第168話:森を荒らす者

 - 翌朝 -


 紐パンの衝撃であまり眠れなかったけど、僕は朝からテンションが高い。

 なぜなら、紐パンを履いてるであろうにゃんにゃんと3人で森へ向かっているからだ。

 隣で歩く2人が紐パンだと思うだけで、僕は有頂天になるよ。


「親分、今日はご機嫌にゃ?」


 君達の紐パンに興奮しているだけですよ。


「そ、そうかな? 危険な場所に向かうから、気を引き締めてるだけだよ」


「大丈夫ニャ。タマと2人でしっかり守るニャ」


 君達の下半身は紐パンで守れているのか、僕はそっちの方が心配だ。

 戦闘しても落ちてこないように、強めにキュッと結んでおいてほしい。


 そのままスノーウルフの森までやって来ると、1匹のスノーウルフが入り口に座っていた。

 僕達を見ると立ち上がり、ジッとこっちを見つめてくる。


「多分、案内役のスノーウルフじゃないかな。きっとすでに4人組が何かしているんだよ」


「なるほどにゃ、探す手間が省けてラッキーだにゃ」


「気合を入れて進むニャ。早く帰って、今日こそポテサラの作り方を教えてもらうニャ」


 ごめんね、昨日は紐パンで興奮して教えられなくて。


 申し訳ない気持ちになりながら、スノーウルフに近付いていく。

 予想通り僕達を案内するように、ゆっくりと動き始めた。

 敵対するような気配はなく、僕達が後ろをついてくるか確認して歩いているんだ。



 - 15分後 -



 森の途中でスノーウルフがピタッと止まった。

 僕達の顔を見た後、サッとどこかへ行ってしまう。


「ちょっと前から変なニオイがしてるにゃ。昨日言ってたニオイ袋だと思うにゃ」


「鼻栓をするほどではないけどニャ。嗅覚が敏感なスノーウルフにはきついんだと思うニャ」


 クンクンと嗅いでみたけど、僕の鼻ではわからなかった。

 辺りを見回しても誰もいないから、もう少し先に誰かがいるだろう。


「じゃあ、軽くホットドッグでも食べながら行こうか」


「ハンバーガーがいいにゃ」


「サンドウィッチの盛り合わせがいいニャ」


 おい、僕はファミレスの店員じゃないんだぞ。

 食べたい物を注文しないでくれ。

 料理を食べたいんじゃなくて、パワーアップしたいだけなんだ。


 言われれば出しますけどね?


 おいしそうに食べる2人を先頭にして、食べ歩きをしながら進んでいく。

 喜んで食べているため、2人の尻尾がぴょんぴょん揺れて可愛い。


 でも、僕はプリップリなお尻と健康的な太ももに夢中。

 ……ちゃんと紐パンがキュッと結んであるのか心配だ。


 可愛く見えて女の子っぽい、リボン結びをしているのかな。

 落ちないことを重視して、こま結びになっているといいんだけど。

 強く締めすぎると脱ぐ時に大変そうだから、やっぱりリボン結び……。


 深刻な顔をして僕が歩いていると、2人は料理を急いで食べ始め、鼻栓を装着。

 そのまま慎重に進んでいくと、タマちゃんとクロちゃんが立ち止まり、進行方向とは少しズレた方角を指差した。


 ギリギリ僕でもわかるような遠方に、4人の黄色い服装をした人が見える。


 何をしているのか詳しくわからないな。

 森を壊しているというより、木を調べているような印象を受ける。

 実際に切られた木もあるから、何かを調査していることは間違いない。


 精霊の森ということを考えれば、木に不思議な魔力が帯びている可能性もある。


「あれはネメシア帝国の特殊部隊にゃ。主にエルフの有無を調査しているはずだにゃ」


 エルフに過激派の帝国が、なぜこんなところに?

