第9章 生き続ける者

第181話:三角関係

- 3日後 -


 ゆっくりと療養したこともあり、マールさんとスズと一緒にフリージアへ帰ることになった。


 あれから3日間、恋が進展しないままカマクラと雪だるまを作り続けるだけの日々。

 にゃんにゃんがマールさんに懐いていたこともあって、甘い雰囲気になることはなかった。

 キスしそうなところがバレなかっただけでも、ありがたいと思った方がいいだろう。


 リーンベルさんにチクられたら、色々崩壊しそうだから……。


 スズに関しては、完全にぐうたら三昧な生活だ。

 雪の都という綺麗な景色よりも、食い気と眠気がまさっていたらしい。

 新作のコロッケパンを気に入ってくれたこともあって、幸せそうな顔だったよ。


 寝る、食べる、寝る、食べるを繰り返すだけの、だらけきった社会人の寝正月みたいだったけどね。

 普段からハードな依頼をこなすスズにとっても、良い療養になったと思う。


 元々休暇目的で来たにゃんにゃんとは、この街で別れることになった。

 もっと一緒に遊びたい思いはあるけど、僕達はフリージアへ早く帰りたいと思う共通点がある。


 マールさんは愛しいリーンベルさんに会いたがっている。

 スズは大好きな姉であるリーンベルさんの元へ帰りたがっている。

 僕も天使リーンベルさんにでられたいと思っている。


 万人が愛する女、それがリーンベルさんだ。

 一刻も早く餌付けして、好感度アップをさせておきたい。


 にゃんにゃん達と別れるとき、護衛の依頼料はちゃんと払っておいた。

 予定では白金貨10枚(1,000万円)のはずだったけど、エステルさんと戦わせたことを考慮して20枚(2,000万円)を渡してあげたよ。


 ゲスイ顔で受け取った2人の顔は、生涯忘れることないだろう。

 でも残念だったね、僕にとっては大した額じゃないんだ。

 砂漠で魔物を売りまくり、今や総資産10億を軽く超える大富豪だから。


 10歳という若さで成功し、勝ち組人生を送っている冒険者さ。

 当然、フリージアへ帰る馬車も貸し切りで冒険者達の護衛付き。

 僕は金持ちなのにヒモ男だから、スズが全部手配して払ってくれたんだけどね。


 そんなこんなで、今は帰り道の馬車の中。

 太ももの上に座らせてくれないスズの隣に座り、マールさんと向かい合っている。


「そうだ、聞きたいことがあったんだ」


 何かを思い出すように、マールさんはポンッと手を叩いた。


「どうしたんですか?」


「タツヤに聞きたいんじゃないの。スズちゃんに聞きたいの」


 性格は対極のような2人だけど、同い年ということもあって仲が良い。

 リーンベルさんの妹であるスズを、マールさんが嫌うはずもないけど。


「ん? なに?」


「毎回スズちゃんはフリージア以外の街でタツヤと手を繋いでるの?」


「ううん、たまに」


 変な質問をされて頭がハテナ状態のスズと、ジト目で僕を見てくるマールさん。

 そして、ゴクリッと大きな音を鳴らして唾を飲んだ僕。


 馬車の空気が急激に重くなり始めている。


 なぜこんなことになってしまったんだろうか。

 そう、あれは砂漠の首都デザートローズに着いた時のこと。


 水着美女との交流を禁止された僕は、マールさんに手を繋いでもらいたい一心で、適当なことを言ってしまったんだ。

 他の街では迷子にならないようにスズと手を繋いで歩いているから、マールさんにも手を繋いでほしい、と。

 そんな話をスズとマールさんがすることはないと思っていただけに、戸惑いを隠せない。


 おそらく、水着美女と関われないから仕方なく手を繋いできた、とマールさんは思ってしまっただろう。

 せっかく両想いになったのに、ここでポイントを下げるわけにはいかない。

 マールさんと手を繋ぎたかったことは、事実なんだから。


 水着美女なんてどうでもよかった……と、否定できないのは情けないとは思うけど。


 それでも、百合少女のマールさんには、綺麗な思い出として心のアルバムに残してもらいたい。

 スズから順番に外堀を埋めていく形でフォローしていこう。


「忘れちゃったの? スズ。王都で手を繋いで歩いたでしょ」


「忘れてない、覚えてる。デートした時に繋いだ」


「ふえ!? で、デート?!」


 どうしよう、事態が悪化したかもしれない。

 嫉妬に狂うマールさんのジト目が厳しくなったんだ。

 ワナワナと力が入るような握り拳は、早くも危険度70を超えている。


 当たり前のことだけど、唐突な三角関係になってしまった。


「す、スズは他の人と手を繋いだりするの? カイルさんとか、ザックさんとか」


「ううん、タツヤだけ」


「ど、どうして?」


「好きだから」


 誘導尋問でスズに言わせただけなのに、心臓が雄叫びを上げてしまう。

