第215話:足手まといにならない作戦

 - 食事を取り始めてから10分 -


 フィオナさんの幻覚が顕著になり始めたため、ワタシッチの催眠弾で眠らせてもらった。

 幻聴のせいで説明もできなかったから。


 当然、幻術にかかっているドワーフの里は大混乱である。

 狂気に満ちたドワーフ達が暴れ始め、同族で殴り合いを始めていた。

 武器を持っている人がいないから、最悪な展開にはなっていないけど。


 そのため、できるだけ早く食べてパワーアップをする必要があった。

 トリュフを食べさせて幻術を解いたこともあって、ユニークスキルについて話すことにもなったけど。


 今は非常事態だから仕方ない。


「里のみんなは私が何とかするわ。狂乱して暴れまわるドワーフなんて、ゴブリンみたいなものよ。死なない程度に対処するから、ダークエルフは任せてもいいかしら」


 ゴブリンスーツを着た状態で、そんなことを言わないで下さいよ。

 あなたが1番ゴブリンに近いですからね。


「僕達は構いませんけど、本当に大丈夫ですか? もしものことがあっても、助けることはできませんよ」


「忘れたのかしら。私は稀代の天才ドワーフ、ワタシッチ。好きなものはご飯、嫌いなものはパンよ!」


 そう言ったワタシッチは、デカミミンをアジトに置いて飛びだしていった。

 命の心配をしていたのに、好きな食べ物と嫌いな食べ物を報告されたこっちの身にもなってほしい。

 討伐した後、ご飯で何か食べたいっていうことなのかな。


 いや、深読みをするのはやめよう。

 可愛い女性のお願いしか聞きたくないんだ。


「じゃあ、僕達も行きましょうか。ダークエルフは、フィオナさんが雷雲を見付けた方にいます」


 方角を聞いて飛び出すエステルさんとは対照的に、僕はスズにお姫様抱っこをしてもらう。

 勇ましいスズさんの腕に抱かれ、戦場へと旅立って行く。


 外に出た瞬間、恐ろしいほどの爆発音が聞こえて、土煙が巻き起こる。

 早くもダークエルフがここまで来たのかと思って確認すると、仁王立ちするワタシッチがいた。


 1人だけ近代兵器で戦うワタシッチ、怖い。

 なんだよ、ゴブリンスーツって。

 左手からグレネードを飛ばすドワーフなんて、今まで聞いたことがないぞ。


 むしろ、それは異世界転移者である僕の役目な気がするんですけど。

 せめて、ゴブリンスーツを着ぐるみから機械的なロボットに変えてくれ!


 非常識なところは身内のオレッチにそっくりだと思いながら、お姫様抱っこをされた僕は通り過ぎていく。

 ワタシッチ無双による、ドワーフの悲鳴を聞いて。



 - 里から離れること、10分 -



 先行していたエステルさんの背中が見えてきた。

 早くもダークエルフと対峙して、剣を抜いている。


「我の幻術にかからぬものが、エステル殿以外にもいるとは。しかも、1人は子供ではないか。殺すには惜しい人材だな。帝国にもそのような者が生まれてほしかったよ」


 エステルさんの元へたどり着くと、僕はお姫様抱っこから下ろされる。

 邪魔にならないように、スススッと後ろへ下がった。


「ふざけるな! お前達は帝国民を道具程度にしか思っていないだろう!」


「実際に道具ではありませんか。まさか1番の道具であったエステル殿が刃向かってくるとは、思ってもいませんでしたよ。熱心にエルフ討伐へ向かう姿勢は、評価していたのですが」


「今では後悔しているよ。グレイス、貴様の言葉に乗せられたことを」


「何を言うんですか、エステル殿。父親のために動きたいという、貴殿の真面目な背中を軽く押しただけですよ。まぁ、あなたが生まれてすぐ、皇帝が入れ替わっていることに誰も気付きませんでしたから、本当の父親とは言えませんでしたが」


