第175話:想い
久しぶりの再会に、早くも心臓が喜びのマシンガンを撃ち鳴らす。
頼りになる愛おしい少女の背中を見て安心する僕は、やっぱり男に向いていないだろう。
危ないところに駆け付けてくれたことで、胸のときめきという心臓の爆音が止まらない。
一方、エステルさんは予想外の乱入者に目を大きく開けて驚いていた。
「貴様、火猫かッ! 人道的な貴様は私と同じタイプの人間だと思っていたが、なぜ邪魔をする!」
「同じにしないでほしい。私はタツヤを守るために生きている。今までも、これからも!」
そう言いながら、受け止めていた攻撃を押し返してエステルさんの体勢を崩すと、腹部を殴り付けるように攻撃。
急な援軍に戸惑うエステルさんは咄嗟に腕で防ごうとするも、ガードしきれず吹き飛ばされていく。
久しぶりに会えたことが嬉しい。
命を助けてくれたことも嬉しい。
でも何より、両想いであったことが1番嬉しい。
暴発する心臓が2丁のマシンガンを撃ち鳴らすのも無理はない。
少しは落ち着けと思う反面、今日ばかりは暴走することを許そうと思う自分もいる。
それにしても、どうしてここにいることがわかったんだ?
てっきりフリージアで合流すると思っていたのに。
「スズ、どうしてここに?」
戦闘中にもかかわらず、スズはゆっくりと振り向いた。
いつもの無表情のような顔が少し崩れ、優しい微笑みを見せてくれる。
薄っすらと頬を赤く染め、目元が少し緩んでいるように見えた。
別れる時はアッサリしていたけど、久しぶりの再会を喜んでくれているのかな。
僕の方へ右手を差し出してきたスズは、手を丸くして小指だけをピンッと伸ばしてきた。
これは指切りパターンだと思って小指を差し出すと、再会を喜ぶように互いの小指が結ばれる。
「……運命の、赤い糸」
ズキューンッ! と、心臓に愛という弾丸がぶち込まれた。
暴走していた心臓が戸惑い、ときめくようにドキドキと動き始める。
思わず心臓が正常に稼働するのも納得だよ。
久しぶりに出会えたスズさんの小悪魔テクニックをぶち込まれたんだ。
見捨てられていないという現実に、雄叫びをあげてもおかしくはなかったというのに。
恋の衝撃でおかしくなってしまった僕は、戦闘中なのに餌付けをしたいという禁断の欲求が生まれてしまう。
運命を繋げてくれた小指を手放し、プルプルと震えた手でクッキーを差し出す。
初めて出会った時に食べてくれたお菓子で、僕達2人にとっては特別なもの。
再開を分かち合うには、1番ふさわしいお菓子かもしれない。
さりげなく受け取ったスズは、僕を見つめたままクッキーを口に入れていく。
嬉しそうな顔で食べてくれるスズさんの笑顔を見た瞬間、再び愛という弾丸が心臓を貫き、僕は地面に倒れた。
興奮しすぎて筋肉が痙攣し、うまく動かせなくなったんだ。
激弱な刺激で興奮する僕が懐かしいのか、クスッと笑ったスズはゆっくりエステルさんに向かって歩いていく。
一方、エステルさんは立ち上がったばかりで、剣を構えたところだった。
「いいか、火猫、後ろをよく見てみろ。貴様は災害を起こす魔物を放っておくのか? なぜか弱っているあの魔物を倒すチャンスは、今しかないんだぞ」
エステルさんがスズを説得しようするのは、火猫の名声が他国にまで広がっているからだろう。
誰よりも正義感に溢れて依頼をこなすスズなら、共に精霊獣チョロチョロを倒してくれると思っているんだ。
でも、スズは神獣に命を助けられ、ハイエルフである僕を守ろうとしている。
神々しい精霊獣を前にして、敵対するなんてあり得ない。
もはや、帝国の正義とは対極にいるような存在と言ってもいい。
「私はそう思わない。神聖な魔物に手を出す方が災いを呼ぶ。少なくとも、タツヤの命を狙うあなたとは分かり合えない」
「そうか……ならば、殺すつもりでいくぞ。連戦した状態で、貴様のような強者と長期戦をするつもりはないからな!」
「構わない、今日は私も手加減できない。角煮を見下した以上、手加減するつもりもない」
