第69話:スタンピード~王都防衛戦Ⅰ~
- アンリーヌ視点 -
王都フェンネルでギルマスをすること、10年。
こんな異常事態は初めてのことだ。
まさか4か所で同時にスタンピードが起こるなんて。
弱いゴブリンが混合しているとはいえ、数が合計で3,000体を超える。
何とも笑えない事態。
さらに笑えないのは、スズの連れてきたチビだ。
子供にしては礼儀正しく、落ち着いた口調。
貴族といわれてもおかしくないレベルだった。
だが、スズが連れてきただけのことはある。
まさか、人為的に起こしたスタンピードだと見抜くとは。
皆の前で冷静を装っていたが、私はかなり混乱していた。
王女襲撃事件のことは聞いていたが、言われるまで全く気付かず、魔物を倒すことだけを考えていた。
しかし、それは私だけではない。
事情を知っている騎士団長や
でも、あのチビは違う。
僅かな時間で冷静に全ての情報を精査し、的確な答えにたどり着いた。
精霊達が彼の意見に賛同しなければ、一生信じることはなかっただろう。
先見の明がある精霊達が真顔でうなずく姿を見て、事の重大さに気付いた。
さらに馬鹿げた提案をするカイルにすら、精霊達は従った。
はっきり言って、今日あったことは全てが理解できない。
特にあのチビの鼻の穴の中から真顔でうなずいてくる精霊達には納得できないぞ!!
とはいっても、私は小さい頃からのパートナーである精霊を疑わない。
カイルと精霊達を信じ、北門を
当然、他の冒険者や騎士団から大きな反発があった。
でも、ギルドマスターとして情けない姿は見せることができない。
「北門を彼らだけにしたのは特別な策があるからだ、心配はない! まだ他の3門の方が心配なぐらいだが、騎士団と協力すれば充分に倒せる戦力だ。私も戦場に立つ! 心してかかれ!」
正直にいえば、1番反発したいのは私なんだ。
最善の策がわからない今、彼らと精霊を信じるしかできないんだよ。
合わせて3,000体を超えるスタンピードなんて、歴史に残る大事件。
本当に彼らが北門を止めてくれれば、まだ国を守れる可能性はある。
このスタンピードが朝に起こったこともあり、3門には充分な戦力を集めることができた。
依頼に向かった冒険者達が、全員スタンピードに気付いて戻ってきたからな。
本来なら心が折れてもおかしくないが、騎士達は「ホットドッグーーー!」と叫ぶほど、異常に士気が高い。
いったい騎士達は何を言っているんだろうか。
今日はわからないことだらけだぞ。
騎士団を不審な目で見ていると、魔物の大群が見え始めてきた。
胸が張り裂けそうな気持ちのまま、現場の指揮を執ることになるとは。
戦場では少しの油断が死に繋がってしまう。
いったん彼らのことは忘れ、魔物を倒すことだけを考えよう。
北門を守る
王族を守りに行き、未知の敵と遭遇するであろうショコラ。
まだ若い2つの優秀なパーティに、この国の運命を託すことになるとはな……。
- 東門 スタンピード開始から40分経過 -
私が指揮をしている東門は、もう崩れることがないだろう。
第3波が終わり、およそ600体ほど倒している。
残り100体程度であれば、このまま負けることはあり得ない。
騎士団の謎のホットドッグパワーのおかげで、ずいぶん楽をさせてもらった。
今までで1番負傷者も少なく、冒険者と騎士が連携を取り始め、柔軟に対応し始めている。
ホットドッグとは、いったいなんなんだ?
