第101話:リーンベルさんと初デート2

 リーンベルさんの耳かきが終わると、幸せな心に満ち溢れていた。

 きっと天使パワーで僕の心が浄化されたんだろう。


 昨日「ちょっと癒されたいなーって思って」と言っていたのに、実際に癒されているのは僕の方だ。

 でも、リーンベルさんがどうやったら癒えてくれるかわからないし、デートのリードは任せてるからね。

 僕は成されるがままのスタンスを崩すつもりはないよ。


 ザ・ヘタレだからね。


 リーンベルさんが「はい、じゃあおしまい」と言ったので、上半身を起こした。

 自分でもわかるほど、目が虚ろになっている。


 耳がよく聞こえるようになったのか、遠くの方でスズが魔物をぶっ飛ばしているような音がドンドン聞こえてくる。

 警備は万全のようだ。


「膝の上に座って」


 天使の太ももの上に頭を沈めさせてもらったばかりなのに、今度は座れとおっしゃるのか?!

 フィオナさんやシロップさんの膝の上はもう慣れた。

 でも、リーンベルさんは別格の存在だろう。


 今まで願い続けていたにも関わらず座ることができなかった、この世で1番神聖なオーラを放つ聖域だから。


「え、いや、あの、その~」


 混乱しても仕方ないじゃないか、落ち着くがいい、自分よ。

 僕の経験上、膝の上に座ると嬉しすぎる連続攻撃がやってくる。

 柔らかい太ももをお尻で感じる暇もなく、引き寄せられるようにギュッとハグされてしまうんだ。

 32万の詐欺みたいなメンタルをしっかり維持しないと、本当に浄化されかねないぞ。


 クソッ、リーンベルさんは大人のデートを求め過ぎている。

 こっちは子供なんだぞ、初デートでやっていいレベルを300ヤードは超えているよ。


「もう……ほら、こっち」


 心の中で葛藤していると、スーッと脇の下に手が入れられ、引力に吸い寄せられるように体が宙に浮いた。

 リーンベルさんの天使パワーに引き寄せられた僕は、いとも簡単に膝の上へ乗せられてしまう。


 当然のように、後ろから手が回ってきて、ギュッと抱きしめられる連続攻撃。

 顔が頭にぶつからないように右耳の方に避けてきて、リーンベルさんの吐息が薄っすら当たるような距離に、頭をセットされた。


 もう……今日で死ぬかもしれない。


 前方の景色がわからなくなるほど、勝手に意識が右耳に集中してしまう。

 天使の吐息で心臓が爆発しそうになりながらも、耐えきれるはずがない甘噛みを期待している。

 思わず体をグッと縮こまらせ、身構えることしかできなかった。


「ねぇ、また心臓が爆発しそうだよ」


 耳元で囁かないで。

 導火線に火を付けてるのと一緒の行為だよ。

 いつ爆発してもおかしくないレベルなんだから。


「い、いったん離れませんか?! 刺激が強すぎるんですけど」


「だ~め、お姉ちゃんも癒されたいんだから。そ・れ・に、シロちゃんとフィオちゃんはやってるでしょ。どうしてお姉ちゃんはダメなのー?」


 や、やめて。優しい言葉責めは1番弱いやつ。


 なんで今日はこんなに攻めてくるの?

