第134話:カエルのダンス

 異世界で恐れられているカエル集団は、トラウマになってもおかしくない大きさだった。


 体長2m、体重80kgのアマガエル。

 背筋をピーンと伸ばした完全二足歩行。


 カエルなんて小さいから可愛いのであって、巨大なカエルは不気味でしかない。

 ましてや、立ち上がってはダメだ。

 お座りのポーズからピョンピョン跳び跳ねてこそ、カエルってもんだろう。


 横3列に並んで最前列にいるカエルだけが踊り、後ろのカエルは手拍子を送る。

 その手拍子の音がゲコという音であり、鳴き声ではない。


 カエルという概念が色々崩壊したカエルである。


 ちなみに、今の躍りはサンバだ。

 腰を振る速度が速くなればなるほど、兵士の泣き叫ぶ声が強くなる。

 喜ばれていると勘違いしているのか、カエルはどんどん腰を高速で振り、回転まで加えて見せ付けていた。


 恐ろしいほどの承認欲求を持ったカエルだな。

 動画サイトの広告に出てきたら、子供が泣いて炎上騒ぎになるだろう。

 元動画がどんどん低評価され続け、カエル達がキレること間違いなしだ。


 カエルのサンバに需要はないけど、リーンベルさんとフィオナさんのサンバは見てみたい。


 露出の多い衣装を着て、2人が誘惑するように目の前で踊り始めるんだ。

 見下されるような視線で腰を激しく振られ、2人同時に迫ってくる激しいダンス。

 どっちの腰付きを見ればいいのかわからず、チラチラ交代で見ることになるだろう。


 躍り終わった後にリーンベルさんからは、


「なんで私の躍りに集中しなかったの? もう一度踊ってあげるから、私だけを見てて。しっかりと見れるように、今度は君の上で踊っちゃうね」


 と、夜の舞踏会に発展するんだ。

 燃え上がるようなリーンベルさんの激しいダンスに、喉が枯れるまで叫んでしまうだろう。


 一方、フィオナさんはリーンベルさんの夜の舞踏会が終わった後に声をかけてくる。


「ベルちゃんだけ一緒に踊るのはズルいですよ。まだ……私と一緒に踊れますよね? 優しくリードしますから、力を抜いてください。まだまだ夜は長いですよ、ふふふ」


 と、リーンベルさんより激しい舞踏会が行われるんだ。

 情熱的なダンスで暴走するフィオナさんは我を忘れ、明け方になって理性を取り戻す。

 母性を全快にして甘やかすように寝かし付けてくれるにも関わらず、数時間後には再び激しいダンスで起こしてくれるんだ。


 いいなー、夜のサンバって。


 周りで兵士達が泣き叫ぶ中、僕は1人だけカエルのサンバを見て妄想していた。

 カエルが激しく腰を振る度、食い入るように腰付きを見ては前屈みになる。

 誰よりも城壁から顔を出し、一際大きな声を出して興奮してしまう。


 周りから見れば、ただのカエルマニアである。


 そんなことをしていれば、当然のように上官が走ってきて「ど、どうした? 何か辛いことでもあったのか?」と、優しく人生相談をしてくるのも無理はない。

 普通の人にとっては、今この時が精神崩壊するかもしれないほどの苦痛なんだ。

 興奮して見る人間なんて、この場にいてはならない。


 苦笑いで誤魔化すと、上官は他の兵士のメンタルケアに走っていく。

 自分でも何を楽しみにしているのかわからないけど、急いでカエルのダンスに目線を戻す。


 ちょうど2列目にいたカエルが動き始め、最前列へ加わるところだった。

 2列のカエル達が一緒の列に混じることで隙間が埋まり、きれいな一直線に並んでいく。


 嗚咽に似た声が周りから漏れ出てくる中、始まったのはチアダンス。


 隣のカエルと両腕を組むラインダンスは、一切乱れることなくリズムに合わせ、足を上げては下ろすを繰り返す。

 個人の能力も高いことがわかるように、全てのカエルが足を高く上げている。

 チアの魅力を引き出す笑顔も忘れない。


 でも、巨体なカエルがやれば不気味でしかなく、兵士達の嗚咽が鳴り響く。


 カエルのチアダンスなんて僕だって見たくないよ。

 どうせならマールさんに踊ってもらいたい。


 元気っ子なマールさんが満面の笑みで踊れば、みんな元気になること間違いなし。


 高く足を上げた時に見えるショートパンツは、見せパンだとわかっていてもありがたい。

 太ももと見せパンの間に僅かな隙間があることを祈って、息をひそめて凝視してしまうだろう。

 足を上げる度に凝視チャンスはあっても、けっして見えることのない希望の光。


 それでも、男というのは期待して見てしまう生き物であり、見えないこともロマンである。

 健全なチアダンスで見えてしまっては、罪悪感が生まれてしまうからね。


 躍り終わった後には、綺麗な汗を流してマールさんが近寄ってくるんだ。

 僕の手をギュッと握り、目を直視しながら話しかけてくるだろう。


「途中で目が合ったから……誰を応援してたかわかるよね。もう元気になったみたいだし、今度は一緒に踊ってみよう。ボクが教えてあげるから、チアダンスを練習しようよ。その代わり、ちゃんと踊れるようになるまで付き合ってもらうからね」


