第91話:醤油の弊害

- 翌朝 -


 フィオナさんの頭ナデナデで目が覚める。


 最近は最高神フィオナ様に甘えてばかりの毎日。

 フィオナさんへの愛しさが限界値を突破し始めている気がするよ。


 どれだけ甘えても受け入れてくれるんだもん。

 今だって、僕の頭をとても嬉しそうに撫でてくれている。


 試しに『抱きしめて起こしてもらう』ため、両手をフィオナさんの方に向けてみる。

 すると、フィオナさんは応えるように僕に近付き、ギュッと抱きしめてくれた。


 僕に頬ずりをして「ん~」と、嬉しそうな声も漏れ出ている。

 そのまま「よいしょ」と言って、寝ている僕の上半身を起こしてくれた。

 そこにトドメの頭ナデナデだ。

 完璧なお姉ちゃん属性に、今日も刺激的な朝を迎えているよ。


 ドゴーンッ ドゴーンッ


 お、おう、また心臓の封印が解けそうだ。

 ちょっとは落ち着けよ。

 何が眠っているのか知らないけど。

 いや、何も封印されていないだろう!


 寝起きから幸せな時間を過ごして、朝ごはんを作りにキッチンへ向かった。


 フィオナさんのナデナデとハグの愛情パワーで、異常な変態をパワーを発揮する。

 自分でも恐ろしいほどの潜在能力が解放されていると思う。

 調理スピードが速すぎるんだ。


「当たり前ですが、タツヤさんは腕が2本ですよね? いま、腕が8本に見えるのですが……」


 あなたのナデナデとハグが原因ですよ。

 興奮しすぎて、自分でもどう動かしているのかわからないんです。


「本気を出すとこうなります」


 かっこよく言ってやったよ。

 現実は変態パワーで高速に動いているだけだ。

 本当に腕が8本に見えていたらキモいと思うから、嫌いにならないでほしい。


 恐ろしい速度でタマゴサンドを作っていくと、僅か10分で150人前も作ってしまった。

 どう考えても普通はこんなに作れるはずがないんだけど、作ってしまったんだから仕方がない。


 変態パワーという未知のエネルギーで潜在能力を解放して強くなる、これがハイエルフの能力かもしれないね。


 アホみたいなことを考えている間に、フィオナさんはキッチンを離れて、3人を起こしに向かった。

 ちなみに、リーンベルさんはスズと一緒の部屋で暮らすことになったよ。


 みんなで朝ごはんを仲良く食べた後、リーンベルさんに作り過ぎたタマゴサンドのお弁当を持たせてあげた。

 1人で大きなお弁当を持っていたら浮いちゃうから、マールさんとアカネさんの3人で食べるようにしてもらう。


 受け取ったリーンベルさんは朝から号泣して喜び、すごい勢いで家を飛び出していったよ。

 少なめ(?)の6人前しか入ってないんだけどね。

 昨日は泣かせてしまったから、せめてもの罪滅ぼしも兼ねている。



 べ、別にマールさんとアカネさんを餌付けしようと思ってないよ? 本当だよ?

 


 フィオナさんが家の掃除を始めたので、僕達3人は邪魔な存在になってしまった。

 そこで、前に言っていたブリリアントバッファローを獲りに行くことになった。

 やっぱり牛肉がないと物足りないから。


 冒険者ギルドに寄らず、ショコラの3人で東門から外へ向かっていく。


 途中で異世界に飛ばされた懐かしい場所を見かけると、何とも言えない気持ちになってくる。

 異世界転移をして数か月、最初は混乱して醤油を撒き散らしたっけ。


 内容が濃い数か月だったけど、色んな事があったなー。

 スズとシロップさんという美少女に囲まれて冒険できるのも、異世界に来られたおかげ。

 今でも初めて甘噛みをしてもらえた時の衝撃は忘れないよ。


 すると、スズがいきなり立ち止まった。


「おかしい、何か起こっているのかもしれない」


「え? どうしたの?」


「草木の成長が不自然過ぎる。動物や魔物が食べたり荒らしたりするケースとは違う。何か大地に影響を与えるほどのことが起こっている。さっきも似たような場所が1か所だけあった。念のため、気を付けて進もう」


「そ、そ、そうだね! 一応クッキー食べながら進もうか!」


 ごめん、場所的に犯人は僕だ。


 この場所も、スズが気付いたもう1つの(ウルフと戦った)場所も、醤油を出したところと見事に被っているんだ。

 草木が育ってないわけじゃないけど、見事に成長が阻害されている。


 きっと醤油に含まれる塩分が土のミネラルバランスを崩してしまったんだろう。

 水溜まりになるくらい撒き散らかしたし。

 雨が降る前に醤油が土に染み込み、草木が成長しにくい土に変わったに違いない。


 どうしよう、ホロホロ鳥を捕まえる時は『ブラックレイン』と名付けた、醤油の雨を降らせたこともある。

 無駄にカッコいい名前を付けたことについては、後悔をしていない。

 ハバネロを出してるところも心配だ。


 異世界の環境を破壊してしまい、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 でも許してほしい、醤油はかけがえのない武器だから。


