第183話:複雑な関係
フリージアのギルドへたどり着くと、護衛をしてくれた冒険者にお礼を言って、先にギルドの中に入っていく。
馬車から降りる前に強めに叱っておいたこともあり、エステルさんは静かに
一方、僕とマールさんは久しぶりにリーンベルさんを見て、ビシッと背筋を伸ばす。
緊張して歩く人間と、落ち込む人間の組み合わせが異様なんだろう。
無駄に注目が起きてしまうのも当然のこと。
ちょうど冒険者の接客が終わったリーンベルさんと、書類整理をしていたアカネさんが固まってしまうのも無理はない。
高まる胸を押さえつつ、僕達はリーンベルさんの元へ向かっていく。
目の前までやって来ると、我を取り戻すようにリーンベルさんは立ち上がった。
「どうして暴れ馬を連れて来てるの?! その人はすごく危険だから、すぐにギルドマスターを呼んでくるね。あっ、ヴェロニカさんの方が早いかも」
もはや世界共通の認識といっても過言ではない。
迷惑をかけたばかりというのもあると思うけど、エステルさんの印象は最悪。
今までの行いが悪すぎて、迷惑をかける常習犯みたいな扱いになっている。
「あっ、呼ばなくても大丈夫です。手懐けることには成功しましたので」
小さな声で『また地獄に戻りたくない』と、エステルさんは呟いたけど聞かなかったことにする。
でも、嫉妬深いリーンベルさんには間違って伝わってしまったんだろう。
少しムスッとした顔になり、ゆっくりと顔を近付けてきた。
「この人だけはダメ、絶対に問題しか起きないから。お姉ちゃんとスズが一緒にいて、王女のフィオちゃんまでいるんだよ? 物足りないことなんてないと思うんですけど」
ち、違いますよ、エステルさんは両想いではないです。
確かに魅力的な引き締まったボディをしていますが、ハーレム枠を増やしている訳ではありません。
肉体関係を持ちたくない、と言ったら嘘になりますが。
あなたの後輩に手を出してしまっただけで。
いや、手を出されたのかもしれませんけど。
「わ、わかっていますし、満足していますから。エステルさんとはそんな関係じゃありませんよ。雪の都でトラブルになったので、ちょっと懲らしめただけです」
小さな声で「ちょっと? あれはちょっとじゃない」と、エステルさんの声が聞こえてきても無視だ。
危うく死ぬところだったし、約束を破って裏切った彼女が悪い。
「本当? お姉ちゃんは信じるからね。獣人国でも何もなかったって、猫ちゃん達も言ってたし。カエルのことで追い出しちゃったのも、悪かったなって思ってるから……」
反省して弱さを見せてくるパターンはやめてくださいよ。
僕の中に眠る男の血が、守ってあげたい、と騒ぎ始めるじゃないですか。
受付嬢よりステータスが低いザコなんですからね。
「気にしてないからいいですよ。恐怖の象徴だと知りましたから」
「それはそうなんだけど……。この際だから言っておくけど、もう増やさないでよね。もし増やすようなことがあれば、お尻ぺんぺんするよ」
マールさんと仲良くなったなんて、絶対に報告できないじゃないですか。
お尻ぺんぺんされたい願望が芽生えていますから、それで許しもらえるのであれば……。
って、そうだ、マールさんのことも報告しないと。
「や、やましいことはないので大丈夫ですよ。それより、マールさんもしっかり案内してくれて、とてもお世話になりました」
色んな意味が含まれていて申し訳ないですが。
「そう、それなら安心かな。マールも急なお願いをありがとうね。他にお願いできる人がいないから、すごく助かったよ!」
リーンベルさんの天使スキル、エンジェルスマイルが発動した。
マールさんは胸がときめいてしまい、心臓を落ち着かせるために胸に手を当てている。
「い、いえ! べ、べべ、ベル先輩のお願いなら、木材でも頑張って食べます!」
相変わらずマールさんはリーンベルさんに弱すぎる。
