第176話:神聖なる罰

 戦い終わったスズを労わるべく、唐突に湖の前でお茶会を始めていく。


 好き好きオーラ全開で戦ってくれたスズに、僕のハートは撃ち抜かれすぎたんだ。

 なめらかプリンを要望されたこともあるけど、餌付けしてポイントを上げることに必死。

 どんな理由があったとしても、長期間も離れていた反動で愛情が爆発している。


 普通は愛情が爆発していると言えば、好きすぎてどうしようもないことを指すだろう。

 だが、この場合の爆発は、愛情が増えすぎて物理的に心臓が爆発することを指している。


 火魔法のエクスプロージョンによって、僕の恋もエクスプロージョンである。


 取り出した机になめらかプリンを並べて、コーヒー牛乳とクッキーの甘々セットを取り出す。

 早くもなめらかプリンを手に取っていただき、光栄である。


 向かい側に人型になったチョロチョロが座り、同じようになめらかプリンを手に取っても無視をする。

 僕の頭の中は久しぶりに会えたスズさんでいっぱいなんだ。


「ね、ねぇ、スズ。い、今までどうしてたの? ひ、ひさ、久しぶり、だよね」


 戦闘という緊張感があったからこそ、さっきは普通に声をかけることができた。

 でも、今は遠距離恋愛の彼女が急に会いに来たような胸のときめきで、普通に話すことができない。


 震える手でなめらかプリンを食べ進めていくスズが可愛すぎて、目を見て話すなんて不可能。

 それどころか、1秒も顔を見ることができずに目を反らしてしまう。


 最近は自分で思うんだ。

 僕は正真正銘の初心うぶな心の持ち主なんだって。


「神々しい獣が人型になった。もしかして、神獣様?」


 戦闘では取り乱したものの、スズの興味は早くも神々しい精霊獣に移ってしまった。

 マイペースなスズさんらしい発言である。


「なめらかプリンというのか! ほほー、美味だ! 実に美味だな! さっき言っておったカツ丼というのもこれほどうまいのか?」


 だが、チョロチョロの興味は料理とお菓子である。

 見たことも食べたこともないプリンで勝手に餌付けされ、戦闘中の説得で使ったカツ丼に興味を示していた。


 恋心が爆発してスズに振り向いてもらいたい僕。

 神獣の手掛かりを得ることができると期待するスズ。

 お菓子と料理が気になって仕方がないチョロチョロ。


 1つのテーブルを囲んだ3人は、謎の三角関係を築いていた。



 誰もが自分の話をやめることなく話し続けること、1時間。

 にゃんにゃんが意識を取り戻したことによって、強制終了させられてしまった。



 ボロボロになったエステルさんをスズが担いでいき、アングレカムの街へ戻っていく。

 道中、話の主導権を握ったのはにゃんにゃんだ。

 久しぶりに会うスズに近況報告するところが微笑ましく、僕はスズの顔をチラチラと見て、可愛さに慣れるトレーニングを実行する。


 スノーウルフの森から街までは随分距離があるため、雪の都アングレカムへ着く頃には落ち着き始めていた。

 心臓が軽くマシンガンを撃ち鳴らす程度に治まったから、後は自然と回復していくだろう。


 街に入ってすぐにチョロチョロと別れ、みんなで旅館へ戻っていく。

 当然のようにまた新しい女の子を連れ込んでも、金を払えば何も言われることはない。

 ましてや、一緒に泊っている人がボロボロで運ばれてきても、何も言われなかった。


 それはそれでどうなのかと思いつつ、旅館でエステルさんの面倒を見ることにする。

 元気になって暴れた時、押さえ込めるのはスズだけだろうから。


 戦闘で魔力をフルパワーで使ったスズは、スイーツを食べたといっても本調子には戻らないはず。

 王都のスタンピードでリリアさんが魔力を使いすぎた時、気絶したままなかなか起きなかったからね。

 同じようになってほしくないし、今日はおいしいものを食べてゆっくり休んでほしい。


 雑炊もカツ丼もハンバーガーも、いっぱい作ってあげるからね!



