第55話:ロリコン心の目覚め

 しばらくすると、料理長が料理を持って戻ってきた。

 真っすぐ僕の方にやって来て、ハンバーグのようなものを出してきた。


 ドヤ顔する料理長。

 挽き肉が羨ましいと思う僕。


 挽き肉を作れる機材を手に入れたいと思いながら、ナイフを入れていく。


 そこで気付いた、料理長の真の実力に。

 いったい彼はどうやってこのハンバーグを作ったんだろうか。


 肉汁が一滴も出てこない!

 とんでもないほど肉がパッサパサ!


 焼き立てなのに、肉の断面を見ても水分がないんだ。

 ハンバーグの肉汁を消し去るなんて、逆に高度な技術過ぎてマネができない。

 これほど食欲がわかないハンバーグは初めて見る。


 料理長の顔を見てみると、驚いている僕にすごいドヤ顔をしてきた。

 恐ろしいという意味で手を震わせ、一口食べてみる。


 もぐもぐ


 口の中の水分が全て持っていかれてしまう。

 ハンバーグでこういう経験をするのは初めてだ。

 唾液の分泌が間に合わない。


 まるで高性能なスポンジ。

 これを食べ切った後は、口の中が綺麗になっているのかもしれない。


 フォークとナイフを机に置き、ハンバーグの皿をスズの方へ流す。


「あげる」


「いらない、それスポンジだから」


 スズが受け取ってくれないので、不死鳥フェニックスに譲ろうと思って4人の方を向くと、首を横に振っていた。

 フィオナさんの方を向くと、わかりやすく大きなバツ印を作っている。


 仕方ないので、料理長にそっと返す。


「ご、ごちそうさまです」


「貴様ら! このハンバーグの何が悪いというんだ!」


「「「「 スポンジなところ 」」」」


 自慢の料理をスポンジと言われた料理長は、怒りの限界点を突破してしまったかもしれない。


 でも、僕らの思いとしてはスポンジなんだ。

 一口しか食べてないけど、スポンジ食べたな~って気分になってるもん。

 生まれて初めてこういう気持ちになったよ。


 僕は思わず、国王様に提案をする。


「国王様、今日の夜ごはん、僕が作りましょうか?」


「お父様、是非そうしましょう。このままでは栄養失調になるかもしれません。倒れてから気付いても遅いのです。諸外国の外交ばかりでなく、この国の民にも迷惑がかかりますから」


 やっぱりフィオナさんは、料理長のことが嫌いみたいだ。

 でも、その援護射撃に感謝しよう。

 一般市民の僕より、王女であるフィオナさんの方が説得力があるからね。


 懇願する娘と激怒する料理長に、国王は混乱した。

 どうするのか2人から言い寄られている国王はいったんおいといて、怯える第2王女に目を付ける。


 だって半泣きになってるんだもん、可哀想だよ。

 僕が原因だし、クッキーで餌付k……なぐさめてあげようと思うんだ。


 座っている第2王女の横まで行き、しゃがんで声をかける。


「デザートにクッキーを食べませんか?」


 クッキーを第2王女に差し出す。

 第2王女はキョトンとした顔で手に取り、迷わず口に入れる。


「おいちい~! もっとちょうだい!」


 半泣きだった女の子がキラキラとした笑顔で僕を見つめてくる。

 これはロリコンじゃなくても嬉しいよね。

 なんて可愛い笑顔でパクパクと食べてくれるんだろうか。


 いっぱい食べてね、お兄ちゃんのクッキーはおいしいからね。


 ちなみに、『初心うぶな心』は発動していないよ。

 こんなことでドキドキしていたら、完全に危ないやつだから。


 あぁ~、この子に「お兄ちゃん」って呼ばれて抱きつかれたい。

 こんな子に「お兄ちゃん、どこにもいかないで」って言われてみたい。

 道端で偶然会って、「お兄ちゃん、お金ちょうだい」って言われたら、すぐに万札あげちゃうよ。


 ロリコンじゃないけど、小さい女の子って可愛いなー。


 すると、先ほどまで怒り続けていた料理長が、クッキーに興味を持ち始めた。

 ブチギレモードは継続中のようで、足音をドンドン立てて近付いてくる。

 第2王女はそれに気付く様子もなく、おいしそうにクッキーを食べ続けているけど。


 僕はそっと右手を料理長の方に差し出し、1つだけクッキーを出してあげた。

 料理長はひったくるようにクッキーを奪い、口に運んでいく。


「ハァ~~~~~ン」


 バタッ


 キモい声を上げて倒れてしまった。

 幸せそうな顔をしているけど、そんな声を出されたら倒しても嬉しくはない。

 僕は第2王女の方を向いて、料理長を見なかったことにした。


「そ、そんなにうまいのか? ワシにもくれ」


 料理長が倒れたことで、国王がクッキーに興味を持ち始めた。


 第2王女から1度離れて、国王様と王妃様にもクッキーを渡す。

 王妃様だけ渡さないのは変だからね。


「なんだこのクッキーは!! 別次元のうまさだ、家宝にしたい」


「フィオナが肩を持つ気持ちがわかりますね」


「このクッキーは僕が作りましたので、おいしいと感じていただけたなら、料理もおいしく食べられると思いますよ。そうだ、クッキーよりもおいしいお菓子はいかがですか? 甘くて濃厚な大人のデザートです」


「そんなものが存在したのか!? ぜひ食べさせてくれ」


 おやおやおや、このタイプは瞬殺で餌食になるパターンではないですか。

 一国の王ともあろうお方が、なんとも倒し甲斐のない。

 僕は国王様といっても、容赦をしませんよ?


 むしろ、国王を倒すという快感を求めているからね。


「わかりました、でも気を付けてくださいね。フィオナさんはおいしくて気絶しましたので」


 国王様と王妃様は、僕が何を言ったかわからなかったんだろう。

 ぽかんとした顔で見つめてくる。


「お父様、お母様。タツヤさんの言うことは本当ですよ。私より甘いものが好きなお父様はイチコロだと思います。間違いなく幸せ過ぎて、気絶します」


 でも、フィオナさんはよく耐え続けましたけどね。

 あの親睦会で数々の料理に打ち勝ち、最後の最後で油断しただけですから。

 気をしっかり持っていれば、トリュフを耐えていたと思いますよ。


 僕はそっと2人に手を差し出し、トリュフチョコレートを手渡す。


「こちらがトリュフチョコレートです」


「この未知の物体がトリュフチョコレートというのか」


 そう言いながらトリュフを持ち上げて、全体を確認した。

 国王は見たこともないものに驚きつつも、迷わず口に入れてしまう。


 バタッ


 あなたはファインさんようにチョロい男ですね。

 彼のように何度も倒れてはいけませんよ。

 何といっても、一国の王なんですから。



 ………これって、大事件じゃね?



 食べ物を渡して食べたら、国王が倒れたんだよ。

 いくらフィオナさんが連れてきたといっても、普通は毒殺を疑うよね。

 そもそも、すでにクッキーを食べてるけど毒見とかいらなかったのかな。


 つ、捕まらないよね? 大丈夫だよね?


 焦り出す僕とは違い、フィオナさんは冷静だった。


「お父様はやっぱりダメでしたね。お母様も食べてください。とても濃厚で、今までにないデザートですよ」


 王妃様は堂々としている。

 どうやら国王がチョコで倒れても、全く問題がないようだ。

 スズが「王族と思わなくてもいい」といった意味が、ようやくわかってきたよ。


 王妃様はフィオナさんに勧められ、ニコニコしながらトリュフを口に入れた。


「濃厚でいつまでも程よい甘さが口の中に拡がります。ふふふ、幸せなデザートですね。フィオナが倒れてしまったのも納得です」


 王妃様は本当に異世界人なのか?

 今までオーバーリアクションをしてきた人達が嘘のように感じるぞ。

 この人を倒すことは不可能に近いだろう。


 あと、僕もお母様と呼んでいいですか?


