第180話:スノーフラワーと恋心

 マールさんと2人きりで雪遊びをするという子供っぽい展開に、僕はめちゃくちゃ燃えていた。


 元気っ子のマールさんとは最高なシチュエーションであり、楽しい思い出になること間違いなし。

 雪遊びで疲れ果てた体を癒すように、今夜は2人で露天風呂に入るだろう。

 湯船に浸かったまま、互いの筋肉を優しく揉みほぐすようにマッサージをしながら。


 妄想の世界から旅館の庭という銀世界に戻ってくると、変態パワー全開でカマクラ作成に励む。


 ダンプカーのように豪快に雪をかき集める……気持ちで、小さな子供の体を動かしていく。

 ゴブリン以下のステータスを誇る僕は、あまり役立つことができないかもしれない。

 それでも、マールさんと一緒にカマクラへ入るため、頑張って雪を集めるんだ。


 猛スピードで雪をかき集める僕は、ふとマールさんが立ち尽くしていることに気付いてしまった。


 知的キャラなのに、子供っぽく騒ぎ過ぎたのかもしれない。

 どうしよう、イメージダウンになってしまったら……。


 そう思ってじっくり見てみると、マールさんはスノーフラワーのピアスをじっと見つめているだけだった。


「ね、ねぇ、タツヤ。その……タ、タツヤのスノーフラワーはボクがもらう約束してた、よね。だから、このピアス、ボクが付けちゃダメ……かな?」


「僕は構いませんけど、いいんですか? リーンベルさんにプレゼントしなくても」


「ボクのために取ってきてくれたんでしょ? それなら、ボクがもらいたいなーって。いつも身に付けていれば、傍にいてくれるような気がするし。ほ、ほら! ボクは寂しがりだからっ!」


