第81話:リーンベルさん、怒られる

 お昼の時間帯は人の出入りが少ないため、お腹の鳴り響く音はよく聞こえてしまう。

 リーンベルさんのお腹の音がしっかり聞こえていたけど、紳士の僕は聞かなかったことにした。


 彼女の口からはよだれが出始めているけど、ここでタマゴサンドを出すわけにはいかない。

 一応、リーンベルさんは大食いのことを隠しているはずだから。

 このことを知っているのは、親睦会に参加したメンバーくらいだ。


 前回、僕がオーガと戦って倒れた時は、タマゴサンドを出してから悲惨なことになった。

 ここでタマゴサンドを取り出して、ギルドの受付カウンターで怪物リーンベルさんをお披露目してはならない。


 いくらリーンベルさんが食べたそうな顔をしていても、絶対に渡さないぞ。

 リーンベルさんの天使イメージは僕が守るんだ。

 今ならまだ間に合う、もう1度最初からやり直そう。


「リーンベルさん、ただいま」


「お『ぐぅ~』」


「「「「 ……… 」」」」


 大丈夫、もう1度やり直せばいいよ。

 3度目の正直って言葉もあるし。


 リーンベルさんのことを愛してやまないマールさんでさえ、顔が引きつり始めているんだもん。

 ここで諦めたら、天使のイメージが完全崩壊しちゃうよ。


 少なくともマールさんにだけは、残念リーンベルさんのイメージを与えたくはない。


「リーンベルさん、たd『ぐぅ~』」


「おかえ『ぐぅ~』り」


 もう食べればいいよ、人生諦めが肝心って言うもん。


 僕はそっとタマゴサンドを差し出した。

 リーンベルさんはひったくるようにタマゴサンドを奪い、すごい勢いで食べ始めていく。

 あっという間に食べ終えてしまうため、もう1つタマゴサンドを差し出す。

 すると、リーンベルさんは無言でひったくるように奪い、タマゴサンドを食べ始める。


 その姿を見たマールさんは口が『へ』の字になって、鼻の穴が大きく拡がるほどドン引きしてしまった。

 せめて、タマゴサンドを優しく受け取ってもらえると、また印象も変わったかもしれない。

 微妙なところだとは思うけど。


 アカネさんも戻ってきたけど、変な空気を察して声をかけてこない。

 冷静に状況を把握したアカネさんも、口が『へ』の字になって鼻の穴が拡がる。


 これは思ったよりマズイ雰囲気になってしまったかもしれない。

 タマゴサンドしか見えていないリーンベルさんは、何も気にせずひたすら食べ続けているんだ。



- 10分後 -



 リーンベルさんの爆食が、たった10分で止まるはずはない。

 狂喜に満ちた目でタマゴサンドを食べ続けている。

 久しぶりのタマゴサンドが嬉しいんだろうね。


 みんな敵になっちゃったけど、僕はリーンベルさんの味方だよ。


「アカネ先輩、ベル先輩って小食だった気がするんですけど」


「マール、よく見なさい。これはベルじゃないわ」


 リーンベルさんで合ってますよ。

 仕事モードの天使リーンベルさんじゃなくて、プライベートモードの残念リーンベルさんなだけです。


「タツヤ、これはダメだ。私は前回やってしまったことを反省する。本当に申し訳なかった」


 スズ、気持ちをわかってくれただけでうれしいよ。

 だから、土下座をやめてほしい。


「大丈夫だよ、スズ。今回はスズが泣いて心配してくれた。フィオナさんと一緒に看病してくれた。リーンベルさんがこうでも、僕の心は穏やかだよ。まるでペットにエサをあげてるような、清々しい気持ちなんだ」


