第171話:マールさんの独壇場

 旅館へ帰る前に捕虜の元へ立ち寄り、エステルさんが一喝した。

 しばらくお前達はここで待機しろ、と。


 帝国は厳しい上下関係で成り立っているんだろうね。

 誰1人文句を言うこともなく、大人しくなったよ。


 元から乱暴に扱っていないし、普通の部屋に閉じ込めれられるだけだ。

 装備はギルドが回収したけど。


 にゃんにゃんと合流して、今日は早めに旅館へ向かっていく。


 チョロチョロの悪あがきという準備が色々とあるから、今日はやることがない。

 短い期間とはいえ、しばらくエステルさんと共に行動するんだ。

 露天風呂のある旅館でコミュニケーションを取ることが、パーティにとって大切なこと。


 旅館に着くと、早速従業員さんに追加料金を支払う。


「すいません、もう1人増えてしまいました。部屋は同じで構いませんので、お金だけ支払いますね」


「おわかりしました」


 従業員さんは指導がいきわたっているのか、必要以上に干渉してこない。

 普通は毎日違う女の子を連れ込んでいたら、気になってくるだろう。


 子供のくせに激しい夜を過ごしてるんじゃないのか、と。

 初日に倒れたのは露天風呂で激しいプレイをしていたんじゃないのか、と。


 世間一般的には微妙だと思うけど、僕の中では激しい夜だったよ。

 バスタオルと紐パンだったから。


 当然のように同じ部屋にしたけど、エステルさんは何も文句を言ってこなかった。

 本当に僕のことが気になっているんじゃないかと考えながら、部屋の中に入っていくと、キョトンとした顔のマールさんが迎えてくれる。


 普通なら、急に知らない女を連れてきたら怒られるだろう。

 でも、マールさんは違う。


 ヘタレというのは、潜在的にリードしてくれる女性を求めるもの。

 大人っぽい年上女性が大好きなのである。


 リーンベルさんのような世話好きのお姉ちゃんもいい。

 フィオナさんのような母性溢れるお姉ちゃんもいい。

 アカネさんのようなグラマラスなお姉さまもいい。


 そして、エステルさんのような責めてくれそうな女性はド真ん中ストライクである。


「マールさん、アリですか?」


「……アリ」


 ほらね、思わずマールさんが握手を求めてくるほどだ。

 同じ女性に対して、一緒に浮気ができるというのは素晴らしい。

 世界で唯一、女性を連れ込んでも好感度が上昇する奇跡的な展開だよ。


 早速マールさんは、自分を売り込むためにエステルさんへ接近する。


「ボクはマールだよ、よろしくね」


「うむ、私はエステルだ。短い間だが、よろしく頼む」


 第4王女という身分だけど、本当に一般兵の感覚なんだろう。

 一般人であるマールさんがタメ口で話しても、気にする様子もない。


 これはマールさんに任せておけば、すぐに仲良くなっていることだろう。

 百合展開を期待するためにも、いったんエステルさんをマールさんに預けておくべきだ。


「タマちゃん、クロちゃん。僕達はポテサラでも一緒に作ろっか」


「「作るニャ」」



 - 2時間後 -



 エステルさんとマールさんが親友のように打ち解け始める頃、少し早めの夜ごはんが完成した。

 今日のメニューは『カツ丼、ポテサラ、ポテサラサンド、豚汁』だ。

 にゃんにゃんと一緒に料理できるのは嬉しいけど、メインがカツ丼に固定されててツライ。


 当然、初めて食べるエステルさんは大喜びでガツガツと食べている。


「なんだこの怪物級にウマイ飯は! 圧倒的に帝国が負けているではないか。クッ、こんな屈辱は初めてだ」


 言葉では悔しさを表しているけど、幸せそうな顔だ。


「フェンネル王国と獣人国では、料理文化を見直していますからね。まだこの街には広がっていませんけど、もう少ししたら食べられるようになると思います。すでにフリージアでは試験が終わっていますし」


「フェンネル王国に住めば、毎日こんなウマイものが食べられるのか?! い、いや、ダメだ、私は帝国の戦士。母国を裏切るわけにはいかぬ。しかし、このポテトサラダとかいう芋料理の濃厚な旨みが早くも癖に……」


 葛藤しているエステルさんは、豚汁を手に取った。

 ズズズッと一口飲むと、早くも心が折れてしまったんだろう。

 体の力が抜けるように甘い溜息を漏らし、満面の笑みを作っている。


 帝国の第4王女を餌付けし、帝国の内側を牛耳ろうとする男、それが醤油戦士である。


「エステルの気持ちはわかるけどにゃ。もしフェンネル側に付くことになれば、帝国は一気に戦力ダウンだにゃ」


 他国の噂に詳しいにゃんにゃん達が、最近の僕の情報源である。


「エステルさんって、そんなに強いの?」


「当然にゃ、歴代最強の帝国戦士という噂だにゃ。普通に戦ったら勝てない相手にゃ」


 普通に戦ったら……ということは、料理を食べたら倒せるってことだな。

 冒険者ギルドで冒険者を薙ぎ倒したとか、帝国兵士を薙ぎ倒したって言ってたから、あながち間違いではないだろう。


「クロも詳しいことはわからないニャ。でも、暴れ馬のエステルといえば、目にも止まらぬ速さで敵を倒すことで有名ニャ。噂では、フェンネル王国の騎士団長を討ち取りかけたこともあるらしいニャ」


