第212話:脱獄
- 5日後の夜 -
牢という名の調理場で作り続けていると、恐ろしいほどの餃子とトリュフができてしまった。
これなら、リーンベルさんがお腹いっぱいになるまで食べ……られることはないか。
リーンベルさんに満腹という言葉は存在しないから。
肝心のドワーフ達を説得しようにも、エクスカリバー(チョコ)を見せた一件から、ガーモックさんが現れることはなくなった。
どうやら熱心に武器を製作しているみたいだ。
この際、著作権の侵害については置いておこう。
明日には帝国の使者が来て、フェンネル王国との戦争が始まってしまうからね。
いくつか対処法はあると思うけど、どうしたら1番いい結果になるだろうか。
「今晩にでも抜け出して、ドワーフ達を強襲しますか? 酔った彼等を攻撃した方が、戦闘は楽だと思いますが」
毎晩お酒を飲む習慣のあるドワーフ達は、毎日がお祭り騒ぎ状態だ。
僕達が危ない話をしていたとしても、気付かれることもない。
毒牢屋の信頼は強いのか、見張りも誰一人としていないから。
「帝国の使者がダークエルフの可能性もある。ドワーフと戦闘した後、疲労を貯めたまま戦うのは難しい」
スズの言うことにも納得できる。
仮にダークエルフじゃなかったとしても、使者が1人とは限らない。
帝国兵を率いてやって来て、ドワーフと混合で援軍へ向かう可能性もある。
そうなれば、スズとエステルさんだけで長期戦を戦い抜かねばならない。
「随分と餃子を気に入っておられましたから、帝国へ私達を売るようなことはないでしょう。使者が現れた後、敵の数を把握してから、強襲方法を考えるべきかもしれません」
フィオナさんの案が無難とはいえ、敵が強大だった場合は行動が難しくなる。
説得ができなかった以上、抜け出すなら今夜が1番だと思うんだけど。
「そうは言っても、ガーモックさんしか餃子を食べていません。他のドワーフが帝国へ報告する可能性もあります。そもそも、帝国はどこまでドワーフと仲が良いでs……寝てますね」
帝国事情に1番詳しいはずのエステルさんが、早くも眠りについていた。
暴れ馬の二つ名はどこへいったのか。
お腹いっぱいまで食べる彼女は、すぐに眠ってしまう癖が付いている。
これだと、ただの怠け馬だよ。
「ドワーフは上下関係が厳しい。帝国の使者に余計なことを言わな……誰か来る」
危険察知能力の高いスズが反応したため、僕達は寝たふりをして誤魔化す。
コツ、コツ、とヒールのような音が鳴り響くと同時に、遠くからドワーフ達が酒を飲んで騒ぐ声が聞こえている。
今まで夜に近付いてきたドワーフはいない。
脱獄を察知して、今日だけは警備が付いているんだろうか。
そんなことを考えて目を閉じていると、足跡が牢の前で止まった。
「寝たふりをしても無駄よ。私が開発したデカミミンを付ければ、獣人を超える聴力を手にすることができるの。さっきまでの話、全て聞かせてもらったわ」
マズイ、この牢を出るには、全員が雑炊を食べて毒を無効化する必要がある。
作り置きをしておいたとはいえ、熱い雑炊をすぐに食べ切ることは不可能。
脱獄することを広められたら、ドワーフ達に囲まれて、僕とフィオナさんは逃げきれずに殺されるかもしれない。
ここは得意の説得でいったん時間を稼こう……と思って目を開けた、その時だ。
目の前に便座の蓋ほどの大きさをした、デカミミンという大きな付け耳をしたドワーフの女性が立っていた。
間違いない、彼女は変な物を作り続けるクレイジーなドワーフ。
役に立つのか立たないのかよくわからない物を作る、自称発明家とも言える。
「あなた達が驚くのも無理はないわ。天才的な私の発想について来れる人は限られてるの。時代が追い付くのは、まだ先の話よ」
スズ、フィオナさん、安心してください。
どれだけ時代が進んでも、追い付くことはありませんよ。
だから、『おまわりさん、この人です』みたいに指を差すのはやめて。
僕達の運命は、時代に取り残されたセンスのダサいドワーフが握ってるんだからね。
下手に煽っちゃダメだよ、うまくヨイショしないと。
見本を見せてあげるから、ちゃんと覚えておいてよ。
「いえ、わかりますよ。なかなかの芸術的センスですね。大きくすることで表面積を増やし、精度を高めているんですか?」
「へー、あなた、見る目があるじゃない。デカミミンの秘密を見抜き、芸術センスもあるなんて」
生きるためにヨイショした結果、センスのダサイドワーフの好感度が上がった。
無駄にドヤ顔をして、僕に好意的な目線を送ってくる。
「「………」」
スズとフィオナさんの好感度が下がった。
蔑んだ目で見られてしまう。
その結果、僕は心からドワーフが嫌いになった。
顔面にハバネロをぶつけてしまいたい。
奇跡的に僕の感情が読まれてしまったのか、センスのダサイドワーフはフッと鼻で笑い、大きなサングラスを付け始める。
なお、デカミミンも付けているため、最高にダサイ。
「だいたいわかると思うけど、このメガネは嘘を見抜くわ。ドワーフも人族も、嘘を付くときは必ず脳から特殊な波長が計測されるの。それを可視化できるようにしただけよ」
このドワーフ、センスがダサイだけで天才か?
