第179話:オレッチ、再び

 旅館に戻ってくると、広々とした庭でマールさんとにゃんにゃんが雪遊びをしていた。


「あっ、帰ってきた。一緒に雪だるま作ろう」


 旅館に戻った瞬間に大切なイベントが発生した。


 これこそ待ち望んでいたイベントだよ。

 僕みたいな陰キャが、陽キャのマールさんと遊べる神イベント。

 リア充みたいに女の子と遊べるなんて、やっぱり異世界は最高だな。


 にゃんにゃんの2人が獣人の身体能力を活かした戦闘のような雪合戦をする中、マールさんは1人で雪だるまを作っている。

 まだまだ作り始めたばかりで、小さい雪玉を転がしているような状態。


 女の子のお誘いを断るなんて、僕の趣味じゃない。

 本当は今すぐ雪だるまを一緒に作り、ゴロゴロと転がして遊びたい。

 でも、どうしても先に確認すべきことがある。


「スズはいないんですか?」


「ごはんを食べたら昼寝しちゃったから、ボク達だけで遊ぶことにしたんだ」


 今がチャンス!

 スズがいない今しか、スノーフラワーを渡すことはできない。


 スズはフリージアでも、1日中昼寝をするくらいだからね。

 猫はこたつで丸くなるって言うし、雪の都では寝て過ごしたいんだろう。


 本物の猫成分が入っているにゃんにゃんの方が猫っぽくないという展開にも、もう慣れてしまったよ。

 どこの誰よりも、スズは猫っぽさを追求するからね。


 楽しそうな笑顔を向けてくるマールさんに近付き、片手を差し出す。

 ドヤ顔を作って髪をかき上げた後、手の平にスノーフラワーをアイテムボックスから取り出した。


 無駄にカッコつけるのは、ポイントが上がることを確信しているからである。


「こ、これって……もしかして!」


 そうですよ、マールさん。

 時期外れで手に入ることがない、人気の高い小さめのスノーフラワーです。


「昨日は色々ありましたが、1つだけ見付けることができました」


 本当は探していないし、チョロチョロの依頼を受けてもらっただけ。

 でも、マールさんのために探したと伝える方が大幅にポイントアップするとわかっている、醤油戦士のあざとい作戦である。

 バレなきゃ盛って話してもいい、というのが僕のモットーさ。


 受け取ったマールさんの顔は、喜びに満ち溢れている。

 太陽にかざすように持ち上げ、感動するような涙目で見つめていた。


「可愛いものより、おいしいものがほしいにゃ」

「可愛いものより、デザートが作りたいニャ」


 砂糖が高いから、仕入れに苦労するもんね。

 一応作り方は教えたから、カツ丼屋の売り上げの儲けで自分達だけは食べるだろうな。


 って、雪合戦を途中で中断するなよ!

 前から思ってたけど、にゃんにゃんは意外に恋愛話に食いついてくるな。

 色気より食い気のくせに。


「小さいスノーフラワーはアクセサリーにすると良いみたいですよ。加工するのが難しいみたいですけど、ちょうど旅館に知り合いの鍛冶屋がいるんです。声をかければ手伝ってもらえると思いますから、加工してフリージアへ戻りませんか? 可愛いアクセサリーにした方が、リーンベルさんもずっと付けてくれると思いますよ」


 そう、このスノーフラワーはマールさんからリーンベルさんへ渡されるものである。

 スズにバレてはいけないのは、浮気をしているように思われるからではない。

 なぜかバレていないマールさんの百合属性を守り、リーンベルさんとマールさんの愛の育みを応援するためだ。


 1番問題なのは、誰よりもリーンベルさんが花より団子な性格だということ。


「う、うん、そうだね。じゃあ、片側だけになっちゃうけど、ピアスにしたいかな。手の周りに付けちゃうと、受付の仕事で邪魔になるかもしれないから」


「わかりました。では、旅館の方に呼び出してもらえるか聞いてきますね」



 - お願いをすること、5分 -



 旅館の入り口で待っていると、遠くから凛とした表情のドワーフが歩いてきた。

 普通にしていたら頑固おやじに見えるけど、話し出すと残念な男、オレッチである。


 王都で自己紹介をしなかったため、オレッチは僕の名前を知らなかったんだろう。

 呼び出した人間が僕だとわかった瞬間、すごい勢いで走ってきた。


「ルゥ~~ホッホーーーー!! ホロホロ鳥の旦那だニィー! どうしたんだニィー、こんな場所で」


 相変わらずテンションが高いな。

 呼び出したことを早くも後悔してきたよ。

 誰かに見られて友達と思われたくない人部門、第3位だ。


 1位と2位は砂漠で出会った、ブーメランパンツ兄弟が大差をつけて上位に君臨するからね。


「実は、ちょっとお願いしたいことがありまして……」


「旦那とオレッちの仲だニィー。何でも言っちゃってくれニィー」


 前回はスズに話さないように言われていたため、これがほとんど初めての会話なんだけどな。

 たった2回の餌付けで、よくここまで心を開いてくれるもんだ。


 こんなハイテンションドワーフを前にすれば、マールさんが固まるのも仕方がないこと。

 あまりの衝撃で驚いてしまう、にゃんにゃんの気持ちもわかる。


「お、お、親分! ま、まさかあの有名なオレッチさんと知り合いだったにゃ?!」


「歴代のドワーフでもトップ5に入ると言われる伝説の職人、オレッチさんだニャ」


 やめてくれ、そういう感じは薄々していたけど、知りたくない真実だ。

 全異世界のドワーフ達に申し訳ない気持ちが生まれてくるじゃないか。


 間違いなく彼は歴代ナンバー1の変態職人だと思うけど。


 変態のドワーフと知り合いだった事実に、にゃんにゃんから尊敬の眼差しで見られるのは嬉しい。

 でも、正気を取り戻したマールさんの目が不安に満ち溢れている。


「知り合いというか、知ってしまったというか。この装備もオレッチさんに作ってもらったんだよ。タマちゃんとクロちゃんも武器の手入れとかしてもらったら? 多分、カツ丼を出せば喜んでやってくれるよ」