 第4王女のエステルさんとも、交流が深い人みたいだ。

 魔力を肌で感じる特異体質のエステルさんでも、ダークエルフと気付かなった存在。

 これだけアッサリと幻術にかけてしまうんだから、相当強いはず。


「そうか、私は本当の父上を知らずに生きてきたのか。では、私にダークエルフの血は混ざっていないんだな?」


「当然でしょう。ダークエルフの血が混ざっていれば、他者を寄せ付けない強さを持って生まれたはずです。純血な人間の血で生まれてしまったがゆえに、エルフを滅ぼそうとする我らの気持ちも理解できないのです」


「そんな気持ち、わかりたくもない。少なくとも、私はダークエルフの血が流れていなくて安心したよ。父上だと思っていた人が、成りすましだったことにも、だ。会えないことには残念だがな」


「何をおっしゃっているんですか。もうすぐエステル殿も父上の元に旅立てるのですよ。知っていますよね、帝国が裏切り者を許さないことを」


「こちらも許すつもりはないさ。ダークエルフを滅ぼし、過去の罪を清算する義務が私にはある。いくら強いといっても、魔法に特化した貴様のようなタイプとは相性がいい。懐に入れば、魔法など関係ないからな。ましてや、幻術が効かない私達の方が圧倒的に有利だ」


「えぇ、えぇ、その通りですよ。ダークエルフの中でも、私は魔法の才能しかない特別な存在。物理的な戦闘が苦手な私からすれば、転移で背後に現れるエステル殿は天敵ですから、ビクビクしていますよ。さぁ、そろそろ話は終わりにしてはどうでしょうか? 他にも援軍がいらっしゃるのであれば、お待ちしたいと思いますが」


 暴れ馬の二つ名を持っているのに、エステルさんは随分と冷静になったな。

 これもトリュフで精神が上昇した効果だろうか。


 本当にダークエルフが魔法を中心にして戦うタイプなら、今までとは全然違う戦いになる。

 王都では戦士タイプ、獣人国ではアサシンタイプ、ドワーフの里では魔法使いタイプ。


 一方、こっちは転移を使う近距離戦闘のエステルさんと、万能タイプのスズ。

 醤油戦士は観客と判断して除外するから、実質は2対1。


 エステルさんの言う通り、距離を詰めればこっちが有利になるだろう。

 ダークエルフの口振りからして、簡単に近付けそうにはないと思うけど。


 話を聞かれないようにするためか、エステルさんはスズに顔を近付けていく。

 作戦を盗み聞きしようと、僕は亀のように首を伸ばして、顔を近付けた。


「陽動は私が引き受けよう。戦い方を知られている以上、攻撃を当てることが困難だ。あれだけ挑発してくるなら、何か裏があるに違いない。火猫ほどのスピードがあれば大丈夫だと思うが、深追いはするなよ」


「それはこっちの台詞。因縁のある相手ほど、深追いして反撃をもらう。無謀な陽動を仕掛けて隙ができるほど、ダークエルフは甘くない」


「心配はするな。自分でも不思議なくらい落ち着いている」


「暴れ馬の心配はしてない。戦力が減ると困るだけ」


 まだスズはエステルさんと打ち解けきれていないのかな。

 帝国の人間と慣れ合わない方がいい、と思っている可能性もある。

 共闘をしているとはいえ、ユニークスキルのことを話してしまったのも大きいだろう。


 余計なことは口にしない方がいいと思い、僕は伸ばしていた首を引っ込める。

 そして、魔法の流れ弾で死なないようにしゃがみ込む。


 体を小さくすることで流れ弾が当たる可能性を減らし、危険な時は緊急醤油脱出で避ける準備だ。

 戦力になれない僕なりの、足手まといにならない作戦さ。


「可愛げのない猫だな、”転移”」


 エステルさんが転移をした瞬間、僕は衝撃の光景を目の当たりにした。

 しゃがみ込んでいる僕の目の前に、いきなりエステルさんのお尻が現れたんだ。


 鍛え抜かれたお尻を転移で見せ付けてくるなんて……。

 もしかして、僕のことを意識しているのか?!

 ダークエルフと戦う時に誘惑してこなくてもいいだろう。


 心臓が『ボボボボボボ、ブォォォォォン』とバイクのように走り始めたじゃないか。

 目の前に大きなお尻が映し出されたら、目が離せなくなってしまうよ。


「おやおやおや、我はここですぞ、エステル殿。仲間の背後をとってどうするのですか。もしや、やはり帝国を裏切ってなどいなかったのですか?」


「貴様ッ! いったい何をした!」


 僕もいったい何をされているんだ!