 マールさんのジト目を受けながらの告白という、背徳感と幸福感のコラボレーション。


「やっぱりそうだよね。普通は手を繋がないよね。手を繋いでほしいなんて、お願いできないもん」


「ほえ?! す、好きな人にしか……」


 よし、何とか助かった。

 最初からマールさんのことが好きで手を繋いだ、ということに仕向けることができたぞ。

 顔を赤く染めるマールさんは、恋する乙女そのものだ。


 ちゃんと初めからマールさんは好きだったけどね。

 変な誤解をされずに済んでよかったよ。


「……なんか、変」


「「え?!」」


「2人の様子が変」


 マールさんの鎮火が成功したばかりなのに、今度はスズに飛び火してしまうとは。

 普段は嫉妬しないはずのスズが、どうして逃げ道のない閉鎖空間である馬車の中で嫉妬してしまうんだ。


「ぼ、ボク達は普通だよ? ずっと2人でいたけど、べ、別に何もなかったし」


「そ、そうだよ、全然変じゃないから。タマちゃんとクロちゃんもいたし、やましいことはなかったよ?」


 どうやらマールさんは両想いなことを隠したい派みたいだ。

 スズ経由でリーンベルさんの耳に入ることを恐れているに違いない。


「やましいことがあったか聞いていない。2人が変だと言っただけ」


 しまった、墓穴を掘ってしまうなんて。

 最近は説得ミスが目立つようになってきたな。

 唯一の特技だと思っていたのに。


 実際にやましいことがあったかと聞かれれば、かなり微妙なラインだけどね。

 やましい思いでいたことは間違いないけど。


「へ、変なこと考えないで。砂漠の首都に行った時、マールさんに水着の女性にやましいことしないように言われただけだから。浮気しないように厳しくチェックされてたし、すごく健全に過ごしたんだよ。ね、ね? マールさん」


「あ、う、うん。タツヤは変な目線で周りを見てなかったよ」


 そうですね、基本はマールさんの手繋ぎでドキドキしていましたから。

 主に周りを変な目線で見ていませんでした、あなたを変な目で見ていただけで。


「それならいい。砂漠で何してたの?」


「あ、うん、ほとんどはカエルの処理かな。フリージアでいっぱい倒したから、解体してもらってたんだ」


 その瞬間、スズの僕を見る目が変わった。

 僕の手を両手で握りしめ、キラキラとした眼差しで見つめてくる。


「カッコイイ!」


 スズにカッコイイと言われるのは嬉しくてたまらない。

 多分これは、家でゴキブリを倒せる男性は素敵、程度の意味合いだろう。

 僕は全力でGから逃げるタイプだけど。


 好感度が上がったのは間違いないから、ありがたく言葉を受け取ろうと思う。

 料理以外で褒められるなんて、滅多にないことだからね。


 それからマールさんの巨大ワーム討伐の話が始まると、正義感の強いスズに褒められると思って、僕はドヤ顔をして自分の活躍する話を聞いていた。

 が、ステータスを知っているスズが褒めることはない。

 死ぬかもしれないSランク依頼をソロで受けたことに、怒り始めてしまったんだ。


「どうして無茶な依頼を受けたの?」

「なぜ断らなかったの?」

「勝てるはずのない相手に挑む意味がわからない」


 無表情キャラのスズは、リーンベルさんのように大声で怒らない。

 淡々とした事情聴取が続き、決して逃れることのない言葉の牢獄に閉じ込められ、静かに圧力をかけ続けてくる。


「でも、ちゃんと倒せたし……」


「運が良く倒せただけ。サポート役が率先して戦闘に参加する意味を教えてほしい」


 正論という言葉の暴力に対して、言い返す言葉が見付からない。


「ごめんなさい」


 自分がいない時に無茶したことが嫌だったのか、スズは相当怒っていた。

 同じ車内にいるマールさんが外の景色を見て、無言で過ごし続けるほどに。


 この日、スズの機嫌が治ることはなく、ごはんを食べる時でも怒られてしまった。

 護衛の冒険者達とマールさんが助けてくれることもなく、スズの大好きなから揚げを出しても変わらない。


「そもそも、砂漠の魔物は強い。なかでもワームは舐めてかかっていい相手ではない」


「スズ、わかった、わかったから。僕が悪かったから許して。ワームが強い話は6回目だよ」


「ダメ、ワームは強い。感知しないと足元から現れ、一瞬で飲み込まれてしまう」


 結局、スズの説教が終わることはなく、野営の見張りをする冒険者と共に夜遅くまで聞き続けることになった。


 魔物もスズの圧が怖かったのかもしれない。

 この日、魔物が近付いてくることはなく、過去最高に平和な夜が流れていった。

 淡々とした口調で話すスズの声だけは、ずっと響いていたけど。

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