第7章 マールさんの思い人

第133話:カエルに怯える人達

 ギルド内がパニック状態になると同時に、警告の鐘がカーンカーンと街に鳴り響く。


 キマイラに攻撃して体を痛めたギルマスが、階段から転げ落ちるように降りてきた。

 何があったか聞かれたので、カエルが来ることを伝えると、すぐに家へ帰るように言われた。


 国王と王女だけでなく、来賓扱いの獣王達までいるからだろう。

 にゃんにゃんも怯えていたから、ちょっと心配だ。


 謎に勝ち誇った顔をするマールさんに見送られながら、ギルドを後にした。


 街に飛び出してみると、すでに大パニック状態。

 大勢の人が走り回って、血相を変えて家へ避難し、兵士達が慌ただしく門へ向かう。

 同じ兵士でも泣き叫ぶように嫌がる者もいるほど、混乱は続いている。


 人混みを抜けながら家へ戻ると、全員がリビングに集まっていた。


 異常なテンションでクネクネする獣王までが、激しく落ち込むようにうつむいている。

 にゃんにゃんは体を小さくして、頭を守るように手を置いて震えていた。

 国王もファインさんもため息を付くばかりで、状況が全く見えてこない。


 同じく座っているフィオナさんを引っ張り出し、一緒に2階へ行って、自分の部屋に連れ込む。

 やましいことをしたいわけじゃない。

 獣人達に聞かれないようにするためには、距離を取るしかないんだ。


 でも、純粋に怖がっているフィオナさんは、当然のように後ろから抱きついてくるわけで……。

 純粋に興奮する僕は、当然のように支えきれずに押し倒されるわけで……。


 顔面を床に強打する僕を無視して、フィオナさんは強い力で抱きしめてくる。

 意識を飛ばされないように、僕は必死で我を保ち続けた。


 その結果、海から釣り上げられた新鮮な魚のようにピチピチと跳ねることしかできない。



- おっぱいという荒波に飲まれること、3分 -



 異常な興奮もようやく治まってきたよ。

 心臓が四方八方にマシンガンをぶっ放す程度に回復した。


「フィオナさん、ちょっと落ち着いてください。小声で聞きたいことがあるんですよ」


 本当に怖いのか、フィオナさんは離れようとしなかった。

 抱きついたまま一緒に体を起こして、フィオナさんはベッドの上に座る。

 当然のように僕は抱きしめられているため、久しぶりに膝の上へ座ることになる。


 右耳にフィオナさんの吐息がかかるくらい口を近付けられ、心臓がドーーーンッと大砲を打ち始めていく。

 どうしよう、カエルって最高だなって思えてきたよ。


「どうして冷静にいられるのですか? カエルが来たのですよ」


 囁き声って、なんでこんなにゾクゾクしてしまうんだろうか。

 話の内容より息遣いが気になってしまうよ。


「異世界からやって来たので、カエルで怯える意味がわからないんです。リーンベルさんに聞ける雰囲気じゃなかったので、教えてもらいたいんですよ。小声じゃないと、獣王達に聞かれるかもしれませんし」


「あっ、そうでしたね。全く気にしておりませんでしたので、忘れていました。この世界のカエルは、一部の地域を除いて恐怖の象徴とされているのです」


 マールさんが砂漠生まれって言ってたから、砂漠は例外なんだろう。

 砂漠にもカエルは住んでいるはずだし、フリージアのカエルが凶暴ってわけじゃないはず。

 アカネさんの言っていた、2週間の滞在も気になる。


「基本的に4年に1度のペースでそれぞれの街を訪れ、人々にダンスを見せ付けてくるのです。見る人数が少なければ踊らず、満足するまで街から離れない。極めて悪質な魔物であり、過ぎ去ることを祈るしかできません」


 はい、ちょっとタイム。

 これはアレだな、よくわからない魔物シリーズに分類されるパターンだ。


 前回のブリリアントバッファローもよくわからなかったんだよ。

 手足が取れるといじけて死んでしまうという、謎のAランクモンスターだった。

 最強の防御力を誇り、強力な土魔法を使ってくる謎の生物。


 今回は踊りを見せ付けてくる謎のカエルか。

 何が悪質なのか理解できないけど、ここまで怯えるなんて相当なことだろう。

 獣王が落ち込むほどの存在だから、他にも何かあるのかもしれない。


「他にはどんな特徴があるんですか? ダンスを見続けなかったら街を壊してくるとか、めちゃくちゃ強い水魔法を使ってくるとか。もしかして、満足しなかったら人を攫ってしまうとか?」


「いえ、カエル自体はゴブリンより弱いです。踊りが不気味すぎて誰も攻撃できないだけであって、街を囲んで踊りをする以外に害はありません。満足するまでは囲まれているため、街を離れることはできませんが」


 話をしていくことで、フィオナさんは少しずつ落ち着き始めたのかもしれない。

 僕の頭に頬ずりを始めたんだ。

 その分、僕の心臓がヒートアップしてしまうけどね。


「要約すると、弱いカエルが街を囲んでダンスを見せ付けてくる。でも不気味だから攻撃できず、ダンスが終わって帰るのを待っている。一部地域の人以外は、カエルがトラウマになっているってことですか?」


「その通りです。私も小さい頃に興味本位で踊るカエルを見てしまい、未だに怖くて仕方ありません。タツヤさんはカエルが怖くないのですか?」


 逆にカエルが怖いという感情がわからないよね。

 雨になったらピョンピョン飛び跳ねて、ゲコゲコ鳴いてるくらいのイメージだ。

 アニメやぬいぐるみでもカエルのキャラクターってあるし、怖がる人の方が少ないだろう。


「特に気になりませんから、ちょっと行って倒してきますね。このまま獣王達の帰りが遅くなると、獣人国に残った人達が心配するでしょうから。タマちゃんとクロちゃんの怯える姿も可哀想でしたし」