 母性がにじみ出てて、包容力がすごそうなんだもん。

 やましいことは求めないから、普通に寝かしつけてほしい。

 夜寝る前に絵本を読んでもらって、「まだ寝たくないもん」って言って困らせたい。

 その後に「もう寝なさい」って言われて、背中をトントンされて寝るんだ。


 こういう甘えたくなる時って、1年のうちに360日ぐらいあるよね。

 でも、僕は人の女に手を出さないタイプ。

 妄想だけで済ませるから、安心してほしい。


「お母様、タツヤさんの料理はこういったレベルの物ばかりです。

 今夜だけでも作ってもらいませんか?」


「そうですね、料理長には申し訳ありませんが、私も興味が出てきました。ぜひお願いしたいと思います」


 話がまとまったところで、腕をクイクイと引っ張られた。

 そこには、ハートを射止めようとするような上目遣いをする、第2王女の姿があった。


「トリュフ食べたい~」


 ぐっ、ロリコンじゃないというのに、心が持っていかれそうだった。

 これが王家の血筋というやつか、恐ろしい女の子だ。


 でも、初心うぶな心は反応していないからセーフにしよう。


 言われた通りトリュフを渡してもいいんだけど、ビターな味付けにしてあるからなー。

 強い甘さを求める子供には、微妙なんだよね。


 こういう時は、みんな大好きなおっぱいと甘噛みから生まれた、なめらかプリンを出すべきだろう。

 おっぱいとプリンは期待を裏切らないから。


「子供の舌にトリュフは合いません。代わりに、なめらかプリンをどうぞ」


 プリンとスプーンを出してあげる。

 さぁ、お兄ちゃんの作ったプリンをお食べ。


「タツヤさん?! プリンとはなんですか、私にもください」


 そうか、まだあげてないんだった。

 ということは……。


 振り返ると、スズとリリアさんを先頭に長蛇の列ができていた。

 仕方ないので、1つずつ渡していく。


 プリンの在庫は少ないから、お城の中で作るしかないか。

 だって、第2王女にもっと餌付けしたいからね。

 僕がお城から離れても、忘れてほしくないんだよ。


 この際『プリンの人』って思われてもいい。

 お兄ちゃんの名前なんて覚えなくていいんだよ。

 存在を忘れないでいてくれれば、それだけでいいの。


「あっ、一応言っておきますが、気を付けて食べてくださいね。初見で倒れなかった人は1人しかいませんから」


 不死鳥フェニックスとフィオナさんは、『そういうやつか……』という顔をしていた。

 でも、第2王女は勢いよく食べ始めていく。


「おいちーーー!!」


 無邪気な子供は純粋に楽しめるようだ。

 そのままパクパク食べているよ。

 この調子だと、王妃様と第2王女は倒せる気がしない。

 この2人は強すぎる。


 そう思いながら、列に並んでいなかった王妃様にもプリンとスプーンを手渡した。


 バタッ


 やはり君はダメだったか、リリアさん。

 甘いものに弱過ぎますね。

 ギリギリ踏ん張って耐えたシロップさんとフィオナさんを見習ってください。

 でも、そのだらしない笑顔は好きですよ。


「ニンジンより癒されるかも~」


「癒しオブ癒し。まさに至高のデザート」


「あ……危ないところでした。見た目・香り・味、全てが一体となって癒しを提供してくる魔法のようなデザートです。こんな隠し玉を持っているなんて……さすがです」


「今夜の夜ごはんが楽しみになってきましたね」


 男性陣は無言でプリンを食べていた。

 みんなニヤニヤしているのに対して、王妃様と第2王女はニコニコって感じの表情。

 プリンのおかげでみんなが幸せそうな雰囲気になったけど、正直ここまでやるつもりはなかった。


 うーん、どうしよう、もう心が満たされてしまったよ。

 なんだか燃え尽き症候群のような感じになるほど、やり切った感が生まれているんだ。


 自分で言いだしたことなんだけど、夜ごはん作るのすっごい面倒くさい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る