第104話:VS キマイラ 1

- 翌日 -


 僕は今、スズにお姫様抱っこをされている。

 なぜかはわからないけど、スズが急に「抱っこしたい」って言いだしたんだ。

 断る理由なんて何もないからね。

 潔く身をゆだねたよ。


 でもね、2時間もお姫様抱っこされるとは思わなかったんだ。


「なんで僕は抱っこされてるの?」


「抱っこしたくなったから」


「順番だからね~、次は私だよ~」


 空前のお姫様抱っこブームが到来しているのか。

 もしかしたら、この後はおんぶになるかもしれない。


 でもおんぶはダメだ、僕の膨らんd(自重


 どうしよう、このまま獣人国までお姫様抱っこされ続けたら。

 にゃんにゃんが「大丈夫? ケガをしたの?」と聞いてきたら、「抱っこされてるだけです」と答えるのか。

 おそらく、人間の考えることはよくわからないと、思われてしまうだろう。

 にゃんにゃんにそんなこと思われるなんて嫌だ。


 モフモフパラダイスのために、友好関係を築きたいのに。

 にゃんにゃん達に囲まれながら、ブラッシングをしてあげたいんだ。


 やましいことは考えてないよ。

 だって、もう間に合っているからね。


 肌と肌で触れ合うスキンシップを楽しみたいだけさ。

 あっ、でもブラッシングは女性限定でお願いします。



 そこから30分経って、シロップさんにお姫様抱っこの順番が回ろうとした時だ。

 スズは急に僕をシロップさんの方に投げつけた。


 ナイスキャッチだ、シロップさん。


「シロップ、先ニンジン食べて」


「わかったよ~」


 2人の顔付きが変わったから、敵が来るんだろう。

 それもニンジンを食べないとダメな程の強敵。

 だからといって、投げつけるのはやめてほしいけど。


 両想いなんだから、もう少し丁寧に扱ってほしいと思いつつ、シロップさんに極・癒しニンジンの煮物を差し出した。


 シロップさんが食べ始めると同時に、轟音と共に何かが猛スピードで2つ飛んできた。

 振り向いて確認すると、傷だらけのにゃんにゃん(白猫と黒猫)が2人。

 装備も体もボロボロで、手足だけじゃなく腹部からも血が滲んでいる。

 意識もギリギリで相当マズイ状態だ。

 なお、肝心なところは隠れている。


 ドゴォォォォン


 轟音と共に、もう1つ何かが飛んできた。

 新たなにゃんにゃんが飛んできたと思って確認すると、まさかのスズだった。


 なぜスズまで飛んでくるんだ?!

