第214話:潜在能力
- 翌朝 -
牢獄を脱出した後、1人レジスタンスの隠れ家(ワタシッチの家)で一晩過ごし、そのまま滞在している。
普通、レジスタンスの隠れ家といえば、地下アジトのような光景を思い浮かべるだろう。
でも、ワタシッチというセンスのないドワーフが作ったのは、里が見渡せるような高台にある『岩の中』である。
大きな岩を加工して住めるようにした後、外の光景が見えるようにマジックミラーのような加工をしたらしい。
外からは岩、中からは観察できるという優れたアジトの割にはダサイ。
なぜか無駄に天井もマジックミラーにしたせいで、太陽の光が眩しくて今朝は起きてしまったし。
「ようやく脱獄に気付いたようね。フェンネル王国へ逃げたと判断して、捜索はしないと言ってるわ」
デカミミンを付けたワタシッチは、大きな耳に手を添えて情報を伝えてくれる。
最高にダサイけど、ありがたい情報源だ。
「フィオナ、見てほしい。このメガネはすごい」
勝手にスズが道具を物色していると、丸メガネを付けて遊んでいた。
2つも見付けたらしく、片方をフィオナさんに手渡している。
「これはすごいですね! 右側に付いているメモリを動かすと、倍率が変わるみたいです。里の入り口にいるドワーフが欠伸をしていることまでわかります」
どうやら双眼鏡のような機能を持ったメガネらしい。
ここから里の入り口までは、直線距離にしても1キロはあるだろう。
欠伸をしていることまで明確にわかるのであれば、日本の技術よりも進んでいる可能性がある。
スススッと移動して、僕もワタシッチが作った道具箱を漁っていく。
壊さないように素早い動作で取り出し、メガネを探し続ける。
嘘を見抜くサングラスがあった。
双眼鏡の機能が付いているメガネがあった。
それなら、服が透けるメガネがあるかもしれない。
ドワーフの里についてから、僕は男のロマンを求める癖がついてしまったらしい。
我が家に帰れば、スズの薄着で下着をチラ見できるだろう。
干してある洗濯物を見れば、下着チェックもできるだろう。
フィオナさんに頼めば、喜んで見せてくれるだろう。
それはそれでいい!!
でも、1度でいいからスケスケメガネで無防備な女の子を眺めてみたい!!
「ワタシッチの作る物は、優れている物が多いだろう。私のマジックバッグもワタシッチが作った特別製で、時間の経過が緩やかなんだぞ」
眠らされた暴れ馬こと、エステルさんが声をかけてきた。
彼女も理解者がおらず、友達が少ないみたいだ。
とても誇らしいことのように、友のことを自慢してくる。
いや、まぁ、僕も友達は少ないですけど……。
スケスケメガネもなさそうですけど……。
「エステルさんって、帝国で1番強かったんですよね。ワタシッチさんの催眠弾は気付かなかったんですか? スズも気付いてなかったみたいですけど」
「以前、風の魔石を使った実験をしたことがある。自然に流れる空気をコントロールして、臭い靴下のニオイを遠方にいるドワーフへ届ける実験だ。おそらく、その技術を応用して催眠成分だけを私に嗅がせたんだろう」
どういう仕組みかまったくわからないけど、ゴブリンスーツが凄すぎる。
自分で稀代の天才と言うだけのことはあるよ。
実験の内容は、完全な嫌がらせだけど。
「もし彼女が敵に回っていたら、僕達まで眠らされていた可能性が高いですね。危ないところでしたよ」
あんなセンスのないゴブリンスーツを着たドワーフに、トドメを刺されたくはない。
僕はともかく、スズの名誉は守ってあげないと。
「周りに理解者がいないだけで、彼女は天才だからな。今日みたいな
……ん? 大雨?