 ここはフェンネル王国の領地だから、勝手な調査は完全な国際問題だぞ。

 ギルドも領主様も知らないなら、間違いなく無許可だろう。


 それより、この森を調べられるのはマズいな。

 エルフと同じ魔力が流れる精霊達が住んでいるんだ。


 調査が進んでエルフがいると誤解されれば、戦争が起こってもおかしくはない。


「精霊の住む森に違和感を覚えて、調査をしているのかもしれないニャ。早く止めないと、大変なことになるニャ」


「うん、2人で先行して4人組を捕まえてきて。帝国の人間を殺すと厄介なことになりそうだから、力加減は気を付けてね」


「「わかったニャ」」


 タマちゃんとクロちゃんが駆け抜けると、一瞬で置いていかれてしまう。


 料理効果でパワーアップしていることもあると思うけど、元々2人は優秀な姫騎士。

 森の木々が邪魔をして雪で足も取られやすい中、スピードを落とすことなく駆け抜けていく。


 2人の走る音に気付いた帝国兵は、戦闘態勢を取りながら辺りを見回した。

 お互いに背を向け合い、4人で体を寄せるように警戒する。


 1人の帝国兵が2人を見付けて声を上げた時には、もう遅い。

 前方からタマちゃんが、後方からクロちゃんが挟み込むように対峙する。


 一方、僕は急いで2人の元へ行こうとしても、雪で足が取られて思うように進まなかった。

 この辺りは誰も来ないのか、積雪量が多くて子供の僕では追い付くまでに時間がかかる。


 タマちゃん達が何か帝国兵と話しているけど、何を言ってるのか聞き取れない。

 フェンネル王国の領土内で、帝国と獣人だけで話し合うのはマズイ。

 戦闘はまだしも、話し合いは32歳のオッサンが活躍できる唯一のチャンスでもあるのに。


 そうだ、こういう時こそあの技で一気に距離を詰めるしかない!


「緊急醤油脱出!」


 真っ白な新雪を醤油で汚すようにブシューーーッと放出し、ペットボトルロケットのように飛んでいく。


 恐ろしいスピードで自分が飛んで行っても、持ち前のカンストした運100のおかげで木に当たらない。

 当然、着地のことなんて考えておらず、タマちゃんの足元の近くに頭から雪へ突っ込む。


 ズボッ


 奇跡的に新雪を貫通せず、地面に激突することは免れた。

 今日ほど運100の効果を感じたことはない。


 正直、怖すぎてちょっと漏れた。


 ゆっくりと雪から這い上がると、真顔の帝国兵達と目が合ってしまう。

 当然だろう、いきなり黒い液体を撒き散らかした少年が飛んできたんだから。


 なんとなく軽く会釈をすると、4人とも会釈が返ってきた。

 どうやら普通にコミュニケーションは取れるらしい。


 4人のうち3人は男性で、部隊のリーダーと見られる人だけは女性だった。


 気が強そうな引き締まったボディの女性で、サイドポニーの髪型が印象的。

 おっぱいは大きさよりも形で勝負していそうな、ツンッとした感じ。


「な、なんだ、貴様は」


 まだ小さな子供なのに、容赦のない『貴様』という言葉を選ぶなんて。

 見た目を裏切らない、高いSっ気をお持ちの素晴らしい方だ。


「2人がどういう話をしたか聞こえませんでしたが、僕達は冒険者ギルドから正式な依頼を受けてきました。4人組の人間が森を荒らしているため、対処してほしいと。帝国の方がフェンネル王国の領地で何をやっているんですか?」