科学が劣っているこの世界で、本当に最先端の技術をぶち込んでくるなんて。
見た目は最高にダサいけど。
「すごい(バカっぽい)ですね」
「今のは本音ね、嘘を付いているような反応は見られないわ」
よし、こんな形で乗り切ればいいんだな、得意分野だ。
……スズ、フィオナさん。
もうエステルさんと同じように眠っていてくれ。
言葉を発する度、僕の好感度が下がっていくような表情を見るのが辛いんだ。
「タツヤ、このドワーフは最高にダサイ。すごいの基準がわからない」
「ドワーフと人族とでは、脳の構造も違うのでしょうか。体系や才能が違うだけだと思っていましたが、ここまでセンスのないドワーフは初めてです」
「失礼な子達だけど、どちらも本音ね。でも構わないわ、私の理解者は今まで3人しかいないの。時代遅れの可哀想な人間の相手をするほど、私も暇じゃないのよ。早速、本題に入らせてちょうだい」
その中に僕も含まれているなら、実質は2人ですね。
少しだけ、同情の気持ちが生まれてきましたよ。
「私が聞きたいのは1つだけよ。どうしてエステルがフェンネル側へ付く気になったのか、それが聞きたいの」
僕もわかりましたよ。
あなたの理解者である2人の内の1人が、エステルさんだってことですね。
信じたくありませんから、一応確認させてください。
「エステルさんとは、仲が良いんですか?」
「えぇ、エステルの武器と防具を作ったのは私よ。空間魔法を操るためのトレーニングにも付き合ったことがあるわ」
これでエステルさんのセンスが壊滅的だということは証明された。
クマのトリュフに文句を言ってくる前に、自分のセンスをどうにかしてくれ。
「なんとなく、仲が良いのはわかりました。(エステルさんのセンスもダサイなんて)驚きを隠せませんが」
「あなた達はフェンネル側の人間だからよ。思っている以上に、帝国とドワーフは親密な関係だと思った方がいいわ。それで、どうしてエステルはフェンネル側についたの?」
大きなサングラスの奥で目を光らせてるから、下手に嘘を付くのはマズい。
でも、エステルさんと仲が良いなら、僕達を追い込むようなマネはしないはず。
仲間に引き入れることは難しいとしても、見逃してもらえるような形へもっていかないと。
「どういう認識をドワーフがしているのかわかりませんが、世界を滅ぼすようなことをエルフはやりません。現に、手当たり次第に森を破壊しているのは帝国です。帝国が伝えている歴史も、僕が知っているものとは異なります」
「物わかりが良い子供ね、今のは全て本当だわ。王女の護衛として、ここまで来るだけのことはあるわね。でも、歴史の話はどうでもいいの。エルフからダークエルフが生まれた話は知っているわ」
……ん? どういうことだ?
それなら、なぜ帝国とドワーフはエルフを滅ぼすために手を組んでいるんだろうか。
己の過ちを償うためにダークエルフとエルフが戦ったのに、それでも許せないと拒み続けたのかな。
「それなら話が早いですね。帝国に伝わっている間違った歴史の話ではなく、真の歴史の話をエステルさんにしました。色々彼女も悩んでいましたが、それを受け入れてフェンネル側についただけです」
「嘘は言ってない、でも真実も言ってないわ。歴史の真実を聞いたとしても、帝国が全て、と彼女は反発を続けたはずよ。そういう謎かけみたいなことは求めてないの。色々悩んだ部分を聞きたいのよ」
センスはダサいくせに、知的なタイプはこれだから困るよ。
ウソ発見器のサングラスに、誤魔化しきれないほど追い込んでくる。
こういうプレイは、すでに冒険者ギルドの統括であるイリスさんがやってくれたというのに。
もう一度ドワーフでやり直さなくてもいいんだよ。
さすがにエルフの里の話をするのはマズい。
古代竜が話してくれたなんて、口が滑っても言えないから。
「いいわ、話せないんだったら別の質問に代えるわよ。仮にもエステルは帝国の第4王女であり、暴れ馬の二つ名を持つほど話を聞かない子。話を聞いたくらいで悩むなんてあり得ないの、余程の出来事がない限りね。例えば、エルフ族に命を助けられたり、エルフ族と話し合ったりしたんじゃないかしら」
……一瞬で詰んだわ。
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