 そんなはずがないと言わんばかりに、にゃんにゃんは両手を左右に振って否定した。

 応えるようにオレッチも大きな溜息を吐く。


「旦那、オレッチは無闇に仕事を受けることはねえ。だが、旦那の顔を潰せないことは事実。紹介とはいっても、高くつくぜ?」


 急な真面目モードはやめてくれ。


「そ、そうですか。とりあえず、スノーフラワーをピアスに加工できるかどうか見てもらえませんか? もし可能であれば、ハンバーガーを差し上げますよ」


 物凄く不安そうなマールさんが、オレッチにスノーフラワーを手渡した。


「ほぅ、こんなに小さいスノーフラワーは珍しい。さすが旦那だな。ハンバーガーというものがわからないが、それで手を打とう。旦那の持って来るものに、間違いはない」


 絶対にカツ丼で武器の手入れしてくれると思いながら、アイテムボックスからハンバーガーを取り出した。


「ニョーロリッヒーーー!! 肘が腎臓になっちゃうニィー!」


 それは緊急事態ですね。

 ちょっとした段差でつまずくだけで、内臓損傷の恐れがありますよ。


 ハンバーガーを受け取ったオレッチが奥に走っていくこと、30秒。

 ハイテンションのまま、ハンバーガーをかぶり付きながら戻ってきた。


「さっっっすぅぅが、旦那! 独創的なアイデアが止まらないニィー! ほらっ、これがスノーフラワーのピアスだニィー」


 こっちがさすがだと言いたいよ。

 短時間で加工できるようなもんじゃないだろう。

 移動時間を考慮したら、5秒くらいでピアスを作っているはずだ。


 あと、いったいどういうことなんだよ。

 スノーフラワーは1つしか渡していないのに、2つのピアスが出来上がっているぞ。


 嬉しい誤算だから深く気にせず、受け取ったピアスをマールさんに手渡す。


 出来上がったピアスを見たマールさんは、やっぱり女の子だな。

 目がキラキラするように輝いているよ。

 女の子はおしゃれだから、こういう小物が大好きに違いない。


「うわっ、本当にもうできてる、すごい……。あれ? なんで1つしか渡してないのに2つもあるの?」


「バカを言うんじゃねえ、ピアスは2つで1つ。片方はミスリルを加工して作ったオレッチの模造品。だが、3秒もかかって作った力作だ。一般人には区別がつかねえだろ」


 相変わらず時間軸が1人だけ違うな。

 僕の装備をたった2分で作った男は仕事の早さが違うよ。

 さすが歴代ドワーフの中でナンバー1の変態職人だ。


 驚く必要はないし、難しく考えなくてもいい。

 変態だから、という理由で全て解決されるから。


 当然、目の前でこんな意味不明な光景を見せられたら、にゃんにゃん達の目も輝いてしまう。

 僕は変態職人としか思わないけど、にゃんにゃんにとっては伝説の職人なんだ。


「お、親分、タマ達の武器もオレッチさんに見てもらいたいにゃ」


「親分からもう1度言ってほしいニャ」


 にゃんにゃんが……目を輝かせて僕にお願いをしてきた。


 どうしよう、にゃんにゃんの上目使いのパワーがすごい。

 激萌えにゃんにゃんに頼まれて、断れるはずもないだろう。


 ここは可愛い料理の弟子達に、師匠の威厳を見せ付けるところ!


「オレッチさん、この2人は先程のハンバーガークラスの料理を作れます。その料理と引き換えに、武器を見てもらえませんか?」


「ニャモンシーーー!! そいつは見ずにいられないニィー!」


 チョロすぎて困る。

 師匠の威厳の向上には繋がっても、達成感は0だ。


「にゃにゃ! ありがとうだにゃ、親分!」


「ありがとうだニャ! 早速、カツ丼を作るニャ。ちょっと時間がかかるから、旅館の中で作るニャ」


 にゃんにゃんにお礼を言われると、すごく清々しい気分になる。

 これが、アニマルセラピーの力か。


「ニャルウゥゥゥッフーーー! 作業工程を見てみたいニィー! 創作意欲がフルスロットルだニィー!」


 謎のボックスステップを踏むオレッチと、にゃんにゃんが一緒に旅館へ入っていった。

 騒がしい存在がいなくなったことで、小鳥のさえずりが聞こえるくらい静かになってしまう。


 旅館の入り口に取り残された僕とマールさんは、珍しく2人きり。

 砂漠でずっと一緒に行動していたのに、妙に緊張するのはなぜだろうか。


「久しぶりに、2人きりになっちゃったね」


 マールさんも同じことを思っていたみたいだ。

 渡したばかりのピアスを見つめたまま言われるのは、変に意識してしまうからやめてほしい。


「雪遊び、やりますか?」


 今日ほど気の利いたことを言える人間になりたいと思った日はないだろう。

 本当の子供みたいなことを言ってしまった。


 でも、元気っ子のマールさんにはそれでよかったみたいだ。

 満面の笑みが返ってきて、僕の手を取ってくれたから。


「うんっ! 早く一緒に雪で遊ぼっ! 1人じゃ無理だと思ってたけど、せっかくならカマクラを作ろうよ!」

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