第167話:子供のみ許される大人の遊び
旅館へ戻ってくると、言葉遣いがちょっとおかしい従業員さんが出迎えてくれた。
「おかえりなさい、おタツヤ様ですね」
名前に『お』を付けられたのは初めてだ。
「はい、そうです」
「お連れの方がお部屋の変更を申し出されましたので、4人部屋へお変わりになりました。お値段はそのままですので、お部屋へご案内します」
2人部屋から4人部屋になった……?
タマちゃんとクロちゃんが同じ部屋に泊まることになったのか。
つまり、マールさんとにゃんにゃんと同じ部屋で一晩過ごすことになる。
元気なマールさんに元気なにゃんにゃんと一緒という、実に素晴らしいイベントの発生だ。
普通に楽しい夜になるだろう。
従業員さんの後ろを歩き、妄想の世界へ突入していく。
今日は水着のマールさんと露天風呂に入る約束をしている。
にゃんにゃんも温泉に入るため、雪の都へやって来た。
2組で入る順番を喧嘩するより、全員で仲良く一緒に入るべきだな。
ごはんもみんなで食べた方がおいしいって言うし、お風呂もみんなで入った方が楽しいに決まっている。
鮮明に残るマールさんのバスタオル姿を思い浮かべていると、あっという間に部屋の前に着いた。
従業員さんにお礼を告げて、部屋の中に入っていく。
「見てみて! クロちゃんが作ったカツ丼! 親子丼に肩を並べる恐ろしい料理だよ」
想像もしていなかった食事会の光景に、驚きを隠せない。
どうやら財布は落としたのに、カツ丼を作る調理セットと材料は持っていたようだ。
「親分のも作っておいたニャ」
「あ、うん。ありがとう」
必要以上に感動するマールさんを横目に、クロちゃんからカツ丼を受け取った。
一口食べてみると、獣人国で食べたときと同じように、普通においしいカツ丼。
可愛いクロちゃんが作った料理と思えば、より一層おいしく感じる。
これが女性の手作り料理で胃袋をつかまれるという感覚か。
にゃんにゃんに餌付けされる日がやってくるとは。
「僕のカツ丼よりおいしいんじゃないかな。見た目も綺麗に盛り付けされているし、やっぱり女の子の方が上手だよね」
「ニャニャ?! そんなことないニャ。まだまだ修行中ニャ」
そう言いながらも、クロちゃんは嬉しそうにカツ丼を食べ始める。
家庭料理しか作れない僕の言葉で喜んでくれるなら、いつでも褒めてあげるよ。
「親分、ギルドはなんて言ってたにゃ?」
「うん、無事に森の散策の許可が下りたから、明日行こうと思っているよ」
「わかったにゃ。悪い奴らをぶっ飛ばして金にしてやるにゃ」
財布を落としたのは、余程ショックだったんだろう。
お金への執着心が減る気配はない。
そのおかげでスノーフラワーを取りに行けるんだけどさ。
にゃんにゃんが依頼に燃える中、おいしそうに食べていたマールさんの手が止まってしまう。
「危ないなら……、無理に行かなくてもいいよ。ボクだって受付の仕事してるからわかるの。大量のスノーウルフに大きなスノーウルフまでいるあの森は、明らかに危ないって。ここに生きて帰って来れたのも、奇跡だってわかってる」
……これはアレかな。
精霊獣が味方と思っていない感じだ。
大量のスノーウルフに囲まれた後、マールさんは精霊獣を見た瞬間に気絶していた。
チョロチョロとの一連のやり取りが記憶にないなら、心配するのも無理はないだろう。
看病していたタマちゃん達は説明していないのかな。
マールさんを元気付けるためにカツ丼を作った、という感じもするし。
こそこそとクロちゃんに耳うちで確認する。
「森であった精霊獣のこと、マールさんに説明した?」
「言わない方がいいと思ったニャ。人の言葉を話せる神々しい魔物ニャんて、広めない方が無難ニャ。とりあえず、必死に逃げ切ったことにしておいたニャ」
さすが姫騎士のにゃんにゃん、言う通りだ。
確かに人語を話す魔物なんて、極力知られない方がいい。
ギルドマスターにまで化けて精霊の森を守り続けているなら、なおさらのこと。
精霊とハイエルフも関わり合いが深いみたいだし、話を広めない方が正解だな。
エルフと深い関係のある森だと拡散されれば、エルフを目の敵にする帝国に狙われるかもしれないし。
巨大な精霊獣こと、チョロチョロが仲間になった以上、危険な依頼でもない。
スノーウルフの森へ行って、悪さをする人間を懲らしめるだけ。
料理を食べたにゃんにゃんがいれば、朝飯前の依頼だろう。
つまり、危険を承知の上でマールさんのためにスノーフラワーを探しに向かうという、男らしさをアピールするチャンス。
本来は見付けられない時期外れのスノーフラワーも、依頼報酬として約束されている。
マールさんの好感度が急上昇することは間違いなく、最高の形で恋愛ルートをクリアすること間違いなし。
これが最後の好感度上昇チャンスになるかもしれないし、突き進む以外に道はない。
クロちゃんから離れて、マールさんと真剣な顔で向き合う。
最大限に顔を引き締め、イケメンのように視線を重ねていく。
「大丈夫です、マールさん。必ずスノーフラワーを見つけて、生きて戻ってきますから」
「うん……無理だと思ったら、ちゃんと戻って来てね」
どうしよう、珍しく普通に決まってしまった。
え、やだ、ちょっとカッコよくない?