 天然男垂らしのマールさんによる、唐突のラブラブアピール。

 さっきまで一緒に遊ぶだけの雰囲気だった女の子が、今は恋する乙女のような表情をしている。

 照れ隠しするような寂しがりアピールで、顔は雪と対照的に真っ赤だ。


 そんな姿を不意に見せられてしまえば、僕の心臓も黙っているはずがない。

 寂しくないように賑やかな雰囲気を出そうと、爆音を上げて動き始めていく。


 周囲の雪が解け始めるくらい、僕達の体温は上昇しているだろう。

 恋の炎を燃やすマールさんと、心臓の過労で命の炎を燃やす僕。


「ぼ、僕は構いませんよ。に、似合うと……思いますし」


 嬉しそうな微笑みを見せてくれたマールさんは、見つめていたピアスを耳元に近づけていく。


 ピアスを付けようと首を傾けると、マールさんの髪がフワッと揺れる。

 慣れない作業に戸惑い、「う~」と薄っすら声を漏らす姿が愛おしい。

 片側を付けることに成功しても、反対側はさらに苦戦してしまう。


 そんな姿をボーッと見てしまう僕は、完全に心が奪われているだろう。


 両耳にピアスを付け終えたマールさんは、僕がじっと見ていることに気付いた。

 急に恥ずかしそうな顔で見つめてきて、両手をイジイジとしてくる。

 顎を軽く引いて、上目遣いをすることも忘れない。


 さすが天然の男垂らしだ。

 自分が1番可愛く見える角度を体が理解している。


「に、似合う……かな?」


「は……はい」


 元々可愛いマールさんがおしゃれアイテムを付けたら、可愛くないはずがない。

 自分がプレゼントしたアイテムだと、なおさらのこと。


 お互いに顔が真っ赤になるほど照れてしまうのは、2人とも恋愛耐性がないからだ。

 極度のヘタレ同士では恋愛関係が進展しにくく、いつまで経っても子供のまま。

 唐突に訪れた恋人のムードに耐えられるはずもなかった。


 スズ、リーンベルさん、フィオナさんにプレゼントを贈ったことはあっただろうか。

 料理やお菓子は贈ったことはあったけど、アクセサリーをプレゼントするのは初めてだな。

 まさか初めての恋人っぽいプレゼントが、マールさんになるなんて。


 ……嫌じゃないけど。


「ゆ、雪遊びするんだったね。早くカマクラ作ろっか」


「は、はい」



 - 1時間後 -



 ヘタレ同士が恋の衝撃で燃え続け、無言のままカマクラを作り続けていた。

 互いにチラチラと様子を伺うだけで、目が合う度に反らしてしまう。


 どうやって声をかけて遊べばいいのかわからない、思春期の恋みたいだ。


 会話のない雪遊びという作業を続けていると、旅館から急にタマちゃんとクロちゃんが飛び出してきた。

 オレッチに手入れしてもらったであろう武器を両手で持ち、嬉しそうな表情したまま。


 きっと料理時間が59分、武器の手入れは1分程度だろう。


「親分、試し狩りしてくるにゃー!」


「すごいんだニャ、すごいんだニャー!」


 2人を見送ると、入れ替わるようにスズがやって来た。


「お腹空いた」


 あっ、うん。おやつの時間だね。

 君の腹時計が知らせてくれるような時間になっているとは。


「まだカマクラ作るのに時間かかりそうだから、先に食べてて」


 おやつなのか主食なのかわからない、ハンバーガーとホットドッグを手渡す。

 すると、受け取ったスズは不満だったのか、珍しく浮かない顔をしていた。


「……コロッケパン。夜はコロッケパンがいい」


 そのワードを聞いて、なんとなくリーンベルさんの顔が頭に浮かぶ。


 雪の都アングレカムに来る前に、スズは1度フリージアへ戻っているんだろう。

 橋が壊れて僕達がここにいることを、リーンベルさん経由で聞いたはず。

 きっとその時にリーンベルさんが自慢するように、コロッケの話をしてしまったに違いない。


 獣人国で別れたスズとシロップさんは、まだ食べたことがないからね。


「じゃあ、夜はクロちゃん達とコロッケを作るね」


「うん」


 嬉しそうな顔で戻っていったスズを見送り、カマクラ作りを再開していく。


 すると、和やかなにゃんにゃんとスズの登場で癒され、雪遊びにも変化が訪れる。

 僕とマールさんの緊張もなくなっているんだ。


 それもそのはず、マールさんの興味は僕からコロッケパンへ移っているから。

 彼女もまた、コロッケパンを食べたことがない。


「コロッケパン……。ボクの予想では、じゃがいもを使っていると思う」


 受付嬢のカンが働いてしまい、恋愛ムードは0である。



 - 1時間後 -



「ようやくできたねー。初めてだったから、思ったより大変でビックリしたよー」


「僕も作り方は知っていますけど、作ったのは初めてでした。これ以上大きくするなら、2人では無理ですね」


 2時間かけて作ったのは、子供がギリギリ2人で入れる程度の小さいカマクラ。

 遊びモードに切り替わったことで、楽しくワイワイと作ることができたよ。


 会話の内容は9割がコロッケパンだったけど。


「えへへ、早速中に入ってみよう。ボクから入るね」


 そう言って、狭い入り口を四つん這いで入っていくマールさん。

 服を着こんでるとはいえ、お尻と太ももをこのタイミング見せ付けてくるなんて。


 もしかして、誘われてるのかな。


「うわぁー、あたたかいよー。タツヤもおいでよ」


 間違いない、誘われている。


「はい、いま行きます」


 少し凛々しい声を出して、ササッと中へ入っていく。

 子供の僕にとっては、こんな狭い穴は朝飯前だ。


 カマクラの中は、雪の壁から僅かに太陽の光がぼんやりと入ってくるくらいで、少し薄暗い。

 外の音も雪で阻まれ、2人だけの空間が作られている。


 そして、予想以上に狭かったため、不意に急接近してしまう。


 天井に頭をぶつけないように体を丸めるまではいい。

 でも横幅が狭くて、肩や腕、足が接触。

 緊張して反対側に避けるとカマクラの壁に当たり、冷たくて自然とマールさんの方へ体を寄せてしまう。


 ドキッとしてマールさんの方を向いてみると、寒さでほんのり顔が赤く、優しい眼差しで僕を見ていた。


 きっと薄暗いことも影響しているんだろう。

 いつもの雰囲気とは違い、年上の女性と認識するほど色っぽい。


「知ってる? スノーフラワーの花言葉」


 今頃聞かれても困りますよ。

 甘い雰囲気で聞かれると意識してしまいますし、答えるのは少し恥ずかしいです。


「婚約する時に渡すんでしたよね。だ、だから、あ、愛とか、ですか?」


「惜しいなー、永遠の愛だよ」


 ニコッとマールさんが笑顔を僕に向けると、加工したばかりのスノーフラワーがキラッと輝くように揺れた。

 思わず背筋を伸ばしてしまい、後頭部を雪の壁にぶつけてしまう。


 そこまで知ってて、僕のスノーフラワーをもらう約束していたんですね。

 リーンベルさんに送ろうとしてた物まで、自分で付けてしまいましたし。

 実質、プロポーズをねだって、受け取ったようなものですよ。


「マールさんって、本当は僕のことをどう思っているんですか? イマイチよくわからないんですけど」


「ボクは好きって言ったよね? それ以上でもそれ以外でもないよ」


「でも、恋人とは違「ちゅーする?」」


 な、なんだ、今の言葉は。

 32年間の人生において、漫画でしか見たことのない文字が耳の中に入ってきたぞ。


「言葉で伝わらないなら、ちゅーしよっか」


「え、いや、あの、その、え、あ、えーっと……」


 キングオブヘタレの僕は挙動不審になってしまう。

 頬にキスをくれたマールさんが、念願の口で行う本格的なファーストキスまで奪ってくれるというのか?!

