第182話:トラブル

 スズに怒られ続けること、5日。フリージアの東門が見えてきた。


 ようやく今朝、スズの怒りが鎮まったばかりなので、巨大ワームの話はリーンベルさんに絶対言わないようにしよう。

 堕天使が降臨して、非常事態になること間違いなしだから。


 僕は怒られたいわけじゃない。

 フィオナさんとリーンベルさんと一緒に、甘い生活を過ごしたいんだ。


 2人の顔を思いだしていると、珍しく戦闘するような音が聞こえてきた。

 目を細めて周りを確認すると、フリージアの東門で戦闘が起こっていることに気付く。


 冒険者の初心者が集まる街である以上、街中で冒険者同士が衝突することはある。

 互いにレベルも低いから大きな問題になることは少ないけど。


 ただ、あれは明らかに初心者の動きではない。

 熟練された動きであり、強者同士の戦い。

 早く止めないと大きな騒ぎになってしまうだろう。


「マールさん、ちょっと揉め事が起きてるからスズと先行して止めてくるね」


「うん、わかったよ」


 すぐに状況を理解したスズは、僕を担いで駆け抜ける。


 本来であれば、護衛の冒険者に任せて車内で待機するべきだ。

 もしくは、スズだけ先行して騒ぎを治める形が望ましい。

 一介の醤油戦士はただのお荷物でしかないから。


 でも、時には醤油戦士が最大の武器になることもある。


 猛スピードでスズが駆け抜けていくと、すぐに騒ぎの現場に到着。

 甲高い金属音が鳴り響く中、僕は撃退魔法を唱える。


「こちょこちょ」


「だーっはっはっは、だーっはっはっは」


 そう、騒ぎの原因は暴れ馬エステルさん。

 なぜかカイルさんとザックさんを襲うように戦っていた。

 門の近くで鋭く睨むリリアさんをシロップさんがなだめているから、不死鳥フェニックスと何かトラブルがあったんだろう。


 ……不死鳥フェニックスはそんなことをするような人達じゃないし、一方的にエステルさんが襲った気がする。


 笑い転げるエステルさんに、カイルさんとザックさんが呆然とするのも無理はない。

 僕も出会った当初は、こんな姿を見るなんて全く思ってなかったから。


「お、おい、タツヤ。どうやって暴れ馬を手懐けたんだ?」


 久しぶりに再会したのに、信じがたい光景が生まれているため、懐かしむような姿は見られない。

 真顔のカイルさんと同意するように、話すことができないザックさんが頷いていた。


「あまり気にしないでください、根は悪い人じゃないんですよ。間違った正義感を持って暴走するっていうだけで、迷惑な人には違いないですけど。それで、なんで戦っていたんですか?」


「いや、俺達が2年前に王都でこいつの暴走を押さえたことがあってな。今朝ギルドで鉢合わせたら、成長を確かめたい、という名目で斬りかかってきたんだ」


 そういえば、道場破りみたいなことをしてた2年前、冒険者ギルドで取り押さえられた話をチョロチョロが言ってたな。

 現場にスズもいたと言っていたけど、不死鳥フェニックスが関わっていた案件だったのか。


 当時、戦い方をスズが見ていなかったら、雪の都アングレカムで大変なことになっていただろう。

 この4人だと討伐することに納得だけど、ちょっと感謝したくなったよ。

 夜ごはんの襲撃に来ると思うから、おいしいもので餌付けしよう。


「迷惑な暴れ馬ですね。ちょっと後でお仕置きをしておきます」


「だーはっはっは、すまん、許してくれ。悪気はだーはっはっは、だーっはっはっは」


 調教の仕方を間違えたかな。

 楽しそうな雰囲気が伝わるだけで、反省しているように見えないんだ。

 でも、ハードな調教は趣味じゃないから仕方ない。


「おう、あまり無茶はするなよ。リリアが帝国嫌いだから、俺達は極力関わりたくないんだ。ギルドにも迷惑をかけているが、ギルド経由で帝国へ送り返した方がいいと思うぞ?」


