで行く予定だよ」


「向かうだけでも結構な時間がかかりますね。乗り換えが必要なら、マールさんに来てもらってよかったです。1人旅って不安になりますし」


 日本でも知らない土地で電車の乗り換えって、ややこしいからね。

 向かう駅の名前はわかってても、どの電車に乗ればいいのかわからない。

 ましてや異世界だから、わかってる人に案内してもらえた方が楽でいい。


 もし間違えて乗ったら、また馬車に乗って何日もかけて戻る必要があるし。


「タツヤのギルド評価は高いけど、やっぱりまだ子供だよね。砂漠の民以外でカエルを倒せるのは珍しいと思うけど」


「確かに不気味な巨大カエルでしたけど、弱いですよね。なんで倒そうとしないのか逆によくわからなくて……」


「そうなんだよね、ボクもあそこまでみんなが怯えるとは思わなかったよ。一説によると、大量のカエルのゲコゲコ音と大人の泣き叫ぶ声を幼少期に聞き続けることで、脳内にトラウマが刷り込まれるらしいよ。ドワーフも帝国もカエルは嫌うって聞いてるかな。砂漠だと問答無用で倒しちゃうから、ボクもカエルを怖がる気持ちはわからないんだ」


 小さい頃から心理的な問題として植え付けられ、実際に目の当たりにして恐怖に変わるのかな。

 不自然なくらいの怖がり方だったから、改善することは難しいだろう。

 雑炊を食べたことのあるフィオナさんも怖がってたし。


 まさかユニークスキルでカエルのトラウマが消えないとは……。


「そういえば、マールさんは受付嬢をして1年も仕事されてないんですよね。フリージアでカエルを見るのは初めてだったんですか?」


「うん、そうだよ。まさかベル先輩がボクを頼ってくれると思わなかったから、もう少しカエルがいてくれてもよかったかな。悲しむベル先輩を見るのは心が痛むけど、あんな機会はなかなかないし。頼りがいのあるベル先輩もいいけど、甘えん坊なベル先輩も……」


 妄想モードに入ってしまったのか、マールさんは両手を頬に添えて照れていた。

 昨日のことを思いだしているんだろうね。

 だんだん息遣いが荒くなってきているよ。


 当然、僕はそんなマールさんを見て興奮しているよ。

 恋愛対象をリーンベルさんから僕に向けてほしいと思ってしまう。


 持ち前の元気な笑顔でリードしてくれそうだし、一緒にいて楽しそうだもん。

 僕がオークで死にかけた時は必死に慰めてくれたし、毎朝色々話してくれてかなりお世話になっているんだ。

 スズと同い年で子供っぽいところも多いけど、本当に良い子だと思う。


 ブツブツとリーンベルさんのことを早口でまくし立てるマールさんは、もはや隠す気がない。

 顔が真っ赤になるほど照れているし、「ベル先輩の髪の毛は触るとキュンキュンするんだ」とか言っている。

 これだけわかりやすいのに、なんでリーンベルさんが気付いてないのか不思議で仕方がないよ。


「マールさんはいつからリーンベルさんのことが好きなんですか?」


「………」


 照れまくっていたマールさんは急に固まってしまう。

 まさか、バレていないと思っていたのかな。

 どうして今のでバレないと思ってたのか、逆に聞いてみたい。


 マールさんは瞬きもせずに動かなくなり、沈黙だけが過ぎていく。


 いま彼女は何を考えているんだろう。

 誤魔化そうとしているのか、認めて楽になろうとしているのか、聞こえなかったことにしているのか。


 どれだけ馬車が揺れても微動だにしないマールさんは、馬車が休憩に入る2時間後まで、一切動くことはなかった。

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