第105話:VS キマイラ 2

 強い殺気をスズに放って怒りを露わにするキマイラは、明らかに魔法攻撃を嫌っている。


 物理攻撃のように受け止めることなく、危険と判断して回避行動を取ったに違いない。

 あの攻撃でキマイラを倒せるはず。


「物理攻撃より魔法攻撃の方が苦手みたいだね。今より強い魔法ってあるの?」


「今のが最速で威力も高い。陽動しながら戦うには無理がある」


 呑気にスズと相談していると、キマイラは灼熱の矢を放ったスズに標的を変え、こちらに飛び掛かってきた。

 そこにシロップさんが割り込み、キマイラに蹴りを入れて妨害する。


 いつもおっとりしてるけど、シロップさんの戦闘のキレは凄まじい。

 防戦を強いられていても、キマイラの隙を逃さずに攻撃して、注意を引き付けてくれる。


 無理はせずに避けているから、まだダメージも負っていない。

 常に一定の距離感を保って、観察しながら戦っている感じだ。


 でも、相手はスズでも見たことがないような魔物。

 何かの拍子に形勢が逆転することだって考えられる。

 シロップさんが守ってくれている間に、攻撃を当てる方法を考えよう。


 ……最近はこんなことばかり考えているな。

 強敵相手だったら、他にできることもないから仕方ないけどさ。


「ブリリアントバッファローの時みたいにこかしてほしい。こけてしまえば、魔法を避けることはできない」


「わかった、マヨネーズを撒いてみる。シロップさーん! マヨネーズの塊を所々置いていくから、踏まないように気を付けてねー」


「わかった~」


 置くといっても、猛スピードで動くキマイラとシロップさんに近寄ることはできない。

 遠くからマヨネーズの塊を大砲のようにドンッと飛ばして、罠を設置することにする。


 できるだけ邪魔にならないようにするため、シロップさんの視界に入るようにマヨネーズの塊をドンッと飛ばしていく。

 地面に着弾すると、ベチャーッと広がり、罠の設置は完了。


 同じように4か所ほど作っていく間に、スズはもう1度矢を構えて、攻撃の準備を始める。


 そのまま踏んでくれることを祈っていても、キマイラはマヨネーズを踏もうとしなかった。

 シロップさんがマヨネーズに近い場所へ移動しても、マヨネーズを避けるように地面を選んでいる。

 きっとブリリアントバッファローよりも知能が高いんだろう、厄介だな。


 ここは運だよりになるけど、直接当てる方にシフトした方がいいかもしれない。

 運は100でMAXだから、簡単に当たる可能性もある。


 右手を前に突き出し、直線状にキマイラが来るまで待つことにした。


 できるだけ勢いよく飛ばしたいから、目視しやすいようにマヨネーズじゃなくて、ケチャップに変えよう。

 シロップさんを巻き込むわけにはいかないから。


 油分はマヨネーズの方が多いけど、ケチャップが纏わりつけば動きも鈍くなって、魔法も当てやすくなるはず。

 ブリリアントバッファローじゃないんだから、こかす必要なんてないんだ。

 スズの魔法を当てるチャンスを生み出すだけでいい。


 一緒にスズと狙い定めるように立っていると、少し恥ずかしくなってしまう。


 灼熱の矢で攻撃しようとするスズ。

 ケチャップを飛ばして攻撃しようとする僕。

 同じ赤色という共通点はあっても、圧倒的に僕がダサイ。


 そんなことを考えていると、キマイラがライン上へやって来た。

 狙いを定めずに運だけを信じ、巨大なケチャップ爆弾を解き放つ。


 ドォォォンッ


 なぜか大砲のような大きな音を鳴らして、直径1mほどの大きなケチャップの塊が飛んでいく。

 予想よりも遥かに遅い。

 全力でダッシュする子供レベルの速さで空を飛んでいき、キマイラに襲い掛かr……。


 ベチャーーーッ


 そんな速さでキマイラに当たることはなく、地面にケチャップが拡がった。

 ケチャップ爆弾という、最高にダサい黒歴史の誕生である。


 隣にいるスズが真剣な顔をして狙っているため、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだよ。

 無駄に轟音がなったから、シロップさんも期待してくれただろう。

 それなのに、現実は黒歴史になっただけ。情けない。


 ゴブリン以下の戦闘力しかないんだから、大人しくしてようかな。




 と思った、その時だ。




 シロップさんに攻撃を続けるキマイラは、何の迷いもなくケチャップの上に着地する。


 つるんっ ドテ

 バシュッ ドス


「グオオオオオオオ」


 マジかよ、ケチャップを踏んでこけたぞ。

 自分でやっといて言うのもあれだけど、ケチャップを踏んでこけるの?

