第213話:稀代の天才
早くもエルフとエステルさんについて言及されてしまうなんて。
普通、そこまでピンポイントで責めてくる?
もう少しくらい逃げ道を用意してくださいよ。
最近、僕の知的キャラを壊そうとしてくる人が多すぎるんだ。
中身はただの変態オッサンなんだから、限度なんてすぐに来ちゃうよ。
「帝国の人間がエルフ族と出会えば、問答無用で殺しに行くと思います。話し合いをできるような状況にはならないと思いますけど」
「あなた、いま言葉を選んだわね。エステルの話を帝国の話とすり替えているわ」
咄嗟にしては頑張った方だと思います。
ここを作戦変更して、強行突破に切り替えよう。
できるだけ長い話を混ぜつつ、雑炊を食べて状態異常耐性を得るんだ。
全員が食べ終わったら、牢獄を壊して脱出する。
いったんドワーフの里を離れて、安全を確保しよう。
「仕方ありませんね、全てを話そうと思います。時間もかかると思いますから、全員で雑炊を食べながら話しましょう」
「結論だけ聞ければそれでいいわよ。エステルはエルフ族と会って、考えを変えたのかしら?」
「………」
人数分の雑炊を取り出した頃、早くも強行突破作戦が失敗してしまう。
熱くてフーフーと冷まして食べ始めるスズ。
意図を察知して、さりげなくエステルさんを揺すって起こそうとするフィオナさん。
知的キャラが完全崩壊して、ドワーフの目の前で雑炊を食べ始める僕。
見せ付けながら雑炊を食べれば、興味が移って誤魔化せないかなって……。
「とてもおいしそうだけど、牢屋で食べる食事じゃないわね。別の場所へ移動して、一緒に食べましょう」
奇跡である!
醤油戦士が考え抜いた策よりも、料理というパワーは偉大だ!
こんな安全な脱獄チャンスは、これを逃したら存在しない。
他に選択肢なんて残されていないんだよ。
だから早く起きてくれ、エステルさん!!
僕は人生で初めて、女の子の顔をパンパンと叩きつけるようにビンタをする。
Sっ気やDVに目覚めたわけじゃない、生きるのに必死なんだ。
どちらかと言えば、僕は優しく叩かれたい派だからね。
……もしかして、醤油戦士のステータスが低すぎて効いてないのか?
「言い忘れていたわね、エステルは後3時間ほど眠ったままよ。ここへ近付く前に、マイクロサイズの催眠弾をぶち込んでおいたの。エステルと真面目な話をするほど、恥ずかしいものはないのよね」
こいつ、やっぱり天才か?!
マイクロサイズの催眠弾ということは、銃のような物を開発したに違いない。
日本よりも遥かに科学が劣る時代で、銃声も聞こえない高度な物を作るとは。
そう思って振り向くと、センスのないドワーフはゴブリンの着ぐるみを着ていた。
身長が低いせいか、ちょっとだけ似合っている。
「驚いたかしら? このゴブリンスーツの右手からは、催眠弾が出るの。ちなみに、左手からは小型のエクスプロージョンを作り出すことができるわ。そんなことより、鍵を開けておいたから早く出てきなさい。私の家で雑炊パーティをするわよ」
小型のエクスプロージョン……爆弾かな?
なんだろう、ゴブリンの着ぐるみを着て話されると、色々とどうでも良くなってきた。
黙々とスズも食べてるし、牢屋で雑炊パーティをしよう。
鍵が開いた以上、いつでも安全に抜け出すことができるし。
「もう雑炊を取り出してしまいましたし、牢屋で一緒に食べましょう。なかなか悪くないですよ、牢屋で食べる雑炊も」
「やっぱり理解できないわね。人間のセンスというものは」
それは一般的な感覚だと思ったけど、あえて突っ込むようなことはしない。
ため息を付いたセンスのないドワーフは、フィオナさんの隣に座った。
出来立ての雑炊をアイテムボックスから取り出してあげると、すぐに食べ始める。
「なかなか良い味のする料理じゃない、気に入ったわ。これほど創作意欲が刺激されるのは久しぶりよ」
本当に気にいったんだろうね。
熱々の雑炊をかき込んで食べているよ。
「それで、あなた達はどうやってダークエルフと戦うつもりなの? 彼らの強さは異常よ。過去の大戦と同じように、エルフ族を引っ張ってくるのかしら。そんなことをしたら、今度こそエルフ族は滅ぶわ」
当然のように、エルフ族が生きていることを理解しないでくれ。
こっちはエルフが生きていたなんて、一言もいってないからな!
