第86話:厳しい罰を与えよう

 鼻血が止まらないので、ティッシュを詰め込んだまま朝ごはんを作る。


 リーンベルさんがいないなら、作る量なんて微々たるものだよ。

 あの人がいるだけで、30人前は追加することになるからね。


 ……こういうところがダメなのかもしれない。

 餌付けをやり過ぎているんだと思う。

 でも、リーンベルさんも30人前で我慢しているんだよなー。


 毎朝我慢している彼女の朝食を減らすのは、可哀想に思えてしまう。

 明らかに食べ過ぎではあるんだけど。

 うーん、いったいどうしたらいいんだろうか。


 タマゴサンドを作っていると、シロップさんがすごい勢いで走ってきた。


「血の匂いがする~、誰か攻めてきたの~?」


「あっ、お風呂でのぼせて鼻血が出ただけです」


 その後、シロップさんとフィオナさんと一緒に朝ごはんを食べ始めていく。


 朝ごはんを食べ始めても、いつも飛び起きてくるはずのスズがやって来ない。

 今まで朝ごはんを抜いたことなんて1回もなかったのに。


 これはリーンベルさんよりも、スズの方が重症かもしれない。


「フィオナさん、スズはまだ寝ていますか?」


「いいえ、起きていますよ。ゴロゴロしていじけていますけど」


「クンクン。スズちゃんはね~、落ち込んでるニオイだね~」


 ニオイでそんなことまでわかるんだ。

 この人はニンジンと会話しちゃうぐらいだもんね。

 何でもアリな気がしてきたよ。


「ニオイでどこまでわかるんですか?」


「感情を読むのは得意な方かな~。たっちゃんは独特な香りがするよね~。まるで別の世界からやって来たみたいな香りがして好きだよ~」


 すいません、まだ言ってませんでしたよね。

 僕が異世界人ってこと。


 シロップさんは子供のことになると、暴走するから打ち明けるか悩むんだよなー。

 ハニートラップならぬ、チャイルドトラップに一瞬で引っかかるからね。

 悪い人じゃないし大好きだけど、ちょっと警戒しておいた方がいいだろう。 


「たっちゃ~ん、そんな警戒するニオイを出さないでよ~」


 タマゴサンドを頬張りつつ、器用にニオイだけで感情を当ててくるとは。

 思ったよりも恐ろしい嗅覚だ。

 腐った卵で瞬殺しそうだから、今後はあの技を封印しようと思う。


 警戒してるのは事実だけど、シロップさんに悲しい思いをさせたくはない。

 でも任せてほしい、僕はシロップさんの説得も得意だから。


「問題です、ジャジャーン。朝から鼻血を出したのは、お風呂でのぼせた以外にもう1つ理由があります。それはなんでしょう」


 クンクンクン


 ガタッ


 シロップさんが軽くニオイを嗅いだと思ったら、いきなり立ち上がった。

 僕を持ち上げて、至る場所のニオイを嗅ぎ始める。

 股間とお尻と脇を重点的にチェックするのはやめてほしい。

 お風呂から出たばかりとはいえ、いろんな意味で耐えられないから。


 それから30分ほど経って、クンカクンカが収まった。

 シロップさんは幸せそうな笑顔で部屋を飛び出し、今は元気に庭を全力疾走しているよ。

 獣人って、庭で走ることが大好きなんだね。


 朝ごはんの片付けをチャチャッと済ませ、まだ降りてこないスズを訪ねる。


 コンコン


 ノックしても反応はない。


「スズ? 入るよ?」


 ドアを開けると、ベッドの上で体育座りしているスズがいた。

 わかりやすく落ち込んでいると思いながら、スズの隣まで歩いてベッドに腰を下ろした。


「朝ごはんは食べないの?」


「いらない」


 あの食いしん坊なスズが朝ごはんを拒否するとは……。

 同じ姉妹でも、お風呂に入ってきたリーンベルさんとは大違いだ。


 今まで食べ物で解決してきた僕はこういうパターンに弱いんだよなー。

 何か食べたいと言われたら作ってあげられるんだけど、食べたくないと拒否されてしまえば、できることがなくなってしまう。


 このままだと、食事会にスズを呼ぶことができないよ。

 デートも大事だけど、2人が姉妹喧嘩をしているところなんて見たくない。


