第177話:報酬

 アイスを食べ終えたスズが幸せそうな顔でもう1度眠りにベッドへ行ったので、こちょこちょで戯れている4人を置いて、僕は冒険者ギルドへやって来た。


 連日の覗きで睡眠時間が減ったことにより、今朝はかなり長く寝ていたみたいだ。

 朝の混む時間が完全に解消され、冒険者の数が少ない。


 大きなおっぱいを持つ双子の姉、アズキさんが手招きをしてくれているので、おっぱいという渦潮に吸い込まれるように向かっていく。


「どこかで聞いた名前だと思ったら、火猫ちゃんとパーティを組んでる子だったのね」


 今頃ですか?

 冒険者ギルドの受付嬢としては、そっちを知っておいてほしかったですよ。

 おっぱいを見てめまいをする子供という情報なんて、世界一どうでもいいですからね。


「世間ではそっちのイメージしかないと思うんですけど、アカネさんからは何も聞いていないんですか?」


「えぇ、おいしい料理を持って来る話とおっぱいの話ばかりだったわ。昨日火猫ちゃんが来たときに君のことを聞かれて、初めて思いだしたのよ。小さな冒険者が活躍している話をね」


 昨日スズが森へ助けに来てくれたのは、冒険者ギルドでアズキさんに聞いたからか。

 同じパーティを組んでいる人間の情報だし、信頼のある火猫の頼みを断る必要はないと判断したんだろう。


「アカネさんとは、もう少しまともな話をしてください。手紙でやり取りしている家族なら、他にいっぱい話すことだってあるでしょう。近況報告とか将来のこととか……」


 不敵な笑みを浮かべて前かがみになるアズキさんのせいで、僕はついつい言葉が詰まってしまう。


「なーに? お姉さんにお説教する気? じゃあ、火猫ちゃんに今の君の近況報告をしてみようかしら。冷静沈着な火猫ちゃんが取り乱すようにギルドを出ていったのに、違う女の子のために動いていた話」


 口封じでクッキーとハンバーガーをあげたばかりじゃないですか。

 や、やはり大人の口封じは、く、口でしないとダメなんだろうか。


「……や、約束が違いますよ。この前、言わない約束をしたばかりじゃないですか」


「そうね、アカネには言わない約束をしたわね。火猫ちゃんに言わないとは言ってないわ。あー、急にお姉さんは甘い物が食べたくなっちゃったなー」


 そんなの屁理屈だ!

 でも、そういう手の平で転がされるプレイは大好きだ!


 僕におっぱいを見せ付けるように誘惑して、可愛い脅しをかけてくる姿が激萌え。

 今は両想いで熱い気持ちをぶつけてきてくれたスズさんで頭がいっぱいだというのに、大人の荒波が押し寄せてくる。


 なんて恐ろしい渦潮おっぱいなんだ!


 渦潮に心が攫われてしまった僕は、なめらかプリンとトリュフ、クッキーのデザートを取り出していた。

 自分の机に隠すようにサッと入れていくアズキさんの姿を見て、明らかに計画的だったのは間違いない。

 もう少し入りそうな引き出しをトントンッと叩く姿を見て、余分にクッキーを出す自分が恥ずかしい。


「お姉さん、素直で可愛い子は大好きよ。そうだわ、君が来たらギルドマスターの部屋へ案内するように言われているから、一緒についてきて」


 大人の魅力を解き放つアズキさんに大好きと言われ、心臓が鷲掴みにされてしまう。

 この時の大好きとは、何でも言うことを聞く下僕のように便利な存在、という意味だろう。

 それなのに、彼女いない歴が長すぎた反動で嬉しくて心臓がピョンピョンしている。


 冒険者ギルドの統括イリスさんに引き続き、大人の方々はなんて刺激的に責めてくるんだ。

 見た目はまだ子供の僕を弄ぶなんて……、本当に最高だな。


 ポカーンとしてアズキさんの後ろをついていくと、急に現実へ引き戻されてしまう。

 気が付けばアズキさんがギルドマスターの部屋から出る音が聞こえ、僕は精霊獣チョロチョロと向かい合っていたからだ。

 幸せすぎて、しばらく無意識に行動していたみたいだよ。


「最近、領主が新しい食文化を広めると言っていたが、なめらかプリンのことか?」


 湖でお茶会をして以来、チョロチョロの頭の中はお菓子でいっぱいみたいだな。

 もっと先に話し合うことがあるはずなのに、第一声がなめらかプリンとは。

 国が主導になっている政策に、僕が関わっていると気付いてしまったんだろう。


「いえ、ホットドッグとタマゴサンドなので、デザートではなく主食になりますね。貴重な砂糖に代わる代用品が発明されない限り、プリンは難しいと思います。それでも、すでにフリージアと獣人国ではお祭り騒ぎになっていますよ」