 2人の気をクッキーで引いて、足早に駆けていく。


 そのまま歩き続けていても、王都の謎の防具屋『オレッち』の装備が良すぎて、どれだけ進んでも疲れることはない。

 息も切れないし、汗も出ないし、足も痛くならない。

 2分で作られたのに、なぜこれほど高性能なんだろうか。


 途中で全力ダッシュに切り替えたら、30分ほどで少し疲れたけどね。

 スズとシロップさんはまだまだ余裕だったけど、僕のペースに合わせてもらうことにした。



 フリージアを出発してから、2時間。

 Y字路になっている分かれ道を発見する。


 立て札には右矢印のみで、『雪の都 アングレカム』と書いてある。

 今回は反対方向の左に進んで、ブリリアントバッファローが生息する高原へ向かう。


 進み始めると、すぐに山道のように険しい道のりになってきた。

 当然のように、地面はデコボコで整備されていない。

 それなのに、何の違和感もなく進めてしまうのは、『オレッち』に作ってもらった靴のおかげに違いない。


 顔を思いだすだけで『オレッちが作ったニィー』と、声が聞こえてくる気がする。

 ……うん、やっぱりドワーフのイメージが崩壊するから、考えないようにしよう。


 そのまま1時間ほど進んでいくと、ただ広いだけの高原に到着した。


 空は雲1つない快晴で、緑と青空だけが拡がる風景。

 天然の牧場で優雅に暮らす、ブリリアントバッファローの群れがノビノビと過ごしている。


 ムシャムシャ草を食べたり、日向ぼっこをしたり、ゆっくり歩きまわったり。

 この辺り一帯がブリリアントバッファローの縄張りなのか、パッと見ただけで100頭以上は生息していた。


 何より驚くのは、ブリリアントバッファローの見た目だ。

 体長はおよそ3m、推定体重800kg、異常なほどの筋肉質でムキムキ。

 頭には宝石のように輝く、2つの大きな角を持っている。


 そして、注目すべきポイントは手足だ。


 手足がダックスフンドのように短いくせに、大きさが樽なんだ。

 4つの樽で歩いているような、異様な牛なんだよ。


 わかりやすく言えば、手足が樽になったダックスフンドっぽい巨大な牛。


「ブリリアントバッファローは、魔力を帯びた草を食べて育つ魔物。温厚な性格で、手出しをしなければ害のない魔物。それでも、Aランクモンスター扱いになっている」


不死鳥フェニックスでたまに来てたけど~、1体ずつ誘き出して倒してたよ~。1日で2体倒せたら良い方だよね~」


 Aランクパーティでそんなレベルなのか。

 間違って2匹来たら、大変なことになるじゃん。


 牛肉が入ったハンバーガーを食べさせたかっただけなのに。


「私はまだ勝ったことがない」


 うぉい! 超強いじゃないか!

 なんでチートキャラのスズが勝てないんだよ。

 いったい樽のような手足から、どんな攻撃が繰り出させるんだろうか。


 そもそも、どうやって動くんだろう。

 見た目からスピードは遅くて、パワー系で攻めてくる攻撃特化型だとわかる。

 強さよりも体の構造が気になって仕方がないけど。


「ブリリアントバッファローは~、ギルドに丸ごと提出すると喜ばれるよ~。無駄なところが全くない魔物だからね~」


 これだけデカかったら、大量の肉が手に入りそうだもんね。

 角はめっちゃ綺麗だし、貴族にも人気がありそうだ。


「そんなに価値がある魔物なのに、誰も狩りに来てませんよね」


「強いからね~、Aランクパーティでも勝てない時あるし~。ブリリアントバッファローは~、精霊魔法も効かないって言わてるよ~」


 ……なんで3人で戦いを挑みに来たんだろうか。

 そのうちの1人は、戦力外の醤油戦士だっていうのに。


「私も全力で喧嘩を売ったことがあるけど、かすり傷すら付かなかった。でも、ブリリアントバッファローは弱点がある。こけると死ぬらしい」


「こけちゃうと~、いじけて死んじゃうの~」


 火猫パワー全開で傷すら付かない魔物。

 それなのに、こけるといじけて死ぬ。


 ただのメンタルが弱すぎる魔物じゃないか。

 きっと自分に自信がなさ過ぎて、必要以上に筋肉を鍛えた結果、今度は自意識過剰になっちゃったんだろう。

 樽のような自慢の手足は抜群の安定感があるから、こけるなんて発想がないんだ。

 だから、こかされてしまうと精神的ショックが大きすぎて死んでしまう。


 真面目に分析しているのも、バカらしくなってくるよ。


 魔物というのは、実に愚かな考えを持っているものだ。

 命をかけたやり取りに、慢心など存在している時点で負けなんだよ。

 防御力があったとしても、大きかったとしても、強かったとしても、勝負に絶対など存在しない。


 その無駄なプライドをへし折ってやるぜ。




 スズとシロップさんがな!

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