 おい、マジかよ。

 ファインさんはフェンネル王国最強の騎士だぞ。

 ドラゴンの猛攻を1人で受け切ったのに、暴れ馬の猛攻は押し切られたのか。


 帝国もとんでもない人間を野放しにしてるもんだ。

 何気なく餌付けしているけど、こんなことをしてもいいのか心配になるよ。


「わ、悪いが、カツ丼をもう1杯もらえないだろうか?」


 恥ずかしそうにおかわりを催促してくるというのに、歴代最強の帝国戦士か。

 通りで料理を食べたタマちゃんと対峙した時、自分よりも強い相手と対峙したことに驚いていたわけだ。


 エステルさんにおかわりのカツ丼を渡すと、おいしそうに食べ始めていく。


「しかし、タツヤが災害級の魔物を倒したとは思えんな。ゴブリン程度の強さしか感じないが」


 そのセリフは聞き飽きましたよ。

 強い人はそうやって、僕の力を見抜いて見下してくるんだ。


 別にいいんですけどね。

 完全な事実ですし、僕は仲間に守ってもらうタイプですから。


 しかし、奇跡的に真っ向から反論しようとする勢力が現れる。

 残っていたカツ丼をかきこみ、机をバンッと強く叩いたマールさんだ。


「そんなことないよ、タツヤはすごいんだから。王都を守った英雄と呼ばれ、フリージアでもヒーロー扱い。ボクと故郷の砂漠でもね、街を救ってくれたんだ。すごかったんだよー、巨大なワームがいきなり……」


 なんだろう、このパターンは。

 初めて醤油戦士が純粋に戦闘を褒められていく、不思議な感覚。


 ここまでマールさんに好印象を持たれているとは思わなかった。

 嬉しそうに僕のことを話してくれる姿は、もどかしい気持ちになる。

 普通は本人の前で話さないと思うんだけど。


 タマちゃんとクロちゃんも知らない話だったため、マールさんの独壇場になっていく。


 出会ったばかりの4人とは思えないほど、和やかな雰囲気。

 お互いに剣を向け合った相手とは思えないような、爽やかな笑顔。

 話の中心人物でありながら、存在が空気化している僕。


 Sランク冒険者が敵わなかった巨大ワーム討伐の話が30分も続くと、僕は恥ずかしくて茹でダコ状態だった。


「あっ、もうそろそろお風呂に入ろうよ、4人で」


 今日もメインイベントが始まるようだ。

 当然のように僕は除け者にされるけど、それでも構わない。


 真剣な顔で覗くから。


 空気のように存在感がなくなっていた甲斐もあるってもんだよ。

 今日こそ脱衣所の扉を少し開け、君達が露天風呂を楽しむ姿を見よう。


「は、恥ずかしくないのか?」


 戸惑うんじゃないよ、エステルさん。

 郷に入っては郷に従えって言うでしょ。

 ここではマールさんがルールみたいなもんだから。


「全然大丈夫だよ。身も心もさらけ出してこそ友達だからね。ほら、早くいくよ」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。まだ、心の準備が……」


 強引に引っ張るマールさんの積極的なファインプレイにより、4人はお風呂場へ向かっていった。


 空気化した僕を誰も見ていない。

 それでも、僕は無駄に空気と同調することを意識した。


 そして、4人が露天風呂に入った音を確認して、脱衣所に忍び込む。


 今日は君達が脱ぎっぱなしにする性格ということは知っている。

 パンツを見たくらいで興奮するようなマネは……なっ?!


 危ない、思わず声を出しかけた!

 こ、これ以上はダメだ、撤退する!


 音を立てないように必死で撤退し、ベッドの上にダイブした。

 その瞬間、心臓が肋骨内で暴れまわっていく。


 まさか紐パンが3人、Tバックが1人なんて予想外だ。


 にゃんにゃんは紐パンがデフォルトなのか?

 マールさんに至っては、にゃんにゃんの紐パンに触発されて、今日は紐パンを履いてるじゃないか。

 いつの間にそんな大人びたパンツを買ったんだよ。


 いや、それよりも、問題はエステルさんのTバックだ。


 第4王女でありながら、Tバックという攻撃的なパンツを履いている。

 引き締まったお尻と太ももを自然な状態で見せるため、あえてTバックを選んでいるのかな。

 厳しいトレーニングで鍛え抜いたボディを見てほしい欲求でいっぱいに違いない。


 それなら、エステルさんと一緒にいれば……。


 この日、また僕はなかなか寝付くことができなかった。

 エステルさんの美しい体を生で見たマールさんも、目をギンッと開けて起きていたけど。

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