 - 翌朝 -



 起床した瞬間、久しぶりに足がジンジンと痺れるような感覚に襲われた。

 僕の足の上でスズが丸まって寝ているため、血液の流れを阻害しているんだ。


 君は相変わらず猫みたいなことをしているね。

 懐いてくれるのは嬉しいけど、一刻も早くどいてほしい。

 寝顔が可愛くて起こすことができないから。


 あまりの可愛さに妄想を重ねていると、心臓が大砲をどんどん撃ち鳴らし始めてしまう。

 結果、強力な心臓のポンプ作用で血液が循環し、自然とジンジンする足の痺れから解消された。


 初めて興奮する心臓が役立った瞬間である。


 大砲のような心臓でベッドをギシギシと揺らしていると、すでに起きていたマールさんがバンッと寝室の扉を開けた。

 友達以上恋人未満のマールさんが、恋人関係である僕とスズの様子を見に来たんだ。

 最近は一緒に寝ることも多かったため、浮気を目撃されたような気分に近い。


 複雑な関係だと思いながら、ジト目のマールさんに見つかってしまったため、スズと一緒に起きていく。


 寝室から出ると、すでに起きていたにゃんにゃんが朝ごはんを作ってくれていた。

 朝からにゃんにゃんの手料理というありがたい朝食を片手に、僕は朝ごはんを作り始める。


 だって、ポテサラサンドしかないんだもん。

 スズの朝ごはんはタマゴサンドと決まっているんだよ。

 優秀な付き人の僕は、餌付けに妥協をしないからね。


 ササッと作り上げる姿を見せつけていると、「ポテサラが食べたい~」という声が聞こえてきた。

 パッと声のする方を振り向くと、ロープで固定されたエステルさんが羨ましそうな顔で見ていた。


 きっとにゃんにゃんの仕業だろう。

 料理を作っていたら目覚めてしまったため、縛り付けて対処したんだ。

 昨日2人ともやられちゃったから、あまり良い印象を持っていないはず。


 料理効果を得たスズの魔法攻撃を受けても平気なんて、相当打たれ強い人だな。

 まだ治療行為は何もしていないのに、話せるまで回復するなんて。


「約束を守らない悪い子は食べられませんよ」


「違うんだ、あの魔物は災害級レベルの危険な存在。いや、それ以上の魔物かもしれない。なぜか弱っている今が倒すチャンスなんだ」


「討伐の必要はありません。あの魔物はこの地で生き続けている魔物で、人間には手を出しませんから。エステルさんとした約束は、エルフじゃなければ手を出さないはずではありませんでしたか?」


 と言いながら、僕はスズにタマゴサンドを差し出していく。


「魔物は魔物、いつか必ず我々の敵になる。後悔してからでは遅いんだぞ」


「親分、帝国の人間を説得するのは無理だにゃ」


 おいしそうにポテサラサンド食べるタマちゃんがやって来ると、エステルさんは羨ましそうな顔で眺めていた。


「そうニャ、帝国兵はどんな拷問にも屈しないほど、母国のために行動する奴らニャ」


「違う、いや、違います。世界のためを思って行動するだけで」


 クロちゃんの言葉を否定するものの、ポテサラ欲しさに敬語になってしまった。


「このまま帰すのは危険にゃ。帝国は必ず戻ってくるにゃ」


「でも、帰さないのもまずいニャ。何かあったと言っているようなものだニャ」


 厄介な人間に悩み始めるにゃんにゃん。

 ポテサラを羨ましそうに眺めるエステルさん。

 タマゴサンドを受け取って黙々と食べるスズ。


 様子を見守り続けるマールさんをチラ見すると、この部屋の可愛い女子率に興奮してしまう。

 モテない代表のような存在である僕は、多くの女子に見られると、自然とカッコつけたくなる習性がある。


 この難題を解決して、少しでもよく思われたいと。


「エステルさん、本当にあの魔物を討伐するつもりですか?」


「当然だろう、帝国の名に懸けて必ず倒してみせる。さっきも言っていたが、帝国は世界のために諦めることはない。私の体を痛め付けようが恥辱を与えようが、好きにするがいい。どんなことがあっても、私はここへ戻って魔物を倒しに来るぞ!」