「そうか、なめらかプリンでないことは残念だが、それはそれで楽しみだな。さすがは小さくてもハイエルフ。今後のフェンネル王国の発展が楽しみで仕方がない」


 帝国の問題を解決しないことにはそんな未来が来ないのに、チョロチョロは満足そうな顔をしている。

 まぁ、エステルさんは調教すれば解決すると思うけど。


「あれから暴れ馬の調子はどうだ? 随分派手にやられたみたいだが、奴は生命力が高いからすぐ回復するだろう」


「ちょうど今朝、目を覚ましたばかりです。一応、今後は帝国に手出しさせないように調教しています。二つ名の暴れ馬に恥じない暴走をする人だったので、厳しめに躾けようかと。すでに心が折れかかっていましたから、問題はないと思います」


 と言いながら、なめらかプリンを差し出す。


 頼まれたことが中途半端になってしまったため、プリンはお詫びのようなもの。

 と、見せかけて、確実に報酬をもらうためのあざとい作戦である。

 餌付けが友好的な相手に対しては、簡単に機嫌を取ることができて便利だ。


「帝国兵の心が折れるなど、余程のことがないとあり得ないぞ。奴の手綱を引けるに越したことはないが」


 なめらかプリンをさり気なく受け取ったチョロチョロは、その場で食べずに机の方へ持っていく。

 仕事終わりのご褒美として食べたいようだ。

 アズキさんもそうだったけど、この地域の人は隠して独り占めするのが好きらしい。


 嬉しそうな顔でチョロチョロが戻ってくると、片手を差し出してきた。

 そこには、白く輝くチューリップのような花があった。


「ほれ、約束のスノーフラワーだ。精霊達も身内のような存在であるハイエルフにウキウキでな。頼んだらすぐに作ってくれたぞ」


 無事に依頼達成とはなかなか言いにくい状況だったから、普通にもらえて助かったよ。

 2センチほどの小さい花だけど。


「ありがたくいただきますが、ちょっと小さくありませんか? 初めて見るのでわからないんですけど、もっと大きな花をイメージしていました」


「何を言うか、小さい方が人気があるんだぞ。大きいと押し花やフリーズ加工して置物にしかできんが、小さいとアクセサリーに加工できるからな。繊細に作る必要があるため、1つしかできなかったが」


 なるほど、本格的に婚約指輪的な発想でいいんだな。

 わかりやすくて助かるよ。


 文句を言って申し訳ないから、クッキーも追加でサービスしておきますね。


「スノーフラワーを加工するなら、ずば抜けた技術が必要になる。特に小さなスノーフラワーを加工できる者は限られているぞ。ちょうどお前が泊っている旅館に、腕の良い鍛冶屋がいるはずだ。毎年、露天風呂に入るためにこの街を訪れるからな。我の名前を出せば、加工してくれるだろう」


 嬉しそうな顔でクッキーを受け取ったチョロチョロはご満悦だ。

 加工できる職人まで紹介してくれるなんて、餌付け効果は偉大だよ。


「それは助かります。なんて名前の方ですか?」


「オレッチだ」


 ……知ってるな、そいつ。

 王都で僕の防具を作った、テンションのおかしいドワーフに違いない。


 まさかオレッチという名前だとは思わなかったけど。


 一人称として、俺・僕・オイラ、みたいなノリで、オレッちと言ってるのかと思っていたけど、本名だったのか。

 いい年したオッサンドワーフが、自分の名前を自分で呼ぶのは痛すぎるだろう。

 自分の名前を自分で呼んでいいのは、可愛い女の子かにゃんにゃんくらいだぞ。


 腕は確かだけど、ドワーフの中でも絶対に変わり者に違いない。

 色々なところがおかしすぎるから、すでにわかりきったことではあるけど。

 きっと鍛冶職人としての過酷な修行を繰り返すあまり、自分を追い込みすぎて本当の自分がわからなくなったんだ。


 結果、ハイテンションのドワーフという謎ポジションを獲得した。


 いや、今はオレッチのことなんてどうでもいい。

 ここまでお菓子を取り出す度に良くしてくれるから、ハイエルフの情報を聞きだせるかもしれない。

 古代竜とコンタクトを取れるかわからないし、本格的にチョロチョロを餌付けしよう。


 確実に餌付けで弱いタイプだと理解し、ハンバーガーとカツサンドを取り出す。

 喜ぶように舞うチョロチョロはチョロイ男だよ。



- 2時間後 -



 クソッ、無駄に口が堅い!

 チョロイと思っていたのに、肝心なことは話してくれないじゃないか!


 柔らかく避ける角煮を見せ付けて脅しをかけても、絶対に屈しない。

 チョロチョロのくせに、大事なところは無駄に頑固である。


 結局、もう1時間ねばってみたけど、チョロチョロから情報を得ることはできなかった。

 貴重なスノーフラワーをちゃんともらえただけでもありがたかったかな。

 僕の発言でエステルさんと戦闘することになったし、スズが来なかったら今頃は大変な騒ぎだっただろうから。


 気前よくスノーフラワーを分けてくれたことに感謝して、ギルドを後にする。

 無駄にオッサンを餌付けしてしまったと思いながら。

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