第164話:フェンリル?!

「お座りだ、お座りのまま待てばいい。そうだ、それでいい」


 森に響き渡る謎の声に、スノーウルフ達は不満顔だ。

 中学校の始業式で、無駄に長いだけの校長のあいさつを聞かされているような雰囲気がある。


「何が起こってるんだにゃ?」


「わからないニャ。誰かいるはずなのに、ニオイもしないんだニャ」


 にゃんにゃん達が感知できないなら、近くにいないのかもしれない。

 森全体に響き渡るような声だから、どこかで監視している可能性が高い。

 明らかに僕達とスノーウルフ達のやり取りを見て、指示を出しているから。


 スノーウルフ達を観察すると、全員が僕達の方を向いていることに気付く。


 湖に追い込まれた僕達の背後は凍らない湖があるだけ。

 まさか、湖の上に誰かいるというのか?


 って、そんなわけないか。


 にゃんにゃんの2人がニオイも感じないって言ってるし、現実問題として湖の上に立てる人はいない。

 日本で漫画や小説を読みすぎた影響かな。


 まぁ、一応振り向いて確認してみるけどね。


「いったん声の主は置いといて、早くここから逃げ出ギャアアアアアアアアアア、ゼロ距離ぃーーー!!!!」


 心臓が止まるかと思った。

 もう少し近かったら、唇が重なってしまうほどの距離だったぞ。


 焦った、初めてのファーストキスを巨大ウルフに捧げるところだった。


「どうしたにゃにゃにゃーーーんと大きなウルフにゃ!」


「スノーウルフ達が大人しくなったとはいえ、油断しちゃいけないニャニャニー?! 初めて見るような神々しい魔物ニャ! ちょ、ちょっとサインが欲しいニャ」


 顔を赤くしたクロちゃんが出合い頭にサインを求めたくなる気持ちもわかる。


 キラキラと輝くような綺麗な毛並み。

 神獣という言葉がピッタリな大きな体。

 強さを象徴するような鋭い爪と牙。


 森のスノーウルフ達が指示に従うのも納得だ。


 魔物を従えるような最上位の存在である伝説の生き物。

 神話の中で生き続け、異世界では世界を守る番人ともいえる重要な魔物。


 僕の記憶が確かなら、人は彼のことをこう呼ぶはず。




 

 そう、『フェンリル』と!!





「我はスノーウルフキングだ」


 違った。


「3,000年もの長き時間ときを生きる獣。お前達がわかるように言うなら、精霊獣と呼ばれる存在だ」


 どうしよう、精霊獣の定義がわからない。

 フェンリルじゃないのかな。

 間違ったままだと恥ずかしいんですけど。


「あのー、精霊獣さんはフェンリルという名前ですか?」


「ちょっと何を言ってるのかわからない」


 あっ、完全に間違ってるやつだ。

 なんか、すいません。

 勝手に1人で盛り上がってしまいました。


「2日前から森を壊そうとする輩が現れたが、お前達じゃないな。獣人2人に人間1人と、後は……そうだな、違うな」


 人間が……1人?


 ここにはタマちゃんとクロちゃん、マールさんと僕だけしかいない。

 見た目だけで判断するなら、人間は2人だ。

 口を濁したことを考えれば、僕がよくわからない種族のハイエルフだと見抜いたことになる。


 ダークエルフと対峙しても、ハイエルフだと見抜かれることはなかったのに。

 こんな時にスズがいてくれれば、精霊獣について聞きやすいかったけど……。


 後で適当に誤魔化すとして、いったん2人に聞いてみるか。


「タマちゃん、クロちゃん、精霊獣ってなに?」


「「知らないニャ」」


 知らんのかい。

 いや、人族と獣人族では知識に偏りがあるのかもしれない。


「マールさん、精霊獣って……マールさん?」


 衝撃的な巨大ウルフを目の当たりにして、マールさんは立ったまま気絶していた。

 つまり、誰も目の前のウルフがどんな存在かわからない。


「あの~、精霊獣ってなんですか?」


「………精霊獣は精霊獣だ。それ以上でもそれ以下でもない」


 あぁー、これはあれかな。

 ハイエルフだけどハイエルフのことがよくわからない僕と同じパターンかな。

 なんとなく精霊獣で長生きしちゃったけど、ハッキリしたことがわからないんだ。


 ステータスに刻まれているのか、自称精霊獣のどちらかだろう。

 獣なのに会話ができることを考慮すると、本当に3,000年も生きた前者の可能性が高い。


 今までのふざけた空気を一新するように、スノーウルフキングは大きな咳払いをした。


「貴様達は何の目的でここへ来た」


 さっき森を壊そうとする輩が……と言っていたから、疑われているに違いない。

 今ここで敵対したら、間違いなくスノーウルフが襲ってくるだろう。

 森を荒らしに来たわけじゃないし、冷静に対応しよう。


「森を壊しに来たわけじゃありません。スノーフラワーを探しに来ただけです」


「こんな時期に……わざわざか? フハ、フハハ、フハハハハハハハ! 笑わせるな、ハーッハッハッハ」


 普通に答えただけなのに、何がおかしいんだ。


 まさか、時期外れというだけで嘘だと思われたのか?