いや、そんなことより急いで北門へ向かおう。
早く
私は第3騎士団の副団長に現場を預け、急いで北門へ向かった。
すると、同じことを考えていたのか、途中で第一騎士団団長のファインと出会う。
絶妙なタイミングで良いやつに会ったな。
「ファイン、お前は今すぐ城に向かえ」
「なんだと?! いくら策があるとはいえ、北門はあいつらだけなんだ。ここまで防いでるのも不思議だが、4人で任せきるには荷が重すぎるぞ」
「いいから言う通りにしろ! 最初から策なんて何もないんだ! それでも、あいつらはここまで防いでいる。
「チッ、何がどうなってやがる。あいつらを死なすんじゃなぇぞ!」
こっちがどうなってるのか聞きたいぐらいだ。
でも、ファインが行ったなら向こうは大丈夫だろう。
……まだ、スズが生きていればの話だが。
- 同時間帯 カイル視点 -
「さすがに、1,500体は疲れたな……」
500体程度の魔物が4回にわたって襲ってきたから、多分2,000体は倒したけどな。
まさか、そんな数を4人で戦う日が来るとは。
息が切れているとはいえ、誰もケガをしていないのが不思議で仕方ない。
あの体力バカのザックでさえ、疲れて座り込んでいる。
「ここまで暴れると爽快だね~」
だが、ステ3倍のシロップは一緒にしてはいけねえ。
1人で800体は倒しているし、まだまだ余裕の表情だ。
戦闘中にこいつの笑い声が聞こえた時は、同じパーティでも怖かったぞ。
生まれて初めて、戦闘狂という言葉の意味を理解したよ。
それにしても、なんか良い匂いがするな。
魔物を倒したばかりで、血生臭いはずなんだが………。
「疲労軽減」
リリアめ、お前まだクッキー持ってたのかよ。
……ちょっと分けてくれ。
俺達がクッキーをのんびり食べていると、アンリーヌがやってきた。
「なっ?! 私はもう何を信じていいのかわからないぞ。なぜ1,500体の魔物をどこよりも早く倒して、クッキーで休憩しているんだ」
同じ立場なら、俺もそう突っ込むだろう。
明らかにお前の言っていることは正しい。
でも、カツサンドを食いまくったから当然だろ?
もうパワーアップの残り時間は僅かなもんだが、タツヤのユニークスキルは恐ろしく強い。
だが、料理効果のことは言わない約束だ。
適当に誤魔化すしかない。
「最近依頼で行った場所で特殊な薬が作れてな。一時的にステータスをあげることができて、今はSランク並みなんだ。明日は副作用でちょっと厳しいことになるかもしれないが」
「そうだったのか。お前達に無茶をさせてしまったんだな、すまない」
俺って誤魔化すの上手いなー!
パッと思い付いたにしては、すっげぇ良い言い訳じゃん。
アンリーヌがガチで申し訳なさそうにしてるから、後ろめたい気持ちはあるけどさ。
……お前ら、クッキー食ってないで褒めてくれよ。
あと、お前はどんだけクッキーを溜め込んでたんだ。
もう少し食わせろよ。
他の冒険者と騎士達も、続々と北門に集結してきた。
残りの3門も無事に終わったんだろう。
来るやつみんなが同じようなリアクションをしてくる。
1番魔物が多かったはずの北門が終わっているから、俺達を褒めるか、俺達に引くかのどっちかだ。
今のところ2:8で引いてやがる。
そこは4人で戦ったんだから、ちゃんと褒めてくれよ。
騎士達はスタンピードが終わったこと理解すると、「帰ったらホットドッグだー」と騒ぎまくっている。
気持ちはわかるが、城のホットドッグにはマスタードが付いてないんだ。
あれがないと黄金比とは言えねえ。
まぁ、充分うまいんだけどな。
クッキーもうまいが、やっぱり肉が食いてえなー。
タツヤのアイテムボックスの中に、から揚げが残っていることを祈るぜ。
それにしても、前代未聞の超大規模スタンピードだったのに、犠牲者が圧倒的に少ない。
急なスタンピードだったとはいえ、騎士団の士気が異常に高かった影響だろう。
あんなうまいもんが食えるようになったばかりで、死ぬわけにはいかないもんな。
騎士も冒険者もワイワイ騒いでいると、突然悪寒が走った。
空気がピリピリと痛く、呼吸がしずらくなるような圧迫感が辺りを包み込む。
シーンと静まりかえると同時に、大地が揺れるような地響きが起こり始めた。
その時、ここにいる誰もが思っただろう。
まさか、まだ終わっていないのかもしれないと。
誰も声をあげることができず、全員が地響きのする方向を眺めている。
ゆっくりと戦闘集団が見えてきて、ようやく俺は気付くことができた。
今から魔物の本隊がやってくるんだと。
姿を現したのは、変異種の強化オーガの大群、およそ100体。
今回のスタンピードで変異種はいたが、ファインとタツヤが言っていた『強化された変異種のオーガ』は見当たらなかった。
そして今、疲れ切った俺達の前に、満を持して現れやがった。
その中にはファインですら殺されかけた、オーガエリートが大量にいるだけじゃない。
