第100話:リーンベルさんと初デート1

- 翌日 -


 ついにリーンベルさんとデートをする日がやってきた。


 スズは言う、「大丈夫、お姉ちゃんがリードしてくれるから」

 シロップさんは言う、「ベルちゃんがリードしてくれるよ~」

 フィオナさんは言う、「彼女についていけば大丈夫ですよ」


 みんな僕のことをしっかり理解してくれて嬉しい。

 待つ専門だから、リーンベルさんにしっかり弄ばれようと思うよ。

 今日も自分らしく一切攻めず、成すがままにされてくるね。


 3人に見送られて、ギルドの方へ歩いていった。

 すると、すでにギルドの外ではリーンベルさんが待っていた。


 僕に気付いてリーンベルさんは、ニコッと笑いながら駆け足で近付いてくる。


「もう、遅いよ。何してたの?」


「ご、ごめんなさい」


 これが待ち合わせというやつか!

 僕のことを考えながら待っててくれたと思うだけで、嬉しくて心拍数が加速する。


「ほら、早く行くよ」


 リーンベルさんは僕の手をギュッとつかんで歩き始めた。


 急なガチのデート展開に大混乱だ。

 19歳のリーンベルさんという大人の女性に手を繋がれて、デートをしている。

 恋人繋ぎじゃないから手汗は出ないけど、すごくドドドドってする。


 手を繋いで歩いてるとはいえ、僕は身長140cmしかない。

 だから少しだけ見上げるような形で、リーンベルさんの顔を見ることになる。

 それが改めて自分は子供なんだと自覚し、年上のお姉さんとデートしていると実感する。


 挙動不審になって歩いていると、リーンベルさんは立ち止まって、僕の顔を覗き込んできた。

 手を繋いで見つめられると、心臓が爆発しそうになるからやめてほしい。


「心臓……大丈夫?」


「爆発しそうですよね、でも大丈夫だと思いますよ」


「爆発する前にちゃんと言うんだよ? ちょっと慣れるまでこのまま歩くから」


 普通にデートしてるだけなのに、爆弾を持っているような気分になるよ。



- 1時間後 -



「ねぇ、いつになったら心臓落ち着くの?」


「うーん、多分治まることはありませんね。これよりワンランク上になると、心臓がヒエーって雄たけびを上げるんですよ。それを越えると、なぜか心停止しても生きているっていう現象が起こります」


「そういうのは早く言ってよね。1時間も歩いちゃったじゃない」


「ご、ごめんなさい」


 さすがリーンベルさんだ。

 今の意味不明な説明を迷わず受け入れてくれた。

 逆に僕が驚かされてしまったよ。


 リーンベルさんは少しふくれっ面でギュッと手を握り、南門から外に連れて行ってくれた。


 向かうのは、以前ゼリーをみんなで食べた湖に違いない。

 確かにあそこなら人は少ないし、ピクニックみたいな雰囲気でデートには最適。


 でも、僕は護衛できるような立派な冒険者じゃない。

 一応Cランクだけど、戦闘力は圧倒的に低いから。


「リーンベルさん、魔物も出て危ないですよ」


「大丈夫だからついてきて。昨日ボディガードを雇ったから」


 リーンベルさんが指を差す方向を見てると、スズが『任せろよ』と言わんばかりの不敵な笑みを浮かべていた。

 デートを監視されてるようで、恥ずかしい気もするけど。


「右耳を噛まれたけどね」


 あっ、そういう契約をしたんですね。

 ぼ、僕も噛ませてもらっても……あっ、いえ、噛んでもらいたい派でした、すいません。


「ギルドは大丈夫だったんですか? いきなり午後から休みもらって」


「今まで有給とか使ったことなかったからねー。今日の午後だけ休むって言ったのに、明日も休みになっちゃったよ。だから全然大丈夫かなー。なんだったら……明日もデートする?」


 なぜこんなに積極的なんだろうか。

 今までリーンベルさんと、こういう展開になりそうでならなかったのに。

 何度か脈アリ展開もあったけど、ことごとく誤解で終わってたからね。

 それなのに、追加デートまで誘われるなんて。


 ……はっはーん。読めたぞ。


 これはからかってるな。

 さすがの僕でも気付いちゃうよ。

 何といっても、僕はこれで人生2度目のデートだからね。


 経験者は違うんですよ、経験者はねっ!!