 Sっ気女性がため息を付いて、抜剣していた剣をゆっくりと納めていく。

 キンッと剣を鞘に納めた瞬間、それが合図だったのか、帝国兵は瞬時に撤退を始める。


 が、パワーアップした姫騎士の2人から逃れる術はない。


 撤退した瞬間に距離を詰めたタマちゃんとクロちゃんが、2人の帝国兵をワンパンで気絶させる。

 武器を使用していないから、だいぶ手加減しているんだろう。


 そんな光景を目の当たりにしたSっ気女性は立ち止まり、もう1人の男は逃走を続けた。

 タマちゃんがSっ気女性と対峙し、クロちゃんは逃走した男を追いかけていく。


 Sっ気女性が再び抜剣してタマちゃんに剣を向けると、タマちゃんも応えるように剣を抜いた。


 2人のにらみ合いが続くこと、僅か5秒。

 早くもクロちゃんが男を気絶させて戻ってくる。


「獣王でもないのに、ここまで隙のない獣人が存在するとは。それも同時に2人も……か。いったい、貴様達は何者だ!」


 僕は話し合いをするため、必死になって追いかけていく。

 もう醤油で飛んで行くようなバカなマネはしない。


「僕達は冒険者ギルドの依頼を受けてきたって、さっき言いましたよね? あなた達がフェンネル王国の許可を取らずに、何をしているのか聞いているんです。他国で勝手なことをしてはダメなことぐらい、わかっているはずですよ」


 Sっ気女性は相当な手練れなんだろう。

 武器を持ったタマちゃんと対峙するだけで実力を見抜き、決して戦いを挑もうとしてこない。

 苦虫を噛み潰したような顔をして、イライラしているように見える。


「フェンネル王国と話し合うだけ無駄なことだ。あいつらはエルフに対して寛容すぎる」


「他国で好き勝手していい理由にはなってませんよ」


「うるさい! フェンネル王国なんぞに任せておけるか! 我らは世界を守り秩序を正す国、ネメシア帝国だぞ!」


 感情だけで攻めてくるタイプだな。

 Sっ気が高いというより、理不尽に怒られているような気分になる。

 子供なんだから、もう少し手加減してほしいよ。


「落ち着いてください。3人は倒しましたけど、戦いたいわけではありませんから」


 そんなことを僕が言いながらも、クロちゃんは持ってきたロープで3人を縛り上げている。

 ギルドへ引き渡す必要があるからね。

 目の前の女性を逃がしたくらいで、ネメシア帝国の立場は変わらない。


 まっ、逃がすつもりはないけどね、タマちゃんが。


「チッ。いいか、よく聞け。この森に特殊な魔力を放つ生物が住んでいる。ハッキリ言ってやろう、ここはエルフが住む森だ! 我らの邪魔をして世界が滅んだら、貴様達は責任がとれるのか!」


 ハッキリ言われたにもかかわらず、「間違っていますよ」とは言えない。

 相手をイライラさせるだけだし、間違っている理由を説明する必要が出てくる。


 木を調査していたのは、どのエリアまで精霊の魔力が付着しているのかを調査していたんだろう。

 エルフの行動範囲を把握するため、どれくらいの戦力で森を包囲すればいいのか計算しているんだ。


 スノーウルフを警戒してニオイ袋を持っていることを考えると、万全の準備をしてここへ来ている。

 このまま調査を続けさせれば、必ず帝国の軍隊を呼ぶことになるだろう。

 かといって、このまま追い出しても同じことが起こるはず。


 そもそも、エルフは住んでいないだけどな……。


「どうしてそんなことがわかるんですか? ここはスノーウルフの森であり、エルフが住めるような森ではありません。そこまでハッキリと言うなら、当然エルフを目撃したんですよね?」


 僕と目線を外したSっ気女性は、タマちゃんを一度チラッと確認した。

 諦めるように脱力をすると、剣を納めて下唇を強く噛み締める。


 僕達に視線を合わせないため、証拠がないのは一目瞭然だった。

 敵わないと判断して、戦う気持ちを抑えたのもわかる。


「……私は魔力を感知する特異体質だ。1週間前に巨大な魔力が移動して、この森で消えた。証拠はないが、間違いなく森には得体のしれない何かがある。それがエルフじゃないと証明できない限り、我ら帝国は何度でもやってくるぞ」


 彼女の言葉を聞いて、何かが僕の中で引っ掛かってしまった。


 1週間前に……、巨大な魔力が移動……。

 ちょうど橋が崩れた時期と重なる。


 ということは、巨大な魔力の正体って……。

 精霊獣、チョロチョロじゃないか!

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