第82話:これは家ですか? いいえ、屋敷です

 フリージアの北区へ向かうと、領主邸より少し小さい屋敷が建っていた。


 やっぱり貴族ってすごい家に住むんだなーっと思って見ていると、スズの足が止まる。

 何度も地図と屋敷を見て、確認していた。


 まさかとは思うけど、こんな豪邸なんだろうか。


 小さな家をお願いしたのに、どう見ても大きな屋敷じゃん。

 庭の面積に関しては、領主様のとこより大きいよ。


 大勢の人を呼んでパーティができるような大きな庭。

 真ん中には噴水があって、スズメがちゅんちゅんと飛び回っている。


「スズ、これであってるの?」


「地図は合ってる。どう見ても家じゃない。貴族用の屋敷」


 そのまま入れずに眺めていると、屋敷からシロップさんが出てきて、楽しそうに庭を走り始めた。

 子供のように無邪気に走るその姿は、清涼飲料水のCMオファーが来そうなほど爽やか。

 途中でヘッドスライディングしたと思ったら、ゴロゴロと転がって笑っている。


 ウサギの獣人だから納得できるけど、普通の大人がやっていたらヤバイやつだ。


 スズと一緒に楽しそうなシロップさんを眺めていると、フィオナさんが屋敷から出てきてくれた。

 まだ入る決心が付かない僕達の元へ歩いてくる。


「おかえりなさい、ベルちゃんは元気でしたか?」


「えっと……、(怒られてて)忙しいみたいだったので、先に家を見に来ました。それにしても、大きすぎませんか? これは家じゃなくて屋敷ですよね」


「私も住むことになりましたから、途中で設計を変えたのかもしれません。でも、立派なお風呂でしたし、キッチンも広々としていましたよ。家具も一式揃っていますので、特に買い揃えるものはなさそうです」


「わかりました、キッチンとお風呂だけ見に行ってきますね」


「私も行く」


 スズと一緒にお風呂から見に行くことにした。


 まず言いたいのは、お風呂に入る前の脱衣所の時点でおかしい。

 どんな豪邸でも普通は少しゆったりするぐらいのスペースだろう。

 だって、服を脱いだり着たりする以外にやることがないもん。


 それなのに、なぜ服を入れる籠が30個も並んでいるんだろうか。

 これは家用の脱衣場じゃない、大浴場の脱衣場だよ。


 もしかして、この脱衣所が満員になるくらいの大家族になれっていうメッセージかな。

 た、確かにスズとフィオナさんだけじゃなくて、僕はリーンベルさんも狙ってるクレイジーな男だからね。

 すぐ満員になっちゃうかもしれない。


 脱衣所からお風呂場へ進んでみると、予想通り大浴場みたいな造りになっていた。


 うん、広すぎだよね。

 これはどうやって掃除をしたらいいんだろうか。


 スズはめちゃくちゃ喜んで走り回ってるけどさ。

 シロップさんと一緒に泳いで楽しんじゃうんだろうなー。

 その近くでフィオナさんとイチャイチャして入ってみたいよ。


 あぁぁ、妄想だけで心臓がヤバい。

 軽くのぼせてきたし。


 お風呂場を後にして、キッチンを見に行く。

 フィオナさんが言ってた通り、広々として使い心地が良さそうだった。


 コンロも6つ常設されてるので、怪物リーンベルさんがいても安心。

 最新式の大きなオーブンも4つある。

 当たり前だけど、全て新品だからめちゃくちゃ綺麗。


 魔石冷蔵庫も2つあったから、お菓子作りもいっぱいできそうだな。

 冷たいデザートもバンバン作って冷やしていきたい。


 居間に行ってみると、ふわふわのソファが置いてあった。

 ダイブして『ばい~ん』と弾かれて遊んでいると、スズがやって来て同じことをやり始める。

 無表情で遊んでいるのに、どこか楽しそうだ。


 でも、これは32歳のオッサンがやってたらダメなやつだな。

 自重しようと思う。


 テーブルにクッキーとコーヒー牛乳を置いて、スズとお茶をすることにした。

 シロップさんも「お家広いね~」と言いながら合流し、フィオナさんが「いい街ですね」とさりげなく入ってくる。

 なんだか、地球の暮らしに戻った気分だ。


「これだけ広いと管理が大変だよね。誰か雇った方がいいのかな」


 メイドさんを雇うのは異世界の定番だよね。

 イケナイメイドさんを雇いたいよ。

 猫耳かドジっ子系が欲しい。


「それなら大丈夫ですよ。洗濯と掃除は得意ですから、これくらいなら私1人で大丈夫です。お風呂掃除だけスズとシロップにお任せします。タツヤさんは調理をお願いしますね」


 オーマイガー!!