 マヨネーズは警戒してたのに、ケチャップに対して無警戒じゃん。


 滑りやすいマヨネーズでこけてくれなきゃ、マヨネーズトラップの立場がないよ。


 スズもよく今のタイミングを見逃さなかったね。

 容赦のない魔法攻撃に驚きを隠せないよ。


「さすがタツヤ、自然界に存在しないマヨネーズの色より、血の色であるケチャップを使って警戒心を解くとは。その発想はなかった」


 同じくその発想はなかったよ。

 君の鋭い分析力には脱帽だ。

 だが、これだけは言わせてくれ。


「作戦通りだよ」


 最大級のドヤ顔を披露して、スズのポイントを上げていく。

 知的キャラに見られるの……嫌いじゃないよ。


 スズの放った矢が体に突き刺さったまま、キマイラはケチャップの上で立ち上がる。

 もはや、血かケチャップかわからない。


 再びスズに標的が変わり、キマイラはこっちに走ってくる。

 そこを颯爽と現れたシロップさんが、突き刺さっている灼熱の矢を押し込むような形で、死角から飛び蹴りをかました。


 グオオオオオオオ


 痛がるキマイラにスズは容赦しない。

 即座に灼熱の矢を作って、解き放つ。


 しかし、追撃の矢が当たる寸前にキマイラは横へ飛んで矢を避けた。


 明らかにキマイラは痛がり始めてダメージを負ってるのに、動きが鈍くなる様子がない。


 キマイラは怒りの頂点に達したのか、グオオオオオオオと大きな咆哮をあげると、僕達と距離を取った。

 そして、今まで近距離攻撃しかしてこなかったのに、遠距離から炎の息を吐いてきたんだ。


 ブォオオオオオオオオオ


 以前に見たワイバーンの火の息とは、比べ物にならないほどの禍々しい赤黒い炎。


 歯をグッと食いしばったスズは右足を一歩引き、両手を前へかざして炎を作り出す。

 キマイラの炎に対抗するように解き放った。


 両者の炎が激突し、強烈な熱気が辺りに拡散。

 急いでスズから離れて、炎から避難する。


 醤油戦士を焦がしても、醤油の香りはしないよ。


 距離を取って振り返ると、両者の炎が拮抗していた。

 いや、互角に思われた炎同士の対決はキマイラの炎がわずかに強い。

 徐々にゆっくりとスズの炎が押され始めている。


 僕は思った。


 怒りが頂点に達して口を開けている姿は、以前に見たことがある。

 そう、あれは初めてオークを倒した時だ。


 怒り狂ったオークが口を大きく開けて、「ハバネロをくれー」と言っていたんだ。

 きっとキマイラも同じ気持ちに違いない。



 ハバネロを提供しなきゃいけないという使命感に襲われる。



 アホなことを考え出す僕は止まらない。

 災害級の魔物であるキマイラへ近付き、斜め45度から狙える位置まで移動する。


 不審な行動を取る僕に気付いたシロップさんが、近くに来てくれた。

 きっと危なくなったら守ってくれるだろう。


 シロップさんに安心した僕は、狙いを定めて高圧縮したハバネロソースをキマイラの口に発射する。


 ブシューーーーッ


 ただのハバネロソースは高温の炎によって妨害され、キマイラの口に入る前に蒸発してしまう。


 使命感に襲われている僕は、キマイラに食べてもらうまでハバネロソースの放水をやめない。

 まるで火事の火を消す消防士の気分だ。


 ここで予想外のことが起きる。


 キマイラがいきなり炎を出すことをやめて、地面に転がるように苦しみ始めた。

 もしかしたら、蒸発したハバネロが鼻や喉を通り、粘膜を襲ったのかもしれない。

 そのせいでハバネロソースが口から外れてしまったから、ちゃんと狙いを定めて口に入れてあげよう。


 ブシューーーッ


 グオオオオオオオオ


 口を大きく開けてジタバタと、のたうち回る姿が懐かしい。

 あれは「ちょうだいよー、もっとちょうだいよー」って言っているんだ。

 スーパーでお菓子を買ってくれない子供が、だだをこねる姿にそっくり。


 もっと上げなければいけないという使命感に襲われた。


 ブシュッ

 ブシュッ

 ブシュッ


 グオオオオオオオオ


 ジタバタしているため、口に入れるのが難しい。

 大人しくしてくれれば、もっといっぱい入れてあげるのに。


 ここでも容赦のないのはスズだ。

 この光景を見たことないシロップさんは思わずポカンとしているけど、スズは僕がオーク2匹と戦っているところを直接見ている。

 だから、迷わず大弓を形成し直して、キマイラのお腹に矢を解き放つ。


 バシュッ ドス


 グオオオオオオオオ


 ブシュッ ブシュッ


 グオオオオオオオオ


 バシュッ ドス


 グオオオオオオオオ


 スズの矢が当たることで、キマイラが僕の方を向いて吠えるようになった。

 きっとキマイラはドMに目覚めたんだろう。


 「痛いの次は辛い苦しみが欲しいのよ!」と、わざわざ口を大きく開けてハバネロをねだってくるんだ。

 どっちかといえば僕もMだから、気持ちがわからないでもない。


 だから、遠慮なくハバネロを受け取ってほしい。


 辛い、痛い、辛い、痛いの繰り返しで、体の内側と外側からの同時攻めに、キマイラは体の自由が奪われる。

 これには災害級のキマイラも耐えることが出来ず、次第に息絶えることとなった。


 動かなくなったキマイラに安堵するスズ。

 使命を果たせて安堵する僕。


 災害級の魔物と戦闘が終わって心が落ち着いてくると、シロップさんが僕にこう言ってきたんだ。


「変なパーティだね~」

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