眩しい日差しが降り注ぐ岩の隠れ家からは、雨が降っていないことがわかる。
周囲を見まわしても、マジックミラーの外側に水滴は存在しない。
それに今朝は、太陽の光が眩しくて起きたばかりだ。
「エステル、寝ぼけないでちょうだい。もう少しで帝国の使者がやって来るはずよ。最悪、そこで戦いが始まるかもしれないわ」
デカミミンに手を添えたワタシッチが振り返った。
「寝ぼけてなどいないぞ? 私は寝起きが良い方だからな」
お互いに話しがかみ合っていないような雰囲気になり、3人で顔を合わせて首を傾げた。
確かにエステルさんは、しっかりと目が覚めているように見える。
眠そうな顔ではないし、声もハッキリしている。
でも、明らかに天気を間違えたぞ。
言い間違いにしても変だ。
雨の日のエピソードまで話すなんて、晴れていたら思い浮かばないと思うから。
「タツヤさん、雷雲が向こうからやって来ます。今日はこのままゆっくりと過ごした方がいいかもしれませんねこれほど激しい雨が降っていれば、ダークエルフも予定を遅らせるでしょう」
「地盤が崩れないか心配。土砂崩れには気を付けるべき。大自然の力を侮ってはいけない」
スズとフィオナさんまで天気を雨と言うなら、僕とワタシッチがおかしいんだろうか。
「時代の最先端を行き過ぎたかしら。どう見ても今日は晴れよ」
一人だけ別次元にいるようなことを言わないでくれ。
僕も晴れてるように見えてるから、同じ側の人と分類されたくない。
「スズ、そのメガネを貸してもらってもいい?」
双眼鏡機能の付いたメガネを受け取り、マジックミラー越しに外を眺める。
里の入り口にいるドワーフが雨具を着ているけど、やっぱり雨は降っていない。
不思議に思いながらも眺めていると、ドワーフが顔に付いた雨を拭う仕草までしていた。
汗もかいていないようだし、不自然な動きだ。
雨であることを主張するスズとフィオナさんとエステルさんに、雨が降っているような仕草を見せるドワーフ達。
晴れていると思っているのは、僕とワタシッチだけ。
多数決で決めるなら圧倒的に僕達が間違っているけど、目に映る天気は間違えようのないことだからなー。
「フィオナさん、雷雲はどこにありますか?」
「あちらですよ、黒い不気味な雲が雷雲になります。すごいですよね、このメガネ。遠くにあるものをここまでハッキリと見ることができるなんて」
フィオナさんの眺める方を向いても、当然のように雷雲は存在しない。
メモリを高めて倍率を上げても、晴れ渡る空が見えるだけ。
嘘をつくようなところでもないし……と思っていると、1人でドワーフの里の方へ歩いてくる人を見付けた。
褐色に焼けた黒い肌と、エルフのように尖った耳を持つ男。
隠す必要もなくなったのか、いつものように黒いローブで顔を隠していない。
そして、左右で非対称になった瞳の色が、特別な眼だと物語っているようだった。
右目の赤い瞳と、左目の黒い瞳。
おそらく、不気味な赤い瞳が魔眼に違いない。
古代竜の言っていた魔眼持ちのダークエルフか。
ドワーフの里を包み込むような幻術を使って、ゆっくりと洗脳しているのかもしれない。
フィオナさんがダークエルフを雷雲と誤解したのなら、雨と認識している人は幻術にかかっているはず。
幻術の効果を打ち消すワタシッチが晴れと言うんだ、これは間違いない。
でも、僕はどうして大丈夫なんだ?
古代竜が恐れるほどの幻術を跳ね返すなんて、最弱の醤油戦士ができるはずもない。
同じハイエルフのセリーヌさんも、2,000年前にダークエルフの幻術を見抜けなかったんだぞ。
それなのに、なぜ……?
