第54話:オムレツにケチャップかけて

 この国の名前は『フェンネル王国』で、王都の名前もそのまま『首都 フェンネル』。

 フリージアの3倍ぐらい大きな街だ。

 活気があり過ぎるくらいにぎやかで、お祭りでもやっているような雰囲気。


 街の風景は、大きな建物が並んでいて、王様っぽい人の銅像まで造られている。

 広場に噴水もあって、子供達がワイワイと遊んでいた。

 王都に売っている食材も気になるし、スズに買い物を付き合ってもらいたい。


 護衛依頼中の僕達は、寄り道をせずに城へ向かっていく。


 城へ着くと馬車を降りて、フィオナさんを先頭に黙々と歩き進んでいった。

 子供の僕は歩幅が小さいから、普通に歩くと置いていかれてしまう。

 そんな僕に気付いたのか、スズとシロップさんはゆっくり歩いてくれた。優しい。

 途中で引き離されてしまったけど、1つの部屋の前でみんなが待っててくれた。


 コンコン


 フィオナさんがノックをして入ると、ちょうど食事が終わった様子だった。

 テーブルには3人が座っていて、その周りに数人のメイドさんがいる。

 服装的に3人は、国王様、王妃様、第二王女様だろう。


「おぉ! やっと戻ったか!」


「フィオナ、おかえりなさい」


「お姉たま、おかえりなたい」


 小さい女の子が椅子を降りて、フィオナさんに抱きついていた。

 第2王女は僕よりも子供で、8歳くらいの可愛らしい女の子。


 でも、残念なことに僕はロリコン属性を持っていない。


「ただいま戻りました」


「お前達もいつも護衛依頼ばかりすまんな! ちょうど昼飯を食い終わったところだ。用意させるから、お前らも食っていけ」


 国王の言葉とともにメイドさんが一人退出をした。

 きっと食事の手配に行ってくれたんだろう。


 僕は第2王女よりも、リアルメイドさんが気になって仕方がない。

 よ、夜のご奉仕とか現実にあるんだろうか。


 それにしても、いきなり王族との食事イベントが発生するとは思わなかった。

 早くも全力で帰りたくなってしまうよ。


 でも、思ったより緩い系の国王で助かった。

 多少の無礼は笑ってすましてくれそうだ。

 油断はできないけど。


 お昼ごはんを誘われたのに、気が乗らないのか誰も動こうとしない。

 フィオナさんはボソッと「途中で食べるべきでした……」と、つぶやいていた。


 その顔を覗き込んでみると、とても嫌そうな顔をしている。

 演技が下手な不死鳥フェニックスも、嫌がっているのがよくわかった。

 きっと同じような気持ちなんだろう。


 仕方ないという感じで、重い足取りのまま席へついていく。

 僕もシロップさんの膝ではなく、普通の椅子に座る。

 当たり前だよね。


 椅子に座ってみると、とても座り心地の良い椅子だった。

 お城というだけあって、相当高価な物なんだろう。

 辺りを見回しても、とても綺麗で高そうなものばかり。


 真っ白なテーブルクロスに、地面は真っ赤な絨毯、綺麗な絵まで飾ってある。

 こんな空間で食事は緊張してしまう。

 絶対に汚さないようにしよう。


 キョロキョロと辺りを見回していると、不意に国王と目が合ってしまった。


「そのちっこい子供がフィオナと騎士達を救ってくれた者か? 強そうには見えんが……」


「お父様、命の恩人に失礼ですよ。ファインもトドメを刺される寸前でしたから。意識をなくすまで力を振り絞り、オーガ討伐に貢献してくれたのです」


「そうだな、スマンスマン。確かタツヤと言ったな、ありがとな」


 超軽いじゃん、ちょっと親近感が沸いちゃうよ。

 犬の散歩してたら話しかけてくる近所のオッサン並みだからね。

 なんだったら、ギルマスよりも話しやすい気がする。


 フリージアのギルマスは、ムッキムキで怖いから。


「いえ、偶然でしたから。それに、おっしゃるように強くありませんので」


「冒険者ギルドとファインから話は聞いているが、どうやって倒したんだ? そこだけあいつらボカしやがるからな、詳しくわからんのだ。まぁ助かったんならどっちでもいいけどな! ハッハッハッ」


 こいつ、国王として大丈夫か?

