第74話:ハイエルフと神獣
- 翌日 -
スズと2人で話し合い、どこまで打ち明けるか相談中だ。
異世界から来たことまで話すつもりはないけど、種族のハイエルフについて話すべきか悩んでいる。
この国とハイエルフは関わりあいがあるかもしれないとなると、打ち明けた方が情報を得られるかもしれない。
でもハイエルフの末裔であることが事実かわからないし、王族が隠しているようにも感じた。
結局、王族がどんな考え方をしているかわからないため、話がうまくまとまらない。
コンコン
ノックされてドアが開くと、国王とフィオナさんが来てくれた。
あれから国王もスタンピードの処理に忙しかったから、こうやって話すのは久しぶりだ。
「だいぶ回復したようだな」
「おかげ様で元気になりました。すいません、長居をしてしまって」
「ハッハッハ、気にすることなどあるまい。フィオナだけでなく、ワシもお前達に命を守られた。迷惑など思っていないぞ。それに義理の息子になるんだ、もっと楽にしてくれ」
ここで『パパ~』って抱き着いたら、意外に面白いかもしれない。
いや、オジサンに抱き着きたくないから、この案は却下しよう。
国王とフィオナさんは、真面目な顔をして近くのテーブルに腰をかけた。
「わざわざ来たのは、理由がある。大きな声で話せないことであり、国王として切願することだ。率直に言おう。ハイエルフと言う言葉を耳にしたと思う。その言葉を忘れて欲しい」
こっちはその話がしたいから、忘れろって言われても困るよ。
神妙な顔をしているところを見ると、ハイエルフという存在が特別なんだろう。
存在そのものを忘れろってことは、一般的には誰も知らない可能性がある。
ここで引き下がったら、今後は手掛かりを得る機会がなくなるかもしれない。
「ハイエルフという言葉が危険とは感じません。理由を教えてもらえませんか? 理由がわからなければ、つい口が滑って話してしまうかもしれません。でも、話してはいけない理由がわかれば、口にすることはありませんから」
国王は少しうつむいて、大きなため息をついた。
「……わかった、全てを話そう。その代わり、今から話すことは他言しないでくれ。黒ローブの男が言った通り、ワシらはハイエルフの末裔だ。フェンネル王国の初代王女がハイエルフと伝わっているからな。我がフェンネル家に伝わる話では……」
国王の話は、この世界に起こった2,000年前の歴史だった。
この世界には、エルフの住む森が4つあり、どの種族とも干渉せずに暮らしていた。
森の中で生き続ける孤立した種族で、存在は知っている者は多くいたが、出会った者はほとんどいない。
魔法の才能に溢れるエルフは森に結界を巡らし、滅多に森の外に出ることはなかったからだ。
エルフが外界と関りを持たなかったため、人族の間では「エルフを見たら幸運になれる」とまで言われていたほどに。
ある日、1つの森に暮らしていたエルフ達が、一斉に森を捨てて外界に飛び出す大事件が起きる。
エルフ達は4組に分かれて、救援を求めたんだ。
同じ種族であるエルフの元、他種族のドワーフと獣人の元、そして人間の元へ。
エルフの話では、その森に暮らしていた4人のエルフが突然『ダークエルフ』に進化し、世界を滅ぼそうと行動し始めたのだ。
ダークエルフが使う魔法は召喚魔法に限られ、次々に強力な魔物を召喚した。
高い身体能力を活かして、エルフ達を蹂躙するほどの圧倒的な力で支配し、エルフの住む森を魔の森へ変えてしまった。
エルフが助けを求めてから2時間後。
すでに召喚された魔物は、魔の森を飛び出していた。
森に1番近かった人族のネメシア帝国は、最初の被害を受ける。
Bランク以上の魔物が大量に押し寄せてきたため、戦闘準備ができていなかった帝国は大打撃を受けた。
ドワーフや獣人の街にも災害級のドラゴンが強襲し、世界規模で魔物による大侵略が始まったんだ。
エルフ達は同族の過ちを断つため、里を捨てて他種族の元へ救援に向かうことを決意。
手を取り合って共闘を始めると言えば聞こえはいいが、現実は甘くなかった。
同じエルフというだけで、『魔物を引き入れた仲間』と大きな非難を浴びることになり、全ての種族は共闘を拒む。
エルフ達はせめてもの罪滅ぼしと思い、元凶である4人のダークエルフを討伐することにした。
次々に強力な魔物を召喚してくるダークエルフ達に、何人ものエルフが身を犠牲に捧げることに。
最終的に魔の森が焦土となり、森の原型がなくなるほどの大戦が行われてしまう。