疑問に思いながらステータスを見ていると、ある仮説が生まれてしまう。
異世界へ来ることになったかもしれない、伝説の不本意な称号である【悲しみの魔法使い】。
この称号の効果によって得た力が、幻術を無効化している可能性が高い。
----------------------
◇ 悲しみの魔法使い
・30歳を過ぎても女性と肉体関係がない人に与えられる称号
精神値大幅UP
精神:320000
----------------------
そう、なんの役にも立たないと思っていた強靭すぎる32万のメンタル。
どうやら古代竜を凌ぐ数値を叩き出し、ダークエルフの魔法を跳ね返す潜在能力を持っていたらしい。
皮肉なものだな、今まで歩んできた人生に無駄なことはなかったなんて。
貞操を守り続けてきた甲斐があったってもんだよ。
心の涙は……止まらないけど。
「スズ、精神力の上がる食べ物と言えば?」
「……トリュフ」
さすがだよ、君に聞けば完璧な回答が返ってくるね。
少し考えたのは、エステルさんとワタシッチがいたからだろう。
でも今は非常事態だ、気にする必要はないよ。
むしろ、エステルさんもパワーアップさせるべきだ。
エルフの里でほとんどバレているようなものだし。
「じゃあ、とりあえずトリュフを食べてもらってもいいかな」
サッとスズ達に手を差し出し、トリュフを取り出す。
僕の手を見つめたまま、スズ達は食べようとしない。
「トリュフ出して? 石は食べられない」
これは……末期症状だな。
トリュフと石を見間違えたら、これ以上はもっと危ないことになるかもしれない。
早く幻術の中から助けてあげないと。
「いったん目をつぶって、大きな口を開けてもらってもいいかな? 実は内緒で、特別なトリュフを作っておいたんだ」
知的キャラっぽく、実に素晴らしい誘導ができただろう。
幻術にかかっている3人の女性が、目を閉じて僕に口を開けてくる。
なんだか……とても素晴らしいサービスを受けているような気分だ。
変な気持ちになりながらも、それぞれの口にトリュフを入れていく。
食べさせてあげることなんて今までなかったから、胸の高まりがヤバイ。
僕の指も一緒に食べてもらいたい……と思いながらも、ワタシッチがジロジロ見てくるからやめる。
せめて、デカミミンは置いてほしい。
「最初が少し苦いだけで、特別感はない」
「私も同じだ、従来のトリュフの方がよかったぞ」
なぜか文句を言われて、辛い思いでいっぱいである。
こういう時は、フィオナさんが僕の心を癒すようにフォローしてくr……苦そうですね。
「ずっと……苦いのですが、これはハズレでしょうか?」
幻術の影響で、味覚まで変わってしまったんだろう。
スズとエステルさんも最初は苦いと言っていたからね。
ステータスが上昇するにしたがって、幻術の効果がなくなっていったんだと思う。
でも、フィオナさんはあくまで普通の王女だ。
戦う王女であるエステルさんのように、ステータスは高くない。
2倍まで上がりきったとしても、幻術を跳ね返すような精神力は得られないだろう。
「スズとエステルさんは晴れてますよね?」
そんな馬鹿な話があるわけ、と思って外を向いた2人は、真顔になった。
「「………はい」」
フィオナさんはキョロキョロしているから、まだ雨のままかな。
「いったん状況だけ整理しますので、食事をしながら話しましょう。あまり時間は多くありません。念のため、フィオナさんは自分の周りで何が起こっているか話していてください」
みんなは混乱をしながらも、目の前にご馳走が並ぶと理性がなくなってしまう。
から揚げを貪るように食べるスズは、ワタシッチに奪われないように必死である。
「あ、あの~、皆さんが勢いよく木を食べています。いつの間に食べられる木を用意したのでしょうか? あぁ……お馬さんが泥団子をおいしそうに……」
フィオナさんの目には、から揚げが木に見えて、豚の角煮が泥団子に見えているようだ。
他のみんなは戸惑いこともなく、食事を奪い合っていく。
さすがに見ているフィオナさんが可哀想だから、雑炊を出して食事のペースを落としてあげよう。
そして、こういう時になだめてあげるのが彼氏の役目。
イケメンアピールをするため、フィオナさんと向き合う。
「いいですか、よく聞いてください。フィオナさんはいま、ダークエルフの幻術にかかっています。目で見えていることを信じてはいけません」
「ほ、本当ですか?!」
両手を頬に添えたフィオナさんは、顔が赤くなっていた。
幻術にかかっていたとはいえ、木や泥団子と言ったことが恥ずかしくなったのかもしれない。
「これからドワーフの里は混乱すると思いますから、フィオナさんはここで待機していてください」
「わ、わかりました。し、下着は恥ずかしいですから、体操服を差し上げますね」
……待ってくださいよ、幻聴まで聞こえているじゃないですか。
僕の言葉がとても変態的な言葉に変換され、素晴らしい認識……ゴホンッ、恐ろしい表現に変わりましたね。
よく考えてください、紳士の僕は下着も体操服も要求しません。
心で思っているだけであって、口にしないです。
むしろ、もらっても使い道に困ります。
ですから、家で体操服に着替えてもらってもよろしいでしょうか?
なぜ持っているのかは聞きませんので。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます