第217話:ダークエルフの狙い
「子供が我の幻術を破れるわけあるまい! それに、我に何をかけた。目が溶けされているような感覚になるが、毒にしては不思議な色だ」
少し口調が変わったから、予想以上に自分を見失っているんだろう。
子供とはいえ、幻術が効かないという現実も大きいのかもしれない。
もし、こいつに勝てる方法があるとすれば、魔力切れを狙うしかないだろう。
魔法特化した魔法使いほど多くのMPを持っているだろうけど、すでに魔法を使い続けている。
ハッタリをかまして、必要以上に魔力を使わせよう。
ただし、魔法攻撃をされないことが前提というめちゃくちゃな条件だ。
まずは話の主導権を握って、チャンスを待とう。
ヤケクソになってはダメだから、落ち着いて話し合っていこう。
「ハバネロを知らないなんて、意外ですね。心配しなくても、ハバネロに毒はありませんよ。目も溶けませんから、安心してください」
「……確かに痛むだけで、溶けてはいないようですね」
口調が戻ったということは、冷静な心を取り戻したんだろう。
このダークエルフは慎重な性格だから、きっと話し合いに応じてくれるはず。
最近は知的キャラの相手が多かったし、うまく対応できるといいんだけど。
「確か、エステルさんがグレイスさんとお呼びしていましたね。ダークエルフの中で話が通じそうな方は初めてです。今までの2人は、戦闘しか能がなさそうでしたので」
「……そうですか、あの2人がこんな子供に倒されていたとは。我の幻術を破るほどの子供ですから、本当のことでしょう。フェンネル側の秘密兵器、とでもいう存在ですか」
情報をうまいこと繋ぎ合わせて、良い感じに解釈してくれたな。
雑用みたいな料理当番で、ただの付き人なんですけどね。
「まぁ、そんなところです。実は前から、気になっていたことがあるんですよ。なぜダークエルフはエルフを滅ぼし、世界を破壊しようと考えているんですか?」
「それについては、逆に聞きましょう。あなた達はなぜ魔物を殺すのでしょうか。言葉や姿は違えど、互いにこの世界で生きる同じ生き物ではないですか」
僕の予想では、ダークエルフは話ながら幻術をかけているはずだ。
エステルさんとダークエルフが話し終わった時には、すでに幻術にかかって魔力が乱れていたから。
長時間会話をすることで、無駄なMPを消費させられるだろう。
本当は、逆に聞かないでくださいってツッコミを入れたい。
「人には理性がありますが、魔物には理性がありません。善悪の区別が付かない魔物とは、共存できませんよ」
「それはあなた達の都合のいい意見です。我等が仲介すれば、どんな魔物だって手を取り合い、互いに殺し合うことはありません。ですが、人間はどうでしょう? 醜い争いを続け、同種族で命を奪い合うことが日常茶飯事ではありませんか」
「同族だったエルフを滅ぼそうとしている以上、説得力はありませんね」
「仕方ないんですよ。エルフも人間達も、魔物とわかり合おうとしないんですから。本来、魔物は平和主義な生き物なんです。人間達が話し合いに応じず、武器を取るため、殺し合いが起きているだけであって」
「違いますね、魔物は人間を見付けた瞬間、餌を見付けたように襲ってきますよ。圧倒的な力でねじ伏せ、魔法で操っているから協力的なだけでしょう。もし仮に、人族やエルフ達が魔物を倒さなくなれば、グレイスさんは世界の破壊をやめるんですか?」
「いいえ、やめるはずもありません。人間もエルフも、嘘を付く生き物だと知っていますから。世界樹をハイエルフが支え続ける限り、魔物と共存する世界は望めないんですよ。我等ダークエルフが世界樹を新たに支え、魔物中心の平和な世界へ変えるために人間もエルフも殺します」
世界を壊すことが目的じゃなくて、世界を作り替えることが目的だったのか。
魔物と心をかわしたエルフの異端児が、魔物のために動き続ける……か。
通りで魔物を召喚して操るわけだよ。
ドワーフと協力関係を築いてきたことや、歴史を改ざんしてエルフを追いやったのも、互いに手を取り合って発展することを阻止したかったんだろう。
ワタシッチのような天才が人族の里で店を出せば、もっと早くに幻術を破られていた可能性もあるし。
「ダークエルフの魔力を使って、魔物だけが住める世界へ変えようということですか。通りでハイエルフの末裔である、フェンネル王国を必要以上に狙うわけですね。ハイエルフが産まれる可能性の高いフェンネル王国を滅ぼし、僅かに残る世界樹の力をそぎ落としたかったと」
