第88話:頑張れ、リーンベルさん!
「我慢してスズが許してくれるなら、私は罰を受け入れるよ」
思ったよりリーンベルさんが潔くて、驚いてしまう。
妹に嫌われるのは、相当堪えたみたいだ。
スズの気持ちを考えると、もう1度同じことが起きたら取り返しのつかないことになるはず。
ここは厳しめにやった方がいいかもしれない。
こんな悲劇を3回も起こしてはダメだ。
早速アイテムボックスから、バーベキューコンロと炭を取り出す。
お城で使ったやつを返すの忘れてたんだよね。
使ってなさそうだったから、大丈夫だと思うけど。
スズと一緒に風の流れを感じ取り、匂いが届きそうな風上を探し出す。
リーンベルさんが縛られている椅子を、風下の木に固定した。
焼き鳥を焼く場所は、リーンベルさんから2m離れた位置。
目で見え、鼻で香りを楽しめる絶好の場所だろう。
スズも要領がわかっているため、すぐに炭火の準備を始めてくれた。
「スズ、もし匂いに釣られて魔物が寄ってきたら、討伐お願いね」
「わかりました、先生」
なぜスズは焼き鳥の時だけ僕のことを先生と呼ぶんだろうか。
アカネさんのグラマラスボディがすごくて、保健体育の先生に見えちゃうよ。
マールさんは貧乳だから、絶対に生徒役だね。
「マールさんとアカネさんは、普段どれくらい食べますか?」
「ボクは多く食べる日だと、2人前ぐらいかな」
「私は普通に1人前よ。2人前も食べる日は滅多にないわ」
合わせて2~3人前なんて、作り甲斐がないと感じてしまうよ。
それが普通なんだけどさ。
僕だって1人前食べたら大満足だよ。
やっぱり1人で30人前も食べて、ケロッとしてるリーンベルさんは異常だよね。
「先生、炭の準備が整いました」
「あ、うん。ありがとね」
スズの目がギラギラしている。
きっと炭火で焼かれたホロホロ鳥の香りを思い出したんだろう。
それとも、姉をいじめる禁断の快感に目覚めてしまったのかもしれない。
1つ言えるのは、スズのリーンベルさんを見る顔がゲスいってことだ。
一方、リーンベルさんは凛とした表情のまま現実を受け入れている。
僕はリーンベルさんの戦う意志に安堵し、早速焼き鳥を焼き始めていく。
肉を置いた瞬間にタレが炭に垂れてしまい、ジュワ~ッと醤油の香ばしい香りが辺りに拡がった。
「待って、思ってたのと違う! 私の目の前で自慢しながら食べるんじゃないの? そんなに良い匂いを出すなんて聞いてないよ!」
一瞬で心が折れましたね。
さっきの凛とした表情はどこにいったんですか。
「厳しい罰なんですから、当然です。醤油とホロホロ鳥の香りぐらいで騒がないでください」
「私がホロホロ鳥を好きなの知ってて選んでるよね。それってすごく酷くない?」
「酷くない。お姉ちゃんはもっと酷いことをした」
リーンベルさんは絶望的な表情に変わった。
どんどん肉が焼かれていき、さらに良い香りが拡がっていく。
もはや生き地獄である。
その光景を見たスズは『うんうん』と、納得するようにうなずいていた。
「ちょ、ちょっとベル先輩が可哀想過ぎませんか? あんな顔は初めて見ますよ……」
「そうね、ちょっとやりすぎじゃないかしら?」
リーンベルさんは2人に希望を抱いて、目をキラキラさせている。
でも、ここでスズが許すはずはない。
まだまだ序盤なのだから。
「2人とも知らないと思いますけど、リーンベルさんは前科があるんです。食欲に走ったのは今回で2回目。前回の時にキツくお叱りを受けても治らなかったんですよ。今回はスズが随分怒っているみたいなので……」
「妹より食欲を優先した罪は重い」
やっぱり許す気配がない。
「先輩、前もそんなことをしてたんですか」
「……ここはベルのために心を鬼にしましょう。あの時のベルは人じゃなかったわ」
リーンベルさんは再び絶望の淵へ突き落された。
天使の顔を汚すような行為は僕の趣味じゃない。
汚されるのはいいけど、汚すのは好きじゃないんだ。
でも許してほしい。
さっきからスズが「早く2度焼きしろ」って、アゴで指図してくるんだ。
焼き上がった焼き鳥をタレに付けて、もう1度網の上に戻して焼いていく。