「僕は単純なんですから、からかっちゃダメですよ。すぐに本気にしちゃうんですから」


「別にからかってないんだけどなー。ちょっと君を独り占めしたいなって思っただけだから」


 ……おい、誰か警察を呼んでくれ。


 何が起こっているのかわからないんだ。

 これはスタンピードの前兆か?!

 言葉の意味は理解できても、受け入れることができないんだ。

 憧れ続けてきたリーンベルさんに、嬉しいことを言ってもらっている。


 でも、なぜだろうか。

 僕は幸せよりも疑心暗鬼になっている。


 彼女が本当にそんなことを思っているのかわからないんだ。

 リップサービスじゃないのか。

 おいしいごはんをこれからも食べたいから、彼女は機嫌取りをしているのではないだろうか。


 それだったら大成功だよ。

 今すぐ新しいホロホロ鳥料理を作り出して、提供してあげたい気分だもん。

 嘘でもいいから、もっと言葉にしてほしい。


 混乱と興奮でおかしなことになりながら歩いていくと、湖に到着した。

 リーンベルさんはしゃがみこんで、隣に座るようにジェスチャーを送ってくる。

 スズ以外誰も見ていないけど、妙に恥ずかしく思いながらも腰を下ろした。


 少し遠いと思ったのか、僕の方に詰めてきたリーンベルさんは、そっと肩に手を回してきた。

 ゆっくりと僕を傾けるように倒していき、何かの上に乗せられる。




 今日は異世界が崩壊する命日なんだろうか。

 理解できないことが多すぎる。


 前方にある壮大な湖がなぜか横を向いているんだ。

 目線を落とすと見える、天使の膝が意味するもの。



 こ、これは、まさか……。

 カップルが行う伝説の行為、『膝枕』なのか!!




「ほら、もっと力を抜いて。体がガチガチ過ぎて反りかえってるよ」


 そんなこといっても、力を抜けるようなシチュエーションじゃないよ。

 いま僕を持って釘を打ったら、立派なトンカチになるくらい全身が固まっているんだ。

 もし、リーンベルさんの趣味が書道なら、僕をブンチンにしてほしい。


「いきなりこんなことしたら、誰だってこうなりますよ。僕の生まれた世界だったら、軽犯罪になりますからね(?)」


「ただの膝枕でしょ。耳掃除してあげるから、もっとダラーンとして」


 み、みみ、み、み、耳掃除のオプションまで付いているんですか!

 初めての膝枕に初めての耳掃除だよ。

 異世界では、こんな積極的なデートが当たり前というのだろうか。


 まだ初デートだっていうのに攻めすぎだろう!