強化されたオーガキングまで3匹もいる。
オーガエリートでSランクだったんだぞ。
オーガキングはその上の災害級、もしくはレジェンド級になる。
普通に戦って勝てる魔物じゃない。
だが、固まってやって来るなら、かえってラッキーだったかもしれない。
アンリーヌが普通に動けてるってことは、精霊魔法を温存しているはずだからな。
スタンピードの大群の中に紛れ込んでいたら、被害は尋常じゃなかったはずだ。
「アンリーヌ、お前の所に変異種の強化オーガはいたか?」
「いや……いま思えばいなかった。ふざけたスタンピードだな、ここから本隊のお出ましとは。まだ遠くにいるが、想像以上に危険な魔物に感じる。あいつらの強さは、完全に異常の領域だ。固まっているうちに精霊魔法を使う、私の体を頼む」
「わかった」
アンリーヌはオーガの群れを見て、迷わず精霊魔法の詠唱に入った。
精霊魔法は精霊から魔力を借りて、広範囲に強大な魔法を解き放つ。
Sランクの魔法攻撃力が50,000以上と言われているが、精霊魔法は倍の100,000。
通常の魔法とはレベルの違う、異次元の魔法になる。
だが、魔力を借りると言っても、精霊にかかる負担は術者に還元される。
そのため、滅多にお目にかかれるものじゃない。
俺がアンリーヌの精霊魔法を見るのも2回目。
確かあの時は、1週間も寝込むほどの負担が還元されていたはず。
それだけリスクを伴う恐ろしい魔法であり、強大な力を持っている。
俺は後ろへ振り返り、ボサッと立っている冒険者と騎士達に警告をする。
「アンリーヌが精霊魔法を使うぞ! 全員避難、もしくは衝撃に備えろ!」
最初に精霊魔法を見た時は、制御できる魔法なのか疑った。
精霊が心の綺麗な人間にしか力を貸さない、という意味もよくわかる。
使い方を間違えれば、この世界を破滅に導くような魔法だからな。
まさか、もう1度見ることになるとは。
早くも上空から、轟音が聞こえてきやがったよ。
ゴォォォォォォォォォ
前回の時と同じだ。
空を見上げると、3つの大きな隕石が降り注いでくる。
大きな隕石の周りには燃え盛るような炎が纏わりつき、見る者を恐怖に陥れる。
1度見たことがある俺でも、背筋がゾッとするぞ。
よくこんなものをコントロールできるよな。
いったい精霊って何者なんだよ。
後ろで初めて見るようなやつは、早くも腰を抜かして尻もちをついてやがる。
走って来ていたオーガの大群ですら、進軍をやめて取り乱すほどだ。
その中で、オーガキングだけは隕石をじっと眺めているが。
あの余裕な感じが、少し気になるな。
だが、どうすることもできないだろう。
精霊魔法から逃れる術なんて、この世に存在しない。
広範囲で高威力の次元の違う魔法だからな。
おっと、俺も隕石の衝撃に備えることにしよう。
前回はビビりすぎて、思いっきり吹き飛ばされたっけ。
今となっては、空を飛んだ良い思い出だよ。
アンリーヌはひたすら詠唱を続け、精霊魔法をコントロールしている。
その詠唱の声すらも、隕石の轟音でかき消され始めていた。
そして、うろたえるオーガの群れに降り注ぐ
ドゴオオオオオオオオオオオオオン
ドゴオオオオオオオオオオオオオン
ドゴオオオオオオオオオオオオオン
隕石が降り注いだ瞬間、強烈な衝撃と共に爆風のような突風が吹きつける。
俺は顔の前で手をクロスさせ、足を一歩引き、なんとか耐えしのぐ。
この副産物である突風だけでも、A~Bランク並みの魔法攻撃力があるからな。
少しでも油断すれば、問答無用に体が持っていかれちまう。
それが3連続で起こるから、全く笑えない。
さすがの強化オーガ達も木端微塵になっているだろう。
隕石の衝撃が終わると、オーガがいた場所は衝撃で土煙に包み込まれていた。
精霊魔法を使ったアンリーヌは、口から少し血を流している。
魔法を使っただけで吐血するほどの負担が、彼女の体を襲っているんだ。
精霊から魔力は借りるとはいえ、隕石をコントロールするほどの大魔法は代償が大きい。
普段はやる気のないアンリーヌだが、精霊に選ばれるだけはある。
ここぞという時には、精霊魔法で守ってくれるからな。
負担が全身に回り始めたのか、アンリーヌが倒れこむように崩れ落ちる。
俺はそれを支えると、まだ彼女は意識を保っていた。
オーガ達が気になるのか、土煙がする方を向いている。
ゆっくりと時が流れるごとに、少しずつ土煙が消えていく。
大地に大きな窪みができていて、隕石が降り注いだ中心に近付く度、衝撃を物語るように深くなっている。
仲間が使ったとはいえ、本当に恐ろしい魔法だ。
こんな魔法を受けて、生きている方がおかしいだろう。
だが、本当に恐ろしい光景はここからだった。
土煙の向こうに、3つの影が見え始めていたんだ。
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