「大丈夫です、もう色々とトラブルになって和解したばかりなので。それで、どうして不死鳥フェニックスがフリージアにいるんですか?」


「あぁ、お前も巻き込まれたらしいから知っていると思うが、古代竜が現れただろう。こんな大事件を放置するわけにもいかないんだ。フリージアが混乱しないように、国王に滞在するよう頼まれてな」


 なるほど、不死鳥フェニックスは王都を守った本物の英雄だからね。

 過去最大級のスタンピードにもかかわらず、たった4人で王都の北門を守り抜いた名声がある。

 住人にとっては、これ以上ない安心感に繋がり、安心して過ごせるようになると思う。


「だーはっはっは、ま、待て、待ってくれ。古代竜はまだ近くに、だーはっはっは」


 おい、クソ大事なワードをぶち込んできやがったな、この笑い上戸め。

 そんな非常事態で不死鳥フェニックスにケンカを売る神経が理解できない。

 帝国の王女といっても、他国で無茶苦茶なことばかりやりすぎだぞ。


 といっても、おそらく古代竜は街を破壊するような害のある魔物ではない。

 久しぶりにあった精霊獣チョロチョロと騒ぎすぎてしまっただけ。

 どのみちスズと辺りを散策して接触しようと思っていたから、願ってもないチャンスかもしれない。


 偶然にも魔力を感じるエステルさんがいる。

 容易に古代竜の場所も特定できるはずだ。


 問題は、エルフと敵対するエステルさんに僕がハイエルフだと知られることがマズイだけ。


 スズがいればエステルさんを押さえ込めるだろうけど、あの時はクッキーで魔法を強化していた。

 未強化のスズが勝てる保証もないし、暴走して撃退魔法『こちょこちょ』が効かなかった時が怖い。


 ここは不死鳥フェニックスに協力してもらって、一緒に来てもらった方が無難かな。

 すでにユニークスキルのことはバレてるし、ハイエルフだとバレたところで驚かれる程度だと思う。

 食欲が止められないだけで、不死鳥フェニックスは良い人だからね。


「とりあえず、エステルさんが何か知っていそうなので、ギルドで話を聞いてきますね。迷惑をかけた謝罪もしないといけませんし、ギルマスの方が情報に詳しいと思うので」


 笑い治まったエステルさんに軽い説教をしていると、先行していたこともあり、マールさんが乗っている馬車がやって来た。

 僕はエステルさんと一緒に乗り込んでいく。


「おい! タツヤ!」


 名前を呼ばれたので振り返ると、真剣な顔でカイルさんが僕を見ていた。

 なんだかんだで付き合いが長いから、何が言いたいかわかってしまう。


「わかってますよ、今夜はコロッケパンを用意しておきます。いっぱい作っておきますので、夜ごはんは食べに来てください」


「助かるぜ! よし、腹を空かせるために依頼を受けに行くぞ!」


 同じ冒険者ギルドへ向かうのに、不死鳥フェニックスの行動は早い。

 カイルさんの言葉で一致団結して、何事もなかったように街へ消えていった。


 なお、ショコラであるはずのシロップさんも向かって行ったのは、元々不死鳥フェニックスにいた時の名残だろう。

 つられるようにスズも走っていったのは、コロッケパンをお腹いっぱいになるまで食べたいだけだ。


 にゃんにゃんがいない時に限って、大人数の料理を用意することになるとは。

 今日もリーンベルさんはいっぱい食べそうだし、フィオナさんにも喜んでもらいたいからなー。

 温泉で療養して英気を養ってきたから、気合いを入れて作るとするか。


 馬車の椅子に腰を掛けてマールさんと向かい合った瞬間、僕はもう1人増えることも理解した。


「ぼ、ボクも行っていい? ほら、無事に砂漠から帰ってきたお祝いみたいなものじゃない? 案内役のボクの功績が褒められてもいいと思うんだ」


 必死に説得をしてくるマールさんが可愛くて、思わず笑ってしまった。

 最初から断る理由もないし、いつ来てもらっても全然構わないのに。


 なんといっても、僕達は両想いだからね!

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