剣を構えたエステルさんは走り出す。
しかし、スズは立ち尽くしたまま、一歩も動こうとしなかった。
中段に構えたエステルさんが剣を横に薙ぎ払おうと動かすと、スズは攻撃を受け止めるため、片手で合わせるように防御態勢を取り始める。
「転移」
防御態勢だけを取らせた状態で瞬間的に転移で背後へまわり、無駄のない動きでスズを攻撃する。
が、前方を向いたままのスズの背後に炎の盾が形成され、エステルさんの攻撃を防いだ。
そして、流れるような動きで体を捻じったスズは、顔面に向けて裏拳を叩きこむ。
驚くだけでガードできなかったエステルさんは、すぐに反撃が返ってくることを想定していなかったんだろう。
攻撃を防がれたばかりで不十分な姿勢だったため、スズの攻撃をまともに受けて吹き飛ばされてしまう。
「暴れ馬の戦闘スタイルは、頭の中に入っている。2年前、ギルドで暴れ馬を取り押さえた現場に私はいたから。月日が流れたとはいえ、なかなか戦闘スタイルは変わらない。視界を広く持ち、背後の守りを魔法で固めればカウンター攻撃が有効になる」
愛の弾丸を撃ち込まれたばかりの僕は、スズさんの活躍を見るだけでときめいてしまう。
倒れたまま1人でエビ反りをするという、世界一戦場にふさわしくない人間だ。
反撃する暇をもらえないほどにゃんにゃんは防戦一方だったけど、スズはガードしたうえで反撃までしている。
対処法が頭に入っていたとはいえ、敵の動きを読んだ上で正確に反撃をするのは、なかなかできることではないだろう。
最近はダークエルフと連戦しているから、思っている以上にレベルアップしているに違いない。
でも、1つだけ気になることがある。
それは、スズの炎がいつものように赤くないことだ。
真っ赤に燃えるような赤ではなく、赤黒いような濁りのある炎で盾が形成されている。
魔法は発動しているから大丈夫だと思うけど、何か違和感を覚えてしまう。
そんなことを考えている間に、エステルさんは立ち上がっていた。
「バカを言うな、そのようなことは空間魔法を使う私が1番よく理解している。背後を誰かに守ってもらうか、背後をシールド系の魔法で守る、大体の人間がそうやって対応するしか方法はない。よって、当然のように打ち破る方法は存在する!」
瞬間的にパッと転移したエステルさんがスズの背後を取った。
振り下ろした剣が再びシールドで防がれ、スズのカウンター攻撃が行われる。
しかし、スズの攻撃は当たることなく空を切った。
短時間の間でもう1度転移したことで、攻撃対象を再び見失ってしまう。
にゃんにゃんとの戦いでトドメを刺した、二段転移。
背後ではなくスズのサイドに転移したエステルさんは、防御不可能な態勢にニヤリと笑った。
容赦なく剣は振り抜き、スズに斬りかかる。
が、スズに当たることはなかった。
背後に炎の盾を形成したまま、横にも炎の盾を形成したから。
「バカな! このスピードについて来れるはずが!」
「話す余裕はない、”バースト”」
2つの炎の盾が爆発して、スズとエステルさんを共に吹き飛ばした。
おそらく炎の盾の表面を爆発させ、半分は防御にまわしたつもりだったんだろう。
1mほど吹き飛んだスズに対して、エステルさんは5mほど吹き飛んでいたから。
涼しい顔で起き上がるスズと、防具が凹むような衝撃を受けて立ち上がるエステルさんは、明らかに受けるダメージが異なっている。
「貴様、正気か?! 魔法を暴発させるなど、考える奴の気がしれん。自爆でもしたいのか!」
「距離を取りたかっただけ。この魔法を使うには、ここでは環境を破壊してしまう。最初に言ったはず、手加減するつもりはないと、”フレイムウォール”」
左手を突き出したスズの前方から、炎の壁が広がるように作られていく。
高さ3mはあるであろう不気味な赤黒い炎の壁が広範囲に広がり、エステルさんを取り囲んだ。
地面に積もっている雪はフレイムウォールの熱で溶け始め、見えることのなかった大地が見え始めている。