「なんでなんでなんで?! なんで焼き上がったのに焼いちゃうの? すぐに食べないと勿体ないよ」
リーンベルさんが取り乱すのも無理はない。
すでにマールさんとスズはよだれを垂らしている。
あのアカネさんですら、焼き鳥にくぎ付けになっているんだ。
「ベル先輩! 良いところなんですから、静かにしててください!」
「そうよ! あなたに構っている暇はないの!」
どんどんリーンベルさんの扱いが酷くなっていく。
この2人がこんなに夢中になってるなら、味の想像ができるであろうリーンベルさんは食べたくて仕方がないだろう。
焼き上がった焼き鳥を、3本ずつ皿に取り分けてあげる。
「熱いですから、気を付けてくださいね。その間にメインの親子丼を作りますので」
「私の知らない物ばかり……じゃないですか……」
もうリーンベルさんは瀕死で、声が小さくなっている。
天使の泣きそうな表情に、心がズキズキと痛み始めてきたよ。
これ以上見てたら助け出してしまいそうだから、リーンベルさんに背を向けることにした。
時には心を鬼にして、突き放す必要だってある。
再び姉妹が仲良く過ごすための儀式だと思うんだ。
いま僕がリーンベルさんを助けてしまったら、スズが心を閉ざしてしまうから。
そんな中、早速マールさんが焼き鳥を食べ始める。
「なにこれ!? なに、これ?! えっ……なにこれ??」
わかったのは、マールさんが驚いたということだけだ。
アカネさんも一口食べ始める。
「マールがバカっぽいって思ったけど、気持ちはわかるわ。おいしすぎて私にも理解できないの」
おいしいって感じるだけでいいですよ。
「さすがむっほりーにである」
むっほりーにはやめて、普通にむほってくれ。
3人が喜びながら食べてる間に、3つのコンロを取り出し、同時進行で『親子丼』を作っていく。
1.ごはんを茶碗に盛り付ける
2.鍋に鰹だし、みりん、醤油、砂糖、タマネギ、鶏肉を入れて火にかける
3.鶏肉に火が通ったら、卵を流しいれて、ごはんの上にかけたら完成
この世界で初めての丼ものは、リーンベルさんに罰を与えるために誕生してしまった。
後で食べさせてあげるから、ちゃんと我慢してね。
今日の夜はお腹いっぱいになるまで食べていいから。
僕は出来立ての親子丼を3人に手渡す。
「はい、ではメインの親子丼ですね。出来立てでかなり熱いですから、気を付けてください。おかわりする場合は言ってください。焼き鳥も焼いておきますので」
スズは親子丼を見た瞬間、猫舌なのに勢いよく食べ始める。
「熱いッ! 食べたい……熱いッ!」
食欲を抑えることができず、熱さに苦戦しながら何とか食べようと、もがいていた。
マールさんとアカネさんはスズの食べる様子を見ている。
スズってこういうところが可愛いから、ついつい見たくなっちゃうんだよね。
「ほふほふっ、ほー………」
ようやく口に入れることができたスズは、幸せそうな表情を浮かべていた。
きっと今のリーンベルさんは対照的な表情をしているだろう。
おいしそうによく噛んで食べたスズは、ゴクリと飲み込み「はぁ~」と満面の笑みを作ってくれた。
その姿を眺めていた僕達3人は、思わず微笑み返してしまう。
「早く食べた方がいい。食べないなんて人生損している」
スズはそれだけ言うと、熱さと戦いながら親子丼と焼き鳥を食べ始めていく。
その言葉を聞いたマールさんとアカネさんは、親子丼に手を付け始める。
「ボクはベル先輩の気持ちがわかってきてしまったよ……。おいしいって言葉の意味がもうわからないんだ。おいしすぎるって言えば伝わるのかなー。ごめんね、伝わらないよね」
おいしいで伝わりますよ。
「ホロホロ鳥の肉と卵が絶妙な組み合わせね。卵とごはんだけでもおいしいわ。そこに肉が合わさると、もっとおいしい。間で挟む焼き鳥なんて憎いほどおいしいの。私もだんだんベルの気持ちがわかってきたわ……」
今日はリーンベルさんの好きな鳥尽くしですからね。
代わりにアカネさんがいっぱい食べてください。
「あの~、もうそろそろお許しくださいませんか~」
我慢の限界だったのか、生気を失った天使の声が聞こえてきた。
スズは焼き鳥を1本手に取り、リーンベルさんの元へ向かっていく。
