第172話:守護する獣
- 翌朝 -
帝国兵のエステルさんと獣人のにゃんにゃんという異色のパーティを組み、冒険者ギルドのギルドマスターを訪ねた。
きっとフェンネル王国が許可を出したんだろう。
チョロチョロの落ち込みは酷く、床で体育座りをしている。
「許可が下りてしまったんだが……。暴れ馬でNGだったのに、お前の名前を出したら許可が下りたんだが」
ハイエルフである僕の意見を、国王が断るはずもない。
エステルさんは絶対的なNGワードだというのは、さすがの僕でもわかってきたけど。
本人は気付いている様子もなく、自分でNGだったことに不満そうな顔をしているよ。
遠回しに待ち伏せしてほしいことを伝えるため、チョロチョロに湖まで行くことを伝えて、ギルドを後にした。
早く厄介事を終わらせてマールさんと遊びたい僕は、やる気に満ち溢れている。
無事にスノーフラワーを確保できるルートも手に入れたし、早く旅館へ戻ってマールさんと雪遊びがしたい。
エステルさんは参加しなさそうだけど、にゃんにゃんも混じってくれるはず。
可愛い3人の元気な女の子に囲まれ、楽しく雪遊びをするなんてね。
恐ろしいほど陰キャだった僕が、最高にリア充な生活をしているよ。
楽しい妄想を膨らませて雪道を歩いていると、いつの間にかスノーウルフの森に到着した。
当たり前のようにニオイ袋をエステルさんが取り出すと、にゃんにゃんは大きな声で「んにゃあーーー!」と悲鳴をあげる。
「叫ばないでくれ、スノーウルフが近寄ってくるぞ。凶暴化したスノーウルフの群れはAランクに値する。ニオイで戦闘を回避できるなら、活用しない手はないだろう」
僕達3人はスノーウルフが襲ってこないと知っているけど、エステルさんは違う。
音も立てずに接近してくるスノーウルフに警戒している。
得体の知れない魔物が住む森ともなれば、スノーウルフと敵対せずにやり過ごす方が無難だろう。
明らかにエステルさんの言っていることと、行動は正しい。
「ニオイ袋は禁止にゃ!」
「ニオイで性格まで捻じ曲がったんだニャ! 今夜のカツ丼は没収ニャ!」
獣人の2人にとっては耐え難いことであり、当然のようにブチギレである。
再びカツ丼を食べたいエステルさんのメンタルは弱い。
すぐにニオイ袋を投げ捨て、にゃんにゃんにすがりつく。
そして、怒りの治まらないにゃんにゃんに必死で謝り続けていた。
獣人国で腐った牛乳を撒いた時、大量の獣人が怒っていたことを思いだしたよ。
カツ丼教を作らずに腐った牛乳を撒いていたら、獣人国と敵対していたかもしれない。
嫌われたくないから、獣人の前で臭い系シリーズの攻撃は絶対に使わないでおこう。
怒りが治まり切っていないにゃんにゃんと、手下のような雰囲気に成り下がったエステルさんと共に、スノーウルフの森へ入っていく。
軽く警戒しているような雰囲気だけを出す、僕とにゃんにゃん。
必要以上に辺りを警戒して、ゆっくりと歩き進めるエステルさん。
魔力を感知できる体質らしいから、普段はあまり警戒せずに敵を認識するんだろう。
精霊の森による結界で魔力が感知できないため、思っている以上に怖いのかもしれない。
1人だけ抜剣しているし、手が少し震えているから。
ニオイ袋を付けようとしたことにも納得できるよ。
本来は、それほどスノーウルフという魔物が恐ろしい存在なのかもしれないけど。
「エステルさん、意外にビビリなんですか? 手が震えていますけど」
「ば、バカ! 武者震いだ! それよりもっと警戒をしろ。サイレントキラーの異名を持つ高ランクモンスターだぞ」
「大丈夫ですよ、2人の嗅覚でスノーウルフを察知できるので。近付く音はしませんけど、近くに来たらわかります。だから、そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ」
「……そういうことは早く言え。1つだけ伝えておくが、私はビビってなどいない。普段は誰よりも早く魔物を認識し、先頭に立って魔物を迎撃するんだ。魔力の流れを読み切り、魔法を使うタイミンg……あっ、待ってくれ。置いていかないでくれー!」