 嫌いじゃないけど、体が持たないからやめてほしい。

 リーンベルさんの息遣いが気になって、仕方がないんだ。


「ダメと言いますか、恥ずかしいと言いますか、混乱していると言いますか。とにかく刺激が強すぎて「ふーーー」あぁぁぁぁー!」


 そのまましばらくは、話すことすらまともにさせてもらえなかった。

 何か言っても、耳ふー攻撃をしてくるし、何もしなくても息遣いだけでやられてしまう。


 わざとやっていると思うんだけど、ずっと「う~ん」とか「あぁ~」とか「ふぅ」とか囁いてくるんだ。


 その度に「あぁぁぁー!」って、叫んでしまう僕は非常に情けない。

 でも仕方ない、セクシーボイスを出してくるリーンベルさんが悪いんだ。


 勝手にリーンベルさんの漏れ出る息遣いに興奮するという、よくわからない放置プレイが始まっていた。

 ひたすらギュッと抱きしめられ、吐息によって苦しめられる。


 果たして、本当にリーンベルさんはこんなことで癒えてくれるんだろうか。



 30分ほど経つと、重たく感じたのか、僕を1度持ち上げて体勢を変更した。

 でも結局膝の上に乗せて、右耳に息を吹きかけてくる。

 どうやら完全に弄ばれているようだ。


 とても幸せなひと時である。


「ねぇ、私がドキドキしてるのは聞こえてる?」


「え? す、すいません、自分の心音が大きすぎてわかりません」


「女の子にムードを壊すようなことは言っちゃダメだよ。もう。私の初恋を返してもらってもいいかなー」


 リーンベルさんは何を言ってるんだ。

 ドキドキしてるとか、初恋とかどういう意味だろう。


 もしかして、これはあれなのか。

 本当にリーンベルさんは僕のことを好きなんだろうか。

 このデートはお礼って意味じゃなくて、ガチのやつだったのかな。


「え、えっと、初恋とは?」


「そんなこと言ってもいいのかなー? またお耳を食べて気絶させちゃうぞー」


 あぁぁぁぁー、お願いしますっ!