「わかりました、また一段と頼もしくなられましたね。カエル討伐が終わる間は、この部屋でお待ちしていてもいいですか?」


 僕のことを頼もしいというのはフィオナさんくらいですよ。

 大いなる誤解ですけど、カエルを討伐してさらにポイントを上げてきますね。


「みんなと一緒に待たなくても大丈夫ですか? 1人の方が怖くなりそうですが」


 落ち着き始めたフィオナさんの抱き締める強さが、再びギュッと強くなった。

 不意にやられると、ビクッと反応してしまう。


「もう、変なところで意地悪ですね。ベッドの方がタツヤさんのニオイが残ってて、落ち着きますから。その代わり、早く戻ってきてくださいね」


 フィオナさんの膝の上から解放されると、足に力が入らなくなっていた。

 おそらく『膝の上+ハグ+囁き声』というコンボに、称号の『初心うぶな心』がやられてしまったんだろう。


 でも、腰が砕けて地面に座り込むような情けない姿を、頼もしいと言われた後に見せるわけにはいかない。


 必死にピチピチの魚のように飛び跳ね、フィオナさんに見送られて部屋を後にした。


 部屋の前で落ち着きを取り戻し、1階に降りてみんなを確認すると、やっぱり重々しい空気だった。

 どうやら獣人の3人に、話し声は聞こえなかったみたいだ。


 そのまま家を飛び出して、カエルの鳴き声が1番大きそうな南門に駆け出していく。




 南門では、ヴェロニカさんが指揮を取っていた。

 といっても、門は閉ざされているから外の光景は見えない。


 城壁に繋がる階段へ列ができていて、嫌々カエルのダンスを上から見ようとする行列が並んでいるだけ。

 中にはまだ順番が来ていないのに、泣き崩れる冒険者や兵士もいる。

 そっとヴェロニカさんが駆け付け、話しかけて慰めていた。


 指揮を取るというより、並ぶ人のメンタルケアに近い。

 上の立場になるのも大変だと思わせるような光景だ。


 慰めるヴェロニカさんの肩を叩き、列から離すように遠ざける。


「ちょっとお聞きしたいんですけど、これってカエルのダンスを見るための行列ですよね。倒すっていう発想はないんですか?」


「か、神よ。突然何をおっしゃるのですか。カエルを倒すほどの精神力を持っている人間はフリージアにいませんよ。我らはカエルを怒らせることなく、躍りを見続けるしか道はないのです」


 あっ、偶然にも精神力32万という強靭なメンタルを持ってますよ。

 形ばかりでまともに働いたことはありませんけど。


「相談なんですけど、僕はカエルが苦手じゃないんですよね。見てみないと何とも言えませんけど、普通に倒せるかもしれません。先に城壁へ上って、どんな感じか確認してきてもいいですか?」


「ほ、本当におっしゃっていますか?! まだ神は若く、将来があるのです。カエル討伐なんて精神を崩壊するだけ。考え直してください、冒険者ギルドの大きな損失に繋がります」


 クッキーを渡し続けただけで、恐ろしいほど過大評価をされている。

 ハイエルフという意味では正しい評価なのかもしれないけど。


 大袈裟に引き留めるヴェロニカさんをクッキーで説得し、カエルのダンス見学の行列に割り込んでいく。


 誰も文句を言うことなく、次々に順番を譲ってくれる新感覚。

 逆に小声で「ありがとう」と、押し殺すような声が聞こえてくるほどだ。


 城壁を上る階段に差し掛かっても同じこと。

 狭い階段の脇にずれてくれて、堂々と進んでいくことができる。

 あちこちから「すまねえ」「がんばれよ」「死ぬんじゃねえぞ」と、小声で激励された。


 恐ろしい戦場に向かうような気分だ。

 早くも引き返したい思いが生まれて来る。


 城壁の上へたどり着くと、予想外の光景を目の当たりにした。


 正座をして城壁から頭だけを外に出し、大泣きする兵士達の姿が映し出されたんだ。

 端まで一定間隔で兵士が並んでいて、泣いていない兵士は見当たらない。


 これはまさに生き地獄だ。

 トラウマになって嫌がる気持ちもわかってしまう。

 相手はただのカエルだというのに。


 1人だけ格好の違う上官らしき兵士が、近くの兵士の元に走り出すと、後ろから首根っこを引っ張った。

 城壁から解放されるように引き剥がされ、「よくやった! 後は仲間に任せろ!」と抱きしめる。

 カエルを見続けた兵士は「うぉぉぉぉぉん、上官。帰ったらホットドッグを腹いっぱい食わせてくれー」と泣き崩れていた。


 城壁の下はギルドの管轄で、城壁の上は領主の管轄になるみたいだ。

 ここでもホットドッグの影響が出るとは思わなかったけど、モチベーションアップになるなら嬉しいよ。


 鼻水と涙をダラダラ垂らしながら、兵士は僕の横を通り過ぎて街へ帰っていく。

 それと共に、上官が僕の方に近付いて来る。


「まだ子供じゃないか。冒険者の順番でもないのに、本当にいいのか?」


「あっ、はい。ヴェロニカさんには許可をもらいましたので」


「そうか……ならば何も言うまい。あそこでカエルのダンスを眺めてくれ」


 さっきの兵士がいた場所を指差されたので、そのまま歩いていく。

 城壁から顔を出すと、異世界で恐れられているカエルのダンスの全貌が目に映った。


「うわぁ~……引くほどデカイ」

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