第166話:ハイエルフと精霊

「森のことに関しては、さっき話した通りだ。余程のことがない限り、お前に任せるとしよう」


 精霊獣、もとい、ギルドマスターのチョロチョロが許可をくれるなら、何かあっても守ってくれるだろう。

 ギルドマスターが何者かわからないと言ってる時点で、少し危ない気がするけど。


 でも、砂漠に続いてダークエルフの仕業ではないはず。

 ダークエルフの強さを持っていたら、ニオイ袋なんて用意する必要はない。

 Bランクモンスターに出会ったら生き残れないレベルの4人組が、森を荒らしまわっているだけ。


 それなら、料理を食べたにゃんにゃんに敵うはずがない。


「わかりました。領主様も関わっていないようですので、捕まえてギルドに引き渡しが1番いいですね。4人組が下っ端で、他にも組織的に動いてる可能性もありますし」


「そうしてもらえると助かる。今回は冒険者ギルドの依頼というより、個人的な我の依頼になる。何か問題があるようならギルドの名を出してもらっても構わんが、報酬はスノーフラワーだけだからな」


「はい、それで構いません」


 チョロチョロがホッとしたような表情を見せてくるから、きっとギルド運営がカツカツなんだろう。

 精霊獣って大層な生き物だと思うんだけど、けっこう苦労しているんだな。


「スノーフラワーは咲いてませんでしたけど、手元に残ってるんですか?」


「いや、1、2本ならすぐに用意できるだろう。高濃度にした魔力を結晶化したものが、スノーフラワーだからな。多くの魔力が必要なだけで、簡単に作ることができる」


 余分に作れるなら、この時期に花を作って売れば儲かるのに。


「そうですか、僕としてはスノーフラワーがもらえれば問題ありません。精霊に好かれる体質らしいですけど、目に見えないし話せないですからね」


 僕が精霊の話に触れると、チョロチョロの顔付きが急に厳しくなった。


 3,000年も生きて、古代竜とやり合うだけはある。

 キマイラと対峙した時のように、空気がピリピリするような印象を受ける。


「やはりそうか、一目見た時から気になっておったんだ。ハイエルフにしてはおかしいところだらけだからな。魔力を持たない、強さを感じない、女ではない。だが、お前は正真正銘のハイエルフで合っておるよな?」


 詳しく知ってるのかよ。

 聞きたいのはこっちだっていうのに、確認してこないでくれ。


 悲しみの魔法使いになって、この世界に転移してきただけなんだから。

 僕だって、魔力を持って転移して無双したかったよ。

 ハイエルフになるんだったら、魔法をガンガン使ってカッコよく討伐する、賢者のような存在に憧れるもん。


 実際は、ただの醤油戦士だというのに。


 でも、女の子に生まれ変わらなくてよかったとは思うけどね。

 恋愛ルートがマールさんオンリーになってしまうから。


「一応ステータス上ではそうですけど、僕も詳しくわからないんですよ。女性のハイエルフであれば、精霊を見ることができるんですか?」


「見るも見えないも、元々精霊と同種族のようなものだからな。ハイエルフは、精霊の魔力を4分の3以上保持している精霊に近い人族のことを表す。1,000年に1度ハイエルフの女が生まれ、世界中の魔力を調和させてきたはずだ」


 もしかして、僕という存在がいること自体がイレギュラーなのかな。

 異世界人だから、当然だと思うけど。


「ハイエルフが人の子を宿せば、受け継ぐ魔力次第で人かエルフが生まれる。エルフは精霊の魔力を4分の1以上保持している者であり、体が精霊の力に順応するために耳が尖ってくる。精霊魔力が大きすぎると体が縮み、ハイエルフは大人になっても子供のままらしいが。稀に精霊の魔力を目に宿した人間が生まれるが、人の間では精霊使いと呼ばれているな」


 だいたい予想はしていたけど、大人になっても子供のまま……か。

 それを聞いて安心しましたよ。

 いつまで経っても、色んな人に甘えて過ごせそうで。


 ずっと子供を武器にして、甘やかされて過ごしていこう。


「僕がハイエルフだとわかったのは、精霊の魔力を宿しているからってことですか?」


「半分正解だが、半分は不正解だ。精霊の魔力を多く宿してるのは事実だが、胸元に封印されている。僅かに漏れ出ているところを感知しない限りは、エルフでもハイエルフだと気付けないだろうな。そんなことが理解できるのは、我や古代竜のようなハイエルフと面識がある者くらいだ」


 待ってくれ、封印について思い当たる節が多々あるぞ。


 恋愛イベントで必要以上に荒ぶる心臓。

 独立するような動きを見せ、心停止をしても命に別状はない。

 最近でいえば、爆発したのに再び稼働している。


 まさか精霊の魔力による影響だったとは。

 凶暴すぎる精霊の魔力に驚きを隠せないよ。

 きっと【悲しみの魔法使い】の呪縛と【初心うぶな心】が無駄にコラボしている影響もあるんだろう。


 まったく、なんて恐ろしい称号なんだ。


「きっと精霊も気付いているんですね。王都で精霊使いに会ったことがありますけど、鼻の中に入って遊んでいたらしいですから」


「確か……王都のギルドマスターに精霊使いがいたな。顔を合わす度に精霊が話しかけてくるから、誤魔化すのに大変なんだ」


「精霊使いでもないのに精霊が見えると怪しまれる、ということですか。人として溶け込むのも意外に大変なんですね」


「まぁな、人間のことは人間で処理してもらえると助かるんだが、精霊の森を守るためにはそうも言ってられん。とりあえず、森の4人組のことはお前に任せる。精霊達も穏やかに過ごせんからな」


「ま、待ってください。もう少しハイエルフのことを聞かせてください。聞くにも聞けないし、誰も詳しいことを知らなくて困っていたんです」


「すまんな、我らは基本的に関与しないと決めておる。森の手助けをしてもらうため、サービスして話したつもりだ。さぁ、もう日が暮れてきた。仲間が心配せんうちに帰った方がいい」


 我ら……か。

 古代竜と1,000年ぶりに出会って暴れたと言っていたし、続きを聞くなら古代竜とコンタクトを取るしかない。

 関与しないと決めているなら、どこまで聞けるかわからないけど。


「わかりました。では、明日の朝に再び森を散策しますから、スノーウルフに襲わないように言っておいてくださいね」


「任せておけ」


 書類整理の仕事をチョロチョロが始めたため、部屋を後にした。

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