「まぁ子供だから仕方ないかー。その割にはフィオちゃんと結婚するんだもんね。なんで王女様と婚約しちゃうのかなー」


「知ってたん……ですね」


「知ってるよ。スズとも素敵な関係だったそうで」


 あっ、うん、全部バレてしまっているね。


 日本生まれ日本育ちの僕としては、やっぱり後ろめたい気持ちがある。

 でもリーンベルさんとも付き合いたいという、クレイジーな考えは変わらない。

 誰1人まともに相手をできていないのにね。


「もっと早く気付いてたら、君を独り占めできたのかなー」


 そう言いながら、ギュッと抱きしめる力が強くなった。

 ちょっと切なそうな声で、右耳に唇が触れそうなほど顔を近付けながら。


 そのままお互いに無言のまま、時が流れていった。


 しばらく経つと、無言の雰囲気に耐えられなくなったのか、リーンベルさんは僕を抱きしめたまま、ゴローンと横寝になった。

 そして、リーンベルさんの足が僕の足に絡まってきて、子供のようにじゃれついてきたんだ。


「お姉ちゃんは本気なんだぞー。君が好きなんだぞー。わかってるのかぁー」


 そこに颯爽と現れたスズが、僕とリーンベルさんを引きはがす。


「今のはやり過ぎである」


 それだけ言うと、スズは去っていった。


 確かにスズの言うことが正しい。

 あのまま続けていたら、浄化されるか、幽体離脱してしまうかの2択しかなかったよ。


 気が動転する僕と違って、リーンベルさんは落ち着いていた。

 ムッとした顔をスズに送りながら、僕の足を伸ばして長座をさせてくる。

 そのまま流れるような動きで僕の膝の上にお尻を置いて、向き合うようにぺたんこ座りをしてきた。


 膝の上にリーンベルさんのお尻が乗っているという衝撃的な展開に、またスズがやってきた。


 リーンベルさんが僕の背中に手を回そうとすると、スズも笛を吹こうと構え始める。

 リーンベルさんが手を引っ込めると、スズも笛をポケットに戻していく。

 どうやら2人でどこまでが許容範囲なのか、線引きしているようだ。


 結局リーンベルさんが手は使わないことで同意したようで、スズはまた消えていった。


 それでも、リーンベルさんと至近距離で向き合うなんて恐ろしい衝撃である。

 心臓が雄たけびを上げ始めるのも無理はない。


 天使リーンベルさんがいつでも触れるような距離で、まっすぐ見つめてくるんだから。


 こんな間近で見つめ合えるほど、僕の恋愛経験値は高くない。

 気になってしまうから、チラチラとリーンベルさんを見てしまうけど。


「お姉ちゃんは告白をしたつもりなんだけどなー」


 至近距離でそんなことを言わないでほしい。

 嬉しいし、有難いし、感謝の思いしかないけど。


 今日で一生分の運を使った気がするほど、幸せすぎる現実を迎えている。


「僕もリーn「目を見て言って」」


 とても難易度が高いことを要求されてしまった。

 チラッとリーンベルさんを見ると、じーっと瞬きもせずに見つめてくる。


 恥ずかし過ぎてまともに顔が見れない。

 それなのに、目を見て言うとはどうしたらいいんだろうか。


「2秒でいいよ、2秒でいいから目を合わせてみよっか」


 2秒だけなら何とかなるかもしれないと思い、大きく深呼吸をして心を落ち着かせる。

 決死の思いで、言われた通り2秒だけ目を合わせてみよう。


 よし、いくぞっ!


「い~~~~~~~あっ、まだ1秒経ってないよ」


「今のは1秒のカウントが長すぎますよ。2秒分あったので、許してください」


「だーめ。今のは0.5秒だったもん。もう1回がんばって」


 なんか子供っぽい遊びで弄ばれている気がする。

 それなのに、なんでこんなにワクワクしてしまうんだろうか。

 リーンベルさんが僕をオモチャのようにして楽しんでいるのが嬉しくて堪らない。


 僕はこういう理不尽なプレイが大好きだ!

 小学生のカップルがする遊びみたいで楽しい!


 荒い息を整え、パッと目線を合わせていく。


「い~~~~~~~~~~~~~、あっ、アウトでーす」


「悪意がありますよ。1秒経たせる気がないじゃないですか」


「そんなことないよ、お姉ちゃんは優しいんだから。君が目を見て返事を言えないのがダメなんだよー。ほら、もう1回やって。お姉ちゃんのために」


 これは負けていられない。

 最近受けてきたプレイの中で、唯一意識を失わない系のタイプだから!


「い~~~~~~~~~~~ち~~~~~~~~~~~。…………に~、あっ、惜しかったのにー」


「2秒のカウント入るまでに、3秒ぐらい間がありましたよ。実質8秒は言ってたと思います」


「だーめ、お姉ちゃんの中では1秒ちょっとだもん。ほらほらー、早くしないと日が暮れちゃうぞー。ちゃ~んと2秒見れるまでは、お家に帰してあげないよ」


 この後、結局1秒からカウントが進むことはなく、100回ほど理不尽プレイを繰り返していると、スズが止めに来た。

 不満そうな顔をするリーンベルさんとは違い、僕はほとんど放心状態になっている。

 スズとリーンベルさんが何か話しているけど、頭に全く入って来ないんだ。


 結局、2人の美少女姉妹に手を繋いでもらいながら、家に帰ったことだけしか覚えていない。


 



 意識が正常に戻ってくる頃には、夜ごはんもお風呂も終わって、寝ようとしているところだった。

 夢見心地の僕はデートを思いだしていると、部屋の扉をコンコンッとノックされる。


 お互いに思いを確認し合ったようなもんだし、大人のリーンベルさんは夜這いを仕掛けてきたのかもしれない。


 挙動不審になりながらも布団のシーツを伸ばしていると、フィオナさんが部屋に入ってきた。

 予想外の来訪者にキョトンとしてしまう。


「ベルちゃんと随分楽しそうでしたね」


「え、見てたんですか?」


「シロップに連れて行ってもらい、少しだけ拝見しました。具体的にいえば『もう、遅いよ。何してたの?』からですね」


「最初からじゃないですか! それはギルドの前で言われた言葉ですよ」


「ふふふ、そうとも言いますね。ベルちゃんとの恋仲を応援するという約束でしたが……。どうやら私、思ったより嫉妬深いみたいです」


 リーンベルさんと素敵な関係になった日に、まさかのフィオナさんが襲ってくるパターン。

 そう思った時には、もう遅かった。

 いつもよりも激しく耳を噛まれてしまい、恋の衝撃が走ってしまったから。


 薄れゆく意識の中、僕は思った。


 フィオナさんが嫌いなわけじゃない。

 でも、今日はリーンベルさんに甘噛みされて倒されたかった……。

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