ビビってるじゃないですか、暴れ馬の二つ名が泣きますよ。
話し合いがついているため、スノーウルフに襲われることなく無事に湖へ到着。
きっと湖を中心に結界が張られているんだろう。
精霊達もいるはずなのに、エステルさんが全く魔力を感知していない。
もし感知されたら、僕の耳と鼻が攻撃されるかもしれないけど。
湖へ近付いて歩いていくと、突然森の木々が揺れ始めていく。
スノーウルフが音を立てる必要もないため、精霊獣チョロチョロによる威嚇行為に違いない。
緊張感溢れる凛々しい表情で戦闘態勢を取り始めるエステルさん。
ノリを合わせるために仕方なく武器を構えるにゃんにゃん。
腕を組んで仁王立ちをして、早く出てこいと思う僕。
絶対的な安全が保障されているため、僕は無駄に強気である。
強い風がビューッと吹き荒れると、僕達が歩いてきた森の木々が大きく揺れた。
そして、圧倒的なボスのオーラを放ち、ゆっくりと精霊獣チョロチョロが現れる。
相変わらず、名前の割には神々しい精霊獣だ。
威嚇して近付いてくるチョロチョロに、戦わないとわかっているはずのにゃんにゃんも武器を握り直した。
足を一歩後ずさり、冷や汗を垂らしている。
強烈な威嚇に反応して、自然と戦闘体勢を取ってしまったんだろう。
「この森に何の用だ」
出会った時と同じように、森全体へ響くようにチョロチョロは声を発した。
「なっ?! 人語を話すだと! そんな馬鹿な、こんな魔物を私は知らない。過去の歴史にも記されていない魔物がこの世に存在するとは」
キマイラやヒュドラにも詳しかったから、魔物に対して広い知識を持っているみたいだ。
これをうまく利用することができれば、ちゃんとした理由で諦めてくれるだろう。
「エステルさん、ここまで神々しい魔物は僕も初めてです。きっとこの地で何かを守り続ける守護獣のようなものでしょう。深く関わらない方がいいかもしれません」
「守護獣……だと?! いったい魔物が何を守るというんだ」
なかなかいい形で誘導したと思ったのに、質問をされてしまった。
思い付きで言ったため、言葉に詰まってしまう。
人と言えば、魔物とフェンネル王国に繋がりがあると思われるかもしれない。
エルフと言えば、間違いなく大惨事。
精霊と言えば、……いいんじゃないか?
この森では精霊の魔力を感知できていないみたいだし、精霊への信頼が厚い世界だ。
フェンネル王国の王都では、精霊使いであるアンリーヌさんがギルドマスターに選ばれているくらいだし。
精霊の反感を買ってまで、この森を破壊しようとは思わないだろう。
「森に結界が張ってあったことを考えると、おそらく精霊を守る魔物でしょう」
僕が精霊だと口にした瞬間、珍しくにゃんにゃんが混乱してしまう。
あわあわと慌て始め、挙動不審になってしまった。
「にゃーーー! 違うにゃ、きっと違うにゃ」
「そうニャ、きっとカツ丼様の親戚だニャ!」
必死に誤魔化すにゃんにゃんと、信じられないような顔で落ち込むチョロチョロの顔を見て、僕は悟った。
これは……やってしまったと。
「……精霊」
今までとは違う、唸るような低い声を出したエステルさんに注目が集まる中、僕はクロちゃんと距離を詰める。
「ねぇ、クロちゃん。もしかして、精霊って禁句だった?」
「何で親分が知らないんだニャ! 帝国はエルフの次に精霊を嫌っているニャ! 未知の魔法で世界を滅ぼすと考えているんだニャ」
精霊と交流がないとなれば、当然そういう思考の人がいてもおかしくはない。
扱い方を間違えれば、本当に破滅へ導いてしまう魔法であることも正しいはず。
だから、精霊は心が綺麗な人にしか懐かないわけであって。
でも、そんなことを暴れ馬の異名を持つエステルさんに説得できるかどうか……。
「エステルさん、精霊を怒らせる方が危険です。元々エルフでなければ撤退する約束でしたし、いったん街へ戻りましょう」
「バカを言うな! 精霊を守護する獣など、存在してはならない! この身に代えても討伐し、この地に平和をもたらすぞ!」
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