 もう1度昨日の夜と同じように、慰めることに挑戦してみよう。

 これは両想いの僕がやるべきことなんだ。

 スズの心の支えになってあげることで、初めて彼氏面ができるってもんだからね。


「スズはまだ、リーンベルさんのことを怒ってるの?」


「 ……… 」


 無反応だ、早くも心が折れた。


「1人の方がいい?」


「 ……… 」


 人差し指と親指で、僕の服を少しだけつまんできた。

 これはめちゃくちゃ可愛いパターンのやつ。

 こんなところでスズの小悪魔テクニック、チョンつまみで幼気いたいけな少女アピールを炸裂させてくるとは。


 へなちょこの僕でも守ってあげたいと思ってしまう。


 ここは昨日見せられなかった男らしさを見せてやろう。

 落ち込んでいる女の子は、グイグイと引っ張ってくれることを望んでいると思うから。

 僕の本気を見せて、スズを元気付けてあげるよ。


 男なら言葉なんていらない、行動で示すのみ!


 キリッと表情を引き締めて、スズの頭を優しく撫で始めていく。

 すると、コテッと倒れて来るように体を預けてくれた。


 あれ? 昨日と同じ展開になってしまったぞ。

 引き出しがなさ過ぎて、同じ行動しかできないみたいだ。


 でも大丈夫、今日は『初心うぶな心』が発動していな……。


 ドドドドドドド ヒエーーー


 スズは本当に僕の狂った心臓が大好きなんだろう。

 雄たけびを上げ始めたら、すぐに抱きついてきた。


「……落ち着く」


 昨日と全く同じ展開になってしまった。

 このままだったら、また布団の中に運ばれるだけだ。

 それじゃあ何も変わらない、なんとか言葉で解決策を作り出そう。


 僕のようなモテない凡人は、高度なテクニックなど持っていない。

 直球勝負でいこう、男なら直球だ!


「昨日スズが言ったことは正しいと思うよ。でも、ちょっと厳しい言い方だったよね。だから、リーンベルさんと仲直りしない?」


「………」


 失敗に終わった。

 僕の実力なら当然の結果だったと思うよ。

 説得は得意だけど、慰めるのはイケメンの仕事だからね。


 どうしたらいいんだろうなー。

 姉妹を仲直りさせるのに、スズと買った果物を一緒に食べてもらいたい。

 だって、一緒に食べることをスズが楽しみにしてたんだもん。


 僕としては2人がムチムチリンゴに被り付くところを眺めていたいよ。


 でも、今回はスズが悪いわけじゃないし、無理強いすることができない。

 リーンベルさんの食欲も、日に日に制御ができなくなってる感じがするし。


 じゃあ、リーンベルさんに食欲を抑えるトレーニングしてみたらどうだろうか。

 すでに彼女はオーガ戦で僕が注意しているんだ。

 カイルさんも30分かけて怒ってくれた。

 それでも治らないんだから、こんなことが起こらないように戒める必要があるだろう。


 天使に罰を与えるのはどうだろうか。


「スズ、君がそんなに怒っているなら、リーンベルさんに厳しい罰を与えようか。もう2度とこんなことが起こらないように、魂へ刻み込むんだ」


「厳しい……罰?」


 おっ、乗って来たぞ、いい感じだ。


「たとえば、リーンベルさんを椅子に縛り付けて、炭火で焼き鳥を作るのはどうだろう。そして、一口も食べさせずに目の前で食べ尽くす。ニオイだけしか嗅がせてもらえないんだ……」


「ニオイだけで……お預け」


 あっ、どうしよう。

 自分で言いだしたことだけど、リーンベルさんが泣きそうな気がする。

 これはやっていけないことだ。


 冒険者ギルドで人目も気にせずタマゴサンドを食べ続けた彼女にとっては、地獄のような苦しみになってしまう。

 別の方法を考えよう。

 さすがにリーンベルさんが可哀想だ。


「ううん、ごめん。これはさすがにやりすg「まだ足りない」」


 ……え、スズさんはどれだけ怒ってるの?

 そんなに食欲を優先にされたことを怒ってるの?


 僕としてはリーンベルさんが可哀想だから引き返したいんだけど。 

 もっと「お姉ちゃんが可哀想」とか思ってくれていいんだよ。

 なんでギラギラと燃えるような目をしているのかな?


