第211話:伝説の剣

 - 翌日 -


 トリュフ制作のコツを取り戻した僕は、出来映えの良いトリュフを完成させることに成功した。

 素敵な女性に「作り方を教えてほしい」と頼まれることを妄想して、日本で無駄に練習した甲斐があったよ。


 本当に役立つとは思わなかったけど。


「猫さんは私がいただく」


 トリュフで作った猫の形をしたチョコを、真っ先にスズが取っていった。


 勝手に親近感が沸いてしまったんだろうね。

 目をキラキラと輝かせて喜んでいるよ。


「では、私はシロップに似たウサギさんをいただきますね」


 わかります、こういう牢屋に閉じ込められている時こそ、シロップさんが恋しくなるんですよね。

 クンカクンカされ放題のタイミングでいないのは、痛恨の人選ミスみたいなものですよ。


「クマさんの耳はもう少し丸くできないのか? このままではネコさんと区別がつきにくいぞ」


 エステルさん、苦情は受け付けていませんよ。

 生チョコだけで作るならともかく、トリュフでクマさんを再現するのは難しいんですからね。

 スキルのチョコだけでいいなら、もっと完璧に再現して見せますけど。


 ……そうか、別にトリュフに拘らなくてもいいのか。

 でも、トリュフの方がおいしいし、作る時間があるから作るけど。


 そう思いながらも、自分のスキルの可能性を考えていく。


 岩塩を硬質化させて、巨大ワームを討伐した記憶は新しい。

 卵を腐らせたり、牛乳を腐らせたりして、討伐したこともあった。

 時には味噌を召喚して、気絶したこともあったな。


 料理以外にも色々な使い方をしてきたけど、他者に影響を与えるほどの強力なユニークスキルならば、もっと違うこともできるんじゃないだろうか。

 自分が使いこなせていないだけで、まだ潜在能力を秘めていたとしたら。


 仮にも僕はハイエルフで、異世界転生者だ。

 帝国との戦いを前に、真の力を目覚めさせる時!


 そっと目を閉じた僕は、自分を落ち着かせるように左手を胸に当てる。

 精神集中するように落ち着かせると、心の中に眠る伝説の剣をイメージした。



 男なら誰もが1度は憧れたことがある、聖なる剣、エクスカリバーを!!



 グッと右手に力を入れた瞬間、鮮やかな黒い刃がシュピーンッと輝く、チョコの剣を作り出す成功。

 滑らかな刀身、柄のフォルム、つばの豪華な宝飾。

 漫画の世界でしか見たことのない、伝説の剣にふさわしい。


 どうやら、やってしまったようだな。

 ついに醤油戦士がスイーツ戦士に生まれ変わる時が来た。

 伝説の剣、エクスカリバー(チョコ)で無双する日が来るとは!


「ほぉ、なかなか見事な剣だな」


 いつの間に来ていたのかわからないけど、ガーモックさんが腕を組んでこっちを見ていた。

 チョコレートで作ったと気付いているスズの目には、輝きが見られない。


 でも、スズにはわからなくて当然なんだよ。

 伝説の剣とは、男にとって永遠の憧れなんだから。

 モテることしか考えていない変態の僕でも、女子に理解されない男のロマンを語りたい日もあるんだよ。


 中二病だからね。


「どうですか、この見事な漆黒の刃は」


「そっちは大したことないが、もう少し柄の方を見せてくれ」


 ハッキリと言ってくれますね。

 期待して作ったのに、早くも見た目だけのザコソードだと鑑定されたようなものですよ。

 言っておきますけど、巨大ワームでも破壊できない岩塩を作り出した、僕の力作ですからね。

 原料がチョコだからといって、甘く見ないでくださいよ。チョコだけに。


 自分の手をエクスカリバー(チョコ)で斬らないように、慎重に持ちながらガーモックさんに見せびらかす。

 ジーッとエクスカリバー(チョコ)を見つめるガーモックさんにどや顔をしていると、実は興味があったであろうスズが近寄ってきた。


 思い返せば、スズは出会った頃に自分の装備を自慢してきたことがあった。

 見事なエクスカリバー(チョコ)を見て、何も感じないなんてあり得ない。

 剣は専門外と言うだけで、実は興味が『バキッ』………。


 あの……僕のエクスカリバー(チョコ)を、折って食べるのやめてもらっていいですか?


 絶対に斬れることはない脆い武器だったとしても、中二病の僕は憧れてたんだよ?

 聖なる剣の割には、チョコのせいで色が黒けどさ。


「……苦い」


 硬くしようと思って、たくさんのカカオをイメージしたからね。

 ポリフェノールがいっぱい配合されてて、健康には良……あぁぁっ! トリュフで中和するのはやめてよ!

 せっかく作ったんだから、もっとエクスカリバー(チョコ)を味わって!


 いや、そもそも食べないでよね! もう!


「少し作りが細かいが、時間をかければできそうだな」


 な、なんだと?!

 僕の憧れ続けた武器、エクスカリバーが製作可能……?

 扱えるような技術が身に付くことはあり得ないけど、家に飾っておきたい。


「本当ですか?! では、ドワーフと人族との友好の証として作りましょう」


「断る、それとこれとは話が別だ」


 そう言ったガーモックさんは、嬉しそうな顔をしてスタスタと歩いていった。

 良いアイデアと出会えた喜びを噛み締めるように。


 情報教えてもらったとはいえ、僕のエクスカリバーのデザインを盗むのは酷い。

 帝国の情報はすぐ売ったくせに、武器のことについてはめちゃくちゃ意地っ張りじゃないか。

 それとこれとは話が別とは言うけど、デザインをパクるのは犯罪だからな!


 ……この世界は、そういうのなさそうだけど。


 悔しい気持ちが溢れ、折られたエクスカリバー(チョコ)を大地に突き刺す。

 なぜか折れることもなくグサッと刺さると、無駄に伝説の剣のようなオーラを放っていた。

 それだけは誇らしい思いでいっぱいだよ。


 トリュフ作りに戻ると、納得するようにスズが頷く。

 もっと気軽に食べられるように、トリュフを作り置きしてもらいたいに違いない。


 斬れなくてすぐに折れるような、モテない剣に執着することはやめよう。

 男のロマンで寄ってくるのは、オッサンしかいないんだ。

 もっと女子が喜びそうなものを作って、女の子の評価を上げた方がいい。


 帝国との戦争が終わったら、恋の戦争が始まるからね。

 早くフリージアへ戻って、愛の営みがある生活を過ごしたい。


 リーンベルさんが無限に食べそうだから、餃子のストックも増やしておこう。


 家の庭に花を植えていることを思いだし、フィオナさんの好感度を上げるため、バラ模様のトリュフを作っていく。

 スズには猫しかないため、別パターンの猫トリュフの開発も試みる。

 恋愛ルートがなさそうなエステルさんには、妥協したクマのトリュフで我慢してもらう。


「素敵なお花模様ですね!」

「猫さんだけ数が少ない」

「クマさんのクオリティが変わっていないぞ」


 3人の意見を聞いて、僕は思った。


 なんでこんなに、タダ働きをさせられているんだろうって。

 いったいどこのブラック企業だって話だよ。チョコだけにな!

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