 持ち前の明るさで終始リードされ、挫けそうになっても優しい言葉で立ち直らせてくれる。

 常に応援姿勢を崩すことはなく、「頑張ろう、早く立って」「ボクはまだ諦めないよ、立ち上がって」「立たなくちゃ男じゃない、ボクのためにも立って」と、全力で励ましてくれるんだ。

 天真爛漫なマールさんに応援されれば、立ち上がらずにはいられない。


 心が折れそうになっても、情けなくて諦めかけても、マールさんの声と共に立ち上がり、一緒にダンスを踊っていく。

 若くて元気なマールさんが寝かしてくれることはなく、朝まで踊り明かすことになるんだ。


 いいなー、チアダンスって。


 ただ1ついえることは、カエルはパンツも見せパンも履いていない。

 足を高く上げると見えるのは股間だ。

 そんなものを見せ付けられて、妄想の世界へ旅立ち続けることは不可能。


 あくまでチアダンスの良さは、可愛い女の子の健全な姿であり、応援されて元気がでることなんだよ。

 合法にお見せしていただく見せパンこそが正義であり、ミニスカートにも感謝を申し上げたい。


 けっして巨大なカエル達の股間で表現できるものではなく、ありのままの姿を見せ付けないでほしい。

 綺麗なラインダンスが台無しだよ。

 いったい僕は何を見せられ、どうして見続けていないといけないんだ。


 サンバの腰振りに何かを期待して眺め続け、チアダンスまで見てしまったことを反省し、カエルに向かって手を向ける。


 よく考えなくても、リーンベルさんとフィオナさんの腰付きはもっとエロい。

 2人のおっぱいには夢と希望が詰まっているし、健康的なお尻と太ももはにゃんにゃんの担当だ。

 カエルがでしゃばるとこじゃないんだよ。


 謎の怒りが沸きだし、カエルに向けて醤油ビームを解き放つ。


 躍りの途中で攻撃されたカエルは吹き飛び、チアダンスは大きく乱れていく。

 腕を組んでいたこともあり、次々に倒れてドミノ倒しのように崩れていった。


 醤油ビームで一撃だったから、本当に弱いんだろう。

 数が多いだけのカエルなんて僕の敵じゃない。

 いくらダンスを見せ付けてこようとも、精神32万の強靭なメンタルは揺るがないんだ。


 予想だにしないカエルへの攻撃に、上官はすぐさま駆け付けてくる。


「何をしている、カエルに攻撃をしたらどうなるのかわかっているのか! 構ってもらえると思って、滞在時間が延び続けるんだぞ!」


 上官の言葉を無視して、立ち上がったカエルを醤油ビームでぶっ倒す。

 チアダンスを再開しようとするところを邪魔する攻撃だったため、他のカエル達も動揺しているようだ。


「お、おい、聞いているのか? カエルへの攻撃はだな……」


 再び上官の言葉を無視して、3体目のカエルを醤油ビームで倒す。


 カエル達はドMの変態なんだろう。

 仲間が倒されたことよりも、構ってもらえたことが嬉しいらしく、盛り上がりを見せるように大きな拍手をしてゲコゲコ騒ぎ始めた。


 異変を感じた他の場所にいるカエル達も集まり始める。


 正々堂々と戦いを挑むため、門から外へ出て迎え撃つことにしよう。

 雑魚相手にマウントを取らないと、数少ない見せ場がなくなってしまうからね。

 ここにいる兵士達に武勇を見せ付け、街の噂にしてもらうんだ。


 スズが戻ってきた時に、評価が上がるような環境を作っておきたい。

 フィオナさんとも約束をしたし、にゃんにゃんの評価もグーンと上がるだろう。


 城壁を降りるために階段へ向かって歩き始めると、上官が立ち塞がった。

 両手を大きく広げて邪魔をするけど、手が震えている。


「まさかお前は……カエルを倒すつもりじゃないだろうな。それがどれだけツラいことかわかっているのか? 発狂して喜ぶカエル達は、さらに激しいダンスを見せ付けてくるんだぞ。後に引くことはできないんだぞ!」


 死亡フラグを立てさせようとする上官の横を、ゆっくり歩いて通りすぎる。

 泣きじゃくっていた兵士達も泣き止み、誰1人としてカエルなんて見ていない。


 希望を抱くような表情で僕の背中を見ているんだ。


 唐突に押されてしまった中二病スイッチで、無駄にカッコ付けたくなるのも仕方がないだろう。

 一切振り返ることなく階段へ近付き、降りる前にいったん立ち止まる。


「なぜ王都で英雄と呼ばれたのか、その戦いをお見せしましょう。今日がカエル達の命日になります、開門してください。ただし、地面が漆黒の闇に染まりますから、水の魔石を大量に用意しておいてください」

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