「心が……広すぎる」


 あ、ありがとうございます。



- 10分後 -



 リーンベルさんは我に返ったんだろう。

 食べかけのタマゴサンドを見ながら、突然固まってしまう。


 彼女はいま何を思っているのだろうか。

 20分もタマゴサンドを食べ続け、何を考えているのだろう。


 前を向いている今、妹からの冷たい視線を感じるはずだ。

 大好きだと慕ってくれる妹が、敵に回ったことを理解しただろう。


 おっと、ギギギッと音が出そうなほど、ぎこちない動きで左を向いたね。

 そこにはマールさんとアカネさんがドン引きしている顔がある。

 残っていたタマゴサンドを、そのタイミングで食べ始めるのはさすがだよ。


 普通だったら、食べたことに後悔して落としちゃうはずだからね。


 最後に僕の顔を確認しなくても大丈夫ですよ。

 お姉ちゃんポジションはフィオナさんがいますから。

 残念ポジションでも気にしません、食べてください。


 大食いなリーンベルさんも嫌いじゃないですよ。

 ペットみたいで可愛いです。


 そこにすごい勢いでやってきて、僕の元に膝をつき、両手を差し出してくる人がいる。


 この人も相変わらずだ。

 クッキーが100個入った箱を渡してあげると、サブマスのヴェロニカさんは涙を流して奥へ消えていく。


 嵐が1つやってきて、嵐が去っていった。

 リーンベルさんはその姿を見て、前回のことを思いだしたんだろう。

 目を反らして、顔が『やってしまった』という表情をしているんだ。


「……ご、ごめんなさい」


 そこからしばらくは、ギルドの受付が一時的に機能を失ってしまった。

 アカネさんとマールさんが、リーンベルさんを痛烈に非難しているからだ。

 受付カウンターに近付けるような雰囲気じゃない


「ベル先輩、見損ないましたよ! 2人と1番仲良くしていた先輩が、再会してすぐにごはんをもらうってどういうことですか? もっと他に言うことがありますよね? 国が壊滅すると言われたスタンピードを止めて、国を守った英雄ですよ。それに、なんでそんなに大食いなんですか」


「ご、ごめんなさい」


「ベル、2人が可哀想よ。大災害から死地を脱して帰ってきたの。普通は先に心配とか労いの言葉があるでしょ。スズちゃんはたった2年でAランク、タツヤくんなんて3か月でCランクよ。ギルド職員としてじゃなく、姉として、人としてあなたの対応は間違っているわ。それに、さっき一緒にお昼を食べたばかりじゃない」


「……おっしゃる通りです」


 リーンベルさんはしゅーんと落ち込んでいる。

 その姿を僕は、ペットがいじめられているような可哀想な目で、スズは冷たい眼差しで見つめている。


 2人が10分ほどそのまま非難していると、早く受付をしたい冒険者が恐る恐るカウンターに寄ってきた。

 そこにサブマスのヴェロニカさんがスッと現れて、代わりに対応していた。


 ヴェロニカさんも仕事ができるんですね。

 クッキーを強奪しに来るイメージしかありませんでしたから、驚きですよ。


 意外に空気が読めるヴェロニカさんにビックリしたので、冒険者が去ってからプリンを渡してあげた。

 涙を浮かべてヴェロニカさんは、敬礼して感謝を伝えてくる。

 思わず僕は、慣れない敬礼で返事をしてあげた。


「あれは癒しの極み、なめらかプリン!!」


 その光景が視界に入ってしまったんだろう。

 反応してはいけない人が反応してしまった。


「「ベル(先輩)?!」」


「……はっ! 違うんです! センサーが敏感なだけで……ごめんなさ~い!」


 マールさんとアカネさんがヒートアップしてしまった。


「スズ、いったん家を見に行こうか。多分まだまだ続くと思うから」


「うん、そうする。お風呂が見たい」


 僕達は事件(?)を起こした関係者だけど、ギルドを後にする。

 先輩のアカネさんだけならともかく、後輩のマールさんに怒られているところは見られたくないだろうから。


「ベル先輩、私が言ってたこと聞いてましたか? 普通反省してるならプリンに反応しないですよね」


「ち、違うの、マール。これには深いわけが……」


 食べたいという欲求に動かされてるだけのリーンベルさんに、深いわけなど存在しない。

 言い訳を頑張ってほしいと思いながら、そっとギルドの扉を閉めた。

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