第184話:古代竜の軌跡

 ギルドマスターの部屋に入ると、エステルさんは即効で土下座を決めた。

 このままではお仕置きが厳しいものになると判断して、率先して謝ることにしたに違いない。


 どんな理由だったとしても、自主的に謝罪をしようとすることはいいことだ。

 相当堪えているみたいだし、今回のお仕置きは免除しようかな。


 いきなり入ってきた暴れ馬が土下座するという全体未聞の展開に、ギルマスことムキムキマッチョは頭が追い付いていない。

 何の迷いもなくギルマスが土下座返しを決めたことで、よくわからない雰囲気になっていく。


 早く家へ帰って料理を作りたい僕は2人仲裁するようになだめて、3人でソファに座って話し合いをすることにした。


「ギルマス、いったんエステルさんのことは置いといてください。僕が一緒にいれば変なことはしないと思いますので。一種の抑止力になっていると思っていただければ大丈夫です」


「お、おう、わかった。よく考えれば、お前は一匹狼の火猫を従えているからな。暴れ馬を手懐けてもおかしくはない」


 誰かのために身を犠牲にして助けようとする頑張り屋さんのスズと、世界のために何でも破壊しようとする過激派のエステルさんを一緒にしないでください。

 2人共正義感だけで動いているようなところはありますけど、全然違いますからね。


「不本意なことに、雪の都で関わってしまっただけです。今回はマールさんに付き添ってもらって、色々とお世話になりました」


「マールのことは気にしないでくれ。カエル討伐の礼として、こっちが好きにやったことだ。ヴェロニカが代わりに受付をカバーしていたし、ギルド本部からも連絡が来ていたぞ。優秀なアイテムボックス持ちに敬意を払うように、とな。本部では、過去最高の売り上げを記録したと聞いている」


 随分と魔物を持ち込みましたからね。

 大量のカエルにブリリアントバッファロー、オークジェネラルとワーム達。

 ひたらす朝から晩まで解体してもらうなんて、アイテムボックスがないとできないことだろう。


「おかげ様で僕も随分と潤いましたよ。ところで、本題に入りたいんですけど、古代竜の情報はどこまで入っていますか? 不死鳥フェニックスが応援に来ている程度のことしかわからないんですけど」


「正直なところ、目撃情報がポツポツある程度だな。普段、フリージア周辺ではドラゴンなど見かけないが、橋が壊れてからいくつか目撃情報が入っている。まだ被害もないし、俺も見たことがなくてハッキリとわからない。とりあえず、国王の計らいで不死鳥フェニックスが街に来てくれたため、市民は安心して暮らすことはできている」


 お腹を空かせるために依頼へ出かけた、不死鳥フェニックスの皆さんですね。


 暴れ馬に火猫、にゃんにゃんと不死鳥フェニックス

 なんで僕の周りは動物で埋め尽くされてしまうんだろうか。

 餌付けをしていることもあって、動物園の飼育員さんみたいな気分になるよ。


「じゃあ、詳しい情報ほとんどないんですね」


 ギルマスの頷く姿を見て、頼みの綱はエステルさん以外に残されていないことがわかった。

 元から案内役になってもらうつもりだったから、大きな問題でもないけど。


「相談なんですが、不死鳥フェニックスとショコラで一緒に古代竜の探索をしてもいいですか? 偶然にも、エステルさんが古代竜の場所がわかるみたいなので」


「な、なんだと?! 全ての目的情報に俺は足を運んだが、痕跡が一切見付からなかったんだ。繊細な調査を暴れ馬ができると思えんぞ」


 手が付けられずに暴走するだけであって、繊細な作業は得意だと思いますよ。

 最初に出会った時は森を調査していましたから。

 といっても、魔力を感じる体質をしているので、特に調査などは必要ないと思いますが。


 土下座から言葉を発していないエステルさんに、僕とギルマスの視線が重なっていく。


 きっと下手な地雷を踏まないように息を潜めていたんだろう。

 少し困惑するように目をキョロキョロと動かしていた。


「今はこの街から離れていると思うぞ。私がここへ来た時は随分と近くにいたから、部下の兵士達は先に帰らせ、様子を見ることにしたんだ」


 エステルさんが完全に悪者と思えないのは、こういう正義感があるところだ。

 災害級の古代竜が攻めてきた時、いち早く危険を知らせるため、わざわざ残ったに違いない。

 過剰なまでの帝国思考が邪魔をするだけで、本来は正義感が強い立派な王女なんだ。


「待て、いったいどうしてわかるんだ。古代竜の目撃情報はフリージアの20キロ圏内だけ。今は街から離れている保証なんて、どこにもないんだぞ」


「信じる信じないは好きにするがいい。私のカンがそう言っているに過ぎない」


 ……カン? 魔力を感じる体質は隠しているのか。

 帝国とフェンネル王国は小競り合いを起こしているし、エステルさんは随分とこの国に偏見を持っているみたいだった。

 ある意味では敵国になるから、自分の情報は極力出したくないんだろう。


 最初に問い詰めた時は話してくれたけど、あの時は相当焦っていたのかもしれないな。


「暴れ馬の戦闘力は俺も評価している。それだけに、カンを無下にできないのも事実だな」


 1番いい加減な理由がカンだと思うけど、この世界のカンのシステムは鋭いからね。

 納得しちゃうのも無理はないっていう、不思議な感覚に陥るよ。


「ギルマス、元々古代竜が目撃されるケースは多くありません。このまま街で情報を集めてばかりでは、なかなか判断は難しいと思います。それより、不死鳥フェニックスとショコラで安全確保のために行動した方がいいと思いませんか? 自分で言うのも恥ずかしいですが、2組共王都のスタンピードで名前も売れましたから、市民の方も安心すると思うんです」


 街の防衛に不死鳥フェニックスを残しておきたい気持ちもわかる。

 でも、明確に安全を確保するため動いている、と公表した方が安心感が出るだろう。

 いつまでも古代竜に怯えているわけにいかないし、目撃情報が増えて進展が見られないと不安が募るばかりだ。


 冒険者達も依頼を受けにくいし、下手すれば街から人が離れる原因にもなってしまう。

 王都とフリージアを中心に食文化が広がり見せる今、できるだけ早く解決すべき問題になる。


 ギルマスも同じようなことを考えていたに違いない。

 ジッと腕を組んで考えたままだったけど、ゆっくりと首を縦に振ってくれた。


「わかった、古代竜のことはお前に任せよう。しばらく不死鳥フェニックスがいない間は、街の防衛を強化するために俺が見回りをする」


 街をパニックにおとしいれ、国王すら気を使っている古代竜の問題。

 醤油戦士が軽く提案しただけで受け入れられてしまうほど、僕の知的キャラは根付いたみたいだ。

 冒険者ギルドの統括であるイリスさんからも連絡があったみたいだし、出世したことを実感してしまうよ。


 ギルマスの部屋を離れて、エステルさんに案内役をお願いすることにした。

 お仕置きを免除する代わりに……と伝えると、二つ返事でOKが返ってきたよ。

 なんだかんだで1番扱いやすい人かもしれない。


 大人数で食事をする約束をしていることもあり、僕はエステルさんを連れて自分の家へ戻っていく。


 エステルさんを野放しにするわけにもいかないから、フリージアにいる間は僕の家で預かろうかな。

 古代竜を散策するまでだし、短期間だと思うから。


 リーンベルさんが嫌がったら、家から追い出す予定だけど。

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