 森を壊す輩とは違うけど、同じ仲間と判断されたのかもしれない。


 クソッ、ここはいったん相手を無力化させるために、腐った卵で脅しをかけるべきだろうか。


「ハーッハッハ、ちょ、ちょっと待って。耳から入って鼻の穴から出てくるのは卑怯だ。真顔でやられたら我慢できんぞ、フハハハハハ」


 湖に沈むことなく、スノーウルフキングは水上でゴロゴロと転がって笑っている。


 元々の神々しい雰囲気が台無しになっていく姿を、僕達は3人は眺めるだけ。

 後ろを振り向くと、300体のスノーウルフ達も暇そうに眺めたままだ。


 普通こんな光景に出会ったら、タマちゃんとクロちゃんのようにドン引きして真顔になるだろう。

 でも、僕には思い当たる節が1つだけあった。


 王都のギルドマスター、精霊使いのアンリーヌさんだ。

 彼女が使っていた精霊は、僕の鼻の穴を気に入っていた。

 目の前のウルフが精霊獣であることを考えると、近くに精霊がいて鼻の穴から出てきたことに納得ができる。


 雪が積もるほど冷え込んだ場所で、なぜか凍らない湖。

 その湖の周りは不自然に雪が積もっておらず、精霊と精霊獣が棲んでいる事実。

 伝説の古代竜が姿を現し、わざわざ橋を壊した。


 点と点が繋がり、一本の線に繋がっていく。


 ハイエルフである僕は、何かに誘導されてここにたどり着いたんだ。

 そう考えると、精霊獣が僕のことをハイエルフだと見抜いたことにも納得できる。


 だから、もう笑い転げるのはやめてくれ。

 何か重要なイベントが発生しているんじゃないのか。


 でも、死にたくないから森の異変は勝手に解決してほしい。


「ヒーッ、ヒーッ、バレないからってやり過ぎだろう。精霊が見えるこっちの身にもなってくれ」


 置いてきぼりをくらったままのこっちの身にもなってくれ。


「もう帰りたいにゃ。早く温泉に入って、ポテサラが食べたいにゃ」


「もう少し待つニャ。スノーウルフの数が多すぎるニャ。逆撫でずに様子を見ないとダメニャ」


 ほら、タマちゃんが駄々をこねだしたから、早くしてくれよ。

 湖を散策してスノーフラワーを探したいだけなんだから。

 気絶するマールさんの面倒も見ないといけないし。


「いやー、すまんな。お前達に危害を加えるつもりはない。むしろ逆だ、手伝ってもらいたいことがある」


「ごめんなさい」


 古代竜とか精霊まで関わってきた激ヤバ案件だ。

 タマちゃんとクロちゃんがいても無茶はできない。

 やっぱりスズとシロップさんがいないと、万が一の時は不安だから。


「報酬はスノーフラワーでどうだ?」


「引き受けましょう」


 マールさんの笑顔に比べたら、不安なんて些細なこと。

 当てもなく森を散策するより、確実にもらえるイベントをクリアしたい。


「では、森を破壊する4人組を何とかしてくれ。2日前から、何かを調査するように精霊の森を壊しているんだ。スノーウルフ達の嫌うニオイ袋を付けていて、なかなか手を焼いておる」


 やっぱりここは精霊の森なのか。

 人族はスノーウルフしか見えないから、スノーウルフの森と呼ぶだけであって。

 神々しいウルフがいることを考えると、スノーウルフは精霊の眷族のような形だろう。


「どう見ても精霊獣さんは強そうですけど、4人組には勝てないんですか?」


「いや、本来の力が戻れば造作もないこと。しかし、少し前に旧友のドラゴンと暴れて魔力を使いすぎて、一時的に力を失っておるんだ。1,000年ぶりの再会でテンションが上がり過ぎてしまってな。ついつい間違って、人族が作った橋まで壊してしもうたし」


 導かれたわけじゃなく、たまたまここに来ただけだったとは。

 かっこよく推理したのが恥ずかしい。


 3,000歳にもなったんだから、もうちょっと落ち着いてほしいよ。

 そのおかげで、昨日はマールさんのバスタオル姿を拝めましたけどね。

 感謝してますよ、ありがとうございます。


 精霊獣の話を聞いていると、タマちゃんとクロちゃんに袖を引っ張られた。


「親分、ニオイ袋持ちは嫌だにゃ」


「そうニャ、ニオイ袋を持ってるやつは性格が悪いニャ」


 獣人にとってニオイ袋はNGなんだろう。

 でも大丈夫、僕は説得が得意だからね。


「そっかー、じゃあ護衛依頼は中断になるのかな。旅館の宿代と、1人辺り白金貨10枚出そうと思ってたのになー」


「鼻栓があるから大丈夫にゃ」


「ニオイ袋を持ち込むニャんて不届き者は、ぶっ飛ばしてやるニャ」


 マールさんの笑顔を守るためなら、僕にとっては大した金額じゃないよ。

 白金貨1枚で100万円の価値があるけどね。

 僕の金銭感覚はクレイジーな領域に踏み込んでいるから、何も問題はない。


「いったん今日は街へ帰って、明日から対応しようと思います。マールさん……この子も気絶してしまったので」


「むぅ……、それは仕方ない。できるだけ早く頼むぞ。お前達にはスノーウルフ達も襲い掛からないようにしておくからな」


「わかりました」


 ウルフ側からすれば、森を壊そうとする輩かもしれない。

 でも、ギルドや領主の命令という可能性もある。


 下手な行動を取れば、街に戻った後に大問題となるだろう。

 まずはギルドでアズキさんにお願いして、色んな方面へ確認を取ってもらうべきだ。


 タマちゃんにマールさんをおぶってもらい、1度アングレカムの街へ戻っていく。

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