ダークエルフ討伐後、魔物を召喚されることはなくなった。
しかし、すでに大量の魔物が召喚された影響は大きく、世界は壊滅的な被害を受けていた。
そこに
神獣達はドワーフの里に舞い降り、獣人の里へ駆け抜け、人族の里を救済した。
魔物を駆逐した後は焦土となった魔の森へ向かい、たった一晩で森を再生させたという。
その後、神獣達と舞い降りた少女は、人族の里で『フェンネル王国』を建国し、エルフと和解することを訴え続けた。
エルフとフェンネル王国に対して、ドワーフは敵対を表明、獣人国は中立の立場を取ることになった。
1番の大打撃を受けた人族は、少女の提案を受け入れることができない者も多く、国が2分化することになる。
2,000年経った今でも影響は大きく、エルフ和解派のフェンネル王国と、エルフ殲滅派のネメシア帝国に分かれ、現在でも小競り合いを起こしているそうだ。
「神獣は戦いが終わるとどこかに消え、少女はハイエルフであることを隠し通した。自らの子供にだけ真実を語り伝えるようにして、亡くなったと伝えられている。おそらく、エルフの迫害を防ぐために隠していたんだろう。自分がハイエルフだと知られれば、エルフと和解できなくなるからな」
あの黒ローブなんて、思いっきりダークエルフの特徴が当てはまるじゃん。
今回はたまたまうまくいったけど、国が壊滅しててもおかしくない状態だった。
2,000年前の歴史を繰り返しているなら、相当ヤバい事態じゃないか。
ダークエルフを滅ぼした肝心の神獣はいなくなり、ハイエルフが醤油戦士に生まれ変わってる。
ダークエルフは魔物を召喚した。
それなら、ハイエルフは神獣を召喚したのか?
僕はこの前、味噌を召喚したぞ。
この差はなんだ?
伝説の生き物とか呼んでみたいのに、気軽に呼べるのは調味料だけだよ。
「もう1つ、初代王女が残している言葉が、『ハイエルフが誕生するのは世界の危機だけ、その時は世界樹に向かえ』と伝わっている。しかし、その世界樹の場所も伝わっていないうえに、ハイエルフも誕生していない。今回襲撃してきた黒ローブは、ダークエルフの可能性が高いんだが……」
そんな大事な役目を担っている種族の末裔なら、隠さずに公表した方がいいんじゃないのかな。
エルフと敵対する人が多いとはいえ、壊滅の歴史を繰り返す非常事態なんだ。
世界を守るために必要な国と認知されるべきだろう。
世界樹だって各国に協力を求めて探せばいいし。
というか、探してください。
「ハイエルフを公表するのは、そこまで危険なことなんですか? 反発はあるかもしれませんが、世界を守るのに必要なことだと思いますけど」
「ダメ、公表すれば国が滅ぶ」
答えてくれたのは、国王ではなくてスズだった。
「私が知ってる話と違う、おそらく今のが真実の歴史。この世界を滅ぼそうとした者は、エルフ族としか伝わっていない。ハイエルフも神獣もダークエルフという言葉も、一般的な歴史には登場しない。それに戦いから200年後、戦争を引き起こした種族が生きているのはおかしいと、エルフ族はネメシア帝国に報復を受けている。結果、エルフといわれる種族は滅亡した。ハイエルフと公表すれば、帝国との全面戦争になる」
「ハイエルフの末裔だということは、王族のみに語り継がれ、城に仕える者でも知る者はいない。ネメシア帝国は、エルフという言葉に過敏に反応し過ぎてしまう。100年前にも、エルフっぽい人を見たという情報だけで、1つの森を燃やし尽くしたことがある。少しでもエルフという言葉が耳に入れば、戦争は避けられないだろう」
この国の北に位置するのが、被害が1番大きい国、ネメシア帝国だ。
2,000年経った今でも、目の敵にしているんだな。
異世界に来てからエルフを見ないって思ってたけど、まさか滅亡しているなんて。
すごい美人さんって聞くことが多いから、めちゃくちゃ楽しみにしてたのに。
エルフのことはいったんおいといて、もう1つ気になっていることがある。
フィオナさんの見えない防御魔法だ。
「さっきハイエルフは誕生していないって言ってましたよね。フィオナさんはどうなんですか? 黒ローブが『ハイエルフの力』と言っていましたが」
「詳しくは言えんが、フィオナはハイエルフではなく人間だ。あの時に黒ローブの男が誤解したに過ぎない」
詳しく言えない、というのが引っかかる。
ここまで話してくれたのに、なんで今さら隠すんだろう。
僕はフィオナさんの結婚相手だぞ?