 料理を食べてないとはいえ、Aランク冒険者だぞ。

 こんなにあっさり吹き飛ばされてしまうなんて。


 スズと交代するように、シロップさんがまだ見えない何かに向かって飛び出していく。


 その間にスズの体を回復させるため、極・癒しニンジンの煮物とサンドウィッチを手渡した。

 吹き飛ばされたといっても血を流していないから、ごはんを食べれば大丈夫だろう。


 それより、問題はにゃんにゃん達だ。


 極・癒しニンジンの煮物で2人の傷口を回復したら、目覚めた時に不自然だと気付くだろう。

 でも今は非常時事態、ユニークスキルを使ってでも回復させないと、この2人が死んでしまう可能性がある。


 少し迷ってしまったけど、にゃんにゃん達を見殺しにすることはできない。


 ちなみに、ご褒美のにゃんにゃんプレイを期待したわけじゃないよ。

 全く期待していないのか? と聞かれたら、ゼロじゃないと答えるけど。


 アイテムボックスから極・癒しニンジンの煮物を取り出し、2人に食べさせていく。

 意識もギリギリ残ってるような状態だから、ニンジンの煮物を箸でつかんで、2人の口の中に突っ込む。


「無理矢理でもいいから、よく噛んで食べて」


 2人のにゃんにゃんは素直に従ってくれて、ニンジンの煮物を食べてくれた。

 やっぱりにゃんにゃんがモグモグしてる姿が可愛い。

 程よく膨らんだ胸元についつい目がいってしまうのは、許してほしい。


 ……できたら、ケガの具合を見たいから装備を外しt(自重


 3回ほど繰り返して食べさせていくと、体の傷はほとんど消えていた。

 白猫のにゃんにゃんは、安堵するように意識を手放す。

 黒猫のにゃんにゃんも後を追うように気を失いかけたけど、グッと唇を噛んで、無理矢理を意識を保った。


「反乱……魔物、召喚……」


 それだけ言うと、黒猫にゃんにゃんは意識を失った。

 きっと精神的な負担も大きかったんだろう。

 ニンジンの煮物を食べてくれたから、しばらく休んだら大丈夫だと思うけど。


 大事なワードだけは聞き取れたことで、だいたいの展開も予想が付く。

 反乱はシロップさんの言ってた通りの展開が起きているに違いない。

 ただ、そこに魔物召喚という嫌なワードが重なってしまった。


 スズが吹き飛ばされたことを考えると、ダークエルフがこの問題に関わってる可能性が高い。 

 獣人国が王都のような被害を受けていたら、予想以上に恐ろしい事態が起こっているはずだ。

 ギルドへ連絡が取れないことも説明がつく。


 2人のにゃんにゃんに申し訳ないと思いながら、いったんこのまま放置することに決める。

 相当強い魔物が近くまで来ているだろうから、連れて行く方が危険なはず。


 スズが近寄ってきてクッキーをねだってきたので、手渡してあげた。


「あれは災害級の魔物。今まで見たことがない。早くシロップの元へ向かう」


 スズと一緒にクッキーを食べて、急いでシロップさんの方へ向かっていく。

 シロップさんの元にたどり着くと、交戦している魔物を見て、驚いた。


 あれはどうみても野生の魔物じゃない。


 大きなライオンのような頭を持ち、体は羊、そして、尻尾はヘビのように動いている。

 いわゆるキマイラという合成獣だろう。

 ダークエルフによって作られた魔物なのかもしれない。


 僕が魔物に驚いている間に、すぐにスズは戦闘へ参加する。


 シロップさんが攻撃を避けて注意を引いてる間に、猛スピードでスズが突っ込み、側面から拳を叩き込む。

 ドンッとヒットはするものの、全く効いてるような感じがしない。


 もう1度攻撃を叩き込もうとスズが振りかぶれば、尻尾のヘビが噛みつこうと邪魔をする。

 バックステップで避けたところをキマイラの本体が距離を詰め、前足の尖った爪で切り裂こうと飛び掛かった。


 回避行動を取って着地したばかりのスズは避けることができない。

 不安定な姿勢でキマイラの攻撃に拳を合わせて、防御を取る。


 ガキーンッという金属音と共に、スズは吹き飛ばされてしまう。


 しかし、その隙をシロップさんは見逃さない。


 勢いよく距離を詰めると、スズと同じように側面から拳を叩き込む。

 ドンッ! としっかりヒットするものの、まるで衝撃を吸収しているようにノーダメージ。


 むしろ、それくらいなら避けるまでもないと思ってるような雰囲気だ。

 ブリリアントバッファローに傷が付かなかったことを思いだす。

 こいつも何か弱点があるんだろうか。


 吹き飛ばされたスズは魔法攻撃へシフトするべく、僕の近くまで戻ってきた。

 ワイバーン討伐で見せた、炎の大弓を瞬時に形成していく。


 1本の灼熱の矢を作り出した後、1度大きな深呼吸をして、大弓を構えた。


 でも、これはなかなか当てることが難しい。

 猛スピードで動くシロップさんへ当てずに、キマイラのみを狙わなくてはならないだけでなく、広範囲に動き続けるため、狙いを定めることができない。


 弓矢の直線的な攻撃なら、なおさらのこと。


 スズが大弓を構えたまま、刻々と時間だけが過ぎていく。

 1分経っても、2分経っても、矢を放つことはできなかった。

 でも、諦めるような顔はしていない。


 ひたらすチャンスを待ち続けるように集中し、スズは慎重に獲物を狙い続けている。


 何もできない僕はボスに弱点がないか、シロップさんの戦いを観察している。

 その結果、どんどんわからなくなっていった。


 あのステ3倍の最強シロップさんでも、ほとんど攻撃をしていないんだ。

 正面から迎え撃つことを避けているような印象を受ける。


 時間を稼ごうとしているのか、弱点を見つけようとしているのか、それとも、隙が見えずに攻め込めないのか。


 どれにしても、ステ3倍のシロップさんですら、防戦一方の戦いしかできない恐ろしい魔物ということだ。

 それでも、諦めるわけにはいかない。


 スズだって、一瞬の隙を見逃さないように、集中して狙い定め続けている。

 何か攻略のヒントになることを見付けださないと。


 そんなスズの異様な気配に気付いたのか、キマイラがチラッと首をこちらに向けた、その時だ。


 シロップさんが瞬間的にグッと踏み込んで詰め寄ると、力任せに顔面を殴りつけた。

 ダメージを受けてはいないようだけど、僅かに吹き飛ばされ、体勢を崩す。


 そのタイミングでスズは、バシュッと灼熱の矢を解き放った。


 チッ


 体勢を崩したキマイラは横に飛んでギリギリ避け、かすり傷しか与えることができなかった。

 でも、明らかに傷が残っている。

 今までのように、攻撃を受け止めて涼しい顔をしているわけじゃない。


 もしかしたら、キマイラは物理耐性が強すぎる反面、魔法耐性は低いのかもしれない。

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