リーンベルさんは「もらえるかもしれない」と、焼き鳥にくぎ付けになっている。
スズはリーンベルさんの前に立ち、焼き鳥を持ってる手を左右に動かしながら、しゃがみこんだ。
エサをもらおうとする犬とその飼い主みたいに見える。
スズは焼き鳥を持っている手をゆっくり上に挙げていく。
リーンベルさんは焼き鳥を追うようにゆっくり上を向く。
そこからスズはゆっくりと腕を下げてきて、自分の顔に近付けた。
リーンベルさんの視線もスズの顔の方に近付いていく。
今度は顔から遠ざけるように焼き鳥を離していく。
リーンベルさんはスズの顔を見ようとせず、焼き鳥を目で追ってしまう。
「反省の色が足りない、却下」
白目を向くリーンベルさんを無視し、スズは焼き鳥を食べながら戻ってきた。
スズは焼き鳥より自分を見て欲しかったんだろう。
せめて、焼き鳥とスズのどっちを選ぶのか葛藤してほしかった。
エサを貰おうとしている犬にしか見えなかったもん。
スズは席に戻り、再び食べ始める。
見守っていた2人も「あれはダメだ」と、食事を再開する。
その間に焼き上がった焼き鳥を大皿に乗せて、机の真ん中に置いておく。
余程おいしかったのか、マールさんとアカネさんは無言で食べ続けている。
元気っ子のマールさんは、焼き鳥のタレで口の周りを汚しながら食べている。
ご飯も茶碗を持ってガツガツ食べていくスタイルだ。
サラちゃんみたいに服までは汚してないけどね。
妖艶なアカネさんは、焼き鳥を食べている姿がエロく見えてしまう。
焼き鳥の下の方の肉を咥えて、スライドさせる動きがなぜかエロい。
唇に付いたタレを舌でペロッとする仕草を見る度、僕はビシッと背筋を伸ばしてしまう。
エロスという電流が体内に流れてしまうんだ。
スズはいつも通りガツガツ食べているから問題はない。
熱さ我慢しながら、マールさんと同じようにかきこんでいるよ。
「「 おかわり 」」
マールさんとスズが同時におかわりしたので、親子丼を作って渡してあげる。
スズはまた「熱!」と苦戦しながら、食べ始めていく。
「あっ、デザートも用意してあるので、食べ過ぎないでくださいね」
「デザートまで……ぐすっ。あるんですか……ぐすっ」
もう泣いてるじゃないですか。
女の子を泣かしちゃダメって、おばあちゃんが言ってたよ。
ここはさすがに助けてあげなきゃ……。
「ベル先輩! 泣いたら解決する問題じゃありませんよ!」
「そうよ、ベル。しっかり反省しなさい」
「妹より食欲を選んだ罪は重い」
……どうにもならないことって、この世にたくさんあるよね。
でも、泣いちゃうくらい頑張ってるんだよ。
さっきよりも反省しているに違いない。
助け船くらい出してあげても、罰は当たらないと思うんだ。
僕は涙を流しているリーンベルさんの元へ向かう。
間近で天使の涙を見ると、物理的に胸が痛い。
『
僕もこの痛みを受け入れ、リーンベルさんと共に罰を受けよう。
リーンベルさんを餌付けした僕にも罪があるはずだ。
「リーンベルさん、充分反省しましたよね」
「うん、私はとても反省しているよ。もうあんなことを2度としない」
「じゃあ、反省したリーンベルさんに問題です。道でこけて血を流しているスズと、おいしそうな焼き鳥があったらどうしますか?」
「焼き鳥を拾ってから、スズを起こしに行く」
もっと反省してください。
- 30分後 -
スズはまだ食べているけど、アカネさんとマールさんは食べ終わった。
「おいしかったよー、ごちそうさま」
「ここまでおいしいと思わなかったわ。朝ごはんを抜いてくるべきだったわね」
「そこまでするほどじゃありませんよ。それより、あの人をどうにかしてください。食べられなくて悲しんでいるのか、反省して泣いているのかわからないんです。見てると僕の胸も痛くなりますし」
あれからずっと心臓が握り潰されてるんだもん。
僕の心臓って負担がかかりすぎだと思うんだよね。
そこから2人の説教は始まり、スズはひたすらお昼ごはんを食べ続けた。
そして、許してもらえる最後のチャンスがやって来る。
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