そんなお願いがされることはないし、もしされた場合は絶対に断ってほしい。
「相変わらずマールは変なこと言う癖があるよね。……あれ? ピアス付けてたっけ? 可愛いね」
今まで見守っていたアカネさんの視線が、急激に鋭くなった。
あの目は雪の都アングレカムで、双子の姉であるアズキさんが見せたパパラッチの目。
マールさんにスノーフラワーの話をしたのもアカネさんであり、どういう意味を持つ花で、誰が渡したのか、すでに気付いてしまっただろう。
アズキさんのように口封じに応じてくれたらいいけど。
お願いだ、マールさん。
なんとかうまく誤魔化してくれ。
「あ、えーっと、そ、そうですね。じ、実家の押し入れのタンスの引き出しの奥の方で見つけました」
誤魔化す時に使う単語ベスト10に入るであろう言葉、『実家の押し入れ』と『タンスの引き出し』の二重使用。
なぜそんなところに入れたあったのか聞きたくなってしまう、誰もが疑問に思うやつだよ。
「いいなー、私もタンスの整理しようかなー。たまには私もそういう可愛いピアスを付けてみたいもん」
だが、純粋なリーンベルさんが疑うことはない。
マールさんにプレゼントした以上、本命のリーンベルさんにもアクセサリーをプレゼントするべきだな。
スズとフィオナさんにも渡さないとダメだから、忙しくなりそうだよ。
「………あ、上げません……よ」
「取ろうなんて思ってないよ。マールに似合ってて可愛いね」
可愛いと褒められたマールさんは、顔が真っ赤になっている。
なお、婚約指輪の役割を果たすピアスをマールさんが死守したことにより、僕の心臓はヒートアップしている。
元々リーンベルさんに渡そうとしていただけに、マールさんが大事に思ってくれている何よりの証拠だ。
当然、そんな状況を見られれば、アカネさんに手招きされてしまう。
リーンベルさんの相手をマールさんに任せて、ササッとアカネさんの元へ向かい、ヒソヒソと話し合いを決行する。
「な、何か気になることでもありましたか?」
「気付かないと思っているのかしら? まさかベルに異常な愛情を持っていたマールを落とすなんて。随分と君も立派な男になったのね」
そう言ったアカネさんは、ヒソヒソ話をするために前屈みになったので、胸の谷間が暴力的だった。
大きなおっぱいで動揺させるという、アカネさんの恐ろしい作戦だ。
お姉さんは何でもわかっちゃうぞ、という意味を込めて、見せ付けているに違いない。
「偶然に偶然が重なって起こったことなんですよ。だから、リーンベルさんには内緒でお願いします。それより、アングレカムでアズキさんに会いましたよ。お願いですから、変なことを手紙に書いて送らないでくださいね」
おっぱいでめまいをする男の子なんて紹介されたら、完全な変態だと思われますよ。
間違っていない事実になりますが。
「おっぱいに弱い君がダメなのよ。それで、お姉さんの口をどうやって封じるべきだと思う? このままだと口が滑って言ってしまいそうだわ」
わかっていますよ、大人の口封じは、き、き、キスですよね!
立派な男らしさを見せつけて、あなたのプルプルな唇にぶちかましてやりたいです!
リーンベルさんの前だから、やりませんけど。
強がりじゃありませんよ。
「今夜は家でパーティみたいな形になると思いますので、よければどうですか? 新作デザートのアイスと、まだ未発売のコロッケパンも作りますよ」
「物わかりのいい子は好きよ。楽しみにしておくわね」
これ以上は墓穴を掘りそうだし、ギルドの受付も占領してしまうため、もう1度リーンベルさんに声をかけてギルドマスターの部屋へ行くことにした。
すっかり空気のような存在になっていた、暴れ馬エステルさんを連れて。
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