生まれて初めて自分が男前だと感じた瞬間だよ。
今夜は……激しい夜になっちゃうのかな。
夜ごはんを食べ終わると、クロちゃんが後片付けまでやってくれた。
自分で持っていたマジックバッグに調理器具や箸など、次から次へと入れていく。
今度から財布もマジックバッグに入れて、お金を大切に保管してほしい。
後片付けが終わると同時に、マールさんが立ち上がって大きく伸びをした。
ごはんを食べ終わた後にやることは1つしかない。
旅館に泊まる選ばれし者のみが体験できる、露天風呂。
早くも昨夜失神をしてしまった、メインイベントの到来。
にゃんにゃんがいても関係ない。
僕は今日、水着姿のマールさんと露天風呂でイチャイチャするんだ!
「じゃあ、先にボク達は3人でお風呂に入るね」
「初めての温泉にゃ」
「違うニャ、旅館は露天風呂ニャ」
温泉と露天風呂の違いをクロちゃんが熱く語る中、僕は一人だけ取り残されてしまった。
知ってたよ、4人部屋になった時点で気付いていたから。
どうせベッドも僕だけ別で、1人寂しく寝ることになるんだ。
でもさ、僕はマールさんと先に露天風呂を入る約束をしていたんだよ。
スノーフラワーを取りに行くのも、マールさんのため。
4人で1泊400万という大金を払っているのも、僕だ。
それなのに、僕だけ仲間外れは可哀想じゃない?
こういう理不尽な扱いを受けた時、温泉には『覗き』というイケナイ文化があるんだよ。
大人でそんなことをやってしまえば、社会的地位が吹き飛ぶ犯罪者に成り下がる。
でも、僕は全てが許されるであろう10歳の子供。
ちょっとくらい見ても、なぜか『可愛い』で済まされるんだよ。
子供という特権は、あらゆるところで効果を発揮するからね。
外からバッシャーンッと2つの飛び込む音が聞こえてくると、薄っすらとマールさんの笑い声が聞こえてきた。
にゃんにゃんがダイブして湯船に飛び込んだに違いない。
つまり、すでに服を脱いで露天風呂に入ったということ。
チャンス到来! 進軍を開始する!
獣人の2人は耳が良いため、最善の注意を払って忍び足で歩いていく。
小さな音を立てることもなく、呼吸音すら無に近いような状態。
変態イベントに協力的な心臓も、自ら心停止をして血液を自動循環に切り替えてくれた。
我が心臓よ、協力に感謝する。
そっと脱衣所の扉を開けて、ヘタレとは思えない落ち着きで聖域に踏み込む。
脱衣所の侵入に成功すると、3人の声が大きく聞こえて緊張感が生まれてきた。
イケナイことをしている背徳感と、エッチな気分による高揚感のコラボレーション。
これが、子供のみ許される大人の遊びである。
バレないようにそーっと歩き進めていくと、目の前にある衝撃的な光景に息を飲んだ。
3人とも子供っぽい雰囲気を出しているけど、こんなところで子供を出さないでくれ。
なぜ着ていた服をたたまずに脱ぎ散らかしたままなんだ!!
すごい生々しくて、気絶しかけたじゃないか!
だ、ダメだ。これ以上は脱衣所で失神してしまう、撤退だ!
スーッと無音のまま脱衣所を後にして、一足早くベッドの上に倒れ込んだ。
我慢していた心臓が喜びすぎて、封印を破ろうとドンドン叩いてくるのも仕方がないこと。
なぜなら、脱いだパンツが視界に飛び込んできたから。
1つだけあったピンク色のパンツは、マールさんだと思う。
15歳の元気な少女にピッタリの素晴らしいパンツだ。
やっぱりマールさんには、モモパンティがよく似合うよ。
問題は、にゃんにゃんの2人だ。
なぜ彼女達は、魅惑のパンティ『紐パン』をチョイスしたんだろうか。
もしかしたら、獣人の尻尾が引っ掛かって邪魔になるのかもしれない。
普通の獣人は尻尾が通るようになった、穴の開いたパンツを履くと思うんだけど。
獣人達の間で流行っているのかな、紐パン。
流行っているなら、シロップさんも紐パンで生活していた可能性がある。
じゃあ僕は今まで、紐パンを履いたシロップさんの太ももを満喫していたのか?
もしそうだったら、なんかこう、胸にグッと来るものがあるな。
この日、僕は3人がお風呂から上がった後もベッドから起き上がることはできなかった。
生々しく脱ぎ散らかした紐パンが目に焼き付き、動けるような状態じゃなかったから。
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