「随分と大層な魔法の準備をしていると思えば、ただの壁とはな」
魔力を読み取れる体質で、何か大きな魔法が来ると予想していたんだろう。
起き上がってすぐに転移したのも、魔法詠唱の邪魔をするためだったのかもしれない。
「そう、暴れ馬を逃がすことのない炎の壁。私の見立てでは、まだ完全に空間魔法を扱いきれていない。今の転移は空間魔法というより、目にも止まらない高速移動と表現した方がいい」
右手を前に出してフレイムウォールに触れると、スズは険しい表情へ変わっていく。
「そこまで見抜いていたとは、大した分析力だ。だが、これほど広範囲に展開すれば、魔力の乱れは大きくなるもの。少し注視すれば穴になる場所くらい……」
辺りを見回すエステルさんの表情は、どんどん深刻なものへと変わっていった。
偶然にも、スズはクッキーを1つ食べて魔法攻撃力を高めたばかり。
魔力量であるMPは増えなかったとしても、魔法攻撃力は格段に上昇している。
「なんだこれは、本当にただのフレイムウォールなのか?! Aランク冒険者による魔法の領域を遥かに超えている……。なんだこれは、Sランク、いや、これが精霊魔法とでも言うのか!そんな馬鹿な……いったい、貴様は何者なんだ!」
魔法の強さが目で見えてわかってしまう分、彼女の絶望は大きいだろう。
仮に目で見えなかったとしても、スズの表情を見れば危険を察知するに違いない。
普段何気ない顔でスズは魔法を使っているけど、今日は違う。
涼しい顔で戦闘していたはずのスズは、もういない。
怒りに満ちたような表情で、必死に魔法を制御しようとしている。
スズの戦闘する姿は何度も見てきた。
でも、こんな表情は初めて見る。
グッと歯を食いしばり、眉間にしわを寄せて睨みつけるような表情。
大地を踏みしめるように踏ん張り、魔法の制御が困難なのか、必死でねじ伏せるように呼吸を止めている。
「そんなこと聞かれても、私は私。目に映る者を守りたいだけ。一介の冒険者にできることなんて……、それぐらいしかできない!」
必要以上に魔力を練り込んでいる影響だろう。
赤黒い魔力がスズの体を包み込むように纏い始め、蒸発するように黒煙に似た煙が立ち昇り始めた。
慌てて駆け出したエステルさんがスズに斬りかかっても、炎の壁に弾かれてしまう。
「貴様がそんな些細な者を守ろうとした結果、世界が滅びてもいいと言うのか! 魔物の肩を持つ貴様達の考えは、この世界を破壊しようとしているんだぞ!」
「うるさい! 黙れ! 世界の秩序を正すために人を殺すなら、そんな世界なんてなくなればいい!」
スズの叫び声に呼応するように、赤黒い魔力がたちまち黒く染まっていく。
フレイムウォールも浸食するように黒く染まり始めると、エステルさんは防御魔法を唱えて障壁を展開。
「角煮を見下したことは許さない。獣人の友を傷付けたことも許さない。なにより、タツヤを殺そうとしたことは絶対に許さない!」
震える右手にグッと力を入れると、反発するようにフレイムウォールから黒い火花が飛び散っていく。
「人を守らぬ正義に意味などない! ”エクスプロージョンッ!!”」
フレイムウォールの中で見たこともないような爆発が起こると、轟音と共に大地が大きく揺れた。
森の木々に積もる雪がドサドサと落ちる中、凄まじい炎の熱量で周囲に積もっていた雪が溶け始める。
そして、フレイムウォールが解除されると、解放されるように黒煙が立ち昇っていった。
当然、エステルさんが無事でいられるはずもない。
ボロボロの装備で倒れ込む姿を確認すると、力を使い果たしたスズも座り込んでしまう。
体をガクガクと震わせるほど消耗したスズに、急いで駆け寄っていく。
すると、ニコッとした笑顔を向けられ、弱々しく震える手を差し出してきた。
「……なめらかプリンがいい」
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