まぁ僕もハイエルフであることと、32歳で童貞なのは隠してるけどさ。
それに、あの力は普通じゃなかった。
黒ローブはSランクを超える力を持っていたのに、10分間も防ぎ切ったんだ。
王女のフィオナさんが、ただの魔法で10分も防げる方がおかしいよ。
黒ローブも思わず、ハイエルフと誤解するほどの力を発揮したんだ。
後、フィオナさんの危機に反応する胸騒ぎも気になる。
ハイエルフと何か関係する特別なものを、フィオナさんは持っているに違いない。
「ワシは戦争による武力衝突よりも、人と人とが手を取り合う時代を望んでいる。それがハイエルフという言葉のみで崩れる可能性がある。だから、今日聞いたことは他言無用で頼む」
まだ考えている途中なんだから、勝手に話を締めないでほしい。
から揚げに勝手にレモンをかけたら怒られるようなもんだよ。
あっ、今度レモンを見かけたら、スズに教えてあげようっと。
いや、そんなことを考えている場合じゃない。
なぜ隠す必要があるんだろうか。
もし、フィオナさんが先祖返りで力を得ているなら、隠す意味はない。
ハイエルフの末裔であることを告白しているから。
フィオナさんの命が世界を救う鍵だとしたらどうだろうか。
それならスズにもっと協力を要請するはずだし、ハイエルフと同等の存在になるだろう。
ハイエルフと同等……?
「フィオナさん、神獣を見たことはありますか?」
フィオナさんはゆっくりと首を横に振った。
「いいえ、見たこともありませんし、会ったこともありません。今となっては、ハイエルフも神獣も本当に存在するのかわかりませんから」
存在するのかわからないなら、わざわざ会っていないと否定する意味はない。
実際に会っているけど隠したいから、会っていないと否定する必要があるんだ。
つまり、フィオナさんは神獣から力を託されているんだ。
これは、僕が推理しているわけじゃない。
そういう顔を国王がしているんだ。
首を90度横に向けて、全力で視線を合わせないようにしている。
しかも、口笛がふけないのに口をとがらせている。
なんて誤魔化すのが下手なんだよ、人のこと言えないけど。
ということは、王族はもう世界が危機に直面していると考えているはずだ。
伝承が伝わっているくらいだし、ハイエルフの僕とも敵対する気はないだろう。
スズは神獣から力をもらう時に会話をしているから、フィオナさんも同じように神獣と会話して、ハイエルフを守れと言われているに違いない。
スズも同じことを思ったのか、アイコンタクトを取ると小さく頷いてくれた。
「国王が誤魔化せていない。フィオナは神獣様から力をもらっている。私達は他言するつもりもないし、敵対するつもりもない。むしろ、協力関係を築きたいと思っている。私は2年前、神獣様に命を助けてもらい、同じように力をもらっている。その時、ハイエルフを守れと言われた。でも神獣様はギリギリの状態だったため、ほとんど話は聞けていない」
その言葉に、国王とフィオナさんは顔を合わせた。
悩んだ末、フィオナさんが諦めるように大きな溜息を漏らした。
「私の元に現れたのも、2年前です。当時はハイエルフという言葉を知らなかったので、お父様に相談しました。その時に今の話を聞かれされたのです。神獣様は『世界樹の歪みが強くて存在を保てなくなった』と言っていました。同じようにハイエルフのことを頼んで、私の中へ消えていきました。それから、あのような障壁を張れるようになったのです」
やっぱりハイエルフに敵視するつもりはないよね。
全ての事情を知っている国がバックに付いてくれるなら心強い。
ここは協力関係になるべきだろう。
世界樹の情報なんて、個人で頑張っても手に入りそうにない。
お城の文献を引っ張り出してくれたら、わかることもあると思うし。
僕はハイエルフであることを告白するため、ステータス画面を2人に見えるように表示させる。
「あの~、醤油を出すハイエルフでも大丈夫ですか?」
国王もフィオナさんも最初は『?』状態だったけど、途中で目を大きく見開いて驚いていた。
口をパクパクさせているが、全く声が出ていない。
ハイエルフの力を見せるために、口の中へハバネロ入れましょうか?
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