第102話:リーンベルさんと初デート3
- 翌朝 -
「こらーっ、ちゃんと聞いてるの?」
「はい、聞いてます、すみません」
昨日フィオナさんに襲われたため、そのまま2人でベッドインしてしまったみたいだ。
特にやましいことは起こってないんだけどさ。
でも、昨日デートしたリーンベルさんにそんなところを目撃されたら、当然のように怒られるわけであって……。
「なんでフィオちゃんと一緒に寝ちゃうかなー。昨日は私と良い感じだったと思うんだけど」
僕も同じ気持ちですよ。
昨日はリーンベルさんが夜這いに来てくれるものだと思っていたんですから。
フィオナさんが嫌いなわけじゃないですけど。
王妃様もフィオナさんは寂しがりって言ってたから、我慢できなかったんだろう。
好かれていることを実感するだけでも、幸せに感じるよ。
彼女いない歴32年だったから、嫉妬されたり求められたりすると嬉しいんだ。
「フィオちゃんもフィオちゃんだぞ。なんで背中を押してくれたフィオちゃんが良いところを持ってくのかなー。普通は私に譲るところじゃない? こっそりドアを開けたら、2人で寝てた私の気持ちも考えてよね」
「は、はーい」
……背中を押してくれた?
そういえば、リーンベルさんがお風呂に入ってきた時もフィオナさんがけしかけたんだった。
ワイバーンの依頼があった時はフィオナさんとリーンベルさんだけで過ごしてたから、陰で色々行動してくれてたのかもしれない。
デートの約束をしてたけど、随分急なお誘いだったし、フィオナさんもデートの様子を見守っていたから。
婚約する時に手伝ってもらう約束はしたけど、いっぱい動いてくれてたんだなー。
そう思うと、昨夜の襲撃が可愛く思えてしまうよ。
チラッとフィオナさんの顔を確認すると、ちょっぴり舌を出してウィンクしていた。
やっぱり陰で動いてくれてたんだね。
あと、そういう可愛すぎる顔はリーンベルさんがいない時にしてください。
このタイミングで頬を緩めることはできないんですから。
昔からリーンベルさんは怒ると長いため、30分ほど腕を組んだリーンベルさんに説教され続けた。
仲良くなったとはいえ、王女に正座をさせて怒れるのはリーンベルさんぐらいだろう。
「じゃあ罰として、今日は1日私に付き合ってよね。私は家にいる時間も少ないし、一緒に冒険者活動もしないの。会う時間が1番少ないんだから。それくらいわかってるよね?」
「はい、おっしゃる通りです、すみません。一生懸命お付き合いさせていただきます」
天使から一緒にいたいアピールされると心臓が爆発しそうだ。
罰になってないし、嬉しい言葉を並べてもらえたから。
「じゃあ、朝ごはん食べたら始めるからね」
「あぁ、もう少し弱火にしてください。焦げちゃいますから」
どこにデートへ出かけるのかと思ったら、お家デートだった。
タマゴサンドを作れるようになりたいらしく、料理を教えることになったよ。
彼女を通り越して、新婚さんみたいな空気になっている。
今は炒り卵を作る練習だ。
ちなみに、スズ達は当然のように家から追い出されたので、3人でピクニックへ向かった。
最初はブーブー文句を言って庭でゴロゴロしてたけど、ツンデレバーガー、カツサンド、ホットドッグのお弁当を渡してあげたら、発狂して出かけていったよ。
あの子達は肉が大好きだから、扱いやすいね。
「これでも強いの? もう火が付いてるか付いてないかぐらいだよ。本当に焼ける?」
「ちゃんと焼けますから、手を動かしてくださいね」
リーンベルさんは僕が言うことを疑っているんだろう。
口を尖らせて、ジト目で見てくるんだ。
ただでさえ、いつもと違うエプロン姿に激萌えなんですから、そういうオプションはやめてくださいよ。