深刻な状況だと思ったのか、フィオナさんの雑炊を食べる手が止まってしまう。
「お待ちください。いま、ダークエルフの強さは異常と言いましたよね? 帝国にダークエルフがいると知ったうえで、ドワーフ族は手を結んでいるのでしょうか」
確かにフィオナさんの言った通りだ。
しっかりとダークエルフのことを理解したような発言をした。
それと同時に、エルフ側を守るような発言でもあった。
「違うわよ、みんなは帝国にダークエルフがいるなんて思ってもいないわ。過去の大戦の真実も、私が独自に調べてわかっただけ。簡単に言えば、私はドワーフの里で唯一の反対派勢力というわけね」
味方……と考えてもいいんだろうか。
とりあえず、スズ。
他におかずが欲しそうな顔でこっちを見ないでくれ。
今は大事な話をしているんだから、大人しく雑炊を食べてなさい。
「元々私は優秀な頭脳を持っていたことあって、ドワーフの中でも浮いていたわ」
絶望的にセンスがないから、浮いていただけだと思いますよ。
「小さい頃からエルフ族は敵だと教えられてきたけど、ずっと疑問に思っていたの。帝国と共にエルフ族を攻め続け、滅亡させる必要があったのかを。そんな中、帝国から使者がやって来たわ。幻術で人族に化けた、ダークエルフがね」
本当に帝国の使者はダークエルフだったのか。
核心的な情報が手に入ったとはいえ、対応の難しい展開になってきたな。
少なくとも、ダークエルフが2人揃ってフェンネル王国へ向かうことがなくなったのは朗報だけど。
「どうやってダークエルフの幻術を見抜いたんですか? 帝国に住むエステルさんでも気が付かなかったのに」
元々エステルさんは、魔力を感じる異質な能力を持っている。
それすらも誤魔化すような幻術を、簡単に見抜くことは難しい。
「これのおかげよ」
雑炊が入った茶碗を置くと、小指に付いている指輪を見せてくれた。
「ドワーフ族はありあらゆるものを作り出すわ。たまたま私が作り出したこの指輪に、幻覚作用を打ち消す効果が生まれたの。帝国との話し合いが進む中、私は魔法で姿を変えたダークエルフの存在に気付いた。それが全てのきっかけよ」
つまり、こういうことか。
デカミミンを付けて話を盗聴し、ゴブリンスーツを作って戦闘準備を整え、嘘を見抜くサングラスで仲間になってくれそうな人を探していた、と。
ということは、ダークエルフがドワーフ族を生かす予定はないのかもしれない。
「使者がダークエルフと分かった時点で、帝国と組むなんてあり得ないわ。でも、誰も私の言葉に耳を傾けようとしなかった。私1人だけの力では、限界があることもわかっている。そこにあなた達が都合よくやって来た、というわけよ」
どうして指輪を他の人に渡さないのか聞こうとして、僕は言葉にすることをやめた。
彼女の指にめり込むように付いていたから。
きっと、あれは抜けない。
僕は紳士だから、タイプじゃない女の子にも優しいんだよ。
「共闘、というわけですね。ずっと準備してきた……えっと、お名前は?」
雑炊で餌付けするばかりで、相手の名前すら知らなかった。
生きることに必死だったから、仕方ないと思うけど。
センスのないドワーフは、名前を聞かれることを待っていたようだ。
最大級にドヤ顔をした後、顎に手を置いて決めポーズを作ってくる。
「私はドワーフ族に生まれし稀代の天才、ワタシッチよ!!」
………名前を知って、後悔することもあるんだな。
なんかおかしいドワーフだと思っていたけど、絶対オレッチの親族だろう。
どうして僕はこんなに、変な奴とご縁があるんだろうか。
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