 適当すぎだし、何も考えてなさそうだ。

 でも、スズが評価しているぐらいだから、実は優秀なのかもしれない。


 すごいバカっぽいけど。


「お父様、その話は後にしましょう。料理も来ましたし」


 メイドさんが何人か現れて、テーブルに料理を置いていく。

 僕に料理を運んでくれた人は、20歳ぐらいのメイドさんだった。

 いいなー、メイドさんのいる生活って。


 運ばれてきたのは、『野菜スープ、パン、オムレツ』だった。

 みんな露骨に嫌そうな顔をしている。

 オムレツの見た目は綺麗にできているし、スープはコンソメスープみたいな見た目だ。

 パンはいつも食べているような普通のパンだね。


「さぁ、遠慮なく食べてくれ」


 国王の許可が降りても、なかなか動き出そうとしなかった。


 フィオナさんなんて、フォークとナイフも持たずにため息をついている。

 他のみんなは少し時間をおいた後、重々しい手を動かして食べ始めていく。


 こんなぎこちない食事を見るのは初めてだ。

 いつもようにバクバクかぶりつけばいいのに。


 そんな中、僕は割と楽しみにしている。

 だって、王族が食べる料理を食べられるんだもん。

 そんな経験って、普通はないからね。


 きっとみんなは舌が子供だから、繊細な味付けに気付かないんだろう。

 質素な見た目の料理ほど難しいのに。


 僕はまずスープから飲んでいく。


 うん、思ったより素材の味を活かすタイプだ。

 味付けは……塩オンリーだな。

 しかも、めちゃくちゃ塩分が高くて、水を飲まずにはいられない。

 スープと水を一緒に取る必要があるなんて、お腹がちゃぽんちゃぽんになるぞ。

 一言で言うなら、もう飲みたくない。



 オムレツはどうなんだろうか。


 お、おう。卵オンリーで作っている気がするな。

 しかもオムレツを食べ進めていくと、中から黒いものが出てきたよ。

 気になって黒い部分だけ食べてみると、単純に焦がした部分だった。

 ハッハッハ、まずいな。


 綺麗な卵焼きを持ち上げると、皿に接している面がけっこう焦げていることにも気付いた。

 ここの料理長は何を考えているんだろうか。

 一応、僕達は客人のはずなんだけど。


 スズが肘でチョンチョンと突いてきて、耳元に口を近づけてくる。


「オムレツにケチャップかけて」


 なんてことを言うんだよ。

 小声で言ってくれて助かったけど。


「王族との食事でできるわけないでしょ。でも、よくオムレツにはケチャップだとわかったね。優秀な人材に育ってくれて嬉しいよ」


 スズはどや顔になっている。

 でも、君の気持ちはわかるよ。

 僕もケチャップかけるの我慢してるから。


 かといって、王様の顔に泥をぬっちゃダメだ。

 我慢してクソマズイ料理を食べよう。 


「タツヤ、マヨネーズをくれ」


 おい、カイルぅぅぅぅぅぅぅぅ!!

 向かいの席から爆弾をぶっ込んでくるじゃないよー!

 スズだって気を使って小声にしてくれたんだぞ。


 しかも、貴様はなぜオムレツにマヨネーズをかけて食べちゃおうと思っているんだ!


「タツヤさん、私もマヨネーズをお願いします」


 フィオナすわぁぁぁぁぁあぁん!!

 私なら何しても平気だからって感じで、注文しないでもらってもいいですか?

 目立つだろう、僕が目を付けられるだろう。

 まだこっちは様子見なんだよ?


 でも、僕を困らせて反応を楽しんでいるのかもしれない。

 その高度なプレイはまだ早いよ。

 もし本当にそういう風に楽しんでいるのならば、僕は受け入れるけどね。


 言葉責めが好きだから。


「ん? どうした? マヨネーズとはなんだ?」


 ほらっ、国王が興味を出してきたじゃん。


「タツヤさんは子供ですが、超一流の料理人です。城の料理人とは比べものにならない腕前ですから、少し独自の調味料をわけてもらうかと」


 ストレートに褒められるのは悪くないですね。

 王女様に褒められる経験なんて普通はないですし。


「いくらフィオナ様でも、聞き捨てなりませんな。こんな子供が料理を作れるかどうかも怪しい」


 振り向くと、そこには本物の料理人がいた。


 おいおいおい、この喧嘩腰なやつは絶対に料理長だろう。

 しかも、すごい怖い顔してんじゃん。

 こんなマズいもの出してきたのに、なんでそんなにプライド高いの?