 フィオナさんが無駄にハイスペック!


「王女様なのに、そんなこともできるんですか?」


「洗濯も掃除も得意ですよ。むしろ、タツヤさんの履いた下着を洗うのは譲りません」


 それって喜んでいいのかな。

 フィオナさんは危ない系の変態だよね。

 すごくありがたいからいいんだけどさ。


「私のも任せる」


「はい、大丈夫ですよ。シロップも一緒に洗いますからね」


「は~い」


 やっぱりフィオナさんは完璧なお姉ちゃんだよね。

 世話好きの長女って感じがするよ。


 それからワイワイと話し合って、2階の部屋を1人1部屋使うことになった。


 スズとシロップさんは、日当たりの良い部屋を選んだよ。

 この2人は昼寝を基準に選んでいると思う。


 僕はなんとなくスズの向かいの部屋を選んだら、フィオナさんが僕の隣の部屋を選んでくれた。

 フィオナさんは僕を基準に選んでくれた気がする。


 そういうところで点数稼いで来るのはやめてほしい。

 チョロすぎる僕はキュンキュンしちゃうんだから。


 クッキーを食べ終わると、フィオナさんが「花を植えたい」と言い始めた。


 女の子の「花が好き」発言って、それだけで可愛く感じてしまう。

 きっと僕は、重度の恋の病にかかっているに違いない。


 フィオナさんがシロップさんと一緒に出掛けて行くと、僕とスズはお留守番になる。


「あっ、そうだ。この世界は牛のお肉はないの? 牛っぽい魔物を見たことないんだけど」


「牛ならミノタウロスかブリリアントバッファローがいい。近くの高原にいるから獲りに行く」


 そんな気軽に獲れたのかよ。

 もっと早く言えばよかった。

 やっぱりハンバーグって、牛肉がないと物足りないからね。


「じゃあ、僕はちょっと早いけど、夜ごはんの準備をするよ。今日はリーンベルさんがいっぱい食べると思うから」


「……うん」


 スズは浮かない顔をしていた。

 さっきの光景を思いだしたんだろう。

 僕は気にしてないんだけど。


 もしかしたら、スズも心配されたかったのかな。

 お姉ちゃん大好きっ子だし、毎日足元で寝るくらい寂しがりな子だもん。

 大規模なスタンピードから帰ってきたのに、まだ話せていないし。


 そんな時は『から揚げ、ごはん、豚汁、冷ややっこ』の、リーンベル姉妹が喜びそうな最強定食で攻めようと思う。

 今までは『から揚げと豚汁』を『パン』で食べてたからね、

 飛び跳ねてガツガツ食べること間違いなしだ。


 冷ややっこは『ジト目生姜』のすりおろしと、『寄り添うネギ』を刻んだものをトッピングする。

 あとは醤油をかけるだけで、笑いが止まらないほどおいしい豆腐に大変身だ。

 鰹節もあったら1番いいんだけど、スキルでは『鰹だし』しか出てこないから仕方ない。


 僕はひたすら土鍋でご飯を炊いて、その間にから揚げの下準備をする。

 空いた時間で生姜をすりおろしたり、ネギを刻んだりして、時間を有効活用していく。

 みそ汁も作らないといけないから、同時進行でどんどん作らないと。


 気が付けば、初めてのキッチンに気分ルンルンで作っていた。


 途中でシロップさんとフィオナさんが帰って来ると、スズも混じって花を植え始めていく。

 でも、スズとシロップさんは力が強すぎるんだろうね。

 一瞬で庭が穴だらけになって、フィオナさんがめちゃくちゃ怒ってたよ。


 モグラ叩きみたいゲームみたいにボコボコだったから。


 日が暮れてきたところで、少し表情が暗いスズと一緒にリーンベルさんを迎えに行くことにした。

 さすがに残念リーンベルさんからは脱したと思うけど。


 今度こそ「おかえり」って言ってくれると嬉しいなー。

 やっぱりフリージアに来たなら、リーンベルさんがいないと寂しいからね。

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