僕が異世界へ転移した時、すでに世界樹の魔力は失われつつあり、生態系に大きな問題が発生したんだろう。
オーククイーンによる異常な繁殖を記録したし、ワイバーンの群れが隣の村を襲ったこともあった。
大量のカエル集団が街へやって来たこともあったし、ワームが繁殖して巨大ワームまで生まれた。
世界樹への魔力供給がもう少し遅かったら、各地で魔物が大量発生していたかもしれない。
「随分と博識な子供ですね。ですが、それだけではありません。特殊な力を使うハイエルフは、我々にとって危険な存在なんですよ。神獣と呼ばれる生き物を操りますからね」
精霊の魔力で暴走を安定させる力を持つ、ハイエルフ。
通常の魔物を操る能力を持つ、ダークエルフ。
魔眼で魔物を操ることができるなら、神獣に怯える必要はない。
でも、魔力を安定させることができるハイエルフがいれば、神獣の幻術が解けてしまうんだろう。
一度エルフに敗れたダークエルフが2,000年も待ったのは、魔物を活発化させて戦力を低下させるため。
そして、神獣という対抗勢力を潰すため……か。
現に神獣はいなくなり、怯える必要もなくなってしまった。
フェンネル王国とドワーフに牙を向いたいま、ダークエルフも準備が整ったと判断したんだろう。
もう、ここで手を緩めるつもりはないはず。
いまダークエルフを倒さないと、スズやフィオナさんだけじゃなく、間違いなく世界が崩壊する。
まず初めにフェンネル王国が2人のダークエルフに襲撃され、恐ろしいスピードで他国を巻き込んでいく。
スズとエステルさんが赤子のようにやられた以上、手を合わせても勝てるような相手じゃない。
それなのに、どうして僕が64万の強靭な精神で、魔眼持ちのダークエルフと唯一戦える存在なんだよ。
この世界は正気か?
世界の命運を醤油戦士へ託すんじゃないよ。
……でも、この世界には大きな借りがある。
子供に戻ったことで、めっちゃモテた。
家庭料理を作るだけで、めっちゃモテた。
次々に女の子と付き合っちゃうくらい、めっちゃモテた。
僕は恩を仇で返すタイプじゃない。
恩には恩で応えてやろう……と言いたいけど、本気で勝ち目がない戦いはひたすら怖い。
そう思っていると、ダークエルフの赤い魔眼に違和感を覚える。
ワントーン色が暗くなった感じがしたんだ。
一度気が付けば、最初見た時のような綺麗なオッドアイではないことがわかる。
「どうやら、本当に幻術が効かないようですね。ここまで魔力を消費しても、普通に会話をしてくるとは。厄介な子供もいたものですよ」
あの魔眼……魔力量と連動して赤く輝いているのか。
クソザコの僕にビビって幻術をかけようとトライしてるくらいだし、随分とビビりな性格だな。
僕も同類だからわかるよ。
このまま全力で戦闘が始まれば、一瞬で塵となって殺されることもわかる。
それなら、ガンガン煽って防御魔法を使わせてみるか。
どのみち後手に回れば死ぬだけだから。
超絶ビビリの僕だけど、幸いにもハッタリが効くステータスを持っている。
ステータスの一部だけを表示して見せ、圧倒的に強い子供だと錯覚させよう。
ふっ、世界最強の精神力を持っているのに、超絶ビビリとは最高に矛盾しているぜ。
先手を取って心に揺さぶりをかけるため、わざとステータスの一部だけを表示させる。
リリアさんの時のように、称号を見せ付けると恥ずかしいからね。
----------------------
種族:ハイエルフ
精神:640000(+320000 残り28分)
----------------------
「言い忘れていましたね。あなた達が敵視しているハイエルフ、それは僕です。幻術を跳ね返したのも、ただステータスが高くて効かなかっただけですよ」
余計なところは公表しない。
攻撃力がパワーアップしても200しかない僕のザコっぷりがバレるのはマズい。
圧倒的な格上と勘違いさせて、先手を取り続けるのみ。
「お、男の! ……ハイエルフ!! そうですか、盲点でしたが、色々と納得がいきましたよ。ここまで凄まじいステータスをする相手に対して、魔力を温存している場合ではありませんね。どのみちハイエルフが死ねば、この世界は大きく変わるはずですから」
戦闘態勢を取り始めるダークエルフを見て、僕は思った。
世界樹の再生に成功した以上、僕を殺しても何も変わらない。
クソザコを無駄にライバルと認定して、同格以上の存在と勘違いしただけだ。
うまく勘違いしてくれて助かったけどね。
ちょー怖いけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます