第224話:食べ物の恨みは恐ろしい
- 1時間後 -
フェンネル王国周辺に群がっていたスケルトンが一掃される頃、僕とスズは城で休んでいるエステルさんの元を訪れた。
倒れたエステルさんに回復魔法をかけてもらっても、意識は戻らずに眠ったまま。
命に別状はないみたいだけど、無茶をさせてしまったことは事実だ。
帝国の責任を感じているとは思っていたけど、命懸けで空間転移までしてくれるなんて思ってもいなかった。
騎士達の様子を見た限り、あのタイミングで転移していなかったら、大惨事になっていたはずだ。
いつ城壁が崩れてもおかしくはなかったから。
もう充分な働きをしてくれたと思うから、後はゆっくり休んでほしい。
体が丈夫だから明日には回復してくれるといいなーっと思っていると、
ギラギラとしたシロップさんの顔を見て、ニオイで探し出したことを理解してしまう。
もうそろそろ昼ごはん時だと思うから、餃子を作ってあげようかな。
クンカクンカをしてくれるのはシロップさんだけだし、ご機嫌は取っておかないと。
真面目な話から一転、僕は病人が休む部屋で調理を始めていく。
作り置きしてあるカツ丼などを差し出すと、病室とは思えない食事会も始まる。
以前、リリアさんが寝込んだ時も、病室でクッキーを作って起こそうとしたっけ。
寝ている人間に雑炊を流し込んだのは、良い思い出だよ。
さすがにエステルさんの好物は知らないし、同じことはできないけど。
焼き上がった餃子をテーブルに置いてあげると、熾烈な奪い合いが始まる。
食べられなかったシロップさんと、気が付けば新作が出ていて食べられなかったリリアさんとザックさんは威圧的だ。
すでに食べたカイルさんとスズが圧に負け、思わず譲ってしまうほどに。
どこの世界でも、食べ物の恨みって恐ろしいんだな。
今後、新作を没収することはやめよう。
ただでさえリリアさんは目付きが鋭いから、餃子が怯えていないか心配になる。
感情のない餃子の心配をするなんて、生まれて初めての経験だよ。
スズとカイルさんも頑張ったため、おいしく食べてもらえるように追加の餃子を焼いていく。
餃子で暴走したカイルさんの八つ当たりは、フェンネル王国に大きく貢献してくれたからね。
作っている途中で噂が広がってくるほど、凄まじい戦いをしたらしい。
餃子が食べられなかったシロップさんの八つ当たりも、すごかったらしいけど。
ちなみに、その朗報が入ったタイミングで、国王とフィオナさんとは別れることになった。
戦闘ができない2人ができることは、民に声をかけて不安を拭い去り、騎士団員達に激励をすることなんだろう。
仮に僕が騎士団員だったら、フィオナさんに目を見て応援されたい。
非常事態であることを逆手に取り、「もう……ダメかもしれません」と、ちょっとネガティブな発言をするんだ。
心の優しいフィオナさんのことだから、両手で僕の手をギュッと握って、「しっかりしてください、私にはあなたしかいないのです」と、告白のように励ましてくれる。
見つめ合うフィオナさんから少し視線を落とせば、大きな胸が寄り添い、色んな意味で元気になってしまうよ。
……おい、騎士団員ども。
そんなことをしていたら、今後3年間に渡って減給にしてもらうからな。
謎の嫉妬心が生まれながらも、僕は餃子を焼き続ける。
さすがに追加の餃子までは許されたのか、スズとカイルさんも食べ始めた。
「ずっとスケルトンが襲撃しているみたいでしたけど、ダークエルフは出てきてないんですか?」
「いや、3日前の深夜に1度だけ攻めてきたことがある。スケルトン達の大規模な襲撃を囮にして、街へ単独で侵入しようとしていたんだ。今日倒したスケルトンの3倍以上の数はいたからな」
「さ、三倍ですか? 城壁にさっきまで群がっていたスケルトンだけでも、かなりの数でしたよ。安全に街へ侵入する方法がなくて、転移魔法を使ってもらったんですから」
信じられない思いがありつつも、カイルさんが嘘をつく必要がない。
思わずカツ丼を食べる手が止まるほどだから、間違いなく真実だ。
「実際に見ていないお前が疑いたくなる気持ちもわかる。俺達も必死にスケルトン達と戦って、最後はアンリーヌの精霊魔法で迎撃するしか方法がなかったんだ。あの時、色々な偶然が重ならなければ、間違いなく壊滅していた。いや、カツ丼様が導いてくれていたのかもしれない」
カイルさん、イケメンなのにガチのアンポンタンだったんですね。
カツ丼教の創始者である僕が言うのも変ですけど。
「スケルトンの討伐中に~、ダークエルフのニオイで気付いたんだ~。カイルを連れて2人で戦ったんだけどね~、ニンジンがなくて追い返すだけで精一杯だったよ~」
「俺達も連戦だったんだ、追い返せただけで充分だろ。あそこまでダークエルフが強いとは思わなかったしな。だが、ダークエルフは余力を残しているようだったし、2人で攻めてこられたら持たないぞ」
再び勢いよくカツ丼を食べ始めるカイルさんに、僕がダークエルフを1人倒したという朗報を入れて差し上げよう。
一生かけて自慢しようと思っている功績ですが、ちゃんと聞いてほしいので、先にカツ丼と餃子のおかわりをどうぞ。
「魔眼持ちのダークエルフについては安心してください。ドワーフの里で、僕が倒しておきました」
最大限のどや顔で自慢しても、信じてくれる人はいない。
ニオイで感情を読み取るはずのシロップさんでさえも疑い、全員がスズの顔を見ていた。
お前のところの変態がなんか言ってるぞ? という顔をしている。
だが、魔眼持ちのダークエルフを、嘘とハッタリと調味料で倒したことは事実。
餃子をパクッと口に入れたスズが頷き、僕が倒したことを認めてくれる。
「腐ってもハイエルフってやつか」
腐っても鯛みたいに言わないでください。
「それからも~、スケルトンの襲撃は続いてるんだけど~、ダークエルフは出てきてないんだよね~。一発蹴りは入れれたんだけど~、ほとんど効いてなさそうだったのに~」
僕がダークエルフを倒した話はもう終わりですか?
もっと色々聞いてくれてもいいんですけどね。
聞かなかったことにしようと思っていませんか?
「ダークエルフも同胞がやられたことを理解していると思った方がいい。本来であれば、私達の代わりにスケルトンの大軍がやってきたはず。どこまでがダークエルフとしての作戦だったかわからないけど」
スズが話を戻してくれないため、本格的に僕の討伐話は流されてしまった。
特に語れるようなこともないから、別にいいんだけどさ。
「夜間の大規模な強襲で崩れた後も、無数のスケルトンで体力を削ってきているんだ。ドワーフの死体を使って襲撃しようとしていたのは、保険ってとこだろ。これだけスケルトンも倒せば、そろそろダークエルフも手詰まりになるんじゃないか?」
カイルさんが餃子を取った瞬間、僕は見てしまった。
カイルさんの弁慶の泣き所を、リリアさんが思いっきり蹴るところを。
「だからいつまで経っても、お前はクソガキなんだよ。あいつらは2000年もの間、このために準備してきたんだぞ。夜間の強襲を囮にしたことを考えれば、ドワーフとの策は囮だろ。ちゃんと脳みそ入ってんのか?」
リリアさんのキツすぎる言葉で、カイルさんのメンタルは崩壊して半泣きになってしまう。
初めてリリアさんの暴言を聞いたであろうザックさんも、ビビって涙目になっているけど。
でも、今回はリリアさんの言うことが正しく聞こえる。
スズも言っていたけど、同胞が亡くなったことを知れば、更なる策で攻めてくる可能性が高い。
仲間から連絡がない以上、討伐されたと普通は考えるはずだ。
最後の戦いと決めているとすれば、出し惜しみなく総力戦で来ることだって考えられる。
不治者の大軍勢を率いて襲撃してくるかもしれない。
でも、カイルさんの言うことも一理ある。
今回のように大量のスケルトンを粉砕してしまえば、再度調達するのは難しいから。
帝国の人間を魔物に変えていたのであれば、なおさらのこと。
ドワーフの死体が手に入らなくなった今、スケルトンを作る材料が手元にないはず。
王都内に侵入して大量虐殺すれば別だけど、シロップさんがニオイで気付くだろう。
夜間の強襲でさえ、ダークエルフのニオイに気付いたんだもん。
エルフの里で、エルフとハイエルフのニオイ研究をした成果が出たに違いない。
もし今後は何かあれば、今みたいに窓を開けて外のニオイを嗅ぎ、急に真面目な表情になるはず。
「リリアちゃんの言うことが当たりかな~。危険な香りがしてるからね~」
そうなんだよね、こうやって事前に注意喚起してくれるんだ。
だから焦ることもなく、敵の襲撃に備えることが……。
え? もう来てんの?
もうちょっとゆっくりしてもいいんじゃないかな。
僕達帰ってきて昼ごはんを食べたばかりだよ。
エステルさんも寝てるし、今から食後のティータイムをしようと思っていたところだったのに。
「ちょうど飯も食ってパワーアップをしたところだ。今すぐ向かうぞ! カツ丼様のためにも!」
カイルさん、あなたも随分と信者になりましたね。
そこまで信じているのでしたら、もう何も言いません。
ようこそ、カツ丼教へ。
これからは醤油戦士のコマとして動いてもらいますよ。
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