「今回だけじゃない。2年間フリージアを離れて戻ってきた時も、泣いて喜んでくれなかった。私は毎日お姉ちゃんを心配してた。何度も帰って、お姉ちゃんに甘えたかった。枕を濡らした日もあった。それなのに、お姉ちゃんは……!」


 あっ、これはもうダメなやつだ。

 スズの中でため込んでいた、お姉ちゃんに対する不満が爆発している。

 僕の疑心暗鬼モードを、さらにレベルアップした感じだろう。


 これはもうヤケクソになって、スズの味方に付いた方がいい。


 リーンベルさんを悪者にして、1度成敗した方が落ち着く気がする。

 最悪デートがなくなってもいいよ。

 今はリーンベルさんとスズを仲直りさせることを優先しよう。


「じゃあ、もっと厳しい罰を与えよう。スズが一緒に食べようと楽しみにしていた果物があるよね。あれをゼリーというデザートに変換するんだ。君の冒険者のカンに、ゼリーがどんなものか聞いてみてほしい。それをマールさん達も誘って、みんなで一緒に食べるんだ。でも、リーンベルさんだけは食べられない……」


「果物が……プルプルに……進化!?」


 君の冒険者のカンは素晴らしいね。

 ゼリーという言葉だけで、どういうものか判断するなんてさすがだよ。


「まだ君は足りないと思うのか。それなら、ホロホロ鳥の肉と卵から作る究極のコラボレーション料理を提供しよう。その名は、親子丼。鳥肉好きにはたまらない至高の1品になるだろう。これもリーンベルさんだけは食べらr……スズ、よだれはやめて」


「親子の夢の競演に耐えられなかった」


 君達はやっぱり姉妹だと思うよ。

 あんなに落ち込んでたのに、今はよだれを垂らしているだもん。


「リーンベルさんは残念な感じだったけど、悪気がなかったのはわかるよね? スズが今よだれを垂らしたのと同じように、自然とあんな感じになっちゃったんだよ。だから、もう許してあげよう。ゾンビになったリーンベルさんをもう1度見たくないでしょ?」


「……わかった、さっきので手を打つ」


 あっ、リーンベルさんごめんね。

 仲直りするために、大きな試練が待ち構えることになったよ。

 まさかここまで怒っているとは思わなかったんだ。

 僕はイケメンじゃないから、こういう方法しか思い浮かばなかったよ。


 もうデートはナシでいいから、僕のことを嫌いにならないでね。


「リーンベルさんが仲直りの食事会をしたいって言ってたから、その時に実行しよう」


「わかった」


「じゃあ、僕は今から準備するからね。朝ごはんはここに置いておくから、ちゃんと食べるんだよ」


 テーブルに置いたタマゴサンドをモリモリ食べ始めるスズに安心して、僕は部屋を後にした。

 早速準備をするためにキッチンへ向かうと、途中でフィオナさんがひょこっと顔を出してくる。


「うまくいきそうですね」


「もしかして、見てたんですか?」


「少しだけですよ、『スズ? 入るよ?』のとこからです」


「全部見てるじゃないですか!」


「ふふふ、スズだけ頭を撫でてもらうのはずるいです。私も撫でてください。ちゃんと抱きしめてからですよ?」


 フィオナさんはそのままギュッと抱きついてきた。

 急に抱きつかれてしまった僕は対処する術がない。

 油断しきっていたため、一瞬で腰砕けになり、ヘレヘレとその場に座り込んでしまう。


 だって、正面から抱きついてくるんだもん。

 抱きついてもらうのは、基本的に後ろからじゃないと耐えられないよ……。 

 背中に感じるおっぱいと、前から感じるおっぱいって次元が違うから。


 体から力が抜け落ちた僕は早くも放心状態だ。

 フィオナさんの背中に手を回すこともできない。


 すると、ナデナデをねだってきたフィオナさんが、逆に僕の頭を撫で始めてくれた。

 こうなると、もう完全にお手上げ状態。

 フィオナさんに体を預けて、撫でられるだけの存在になる。


 この人は天使リーンベルさんを軽々と越えてくる。

 女神のような甘噛みをしてくるスズすら凌いでいる。

 まさに、最高神という言葉がピッタリの世話好きなお姉ちゃんだ。


「甘えん坊さんですね。ベルちゃんの件が落ち着いたら、ちゃんと特訓しましょうね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る