 普通は手繋ぎデートから初めて、お互いの心を縮め合うものだと、小学校の頃に教えてもらったぞ。

 スズだって、初めてのデートでここまでやってこなかった。

 でも、リーンベルさんはスズより4歳も年上の大人の女性。

 これが大人の余裕から生まれるデートテクニック、通称テクニシャンと呼ばれる人種なのか。


 リーンベルさんはガチガチに固まった僕に業を煮やしたのか、風魔法を唱えてきた。


 ふーーーー


「あぁーーーっ?!」


「もう、大袈裟なんだからー。耳に息を吹きかけたぐらいで、大声出さないでよ」


「耳ふーなんて最強クラスですからね。価値観が違いすぎるんですよ。料理で例えると、今のはから揚げでしたよ」


「ごめんね、それは最強だった」


 共通の話題があって助かったよ。

 価値観を共有するのに、最適な発言をしたと思う。


「でも、このままじゃできないから、もっとリラックスして」


 リーンベルさんは僕の横腹に手を添えて、ゆらゆらと揺らし始めた。

 赤ちゃんがあやされているみたいで恥ずかしいけど、自然と落ち着いてしまうのが不思議だ。

 これが天使の特殊能力なのかもしれない。


 しばらくそのまま揺らされていると、力が抜けきって、よだれを垂らしそうになっていた。

 何とかよだれが太ももに垂れることを防いでいると、リーンベルさんが揺らすことをやめる。


 そして、僕の耳を片手で軽く引っ張り、綿棒で攻め始めてきた。


 最初は耳の穴に入れず、周りを優しく綿棒で撫でられていく。

 この時点で極上の癒しであり、自然と目を閉じてしまうのも仕方がない。


 あまりの心地良さに耐え切れず、リーンベルさんの膝をつかんでしまう。

 ちょっとヒンヤリしていると思いながらも、怒られないのでセーフの範囲だ。


「穴に入れるからねー」


 なんかすごい意味深な発言をした気がするので、念のため脳内メモリーに保存した。


 リーンベルさんはそのまま優しく綿棒を耳の穴の中に入れ、クルクルと回しながら耳掃除を始めていく。

 ゴソゴソと聞こえる綿棒の音に、体の自由が奪われてしまうような感覚に陥った。

 全意識が耳に集中してしまい、綿棒が出たり入ったりする心地良い感覚に、だんだんと心が支配されていく。


 一度穴から綿棒を取り出したリーンベルさんは、今度は耳かきに変えてきた。


 再び穴の中にやってきた耳かきは、先ほどよりも鋭い刺激を送ってくる。

 ゴリゴリと言う音を立てるものの、痛みはなくて心地良い。

 もう1歩も動く気になれず、このまま永遠に耳掃除をされていたい。


「大きいのがあるから、動かないでね」


 どうせならロープで拘束して動きを止めてほしいと思いながら、リーンベルさんのゴリゴリ攻めに耐え続ける。


 ゴリッゴリッ……と、こびりついたものを引きはがすため、耳の角度が何度か微調整された。

 ちょっと強めに響く耳かきの音が刺激的で、リーンベルさんが小声で「うーん」と唸っているのが堪らない。


「あっ、取れた」


 大きな耳クソが取れて喜ぶリーンベルさん。

 もっと頑張ってへばりついて欲しかったと思う僕。


 幸せだった耳かきが終焉を迎えるとき、ふわふわしたあいつが耳を襲ってくる。

 耳かきの反対側に付いている、ぼんてんが耳の中に入れられ、ゴソゴソと仕上げのお掃除をされてしまった。


「はい、次は反対になって」


 リーンベルさんの操り人形のように、無の境地で反対側になる。

 すると、目の前には服で見えないけど、ヘソがあることに気付く。


 天使のお腹が目の前にあるんだ、服越しだけど。

 大きく目を見開いて全力で横を見ると、程よく膨らんだおっぱい様が視界に入ってくる。


 いったい僕にどうしろというんだろうか。

 経験豊富なお姉さんは刺激的過ぎるよ。


 だが、リーンベルさんはお構いなしだ。

 再び綿棒で耳掃除を始めてくる。


 紳士のマナーとして目をつぶるべきなんだろうか。

 欲望のままに目を開けて、リーンベルさんのお腹を透視してもいいんだろうか。


 どっちだ、どっちを選んだらいいんだ?!


 耳の穴に綿棒が入れられた時、僕はすべてを理解した。

 心地良くて自然と目を閉じてしまい、見ている余裕なんてなかったんだ。


 僕は反対側の耳も同じように掃除され、とても心地いい時間が過ぎていく。

 順調に耳掃除が進んでいくと、リーンベルさんは押し殺したような声で囁いてきた。


「あっ……おっきい~」

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