 哀れな回答をしてしまったエステルさんには、お仕置きが必要のようだ。

 あの冷静なスズが大声を張り上げるほど、感情をさらけ出して訴えたというのに。

 付き人の僕としては、そんなスズの説得で心が変わらなかったことを許すつもりはない。


 残念だよ、これだけはやりたくなかったのに。


 近くにいるにゃんにゃんに、アイテムボックスに眠る僕が作ったポテサラサンドを手渡す。

 意図が伝わったのかどうかわからないけど、2人は受け取って食べ始める。


 僕は女の子に対して優しい人間だし、尻に敷かれたいと思っているような人間だけど、ちょっとずれた趣味を1つだけ持っている。




 こちょこちょだ!




 女の子の笑顔はおっぱいと同等レベルの至高な仕草であり、意図的に作り出すこちょこちょこそ最高のじゃれあい。

 特に女の子同士でイチャイチャとこちょこちょしている姿は堪らない。


 拷問による痛みや恥辱は我慢することができるだろう。

 だが、呼吸に障害が発生すると同時に笑いの快楽へ堕ちるこちょこちょには、耐えられるはずもない。


「タマちゃん、クロちゃん。言うことを聞かない悪い子に、厳しいお仕置きをしよう。これはカツ丼教を裏切る者に与えられる神聖な罰であり、すでにカツ丼を食べた彼女には受ける義務がある。いいかい、カツ丼様はご立腹だよ? すぐに彼女のロープを外し、手足を固定するんだ!」


 熱心な信者であるにゃんにゃんは、ポテサラサンドでパワーアップした身体能力を活かして、すぐに実行へ移った。

 もう一人の熱心な信者であるスズは、神の怒りを納めるようにカツ丼の舞という名のロボットダンスを踊っている。


 アッサリとにゃんにゃんによって押さえつけられ、床に手足が固定されたエステルさんを確認して、マールさんに近付き小声で声をかける。


「今から3時間だけ、エステルさんのお触りキャンペーンを開始します。どこを触ってどんな問題が起きたとしても、僕がイリスさんに交渉して揉み消します。ただし、こちょこちょして笑わせ続けることが条件です。3時間無事にやりきると、リーンベルさんにはマールさんが頑張って案内してくれたことを盛って伝えるつもりですよ」


 自分の欲を満たすようにこちょこちょをするだけで、リーンベルさんの評価も上がってしまうという、夢のボーナスタイム。

 マールさんが逆らうはずもない。


 危ない表情を浮かべたマールさんが瞬時にエステルさんと距離を詰めると、マイナーな脇腹からくすぐっていく。


「あっはっはっは、や、やめろー! こちょこちょは卑怯だーっはっはっは!」


 室内に響き渡るエステルさんの心地良い笑い声をBGMにして、カツ丼の舞を踊るスズの隣に座る。

 カツ丼様はスズに怒っていないことを伝え、椅子へ座るように誘導した。


「ここに来る前は砂漠にいたから、冷たいデザートを作ったんだよね。クッキー、プリン、トリュフとも違う、ニュータイプのスイーツなんだけど、食べる?」


 首がもげそうになるほどの高速うなずきを見せるスズに、そっとアイスを差し出す。

 大興奮したスズは一口サイズに崩して、口の中へ入れていく。


「ふぉぉぉぉぉ!」


 いいね、君の奇声が聞けて嬉しい限りだよ。

 やっぱり新作料理を作る時は、スズの奇声がないと物足りない。


 お腹を壊すといけないから、ゆっくりと味わって食べるんだよ。

 装備の効果で寒さを感じないといっても、ここは雪国だからね。


「タマちゃんとクロちゃんはそれが終わってからね。カツ丼様による神聖な罰だから、ちゃんと押さえておかないとアイスが没収になっちゃうから気を付けて」


 一段とグッと力が入ったにゃんにゃんに押さえつけられたエステルさんは、ただ笑うことしかできなかった。

 嬉々とした表情のマールさんにこちょこちょをされながら。


「やめてくれー! あーっはっはっは。せめてポテサラを食べだーっはっはっは」」

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