大きな屋敷に2人きりで妙に意識してしまいますし。
「言われなくても、ちゃんと動かしてますー。あっ、見て、ちょっと塊になってきた。火、強くしていい?」
「火はずっと弱火でいいですよ。弱火の方が卵の大きさも細かくできますから」
でも、リーンベルさんの恋の炎は強火にしてください。
「意外にあっさりできるものなんだねー。もっと色々工程があるんだと思ってた」
「タマゴサンドくらいなら、誰でも作れますよ。もう火が通ってますから、ボールに入れてマヨネーズと混ぜていきましょう。マヨネーズを多めに入れた方がおいしい、とかはないですからね」
「わ、わかってるよ」
絶対わかってなさそうなので、しっかりと監視することにした。
言われた通りにフライパンからボールへ移し、僕の顔をチラチラ見ながら、リーンベルさんはマヨネーズを入れていく。
適量で止まって混ぜ始めたので、ホッとして鍋を準備することにした。
「せっかくですから、茹で卵で作るバージョンのタマゴサンドも作りましょうか。そっちも難しくありませんし」
「うん、作る作る。でも、世の中不思議なことっていっぱいあるよね。普通に混ぜてただけなのに、タマゴがなくなっちゃったの」
振り向いた時には、すでに遅かった。
世界一の食いしん坊であるリーンベルさんは、当然のようにつまみ食いで全部食べてしまう。
ボールに付いたマヨネーズすら、綺麗になくなっている。
鍋に水を入れて火をかける間の10秒ほどで、マヨネーズまで舐めてしまったのか。
きっとバレないように必死で食べたんだろうね。
顔に不自然なほどマヨネーズが付いているんだ。
ボールに付いたマヨネーズまで狙うからだよ。
それなのに、キョトンとした顔で不思議そうにされても困る。
「……食べましたよね?」
「ううん、食べてないよ」
「おいしかったですか?」
「うん、おいしかった。……あっ」
「食べ物は食べない限り、絶対に消えませんよ。顔もマヨネーズだらけですから、ティッシュで拭き取ってくださいね」
つまみ食いで全部食べるなんて、リーンベルさんらしいよ。
恥ずかしそうにティッシュで顔を拭いてる姿が愛おしく思えてしまう。
「もう1つのタマゴサンドの作り方は、卵を沸騰したお湯に入れて、先に茹で卵を作ります。後は出来上がった茹で卵を刻んで、マヨネーズと混ぜてパンに挟めば完成ですよ」
「本当にそれだけで大丈夫なの? あの伝説のタマゴサンド:バージョン2を作るんだよ?」
タマゴサンドを伝説化させたのは、あなたが世界初ですね。
普段から質より量を重視して、卵とマヨネーズオンリーの手抜きのタマゴサンドで申し訳なく感じてしまいますよ。
「塩胡椒したり、野菜を挟んだり、ベーコンを挟んだりしてもいいですよ。いつも出してるのは、マヨネーズだけですけど。作るのに慣れてきたら、リッチなタマゴサンドを作るのもいいですね」
「失敗したことしかなかったから、料理ってもっと難しいものだと思ってたよ」
「本格的に作るのであれば、色々工夫がいると思いますけど、家庭料理の範囲ですからね。なんで急にタマゴサンドを作ろうと思ったんですか?」
きっと踏んではいけない地雷だったんだろう。
今日1番強いジト目で見つめられ、背筋がぞわぞわってしてしまう。
もっとそのまま見つめてもらいたい。
……あれ? 僕はいつの間にジト目属性を持っていたんだろうか。
いつの間にか開発されているとは。
「君と過ごす時間を増やそうと思ったんですけどー。普通聞かなくても気付くと思うんですけどー」
一緒に朝ごはんを作ってくれようとしてたのか。
朝からイチャイチャしながら、天使と料理するなんて素敵ですね。
恋愛経験が0で、察することができなくて申し訳ないですが。
も、もっと言葉にしてくれてもいいですよ?
