第219話:餃子と雑炊
- 2日後 -
人類はおっぱいで心を取り戻す。
謎の格言を思い付いた僕は、岩の中にある秘密アジトで、フィオナさんの膝の上で背中おっぱいを感じている。
ダークエルフの恐怖をおっぱいで中和するという、メンタル治療の一環だ。
膝の上に座っていることで効果が上昇し、生きている喜びを噛みしめている。
いま思いだすだけでも、自分を褒めてあげたいよ。
獣人国に続いて、ダークエルフを倒してしまったんだからね。
世界を救った英雄として、後世に語り継がれてもおかしくはない。
あれからダークエルフが倒れた後、ドワーフの里にかけられた幻術が消えたこともあり、すぐにワタシッチとガーモックさんが助けに来てくれた。
緊張の糸が切れた僕は、倒れたスズにしがみついて泣き叫ぶことしかできなかったけど。
子供だからセーフだと思うけど、大泣きしたのは恥ずかしい。
現場の状況を的確に把握したワタシッチは、すぐに僕達を里へ搬送。
グダグダ抜かすガーモックさんを殴って黙らせた姿を見て、僕は泣き止んだよ。
これ以上泣いていたら、同じ目に合うかもしれないと思って。
ドワーフの里へ戻った時、現場は悲惨な状態だった。
幻術でドワーフ達が殺し合ったせいではない。
暴走したワタシッチが無双したことで、みんな半殺し状態だったから。
そのおかげで余計な騒ぎにも巻き込まれず、すぐに薬草で治療してもらえたんだけどね。
体が頑丈なエステルさんは1日で復帰したけど、まだスズはさっき目を覚ましたばかり。
現実と幻術の区別が付かないのか、今はボーッとしているよ。
2日経った今でも、帝国の使者がダークエルフだったことに、ドワーフ達は大騒ぎをしている。
ここで僕が出ていけばややこしくなるため、帝国の第4王女であるエステルさんと、ソロレジスタンスのワタシッチに任せておけばいい。
頑固なドワーフ達の説得は僕の役目じゃないから。
大きな岩塩をどければダークエルフの死体もあるし、ドワーフも考え直してくれるはず。
もしもフェンネル側に付いてくれるとしたら、戦争にも大きな影響を与えることができる。
帝国の増援へ向かうことをやめてもらえるだけでも、僕達にはありがたいことだ。
フィオナさんを牢に閉じ込めた以上、戦争後に国際問題として揉めることになると思いますが。
ドワーフの金を巻き上げることを考えていると、フィオナさんが『ぐぅ~』と鳴った。
背中おっぱいという治療行為を中断して、僕は膝の上から降りる。
ようやく頭が回り始めたのか、スズもお腹を鳴らし、昼ごはんの時間を知らせてくれた。
イベントが発生したと思い、すぐに食事の準備に取り掛かる。
フィオナさんの背中おっぱいで僕の心の傷は癒えたけど、スズの心には深い傷が残っているだろう。
幻術で追い詰められた光景を思いだせば、今後の戦闘に支障が出るかもしれない。
ここは癒しの料理を提供して、スズの気持ちを軽くしてあげるんだ。
これは……、スズの彼氏である僕の役目!
「餃子が食べたい」
「ヘイッ、お待ち」
注文を受けて、1秒以内に料理を提供する。
ファミレスもビックリするほどのサービス力は、事前に作ってアイテムボックスへ入れておくという僕にしかできないこと。
もっと言えば、スズは新作料理を何度も連続で食べたくなる、という事実を知る付き人の力だ。
次はカレーかコロッケパン、もしくはエンドレス餃子になるはず。
カツ丼教に所属するため、カツ丼を注文してくることもあるだろう。
全て調理済みで準備万端さ。
さぁ、なんでも注文しておいでよ!
餃子をパクパク食べるスズに、ギラギラと注文されたい欲求を解放して、仁王立ちで待ち構える。
スズの隣にフィオナさんが座ったため、同じように餃子を差し出した。
「雑炊が食べたい」
オーマイガーッッッ!!
まさかの雑炊ブームが到来!!
風邪を引いた時に久しぶりに雑炊を食べたら、思った以上においしくて、風邪が治った翌日にも食べてしまうパターンのやつ!
そういう時はだいたい、「久しぶりだったからおいしかったんだなー」ってなるんだぞ。
君達にはそういう感覚がないかもしれないけどさ。
「ちょっと待ってもらってもいいですか? それまで、繋ぎの餃子を食べていてください」
付き人としては、あるまじき行為といえるだろう。
ご主人様の意向を感じとることができず、待たせてしまうことほど情けないものはない。
好感度が下がらないように、急いで作り始めるべきだ。
高速で野菜を切り刻む姿は、もはや職人である。
異世界に来てから、学生の寮でも運営しているようなレベルで料理を作り続けている。
シェフというのはおこがましいかもしれないが、手際の良さが家庭料理を超えていた。
「餃子、おかわり」
「ヘイッ、お待ち」
「タツヤさん、私の方も餃子をください」
「ヘイッ、お待ち」
「ワシにも餃子をくれ」
「ヘイッ、お待ち」
餃子をおかずにして雑炊を食べたい2人のために、早く……って、オイッ!