 転移でスズの背後を取った、エステルさんのケツを近距離で直視しているんだぞ!


 みんなは命をかけた戦いでアドレナリンが出ているだろう。

 でも僕は、エステルさんのお尻を直視してアドレナリンが止まらないよ!


「転移して仲間を切りつけようとしたことを、我のせいにするのはおかしいでしょう」


「エステルさん、落ち着いてください。何かしらの影響で魔法を妨害されている以上、無闇に転移を使うのは危険です。ここは純粋に接近戦を仕掛けていきましょう」


 もっとお尻を眺めていたいと思いますが、スズにバレたら好感度が下がりそうなので、早く行ってください。


「我の幻術を破る子供なだけはありますね。その子の言う通り、接近戦に切り替えるべきです。たどり着けるかは別にして、ですが。”シャドウボール・バブル”」


 ダークエルフが魔法を使った瞬間、エステルさんはスズの隣に並んだ。

 離れていくエステルさんのお尻を見送ると、ダークエルフの前方には真っ黒なシャボン玉のようなものが無数に浮かんでいることがわかる。

 大きいものもあれば、小さいものもあるけど、とにかく数が多い。


「ここまで不気味な闇魔法は初めて見る。暗黒に染まりきった、光を飲み込むような闇。近寄ることは難しい、”ファイヤーボール”」


 ファイヤーボールを唱えた瞬間、スズの手元が小さく爆発した。

 立ち昇る黒煙を見れば、魔法を失敗したことがわかる。


 エルフの里で魔力をうまく制御できるようになっているはずなのに、また黒いファイヤーボールを作ったのか。

 無理に制御するより、近接攻撃だけで戦った方がいいかもしれない。


 ……黒い、ファイヤーボール?


 確かファイヤーボールが黒くなるのは、精霊の魔力をうまく制御できないために起こる現象。

 反発する魔力の影響によるものだ。

 エステルさんも魔法を失敗したことを考えれば、2人の魔力が乱されている可能性が高い。


 それって、もしかして……。


「うっ……、私の魔法も妨害されている。扱いの難しい空間魔法はともかく、火魔法にまで影響がくるなんて。このままグズグズしている暇はない。魔法を重ねられれば、事態は悪化する」


「待って、スズ! もう少し冷静に」


 声を掛けた時には、遅かった。

 すでに走り出していたスズは、トップスピードで駆け抜けていく。


 どこまで本当に見えているのかわからない、黒いシャボン玉へ突進するようにして。


 パァァァーン


 いくつもの黒いシャボン玉がスズに触れた瞬間、弾けるような音が鳴り響いた。

 予想以上に強い魔力が込められているのか、僕の元までスズが吹き飛ばされてしまう。


 闇魔法の特性はわからないけど、シャドウボールの当たったところが痙攣してるように見える。

 うまく力が入らなくなっているのかもしれない。


「グズグズすれば、ダークエルフの思う壺だ。これ以上魔法を使われる前に仕掛けるぞ。火猫、フォローを頼んだ」


 魔法をくらって弾き飛んできたスズがなかったかのように、エステルさんが黒いシャボン玉へ駆け抜けていった。

 そこに、僕は違和感を覚えてしまう。


 スズが言った台詞を聞いていなかったように、エステルさんは同じようなことを復唱した。

 いまのスズの姿を見れば、黒いシャボン玉は遠距離攻撃で落とす必要があると、戦闘経験の浅い僕でもわかる。

 少なくとも、魔力を使わない調味料スキルで撃ち落とせば、無効化できるかもしれないのに。


 ましてや、ダメージをくらったばかりのスズがフォローできるはずもない。


 そんなことを考えている間に、エステルさんも黒いシャボン玉へ突っ込んでいった。

 同じようにパァァァーンと破裂音が鳴り響き、吹き飛ばされてしまう。


 間違いない、2人は再び幻術にかかっている。

 エステルさんの言葉に反応する様子も、スズには見られない。


 しっかりとステータスは上がっているのに、いったいどうして……。


「威勢がいいのは最初だけでしたねー。広範囲にかけた幻術を跳ね返したぐらいで、いい気になってはいけませんよ」

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