「まぁ、タツヤくんが冒険でいなくなった時に自分で作れたらいいなーって思いもあるけどね」
「そ、そうですか。あっ、そろそろ茹で卵ができるので、取り出してもらってもいいですか? 火傷には気を付けてくださいね」
「はーい」
火傷しないようにお湯を捨て、無事に茹で卵だけを取り出していた。
たったそれだけの作業でも、上手くいったらドヤ顔してくるリーンベルさんが可愛い。
「じゃあ、殻を剥いて刻んでいきましょう」
水で冷やしながら、2人で卵の殻を剥いていく。
単純な作業だけど、意外に面倒くさい。
一緒に作ると2人で話しながらできるから、今は楽しいけどね。
隠れて何度かつまみ食いを試みるリーンベルさんの手を叩きつつ、剥いた卵の身をほぐして、マヨネーズと混ぜてパンに挟んで作り上げていく。
卵を挟んでタマゴサンドになった時は、リーンベルさんが目頭を熱くしていた。
タマゴサンドを作れて感動するのは、この世界でもリーンベルさんだけだろう。
リーンベルさんの中ではタマゴサンドが伝説化しているため、思わず手を合わせて祈りも捧げている。
「簡単な割には、思ったより時間がかかるんだね。今は自分で作れた達成感の方があるけど。だって、あの伝説のタマゴサンドを作っちゃったんだもん。いいよねー、タマゴサンドって。見てるだけで癒されちゃうよ、この色合いが可愛いんだー」
そう言いながら、早速出来上がったタマゴサンドを食べ始めていく。
朝ごはんを食べたはずなのに、食べていないような食欲だ。
……1つだけ気になることがあるから、確認させてほしい。
「あのー、せっかく作ったのに、スズに上げないんですか?」
リーンベルさんがいないところでも、常にスズはお姉ちゃんのことを考えていた。
強制するつもりはないんだけど、できればリーンベルさんも妹思いであってほしい。
ちょっとスズが可哀想に思えてくるし。
「もう、さすがの私でも独り占めしないからね。今日は1日かけて作り続ける予定だから、まだまだ先は長いの。ひとまずこれは全部食べて、夕方作ったものをスズにあげるよ」
1日付き合ってもらうっていうのは、延々とタマゴサンドを作るって意味だったんだ。
もう少し甘い展開があると思ってたのに。
でも、リーンベルさんとずっと一緒に居られることに違いはない。
これから毎朝一緒に料理ができるように、今日はとことん付き合うことにしよう。
「絶対タマゴサンド作りをマスターするんだ。ん~、バージョン2も優しい口当たりが堪らないね」
作ったものを食べ終えると、予定通りタマゴサンドの作り方を復習していくことになった。
リーンベルさんの笑顔を独り占めにする、最高のお家デートである。
夕方になってスズ達が帰ってくると、タマゴサンド作りは終わり、みんなで集まってタマゴサンドを食べることになった。
リーンベルさんが作ったタマゴサンドと言うことが発表されると、スズ達は大袈裟に驚いた。
タマゴサンドとリーンベルさんを見比べ、思わず拍手をしてしまうほどに。
ましてや、今日はタマゴサンドが2種類もあるからね。
毎朝食べ続けているとはいえ、彼女達には2つの意味で衝撃的だったんだろう。
妹のスズは姉の手料理が嬉しかったのか、いつもより奇声がワントーン高い。
シロップさんとフィオナさんはタマゴサンドを食べて、リーンベルさんの料理の腕を褒めちぎっている。
その結果、リーンベルさんは顔を真っ赤にしてタマゴサンドを食べることになった。
新しいタマゴサンドが作られたこともあり、炒り卵で作ったタマゴサンドと、茹で卵で作ったタマゴサンドを食べ比べはかなり盛り上がった。
永遠に終わらないと思ったほどに。
というのも、どっちが真のタマゴサンドか決める議論が行われたからだ。
結論は『どちらもタマゴサンドである』という、そのままの結論にたどり着いたけど。
見守り続けた僕は「でしょうね」と、思わず言ってしまったよ。
深夜2時になるまで続いていたので、そこから女性陣が先にお風呂へ入ることになった。
みんなが出てくるまでソファで横になっていると、周りが静かなこともあって眠気に襲われてしまう。
心は大人でも、体は子供のまま。
まったく抗うことができずにウトウトとしていたら、意識がどんどん遠ざかっていった。
ハッと気付いた時には、もう朝だった。
チュンチュンと小鳥がさえずるような音が聞こえ、朝日が差し込み始めている。
寝っちゃったんだなーと思って体を起こそうとしたら、右手にコツンと何かが当たる。
頭だけを持ち上げて確認してみると、リーンベルさんがソファに寄り添うように座って眠っていた。
一緒にいたかったのかなと、モテ男みたいなことを考え始める。
お姉ちゃん属性が爆発してしまい、1人は可哀想と思ったのかもしれない。
ベッドインしたかった欲望に溢れ、ムラムラして一緒に眠ってしまったとか。
リーンベルさんの優しさを自分の都合のいいように解釈していると、「えへへ、タマゴサンド~」と寝言を呟いた。
幸せそうな顔とよだれを垂らす姿に朝から癒されてしまう。
タマゴサンドの匂いがしたから、一緒に寝てたっていうことはないよね?
い、一緒にいたかったからだよね?
僕のことが好きなんだよね? リーンベルさん!
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