第85話:神聖な波動

 なんでリーンベルさんがお風呂に入ってきたんだろう。

 いや、もはやそこは問題じゃない。


 あの天使であるリーンベルさんが、バスタオル姿でいらっしゃるのだから。

 もっと別の問題である、美しい見た目について触れたいと思う。


 天使のくっきりとした綺麗な鎖骨ラインだけでも、魅力はマックス。

 バスタオルに包まれたおっぱいという膨らみも、申し分ない。

 普段は見れないピチピチの太ももなんて、暴力という言葉でしか表現できない。


 手を胸の前でモジモジさせながら、口を少し尖らせ、チラチラと目線を合わせたり外したりして恥ずかしがっている。


 普段見れない体の露出部分に目を奪われてしまうのも、仕方がないだろう。

 心の中に眠る欲望という名の妄想が、恐ろしいスピードでエロエピソードを構築していく。

 それだけでも、幸せの極みに達している。


 本来の僕がバスタオル姿のリーンベルさんを見ていたら、一瞬で死んでいただろう。

 僕みたいなひよっこに、こんな強烈な刺激は耐えられるはずがない。

 でもね、やっぱりリーンベルさんは天使だから、僕を殺すようなマネはしないんだ。


 天使の神聖な波動による慈悲効果を発動してくれたはず。

 明らかにおかしな現象が起きてるからね。


 『初心うぶな心』の発動が止まった、まではいいんだけど、心臓が動いてないんだ。

 うん、脈も……ないな。


 間違いなく、心拍数は0。

 別名、心停止だ。


 天使のバスタオル姿に大興奮しているのに、心臓が止まっているため、ドキドキしないという奇跡が起こっているんだ。

 いったいハイエルフって、どうやって生きているんだろうね。

 異世界って不思議だよなー。


 大興奮してるのに落ち着けるって、不思議な感覚だよ。


「リーンベルさん、ここはお風呂ですよ。どういう気持ちで入ってきたんですか。僕が入ってるの、知ってますよね?」


「恥ずかしいに決まってるじゃん……」


 照れながらもゆっくり湯船に入ってくるリーンベルさんは、可愛すぎて困る。

 僕は『初心うぶな心』が発動していないのに、直視することができなかった。


 もしかしたら、おっぱいを2秒以上見れないのは元々の体質だったのかもしれない。

 僕は相当女性の体に弱い人間なんだな。

 ハニートラップなんてかけられたら瞬殺だよ。


 リーンベルさんは湯船に入ると、そのまま僕に近づいてくる。

 真正のスーパーヘタレが発覚した僕は、思わず背を背けてしまう。

 とてもじゃないけど、正面から向き合うことができない。


「ほらっ、ちゃんとこっち向いて話そうよ」


 何について朝からお風呂で話し合うんですか。

 体と体の話し合いなら、ベッドでお願いします。

 もっと順番に進めていただきたいものですが。


「自分で言うのも情けないですけど、耐えられないんですよ。リーンベルさんに耳を噛まれて、一瞬で気絶した男ですからね。お風呂で向き合うなんて、難易度が高すぎます。わざわざお風呂で話す必要はないと思うんですけど」


「私だって頑張ってるんだから、ちゃんとこっち向いてよ。倒れたら外に運んであげるから」


「嘘かと思うかもしれませんが、今なぜか心臓が止まっているんです。でも生きていますから、これ以上は刺激を送りたくないんですよ。多分、倒れるを通り越して死にますから」


 なんで命をかけてお風呂に入っているんだろうか。

 天使リーンベルさんとの入浴については、ありがたいけどさ。

 

「あ、うん、じゃあこのままでいいよ」


 それで納得するんだね。

 嬉しいのか悲しいのかよくわからない気分になったよ。


「あのね、昨日はごめんね。本当にずっと心配してたんだよ。みんなが言いたいこともわかるし、私が悪かったって思うの。でも、食べ物のことになると制御できなくて……」


「昨日も言いましたけど、僕は気にしてません。今までずっと食べるところを見てきましたから。それに、僕の料理が原因なところもありますし。少しくらいは制御してくれると嬉しいですけどね」


「はい……」


「僕よりもスズのことを心配してあげてください。スズはリーンベルさんのことが大好きなんですよ。普段リーンベルさんがいないところでも、気にかけてますから。最愛の姉の元へ帰ってきたのに、食欲優先にされたら悲しむのは当たり前です。王都の果物も『アイテムボックスがあればお姉ちゃんと食べられる』って、買うだけ買って食べるの我慢してるんですよ」


「え、果物があるの?! あっ……」


「そういうところは治しましょうね」


「今のは、ずるいと思うんです」


「ずるくないです、スズの気持ちも考えてください。楽しみにしてフリージアに戻ってきたのに、戻ってこなければよかったって言わせちゃダメですよ」


「はい、すいません……」


「僕とお風呂に入ってる場合じゃありませんよ。スズ、マールさん、アカネさんと早く仲直りをしてくださいね」


「うん……」


 話がうまくまとまってよかった。

 顔が見えないように背を向けてるとはいえ、よくこの状態で冷静に話すことができたよね。

 自分を褒めてあげたいよ。


 と思った、その時だ。


 いつの間にか真横に移動して来たリーンベルさんが、可愛い笑顔をしたまま僕の顔を覗き込んできたんだ。

 目の前にバスタオル姿の天使が笑顔で降臨されてしまい、僕の興奮は絶頂に達してしまう。


 ドゴンッ ドゴンッ


 あぁぁぁぁぁ、心臓が動き出したー!