貴様ッ、ガーモック! さりげなく餃子を注文するんじゃないよ!
嬉しそうな顔で餃子をつかもうとした瞬間、パッとアイテムボックスの中に餃子を入れる。
餃子をつかめずにスカッと空を切った時、僕とガーモックさんの目線が重なった。
罪深きドワーフよ、貴様に餃子を食べる権利はない。
1つ、僕達を陥れようとしたこと。
2つ、エクスカリバーのデザインをパクったこと。
3つ、フィオナさんの隣に座っていること。
素敵な牢獄生活を過ごせた以上、陥れたことは許そう。
フィオナさんと一緒に餃子を作った楽しい思い出があるし、怪我をするような被害はなかったから。
エクスカリバーのデザインをパクったのも、許してやろう。
僕が日本のゲームや漫画で見たものを、良いとこ取りをしたパクリカリバーだからな。
だが、フィオナさんの隣で食事をすることは許さない。
王女であるフィオナさんの隣で食事をするのは、彼氏・仲間・身内しか権利がないんだぞ。
ドワーフの長だろうが誰だろうが、気安く座っていい場所ではない。
だから、今すぐ座る場所を変えなさい。
「許されると思っているんですか?」
「すまないとは思っている。帝国にうまく使われた挙句、裏切られることになるなんてな」
そんなことはどうでもいいんですよ。
元々は帝国が歴史を改ざんして、ダークエルフという存在すら知らなかったんですから。
ドワーフが頑固で話を聞きそうにないのも知ってましたし、特に驚きません。
だから、今すぐ座る場所を変えなさい。
「まぁまぁ、タツヤさん。今はドワーフさん達を味方に付けることを考えましょう」
「よし、食え」
フィオナさんがなだめてくれたので、サッと餃子を差し出してあげた。
仲良し夫婦の秘訣は喧嘩をしないって、聞いたことがあるからね。
いや、そんなまだ夫婦だなんて、全然先の話……うぉっ! 雑炊がっ!
作っていた雑炊を放っていたため、火が強すぎて噴き出てしまっていた。
これくらいなら味に問題はないだろうし、ギリギリセーフってところだろう。
危うくスズの好感度が下がるところだったよ。
「しかし、なぜワシ等をこのタイミングで裏切ったのかわからない。里を掌握するほどの幻術が使えるなら、最初からやればよかったと思うんだが」
「その理由はこれを設置するためよ」
みんなの視線を集めるように扉をバンッ! と開けて、カッコよくワタシッチが登場。
手にはUFOのような形をしたものを持っていた。
ドヤ顔で歩いてガーモックさんの隣に腰を下ろしたので、仕方なく餃子を出してあげる。
僕は餃子バーのマスターみたいだな。
どんなバーだよって話だけど。
「いくらダークエルフとはいえ、広範囲にかける幻術は魔力の消費が大きかったみたいね。いくつか里にこの増幅器があったから、準備をするために近付いただけだと思うわ。目的は不明だけどね。私がダークエルフなら、フェンネル王国を崩壊させた後に実行するもの。わざわざ戦争前に裏切る意味はないわ」
さすがは稀代の天才。
早くも分析が終わり、的確な答えをナイスタイミングで教えてくれた。
登場するタイミングを見計らっていたのかなと思いつつ、スズとフィオナさんに雑炊を差し出す。
「そういえば、新鮮な死体を回収すると言ってましたよ。ドワーフの死体を集めて、何かしようとしていたみたいです」
「随分と悪趣味なのね、ダークエルフって。魔物の骨を活用したことはあるけど、人やドワーフの骨を使ったことはないわ。効果が高いなら、今度使ってみようかしら」
人のこと言えないですよ。
あなたも立派な悪趣味です。
餃子のおかわりを求めてスズが軽く手を上げたため、サッと餃子を差し出す。
「戦争で使おうとしていた可能性がある。計画的に動いているなら、戦略の一環と考えるべき」
「ドワーフの死体を使った戦略って? 武器を用意するなら、死体なんていらないわよ。すでに大量の武器を帝国に渡しているんだから」
「………」
そこまでは考えていないと言わんばかりに、スズは無言で餃子を食べ始めた。
みんな何も思い浮かばないのか、口数が減っていくのも無理はない。
不気味なダークエルフの行動に、頭の中が疑問で埋め尽くされていく。
「それより、私の雑炊はまだなの?」
「ワシはカレーが食べたい」
おい、タダ飯のくせに随分と態度がでかいな。
ファミレスみたいに気軽に注文しやがって。
フィオナさんが許可を出さなかったら、食べれていないことを肝に命じておけよ!
心が広すぎるフィオナさんに感謝して、フェンネル王国の傘下に入るんだぞ!
これからはフィオナさんのために税金をシコタマ納めろよ!
後、タダで食べられるのは今日だけだからな!
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