 僕はまだ何も言ってないのに、めっちゃにらみつけてくるよ。


 心の中ではだいぶクソだと思ってるけど。


「カイルもフィオナも何を言っている。失礼だと思わないの?」


 助け船を出してくれたのは、スズだった。


 さすがスズさんだよね。

 さっき注意して反省してくれたんだ。

 しかも、この状況を見て僕を助けてくれようと動いてくれた。


 パーティメンバーであり、愛しのパートナーでもある。

 やっぱり君の付き人に慣れて、本当に幸せ者だよ。


「オムレツさんにはケチャップ、マヨネーズは邪道。オムレツさんに謝るべき」


 おい、スズぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!

 なんでケチャップの存在もバラしちゃってるんですか。

 王族がポカンってしてるじゃないですか。

 お城の中なのに、王族達が置いてきぼりになってますよ。


 ケチャップを褒めたからって、そんなにマヨネーズ勢と争わないで。


「そんなわけないだろ。どう考えたってマヨネーズだ。だいたいタマゴサンドにはマヨネーズ使ってるんだぞ。そうだろ、タツヤ?」


 全員の視線が僕に注目してくる。

 やだ、帰りたい。

 早くもリーンベルさんが恋しくなってきたよ。


 せめて、シロップさんの膝の上に乗せてほしい。

 クンカクンカをされて、落ち着きを取り戻したいんだ。


 完全に僕の発言待ちとなったため、スズに小声で確認する。


「スズさん、調味料とか出して本当に大丈夫なんですか? そもそも、王族の料理にケチつけていいんですか?」


「構わない、この国の王族は足で踏んでも大丈夫。王族と思わなくても問題ない」


 なんだそれは、言い過ぎだろう。

 もしくはただのドMだ。


 クソッ、もうこうなったらヤケクソになろう。

 やるならとことんやってやる。


 ネット掲示板ぐらい思いっきり煽って、大炎上してやるからな!


「国王様、料理についてお聞きしてもよろしいですか?」


「どうした?」


 国王様と目を合わせて、大きく息を吸い、大きめの声で煽っていく。


「こんな料理を食べてて体を壊しませんか? 栄養は足りてますか? 多分、栄養不足で味覚障害が起きていますよ。もっとちゃんとした料理を食べないとダメです。一国の王族が食べ物の味を知らないようでは、諸外国との外交に関わります。こんな料理を出して他国の人間を迎えたら、笑われてしまいますよ」


 時が止まったかのように、全員の動きが固まった。

 ただ1人、料理長は顔を真っ赤にして怒っているけど……。


「それにカイルさん、今までちゃんと味わって食べてきましたか? スズの言う通りオムレツにはケチャップです。なんでマヨネーズかけようと思ってるんですか。フィオナさんもですよ! 王族がそんな舌でどうするんですか!」


「だ、だが、タマゴサンドにはマヨネーズが……」


「ポテトサラダにソースをかけても、ポテサラサンドにソースはかけないですよね? 卵だからって、何でもかんでもマヨネーズをかけちゃダメです。オムレツにはケチャップ、もしくは特別なデミグラスソースを作ってかけます。スズを見習ってください。一発でケチャップを言い当てましたよ」


 スズは胸を張ってドヤ顔だ。

 とても立派なお胸ですね、直視できないけど。


 でも、おっぱいってすごいよね。

 横から見る光景と前から見る光景とでは、同じおっぱいなのに全然違うんだ。

 2秒以上見れないのが悔しいよ。


 もっとスズさんのおっぱいを横から堪能したい。


 バンッ


 我慢の限界だった料理長の怒りが頂点に達してしまう。


「来賓だろうが子供だろうが、俺の料理を侮辱するなら許さんぞ!!」


「料理人だったら料理で語ってくださいよ。口がうまいだけの料理人なんてただの詐欺師じゃないですか」


 僕は口で語りまくってますけどね。


「上等じゃねぇか! ちょっと待ってろよ、ギャフンと言わせてやる!」


「ぎゃふん」


 料理長はイライラしながら出ていった。


 僕は今まで我慢していたものを解放して、気分爽快だ。

 子供らしく素直でいることが1番だね。


 スッキリした僕はルンルン気分で、みんなのオムレツにケチャップをかけていく。


「予想通り、ケチャップが合う」


「グッ、俺はなんてミスをしていたんだ……! マヨネーズではこの味は生まれねぇ」


「確かにケチャップでしたね。危うく諸外国で恥をかくところでした」


 ……僕だって、言い過ぎたとは思っていますよ。

 でも、ヤケクソだったから仕方ないんです。


 それとも……単純に料理長のことが嫌いなんですか?

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