 わからず屋の僕に体で教え込むという大人による愛の伝え方。


 どうしよう、キスする時はどうしたらいいんだ!!


「こんな時にしっかりしないから、タツヤはヘタレなんだよ。もう、仕方ないなー。ほら、目を閉じて。ボクの気持ち、受け取ってほしいから」


 秒速で目をギュッと閉じて、荒くなりそうな息を止め、口を少し尖らせる。


 初めて過ぎて緊張が隠せない。

 どうしよう、唇がガサガサな気がする。

 マールさんのプルプルの唇に、僕のガサガサの唇が合わさり、ささくれが突き刺さってしまったら……。


 でも、もう目を閉じてしまったんだ。

 受け入れ準備完了のサインを出したわけだし、目を開けて妨害するのは気まずくなるだろう。


 同じヘタレのマールさんが勇気を出して踏み込んでくれたんだぞ。

 もう引き返せないんだ、息を殺して待てばいい。

 得意分野の待つだけでいいんだ!


 キスに対して憧れを持ちすぎたあまり、1秒が1年くらいに長く感じてしまう。

 もし実際に1年経っていたら、僕は1年も息を止めていることになる。

 空気を必要としない、霞だけで生きる仙人のような存在だな。


 ファーストキスをする時に、自分が仙人だと自覚するやつがどこにいるんだろうか。

 彼女が32年いなくて異世界転移するくらいだし、ある意味仙人の領域に達しているといっても過言ではないけど。


 って、唇に集中しろ!

 キスを通じてマールさんに愛を届けるために!


 そっと肩にマールさんの手がかかると、再びビクッとして雪の壁に強打してしまう。

 クスッとマールさんの笑い声が聞こえてしまうけど、同じヘタレとして気持ちはわかってもらえるはず。


 唇と唇が触れ合った時には、絶対に興奮して動かないようにしよう。

 失神だってしないと誓うぞ。

 ファーストキスで失神するなんて、最高にダサイから!


 少しずつマールさんの呼吸音が近付いて来ると同時に、肩に添えられた手に力が入る。


「まだ小さいにゃ。もっと大きいの作る……何してるにゃ?」


 不意にタマちゃんの声が聞こえ、マールさんはバッと離れた。

 思わず僕もギンッと目を開けて仰け反り、後頭部で雪の壁を破壊した。


「え、いや、こ、ココ! ココの壁が薄いなーと思って、2人で見てただけだよ。やっぱり崩れてきたし、ダメでしたね。ね、ね? マールさん」


「う、うん。そ、そうなの! こ、小柄なボク達ではうまくできなくてね!」


「やっぱり、そうだと思ったにゃ。ここはタマとクロに任せるにゃ。獣人国で培った泥遊びで、雪遊びもプロ級だにゃ!」


 し、心臓が破裂するかと思ったーーー!

 すでに何回も爆発はしてるけど、こんなに焦ったのは初めてだよ。


 自分の胸に手を当て、緊張した心臓を落ち着かせていく。

 一方、マールさんはあまり焦っていなかったのか、ちょこっと舌を出して笑顔を向けてきた。


「えへへ、邪魔されちゃったね。ごめんね、初めてだったから緊張しちゃった。また……今度かな」


「は、はい」


 壊れたカマクラの外に出たマールさんは、今までで1番顔が赤かった。

 同じヘタレなのに、無理してリードしてくれていたに違いない。

 火照った顔を自分で触り、恥ずかしそうにしている姿が何よりの証拠。


 キスはお預けになってしまったけど、マールさんは本当に僕のことが好きなんだと思う。

 リーンベルさんとどっちが上か下かなんて関係ない。

 僕とマールさんの間には、しっかりと愛が生まれている。


 照れ隠しをするように走る出すマールさんは、いつもの元気っ子に戻っていた。


 太陽の光を反射するように輝く銀世界の中、僕はマールさんだけをじっと見つめている。

 不意にマールさんがこっちを振り向くと、耳に付けた2つのピアスがチラッと揺れた。


「早くこっちに来てよー! 夜までにカマクラ作り直すんだからー!」

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