 いや、人間としてはとてもありがたいことなんだけど。

 でも、この心臓の動き方はおかしい。


 強力な魔物が封印を打ち破ろうとしているような感じがするんだ。


 僕の心臓には邪神でも封印されているのか?!

 強烈な衝撃で破ろうとしてくるから、心臓が弾け飛びそうに痛いよ。


 でも、今はそれよりリーンベルさんだ。

 これ以上バスタオル姿で近くにいてもらっては、本当に心臓が弾け飛ぶ。


「な、なな、な、なんで隣に来るんですか?! リーンベルさんは自分の可愛さをわかってますか? 天使みたいな見た目でバスタオル姿を見せてきたら、僕みたいなチョロい男は1秒も持ちませんよ。本当に死ぬんで、視界に入らないでください」


 リーンベルさんは納得してくれたのか、視界から外れてくれた。


「タツヤくんってさ、いくら10歳でも耐性がなさ過ぎるよね。そこがまぁ、可愛くもあるけど」


 可愛いって言わないでくださいよ。

 そういう好意的な言葉に弱いんですから。


 ほらっ、また心臓の封印が解かれそうになって大暴れしてる。

 何が封印されているのか知らないけど。


「私ね、ここまで怒られたことないから、どうしたらいいのかわからないの。だから、怒ってる3人と仲直りの食事会とか、開けないかな? お礼は……体でするから」


 バスタオル姿で誘惑しておいて、お礼を体でするだと?!

 そんなパワーワードを受け取る日が来るとは思わなかった。

 この天使は、自分がなにを言っているのかわかっているのか?


 普通はワンナイトラブ的なことを想像しちゃうぞ。

 リーンベルさんになら遊びでもいいから弄んでもらいたいし、もちろんOKなんだけどさ。

 思い出だけでもいいから、魂に刻み込みたい。


「公園で、デートしよう?」


 あぁ……そういう感じですか。

 いや、それでも僕にとってはハードルが高すぎるだろう。


 スズとの初デートだって、浮かれすぎて手汗がヤバかったもん。

 実は危うく脱水症状になりかけてたし。


 でも、僕はデートするなら一言いっておきたいことがある。


「頭ナデナデのオプションはありますか?」


「……君ってさ、欲望だけすっごい子供っぽいよね。普通はバスタオル姿の方が喜ぶと思うよ。なんで頭ナデナデを求めちゃうのかなー」


 だ、だって、リーンベルさんの頭ナデナデすごいんだもん。

 ナデナデポイント発掘してくるとか、意味がわからないよ。

 快感すぎて忘れられないの。

 優しい言葉をかけられながら、攻められるのが1番好きなんだ。


 僕って近寄っちゃいけない系の変態だから。


「まだ子供だから仕方ないんです。あと、仕事の時間は大丈夫ですか?」


「え?! ちょ、ちょっと待って! 忘れてた、急いでいかなきゃ。先にあがるから、着替えるまで出てこないでね」


「わかってますから、早めにお願いします。正直のぼせてますし」


 リーンベルさんはバシャバシャと音を立てて、急いでお風呂から出ていった。

 紳士的な僕は彼女に背を向けたまま、風呂場から出ていくまで振り向くことはない。


 だって、濡れたバスタオルが肌にペターってなるからね。

 そんな姿を見たら、絶対に心臓の封印が解かれるよ。

 今は落ち着いてドドドドってしてるけど。


 ……そもそも、本当に封印されてるのか知らないけど。


 しばらく待っていると、脱衣場からドタバタと急ぎ足で離れていく音が聞こえた。

 僕はふぅ~とため息をつくと同時に、ポタッポタッと鼻血を垂らす。


「……よかった、リーンベルさんの前で鼻血を出さなくて」


 鼻血をタオルで隠しながら、お風呂から上がった。

 天使のバスタオル姿に興奮しすぎた上に、のぼせてしまったからね。

 全然止まりそうにないよ。


 むしろ、だんだんヒートアップしてドバドバ出てくるじゃん。

 今まで出てくるの我慢してくれてたのかな。

 本当にありがとうね。


 服を着替えて脱衣所を出ると、フィオナさんが出るのを待ってくれていた。


「は、鼻血?! ベルちゃんとそんなに激しいプレイをしていたんですか?!」


「してませんよ、まともに見れませんでしたから。でも、なんで一緒に入っていたことを知っているんですか?」


「ふふふ、落ち込んでいる女の子を慰めるのは、殿方のお仕事ですよ」


 まさか……リーンベルさんがお風呂に入ってきたのって、フィオナさんのせい?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る